【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️8/22新刊

文字の大きさ
43 / 127
第一章 HUE

42 ドーナツバリア

しおりを挟む
 

「あ、あのー…ノアさん、お迎えきてますー…」

 厨房の方に入っていた僕に、そう、気まずそうな顔で、同僚のトゥリモが言った。その身長のわりに、腰が低く、親しみやすい彼は、本日、僕と一緒に店内で販売を任されている。僕が、おそるおそる厨房の扉から覗くと、そこには、ドーナツの棚の横に立つ、不機嫌を全く隠そうともしないフィリの姿があった。そして、「帰るぞ」と言われた。
 ここは、そう、はじめてフィリに遭遇してしまったドーナツ屋なのである。そして僕は今、その何故か超絶不機嫌なフィリ様に、お迎えに来られているわけである。確かに、今は午後5時で、午後4時に閉店するこの店は、午後5時には解散になるわけだが…。

(えー………いや、なんでだよ…)

 一昨日、フィリに遭遇した後、なぜか宿屋まで、無言のフィリに送ってもらい、僕は恐ろしくて震えた。そして翌日、僕は職探しのために、街をうろついていたのだが、この街にリヴィさんのところのような工房はないのだ。
 この世界観では、魔道具は、偉い魔法使いの人たちが作っていて、町の魔道具屋は量販店のようなイメージの場所にあたる。量産された魔道具が所狭しと並んでおり、別に僕は、そういう場所で働きたいわけではなかったのだ。
 なので、結局、昨日のドーナツ屋に戻ったところ、ちょうど求人があったので、そこで雇ってもらうことにした。特に急いでお金が必要、と言うこともなかったので、どうせなら好きなところで働くことにしたのだ。

 このドーナツ屋は、確かに、主人公が働くカフェのライバル店として名前が上がるが、飲食スペースがあるわけではない。ゲーム内でも、一文で「ライバルのドーナツ屋には負けない!」というセリフがあった程度なので、直接関わることもないだろう。
 同僚であるトゥリモと、その父親であるジョナサンさんの二人でやっている店なのだが、トゥリモが魔法学院に入学したことで、人手が足りなくなったらしい。今日は、土曜日なので学院はお休み。
 今日は顔合わせに、一応呼ばれたけど、基本的に僕の勤務時間は、月曜日から金曜日で、土日はトゥリモが担当することになった。トゥリモもジョナサンさんもすごくあたたかい人たちで、僕は、ほっと胸を撫で下ろした。

 それに、ーーー。
 あまりにもフィリがヒューに似てるから、もしかしたらドーナツが苦手なんじゃないか、という思惑もあったのだが、ーーー。

「なあ、お前のおすすめはどれなんだ?」
「え?あ、その、薄水色のドーナツに、虹色のスプリンクルのついてるのが、僕は好きです」

 ただそう説明すると、ちょっとSNS映えのしそうなドーナツに聞こえるかもしれないけど、なんだかここで売っているドーナツは、みんな、魔法じみていて、きれいで、かわいいのだ。そして、厨房にいるジョナサンの作るドーナツは、本当に魔法みたいにおいしい。
 フィリは「それ一つ」と、僕に言ったので、僕はそれを紙袋に入れた。

(結局、ドーナツバリアの効果もなし……か。でもほんと、なんで……)

 最後の一つの水色ドーナツだったから、後で買って帰ろうかな、と思っていた僕は、少し残念に思った。
 そして、エプロンを外し、鞄を持って店の外に出ると、そこにはフィリが立って待っていた。

「あ、あの…」
「行くぞ」

 そして、フィリは僕の手を取って、歩き出した。
 街中の同年代の子達が、フィリと僕のことを見て、びっくりした顔をして振り返る。フィリは、この街の中で、有名な学生なのだ。何せ、最年少で公認魔法使い試験を通過してしまった天才なのだ。教育熱心なこの国では学校が義務だから、魔法学院に通ってはいるが、きっと彼にとっては遊びのようなものだろうと思う。(僕は年齢を、学校を卒業した18歳ってことにさせてもらっている)
 それに、このツンとしたヒューそっくりの美貌は、いつだって、話題にのぼるはずである。

(ほんと、どっかの天才魔術師みたいだ…)

 と、つい、ヒューに手を取られているみたいで、うっかりしてしまったが、この人はヒューではないのだ。見ていると、つい、ヒューって水色の髪も似合うなー、なんて、すっとぼけた感想を抱いてしまいそうになるのだ。違う違う。

「クレーティさん。あの、クレーティさん。昨日、逃げたことなら、本当にすみません。あの、不快な気持ちにさせたのは重々承知なんですけど…あの、僕は、この後、用事があるんです」
「どうせ、魔道具屋だろ。俺も用事がある」

 僕の顔を振り返ることもなく、そう言われて、目を丸くしながら、僕は思った。

(………なんでわかんの?!)

 僕が戦々恐々としていると、「フィリでいい」と、ぶすっとした顔で吐き捨て、結局そのまま、手を繋いだまま、色んな同年代の人たちの好奇の目にさらされながら、僕たちは、魔道具屋へと向かったのだった。

しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

処理中です...