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第二章 NOAH
01 記憶
しおりを挟む「………………え?」
僕は、ベッドの上で目を覚ました。白い天井を呆然と見ながら、そう呟く自分の声。
「え?待って。待って……待って。待って、待って、待って」
僕は、ただ、その言葉を繰り返す以外、何も、何もできなかった。
だけど、つぶやいているうちに、次第に。次第にそれは、だんだん、僕の脳内で、形を成して行った。悪寒が、背筋を這い上がった。内臓が、縮み上がるような、ひどく冷たい感覚があって、吐き気と共に、どっと、嫌な汗が吹き出した。
頭が働かなかった。
だけど、働かない頭で、一つだけ、理解できたことがあった。
「僕は………この記憶を、失って…?」
今の今まで、僕は、僕がヒューのことを、大好きだったことを、忘れていた。いや、僕は、ヒューのことを、大好きなことには、変わらない。でも、この大好きだった記憶を、忘れていた。働かない頭は、一つずつ、事実を、一つずつ、理解していく。
「どうして」
それは、ーーー。
「ヒューが、……僕の記憶を奪ったから」
それは、ーーー。
「どうして」
ヒューは、最後に、なんて言ってた……?
「僕が、苦しむことになるから」
まさか。
「地球に戻った僕が、ヒューのことを、、、思い出さないように…??」
…………え?
「ヒューに、会えなくて、僕が辛い想いを、しない、ように…?」
うそ。
魔王討伐に向かう朝、ヒューは、その朝、僕に小さな箱を渡した。
僕は、思い出す。
そのとき。そのとき、僕はもう、忘れていた。
ヒューのことを、大好きだったことを、もう、忘れていた。
そんな僕に、真剣な顔をしたヒューは、言ったのだ。
ーー「いいか、ノア。これは大切に持っておいてくれ。だけど、俺が行くまでは、絶対に開けるな」ーー
そのとき、ヒューはどんな顔をしてた…?なんだか、ちょっと、複雑な顔を、していなかっただろうか。魔王と対峙する前で、すこし、緊張しているのかと、そのときは思ったのだ。
渡された、その箱には、指輪が入っていた。
そして、それには『永遠の愛を、ノアに』と書かれていたのだ。
ーー「愛してるよ、ノア」ーー
戦慄が走った。
「…………………………嘘」
僕は、この記憶を忘れて、今まで……。ガタガタと体が震え出した。
信じられないことだった。身体中に鳥肌が立って、縮み上がった臓腑が、急激に冷えて、僕は、えづいた。どっどっどっどっど、と、心臓の音が速くなり、体から温度はなくなった。
(ヒューは、ヒューは、一体…一体、どんな気持ちで…、僕の記憶を……)
僕は微動だにできずに、ただ天井を見ながら、思った。
こんなの、浦島太郎と一緒だ。失ったことにも気がつかずに、だけど、箱を開いて、その中には、失った時間が、入っていたんだ。大切な、大切な、失ってしまった時間が。
僕は、僕は、ーーー。
「そ、そんなの…何にも、、しらなっ……」
涙がぶわっと溢れ落ちた。
「どうして…どうして…こんなの、こんなのって…」
僕の口をついて出るのは、やるせない気持ちから来る、全く意味を成さない言葉ばかり。
自分が一体、何をどう思っているのかさえ、分からなくて、ただ、「どうして」と、繰り返した。
自分が、悲しんでいるのか、怒っているのか、驚いているのかさえ、よくわからずに。何かを悲しんでいるのなら、何を悲しんでいるのか、自分が、何かに腹を立てているのなら、何に腹を立てているのか、自分が、何に憤りを感じて、自分が、何をどうすればよかったのか、何一つ、わからなかった。
どれだけ、そうしていただろう。
僕は、ふと、ここが、地球の自分の部屋であることに、ようやく気がついた。僕の横には、僕のバックパックが置いてあって、指輪をはめたまま、戻ってきてしまったことに、気がついた。
そして、ーーー。
「え?」
(地球………?)
僕は唐突に思い出した。そして、ガバッと起き上がり、青ざめた。
(僕は、フィリに…、フィリに「すぐに戻る」と書き置きをしたまま、そのまま、地球に転移しちゃったのか?!)
