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Ⅹ.ヒロインと悪役令嬢

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 今日は夜会の日

 「レイラ、とても可愛いよ」
 「本当に。とても綺麗だ」
 「ありがとうございます。お父様、お兄様」

 あまりこういう煌びやかなところは好きではない。
 でも、公爵家の人間として出なければいけないのだ。

 前世でもこういう大勢の人が集まってのものは苦手だったなと考えているとズカズカとこの場には相応しくはない足音が聞こえた。
 淑女が足音を立てるなんてはしたないことだと思っていたがその足音がどうも近づいてくるので私は視線を向けた。
 そこにはバルタザールと取り巻きを連れたメアリーが居た。
 面倒なのが来たなと思った。
 父と母は知り合いに挨拶へ行き、私は数人のグループの中に入って適当にコミュニケーションを取っていた。

 私と話をしていた数人の令嬢もはしたなくも足音を立ててこちっへやって来るメアリーに眉間の皺を寄せた。

 「あの令嬢は確かメアリー・ブロウ男爵令嬢ですわよね」
 「この夜会は伯爵家以上の者が出席するものではなかったかしら」
 「どうして男爵令嬢が」
 「決まってますわ。また、娼婦のように殿下に強請ったのですわ」
 「殿下にも困ったものね。
 あのような下賎な者にいつまでうつつを抜かしているのやら」

 持っていた扇子で口元を隠し、やって来たメアリーを侮るようにクスクスと笑っている。

 メアリーは私の所までくると周りにいる令嬢を品定めでもするように見てからふっと鼻で笑った。
 伯爵家以上の者が集う夜会で、彼女は堂々とこちらを馬鹿にしたような態度を取ったのだ。
 これにはメアリーを嘲笑っていた令嬢も怒気を孕んでメアリーを睨みつけた。

 「やぁん~、こわ~い。
 睨んで来るなんて。私、何かしましたか?」

 ネコナデ声を出してメアリーはバルタザールの腕にしがみつく。
 それが余計に令嬢たちの怒りを買っていると勿論、知りながら。
 彼女は楽しんでいるのだ。
 自分に嫉妬を向ける令嬢を見て。
 嫉妬を向けられることに優越を感じている。
 どんなに嫉妬をしても自分には何もできない。
 そう、思っているからこそ余裕でその反応を見て楽しんでいるのだろう。

 「殿下、ここは伯爵家以上の者が出席できる夜会です。
 なぜ、ここに男爵家の令嬢を連れて来たのでしょう」

 メアリーを睨みつけながらララが言った。

 「彼女は俺の婚約者になるのだから当然だろ」
 「婚約は結婚とは違いますわ。
 身分も扱いも自分の家のままですわ。
 ましてや婚約者でもない方を伯爵家以上の者を集めた夜会に同行させるなど非常識ではありませんか?」

 「黙れ。王子たる俺に意見するなど不敬であるぞ。
 この場で首を斬られたいのか」
 「なっ」

 ララは言葉に詰まった。
 勿論、それは『首を斬られる』ということへの恐怖の為ではない。
 あまりにも王族らしからぬ身勝手な言葉に対してだ。

 だが、何を勘違いしたのか王子もメアリーも黙ってしまったララを勝ち誇ったように見下ろした。

 「不敬?それはこの花が集う雅な場所でそのようなことを平気で言う殿下の方がよほど不敬ではありませんか?」

 そう言って兄とアーノルド、それにバルタザールの従妹のアデライーダが来た。

 「殿下。コンバッド侯爵令嬢は何も間違ったことを言ってはいませんわ」

 アーノルドにエスコートされながらアデライーダはバルタザールとメアリーに冷たい視線を向けた。

 「・・・・・どい。
 酷いわ。みんなにして私を馬鹿にするなんて。
 私が男爵家だからって」

 そう言ってメアリーはか弱い女の子の振りをしてバルタザールに縋る。
 それに騙されるのはバルタザールを始めとした取り巻きの男達だけだ。
 この騒ぎに気付き、遠巻きながこちらを見ていた他の貴族達はこの茶番劇を詰まらない見世物のような目を向けている。

 「醜い」

 アデライーダの呟きに「何ですって?」とおいおい、さっき泣いてたじゃんと呆れるぐらい濡れてはいない眼に怒りを滲ませてアデライーダを見つめた。
 アデライーダは勝ち誇り、メアリーを見下す様に笑みを浮かべた。
 意図的にそう見えるように。

