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第一章
21.【先生】●
●
────子供はあったかい。
人という種が守り、育む存在である幼き子。
この世界に生を受けた時より親の愛情を一身に浴びて成長する彼等は。その日々を無垢に過ごしながら熱い血を巡らせて、いずれ親の元を離れて世界を生きる事になる。
「先生、質問があります」
「うん? 何かな」
人の命は魔物や精霊、古い時代から人と隔絶した生活を営む存在のエルフに比べ──とても短い。
勇者が果たして彼等定命の存在と同等かは分からないが、不死ではないのは確かだ。
だから、その短い時間を精一杯生きる為に子供は予めに多くを知ろうとする。知る事で少しでも強く生きる為に。
皆がそうでないのは知らずとも豊かであり、愛が個を満たしているから。
その愛は誰かが多くを知った事で成り立っている。
「魔力とは……私達この世界に住む生命すべてが身に宿しているもの。ですが、どうして植物や土にも魔力が宿っているのでしょう?」
「うん、うん。そうだね、これは僕の感じた触感だけど……」
「待って下さい、触感とは?」
「え? あー、なんだろう……魔力の流れを見たり聞いたり触った感覚のことで……」
「そのようなお話は初めて聞きました。待っててください先生、いま父の書斎から録音機を持って参ります」
「えっ、ああうん。良いけど」
パタパタと椅子から飛び降りては部屋を飛び出して行く少女。
それを見送るフェリシアは少しだけ静かになった部屋で一人肩を落とし、雨が降りしきる窓の外を見遣る。
(……こんな事してていいのかなぁ)
とてもじれったい。そんな感情を表に出さないのは、ある意味で彼が勇者だからだ。
そんな勇者、フェリシアは──家庭教師の仕事に就いていた。
●
●──四日前──
雨の音が響く中、レインが小さなティーセットを差し出した。
「ありがとう……これ、紅茶?」
「似たような物。あとでご飯一緒に食べようね」
「うん……ん。これ美味しい」
レインが淹れたらしい紅茶を飲んだフェリシアは、その甘さと柑橘系の香りに笑顔になる。
淹れている様子を伺う限りではそれほど工程は多くなかったように思える。余り手間がかからないコツでもあるのか、それともレインが茶を淹れるのに慣れているのか。
と、そこまで考えてからフェリシアはゆるく頭を振って思考を戻した。
ティーカップに残った赤色の茶。その浅い水面に映った自分の顔を見たフェリシアは、次いでベッドの隣に腰掛けたレインの顔を見る。
「なぁに」
小首を傾げて、にっこりとするレインにフェリシアもつられて笑顔を浮かべ。
それから。
「……したいこと。やっと決まったんだ」
「うん」
「聞いてくれる……かな」
「勿論だよ、聞きたい。聞かせて? ……君のしたいこと」
カチャ、と。
ティートレイの上に飲み干したばかりの小さなカップを置いたレインは、目を閉じたままフェリシアの言う言葉に意識を傾ける様に肩を寄せて行く。
それを気恥ずかしそうに思いながらも、フェリシアは一度だけ深く息を吸ってから気持ちを落ち着けて。彼もまた瞼を閉じたまま口を開いて言った。
「──僕は知らない事が沢山ある。
それを何とかしたい。強くなるために……僕はこの世界を知りたい」
レインの囁くような声がフェリシアの耳をくすぐる。
「ふふっ、知れば強くなるものなの?」
「気持ちの問題だから、ね。
知らないせいで迷うのも、知っていれば迷わなかったと後悔するのも、僕は嫌だ」
「──知らない方が良い事もあるかも知れないのに」
「知らなくていい事なんて、無いよ」
「あるってば。絶対ある」
「……知られる事を怖いと思ってるなら、それはその通りだと思うよ。でも僕はそれを怖いとは思わないし、きっと全てを知れば……」
「知れば?」
「ん、えーっと。なんか……なんとか、なるかなって」
くすくすと笑う声にムッとしてフェリシアが片目を開く。
肩に頭を寄せ、甘える様にしているレインの姿。だがフェリシアはその少女の手が、ベッドのシーツを軽く握りしめたままなのに気づいた。
笑うレインがぽんぽんとフェリシアの膝を叩く。
「あっははは、本当に何とかなるの~? それぇ」
「……そうだよ。きっと何とかする」
「あははそっかぁ」
「────レイン?」
「ん……分かってる、そうだよね。フェリシアとの約束だし教えてあげる」
不意にフェリシアの首筋に触れられた指先の熱と、滑らかな感触に彼は目を見開く。