「さ……最低。最低すぎる…。最低…すぎる…」
(あのとき、そうか、あのとき。あの女性はもう。あの夜、オーナーエンドを、迎えていたのか…)
ヒューの記憶が戻ったことで、混乱を極めていた僕の頭は、更なる苦悩を抱えることになった。好きと言って、抱いてもらった挙句、次の日に、僕はあの世界から、消えてしまったのだ。しかも、あの書き置きは、最悪だった。
きっとフィリは、生体探知ができるから、僕がいなくなったことに気がつくだろう。だけど、もし、もしも「すぐ戻る」という言葉を、信じてしまったら…僕は頭から、氷水をかぶったように、体中から体温がなくなるのを感じた。
「どうしよう…ふぃ、ふぃり…ああああ、僕は、、」
口から出る言葉は、もうさっきからずっと、ずっと、全く意味をなさない。
そして、そのとき、気がついた。
「待って」
フィリのことを思い出した僕は、必然的に、前日の出来事を思い出した。僕は、フィリの中に、ヒューの魂が入っていることを知って、そして、フィリのところに駆けて行ったのだ。そして、そのまま、本能のまま、僕は、フィリに抱かれることになった。そのときの会話を、思い出したのだ。
それは、思い出してみれば、とても、とても不思議なことだった。
僕は、その、すごくおかしなことに気がついた。
「……………え、もう待って。ほんと、お願い。待って」
あの時のことを、思い出せば思い出すほど、ヒューの時と、そっくりだった。そっくり、すぎた。
「うっ ううう、もう、わかんなっ わ、わかんないよっ」
もう、僕の頭の中は、大恐慌の嵐が吹き荒れていた。
わけのわからなくなった僕は、子供のようにしゃくり上げながら、嗚咽を漏らした。
僕は、ヒューにそっくりな、フィリと、するときに、ヒューの時と、全く同じようなことを、口走っていた。思い出すと、恥ずかしくて、ちょっと、う、っとなる。でも、恥ずかしくも、僕は、同じようなことを考えて、同じようなことにびっくりして、同じようなことを言ったのだ。
だけど、あのとき、フィリは、まるでヒューみたいに、ほぼ同じ言葉を返した。
まるで僕が、欲しい言葉がわかってるかのように。
「そんなことって、、、そんなことって、ありえるのか?」
まるで、僕とのはじめてが、フィリははじめてじゃなかったかのようだった。
魂が、たとえ同じだったとしたって、僕が同じようなことを言ったからって、あんな、台詞まで同じになることって、あるのだろうか。
思えば、フィリは、はじめから。はじめから本当に、ヒューみたいだった。
フィリのあの、何かを悟っているような態度。そして、フィリの、言葉の数々を、思い出したのだ。
それはまるで、ヒューの言葉だった。思い出せば、思い出すほど、ヒューの言葉だった。
ーー「俺の顔、嫌いになったの?ノア」ーー
ーー「この世界にいる間は、俺のものにしてもいい?」ーー
ーー「俺に限っては、そのまま好きになってくれていいんだけどな」ーー
ーー「一途に想ってくれてありがとうと思うべきなのか、」ーー
ーー「ごめん。俺、いつもこんなで」ーー
(…………へ?)
よく考えてみれば、よく、考えてみれば、あれは。あれは、もはや、似てるなんていう次元じゃなかった。ただの本人の、言葉だった。
そして、僕は、もっと、もっと、おかしなことに、ようやく気がついた。
ーー「何だよ。好きな奴の魂でも、俺の中に入ってたのか」ーー
「……………もう、ほんと、待って。頼むから、待ってよ」
どういう、どういうことだろう。指先が震える。唇がわななく。
「待って…輪廻転生……ヒューの魂、は、生まれ変わって、フィリに…もし、もしも、その順番が、あってたとして……」
もしも、フィリが、なんらかの理由で、元から、僕のことを知っていたなら。そして、一つの可能性に気がついた。荒唐無稽な話ではある。だけど、この状況から考えれば、それは、ーーー。
ーーーまさか…
「ヒューの、、、記憶が………?」
もしも、フィリが、ヒューの記憶を持っていたんだとしたら…。
ーー「俺も、別にお前と、ここで添い遂げようなんて思ってないからーー
あの、フィリの言葉は。あの、「それでいい」という、何かを悟ったような態度は。それが、意味するところは。
(フィリも、僕がどうしても地球に帰ることを、はじめから知ってて、それでいて、引き止めるつもりはなかったってこと…)
(ここで……?じゃあ、どこなら……??)
(まさか、ーーー……地球?まさか、フィリも、地球に、来ようとしてくれてるってこと…?)