 「醜いと言ったんですわ」
 「っ。アーノルド様っ!」
 「・・・・何かな?」

 急に声をかけられ驚きながらもアーノルドは冷静に返した。

 「こんな、私が男爵家で自分が伯爵家だからと人を区別するような人と一緒に居ていいんですか?
 こんな人、アーノルド様には相応しくはありませんわ」

 妻を馬鹿にされたことでアーノルドは表面的な笑顔を消した。
 アーノルドが妻を溺愛しているのは社交界では有名な話だ。
 そして、彼は野獣と呼ばれている騎士団長の息子
 普段は穏やかな彼が怒りに感情を染める様はさすがは野獣の息子だと周囲を唸らせるだけの気迫がある。

 これには「本当に野獣の子が疑いたくなる方だ」や「あのような優男に騎士が務まるのか?」と普段彼を嘲笑していた貴族達も震えあがった。

 ギルフォードは「命知らずが眠れる獅子を叩き起こした」と面白そうに呟いた。
 私もアーノルドが本気で怒る所を始めて見るので少し驚いている。

 「身分制度とはそういうものだ。
 だいたい君だって婚約者でもないのに殿下の婚約者だと妄言を吐きやりたい放題ではないか。
 それと、私に相応しい妻はアデラだけだ。
 たかだか男爵家如きが私の妻を侮辱するとはいい度胸だな」
 「そんな、侮辱だなんて。私はアーノルド様の為を思って」
 「それと、名前で呼ぶのもやめてもらいたい。私達はそこまで親しい仲ではないはずだが」
 「親しくもないのに、婚約者の居る殿方や既婚者の殿方の名前を呼び捨てにするのは確かに不貞を働いていると周囲に誤解を招く行為だな。
 まぁ、それが目的でやっているのなら目も当てられないが」

 「私はそういうつもりでは。
 ギル様、誤解ですわ」

 ギルに言われたばかりなのにメアリーはギルを名前でそれも愛称で呼んだ。
 未だ婚約者が決めっていないギルフォード。
 その見た目と婚約者の嫡男で次期宰相候補として呼び声の高い彼は令嬢達から絶大な人気を誇り、毎日のように縁談の申し込みや少しでも親しくなろうという令嬢からお茶会や夜会の招待状が届く。

 騒ぎに気付いて近づいてきたがそれまではギルフォードは大勢の令嬢に囲まれ、媚びを売られまくっていたのだ。
 そんな彼女を男爵家の令嬢が許可もなく愛称で呼び、あまつさえ熱い瞳で見つめてくる。
 胸を強調する為か、胸の前で握りしめられた手が大きな胸を持ち上げ、必死にアピールしようとしている。
 そんなメアリーをギルフォードは冷めた眼で見つめた。

 「場違いな令嬢はご退場願いたい」
 「なっ」

 冷たく言い放たれるとは思っていなかったのだろう。
 寧ろ取り巻き達のように鼻の下を伸ばし、必死に迫ってくるとでも思ったのか。
 どちらにせよギルフォードの態度はメアリーにとっては有り得ないものだったのだ。

 「ギルフォード!彼女は俺の連れだ。
 公爵家如きがそれを追い払うと不敬ではないか!」
 「不敬はそなただ」

 玉座から見下ろしていただけの王と王妃が重い腰を上げ私達の所までやって来た。

 「これは私が主催した夜会だ。
 招待客は伯爵家以上の者と定めていたはずだが?」
 「彼女は私の婚約者です」
 「そのようなこと、王家は認めてはいませんよ」
 「ですが、母上」
 「黙りなさいっ!このような淫らな女にひっかるとは情けない」
 「淫らって!失礼じゃない。自分が若くないからって嫉妬しないでよ!」
 「メ、メアリー!?」

 さすがのバルタザールもメアリーのこの暴言には驚き、目を見張った。

 王妃はより一層冷たい視線をメアリーに向けた。

 「あなたの報告はこちらにも上がってきていますよ。メアリー・ブロウ男爵令嬢。
 随分と私の姪であるレイラを構っていたようですね」
 「何のことよ?」
 「スープを頭からかけたり、水をかけたり、そこの者はレイラ嬢に手を上げたそうですね。
 たまたま騎士の講師として訪れていたデュークが止めに入ったので大事にはならなかったようですが」