レインはまるで閉じこもったように固く目を閉じたまま。両手を伸ばしてフェリシアの首筋を伝い撫で上げ、ゆっくりと頬に手を這わせて包んだ。
「私は──君を知りたい。君が何をするのか、君が『勇者』として何を成すのか……知りたい。
えへへ。そうだよ……君といっしょ。
だから嬉しいなぁって思って、なんて言おうか少し迷ったけれど。何だか変な形で新しいお家に来て貰った事だし……ね。
うん……だから、君と一緒にここで当分暮らすというのは──どうでしょうか?」
「……最後なんで改まってるの」
「う、うるさいなぁ……ちょっとくらい恥ずかしくなるもんでしょ。人間なんだから」
ベッドからポンと下り立ったレインが少し拗ねた様子でトレイを片付けに行くと、フェリシアはそれを見送り。衣服を自身の髪から生成して着付けながら立ち上がる。
寝室らしき部屋を出てみれば思ったよりも広い家だとフェリシアは気づく。
王都の高台はそれなりに価格が跳ね上がる物だと彼は聞いていたが、レインはそういった条件をクリアしたという事なのか。以前のギルドからのお金には殆ど手を付けていなかったことからも、彼女には独自の財産があるようだと考えた。
ふと、台所でティーセットを片付けている青い髪の少女の姿を眺めながらフェリシアは彼女への返答をどうしたものかと考えあぐねていた。
「……君の期待に応えてあげられるか分からない。
君がどうして僕をそこまで期待してるか知らないからだ。でも、君が認めてくれるなら僕は暫くお世話になりたい。
短い付き合いだけどね──よろしく、レイン」
「──よろしく、シア」
「しあ?」
お互いに顔を見ていない。
そんな状態で、外から聞こえて来る雨の音を掻き消すくらい笑い声がふたつ重なる。
悪戯っぽくない。
まるで普通の男女が交わす会話のようだと思ったのは、果たしてどちらか。
「あっはははは……! いや、ほら。一緒に住むのに他人行儀なのも変だと思ったんだけど、私からの親しみを込めて『シア』って呼んじゃだめ?」
「駄目じゃないよ、駄目じゃないけど……でもなんで笑ったの今」
「だって、急に口を大きく開けて驚いてるから……っ」
「笑いすぎ……!」
それからしばらく、カップを落とさないように抱えたレインの笑い声につられてフェリシアの声も小さく響くのだった。
────子供はあったかい。
人という種が守り、育む存在である幼き子。
この世界に生を受けた時より親の愛情を一身に浴びて成長する彼等は。その日々を無垢に過ごしながら熱い血を巡らせて、いずれ親の元を離れて世界を生きる事になる。
「先生、質問があります」
「うん? 何かな」
人の命は魔物や精霊、古い時代から人と隔絶した生活を営む存在のエルフに比べ──とても短い。
勇者が果たして彼等定命の存在と同等かは分からないが、不死ではないのは確かだ。
だから、その短い時間を精一杯生きる為に子供は予めに多くを知ろうとする。知る事で少しでも強く生きる為に。
皆がそうでないのは知らずとも豊かであり、愛が個を満たしているから。
その愛は誰かが多くを知った事で成り立っている。
「魔力とは……私達この世界に住む生命すべてが身に宿しているもの。ですが、どうして植物や土にも魔力が宿っているのでしょう?」
「うん、うん。そうだね、これは僕の感じた触感だけど……」
「待って下さい、触感とは?」
「え? あー、なんだろう……魔力の流れを見たり聞いたり触った感覚のことで……」
「そのようなお話は初めて聞きました。待っててください先生、いま父の書斎から録音機を持って参ります」
「えっ、ああうん。良いけど」
パタパタと椅子から飛び降りては部屋を飛び出して行く少女。
それを見送るフェリシアは少しだけ静かになった部屋で一人肩を落とし、雨が降りしきる窓の外を見遣る。
(……こんな事してていいのかなぁ)
とてもじれったい。そんな感情を表に出さないのは、ある意味で彼が勇者だからだ。
そんな勇者、フェリシアは──家庭教師の仕事に就いていた。
●
●──四日前──
雨の音が響く中、レインが小さなティーセットを差し出した。
「ありがとう……これ、紅茶?」
「似たような物。あとでご飯一緒に食べようね」
「うん……ん。これ美味しい」
レインが淹れたらしい紅茶を飲んだフェリシアは、その甘さと柑橘系の香りに笑顔になる。
淹れている様子を伺う限りではそれほど工程は多くなかったように思える。余り手間がかからないコツでもあるのか、それともレインが茶を淹れるのに慣れているのか。