いや、これはポジティブに考えすぎてるかもしれない。
でも、もしも、フィリがヒューで、その中のヒューが記憶を持っていて、それで尚、まだ、僕のことを好きでいてくれているなら…その意味するところは。もしも、フィリも、地球を目指しているんだとしたら…それは…。
あのヒューの魔術を駆使しても、フィリの魔法を使っても、尚、ーーー。
(…方法が、見つからなかったんだ……転移、できなかったんだ……できないんだ…)
「…………え?……待って。フィリが、ヒューの、後の人生?」
それって、ーーー。
「え?……ヒューの…あと?…後って…?…ヒューは???」
ふらっと眩暈がした。
僕は、ベッドに、ぱたり、と、倒れた。
目の前が真っ暗だった。
何もかもがもう、終わってしまったみたいな、そんな、気がした。
だって。
もしも。
そう、これは、ただの「もしも」の話ではある。
僕が今、ただ、思いついてしまっただけの、妄想でしかなかった。証拠もない、裏づけるものもない、なんにもない。ただの戯言。
でも、もしも。もしも、僕の妄想が、もしも正しかったんだとすれば、ーーー。
それは、ーーー。
「待って。嘘だよ。そんなこと、……そんなこと、……」
ヒューの後の人生が、ヒューの記憶を持って、存在していたことの、意味は、ーーー。
フィリが、未だに、地球を目指していることの、意味は、ーーー。
もう、ヒューは、ーーー。
生涯、地球に来ることがなく、ーーー それで………?
「ああああ、ああ…あ…あああああ」
内臓が、全部口から出そうだった。体の温度はなくなり、嫌な汗が全身から吹き出し、呼吸を忘れた。呼吸の仕方がわからなくなった僕は、そのまま、むせるような不規則な息を繰り返した。胸を押さえ、蒼白になった僕は、何を、どこから、後悔すればいいのかもわからずに、目を見開いて、ただ、嗚咽をもらした。
そして、僕の意識は、そこで途絶えた。
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
どれくらい、僕は、気を失っていたのだろう。
目を覚ました時には、夕方に見えた部屋も、今は、まっくらで、部屋の外からも、何の音もしなかった。
僕は、ぽつりと、つぶやいた。
「……邪神。転生って……輪廻転生って……記憶を、持ったままできるの?」
「さあな。そういう奴がいることを、否定はしないがな」
なぜかクローゼットから声がした。
いつもみたいに、茶化してくるような口調ではなかった。
邪神は、僕の、心の闇を糧に生きているのだから、今の状態は、邪神にとって、歓喜すべき状態であるはずだった。だけど、いつもみたいに、笑われなかったこと。僕は少しだけ、ほっとした。
「そう…なんだ…」
どういう理屈なのか、どういう仕組みなのか、一体どうしてなのか、は、わからない。確かに、異世界転生モノって、みんな、当たり前のように、前世の記憶持ってる。それで、チートしたり、無双したり、王子様に好きになられちゃったりなあ、と、思う。
前世の記憶を持ってるって、なんか、強いこと、みたいに、思ってた。
(だけど、ヒューは……)
わかってる。ただの想像でしかないことも。
それに、長い人生の中で、僕のことなんて、忘れてしまったかもしれない。もしかしたら、他の人と恋をして、結婚をしたりしたかもしれない。
それでも。
ヒューは、旅の途中だって、僕とヤマダくんのために、旅の時間の合間を塗って、転移を一生懸命ずっとずっと研究してたんだ。
方法があるならば、きっとどうにかしようとする人だ。
(きっと…あの時点で、僕の記憶を奪った時点で、きっと望みは薄かったんだ……地球への異世界転移は、きっと、不可能に近い何かだったんだ……)
ヒューは一体、どれだけの時間、どれだけの努力をしただろう。
僕がヒューのことを忘れている間に、ヒューは、もしかしたら、ずっと、ずっと研究して…。その間も、僕は、呑気に、知らない間も、ずっとずっとヒューに守られて…。
眉が寄る。ふぐぅ、っとどうしようもない息が漏れる。
「………もう、い、いなく…なっちゃったの?」
声は、笑ってしまうくらい、震えていた。
フィリが未だに、地球を目指しているというのなら、それは、もう、ヒューは、存在しないということだった。ヒューは、生涯、地球には来れなかった、ということだった。
「………もう、…あ、…会えない?」
もう、涙なんて、全部出してしまったと思うのに、それでも僕の目からは、また涙が溢れた。ただ、辛かった。あるのは、胸にぽっかりと穴が開いてしまったみたいな喪失感と、広がる虚無だった。
でも、その時、ふと、思い出したのだ。どうして思い出したのかは、わからない。
ただ、ふと、頭を過ったのだ。
ーー「ユノさんは、どうして異世界に興味があるんですか?」ーー
ーー「違う世界に、ノアがいるから」ーー
「………え?」
あまりのことに、一瞬、またくらっと眩暈がした。
そして、もう一つ、思い出した。
あの鏡は、『想い人を映す鏡』は、あのとき、ヴェネティアスで、フィリを、映した。そして、モフーン王国では、ユノさんを。
(そうだ……ユノさんも、、ヒューの魂だったんだ。もしかして、ユノさんも、記憶を??)