 王妃に睨まれ、ビクリとジェイコブは体を震わせ、顔は青ざめていた。

 「そいつは悪役令嬢なんだから何をしたっていいじゃない。
 私はヒロインなのよ。その私が悪役令嬢であるレイラに何をしても問題がないはずよ」
 「メアリー、一体何を言っているんだ?」
 「妄想癖があるとは伺っていましたがこれは重症ですわね」
 「公爵令嬢を悪役令嬢に見立て、自分はヒロインとな。
 物語の読みすぎだ」

 王の言葉に周りの貴族達もクスクスと笑いだした。

 「何よ、何よ。本当のことでしょう!
 私には前世の記憶があるんだから。
 あんたらと違って私は特別なの。
 この先の未来だって見えるんだから」
 「ほぅ。では、そなたにはどのような未来が見えておるのか?
 私に教えてくれ」

 面白半分で聞いた王にメアリーは待ってましたとばかりに応えた。

 「私は殿下と結婚して王妃に。
 そこの悪役令嬢ヒロインは私をイジメた罪で処刑よ」

 堂々と言ってのけたその内容に周りはただ馬鹿にするだけだった。

 「男爵家の中でも底辺に位置する令嬢をイジメたことで公爵家の令嬢が処刑されることも男爵家の令嬢が王妃になることも有り得ない未来だな」
 「はぁ!?何言ってんの。ヒロインなんだから可能でしょうが」
 「物語ならばヒロインと悪役は必ず存在する。
 だが、現実である以上ヒロインはどこにも存在せんよ。
 お前のような悪役は存在するかもしれんがな」
 「なっ」
 「さて、ちょうどいい。
 皆にも聞いてもらいたい話がある」

 王はそう高らかに宣言すると静まり返った会場を見渡した。

 「まず、今までの素行を鑑み、我が息子バルタザールは廃嫡とする」
 「なっ」
 「どういうこと!?」
 驚くバルタザールと悲鳴を上げるメアリーを王は無視して続けた。

 「次に我が姪、アデライーダを王位に添え、その夫であるアーノルドと共同統治を行ってもらう。
 仲睦まじいことで有名な夫婦だ。
 きっとお互いに協力し合い、善き導き手となるだろう」

 王と王妃に促されアデライーダとアーノルドが前に出ると貴族から拍手が巻き起こり、誰もが彼らのことを喜んでいるのが分かる。

 「そんな、そんなの可笑しい。
 何故ですか、父上」
 「当然だと思うが。
 帝王学も学ばなんでいなければ、王子としての執務も行わない。
 なぜそんな者を王族に置いていく必要がある。
 それにお前は自分が次期王だと思い込んでいたようだが、その年で立太子もしていないのだ。
 常識的に望み薄であろう」
 「なっ」

 「アーノルド様っ!」

 メアリーはバルタザールから腕を引き抜き、アーノルドに近づく。
 直ぐに護衛の騎士がそれを防ぐ。
 メアリーは不快を露わにするが取り敢えず騎士たちのことは放置する。

 「私、本当はアーノルド様のことをずっとお慕いしていましたの」

 「メアリー何を言っているんだっ!」
 「大した娘ね」
 「お前も女を見る目がなかったということだな」

 元王子と王、王妃のやりたりなど無視をしてメアリーは胸の谷間がアーノルドによく見えるポーズを取った。
 慎み深さを常とする貴族からは眉を顰められているがメアリーはそれは自分に魅力のない馬鹿が私の美貌に嫉妬しているのだと思っているので周りの反応など気にしない。

 「そんな、女ではなく私の方がアーノルド様を愉しませてあげられます」
 「生憎だが、娼婦は必要としていない。
 愛する妻が居るのに、お前のような娼婦に手を出す程私は物好きではない」
 「なっ!私が娼婦ですって」
 「その女を連れて行ってくれ」
 「はい」

 ぎゃあぎゃあと醜い言葉を叫びながらメアリーは力づくで騎士達から連行された。

 「父上、俺はメアリーに騙されていたんです。
 酷い奴です。私を騙すなんて。
 これで私の無実は証明されましたよね」
 「何を言っているんだ、お前は?」
 「あなたの処遇は変わりませんよ」
 「なぜです、母上っ」
 「当たり前でしょう。あなたのやったことに変わりはないのですから」
 「そんなぁ!」
 「こいつも連行しろ」
 「はい」

 メアリーと同じくバルタザールも騎士達に連行された。
 邪魔な二人が居なくなると「さて、祝いの席だ。存分に楽しんで行ってくれ」という何事もなかったように振舞う王の言葉に従い、先程の茶番劇はなかったことへとされた。
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