と、そこまで考えてからフェリシアはゆるく頭を振って思考を戻した。
ティーカップに残った赤色の茶。その浅い水面に映った自分の顔を見たフェリシアは、次いでベッドの隣に腰掛けたレインの顔を見る。
「なぁに」
小首を傾げて、にっこりとするレインにフェリシアもつられて笑顔を浮かべ。
それから。
「……したいこと。やっと決まったんだ」
「うん」
「聞いてくれる……かな」
「勿論だよ、聞きたい。聞かせて? ……君のしたいこと」
カチャ、と。
ティートレイの上に飲み干したばかりの小さなカップを置いたレインは、目を閉じたままフェリシアの言う言葉に意識を傾ける様に肩を寄せて行く。
それを気恥ずかしそうに思いながらも、フェリシアは一度だけ深く息を吸ってから気持ちを落ち着けて。彼もまた瞼を閉じたまま口を開いて言った。
「──僕は知らない事が沢山ある。
それを何とかしたい。強くなるために……僕はこの世界を知りたい」
レインの囁くような声がフェリシアの耳をくすぐる。
「ふふっ、知れば強くなるものなの?」
「気持ちの問題だから、ね。
知らないせいで迷うのも、知っていれば迷わなかったと後悔するのも、僕は嫌だ」
「──知らない方が良い事もあるかも知れないのに」
「知らなくていい事なんて、無いよ」
「あるってば。絶対ある」
「……知られる事を怖いと思ってるなら、それはその通りだと思うよ。でも僕はそれを怖いとは思わないし、きっと全てを知れば……」
「知れば?」
「ん、えーっと。なんか……なんとか、なるかなって」
くすくすと笑う声にムッとしてフェリシアが片目を開く。
肩に頭を寄せ、甘える様にしているレインの姿。だがフェリシアはその少女の手が、ベッドのシーツを軽く握りしめたままなのに気づいた。
笑うレインがぽんぽんとフェリシアの膝を叩く。
「あっははは、本当に何とかなるの~? それぇ」
「……そうだよ。きっと何とかする」
「あははそっかぁ」
「────レイン?」
「ん……分かってる、そうだよね。フェリシアとの約束だし教えてあげる」
不意にフェリシアの首筋に触れられた指先の熱と、滑らかな感触に彼は目を見開く。
レインはまるで閉じこもったように固く目を閉じたまま。両手を伸ばしてフェリシアの首筋を伝い撫で上げ、ゆっくりと頬に手を這わせて包んだ。
「私は──君を知りたい。君が何をするのか、君が『勇者』として何を成すのか……知りたい。
えへへ。そうだよ……君といっしょ。
だから嬉しいなぁって思って、なんて言おうか少し迷ったけれど。何だか変な形で新しいお家に来て貰った事だし……ね。
うん……だから、君と一緒にここで当分暮らすというのは──どうでしょうか?」
「……最後なんで改まってるの」
「う、うるさいなぁ……ちょっとくらい恥ずかしくなるもんでしょ。人間なんだから」
ベッドからポンと下り立ったレインが少し拗ねた様子でトレイを片付けに行くと、フェリシアはそれを見送り。衣服を自身の髪から生成して着付けながら立ち上がる。
寝室らしき部屋を出てみれば思ったよりも広い家だとフェリシアは気づく。
王都の高台はそれなりに価格が跳ね上がる物だと彼は聞いていたが、レインはそういった条件をクリアしたという事なのか。以前のギルドからのお金には殆ど手を付けていなかったことからも、彼女には独自の財産があるようだと考えた。
ふと、台所でティーセットを片付けている青い髪の少女の姿を眺めながらフェリシアは彼女への返答をどうしたものかと考えあぐねていた。
「……君の期待に応えてあげられるか分からない。
君がどうして僕をそこまで期待してるか知らないからだ。でも、君が認めてくれるなら僕は暫くお世話になりたい。
短い付き合いだけどね──よろしく、レイン」
「──よろしく、シア」
「しあ?」
お互いに顔を見ていない。
そんな状態で、外から聞こえて来る雨の音を掻き消すくらい笑い声がふたつ重なる。
悪戯っぽくない。
まるで普通の男女が交わす会話のようだと思ったのは、果たしてどちらか。
「あっはははは……! いや、ほら。一緒に住むのに他人行儀なのも変だと思ったんだけど、私からの親しみを込めて『シア』って呼んじゃだめ?」
「駄目じゃないよ、駄目じゃないけど……でもなんで笑ったの今」
「だって、急に口を大きく開けて驚いてるから……っ」
「笑いすぎ……!」
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