ユノさんの、あの散らかった部屋を思い出す。異世界の本ばかり、積まれていたのだ。騎士なのに、あんなに異世界に、魔法陣に、あんなに詳しくて、それでも魔道具は作らないって、リヴィさんが言ってた。騎士だもんな、と思う。
(騎士……)
ーーーでも、ヒューが騎士なんて、目指すわけないし、と思って、そうそう、と思い出す。好きな子にでも、騎士がかっこいいって言われたら、意地を張って、騎士という騎士を駆逐するか、自分が一番の騎士になるかを、目指しそうだと…僕は思ったんだった。でも、そうじゃなかったら…って…
(………え?)
あれ、と、僕は思った。僕は、フィリに「騎士がかっこいい」と、言わなかっただろうか。いや、まさかな、と思う。
でも……と、思いながら、僕はポケットから、ユノさんにもらったお守りを取り出した。ユノさんは、このお守りを僕に渡すとき、「前にもそんなのつけてただろ」と、言っていなかっただろうか。もしかして、フィリは、あの時、ずぶ濡れになった僕が、このお守りを外すのを、ベッドから見てたんだろうか。もしも、そうなら、、、。
「もしかして………ユノさんは、フィリの、後の人生?」
そして、それは同時に……。
「っっっ………フィリも、もう、いないの??……ふぅう、っも、なんっっ」
もう、もはや、何が何だか、さっぱりわからなかった。
何回、何回、ヒューの魂が、一体何回、はじまって、そしてまた、終わりを迎えているのかは、わからない。どうして、そんなことになってるのか、なんで僕に言ってくれないのか、何にも、なんにもわからなかった。でも、ヒューは、毎回、転生するたびに、記憶を持ったまま生まれて、そして、その世界に、僕がたまたま現れているんだろうか。
そして、何にも知らない僕を、ただ、そばで、守ってくれてたんだろうか。
ずっと、ずっと、守ってくれていたんだろうか。
(……僕は、僕はもう、なんで。なんで何にも知らないで……)
ただの仮説だったのに、でもなんだか、僕には、もう、そうとしか思えなかった。
横になったまま、暗い部屋で、僕は自分の左手を上にあげた。僕の左手の、薬指にぴったりだったその指輪は、銀色にきらりと煌めいた。そして、右手もあげてみたのだ。握りしめた、ユノさんのお守り。それから、エミル様にもらった、きれいな組紐。ただの紐なのに、もう、何年もつけているのに、劣化しないのは、エミル様が、何らかの魔法をかけてくれているからに違いなかった。
みんなの顔を思い浮かべたら、すこしだけ、すこしだけ、ほっとした。もしかして、砂漠の国にもいたりして…なんて、ふ、と笑みが溢れた。
そして、思い出した。
ーー「好きだろ、星」ーー
「…………………………え?」
その時、なぜか、僕の頭に、エミル様の言葉が突然、ぽん、と、よぎった。
あれ、と思う。今、思い返してみれば、おかしかった。エミル様は、どうして、どうして、僕が星を好きなことなんて、知ってたんだろう。だって、カラバトリは大きな街で、星空の話なんて、一度だってしたことはなかった。
でも、ユクレシアの荒廃した大地には、悲しくなってしまうような光景が多くて、ヒューと毎晩、空を見上げた。空に輝いている星は、ユクレシアもきっとまた、美しい大地に戻るのだと、僕に信じさせてくれたから。何度も何度も、一緒に。
(ミミズも、ドーナツも。エミル様のこと、エスパーみたいだって、僕は、思ってて…)
奴隷市で、はじめて会ったときの、エミル様の顔。今思い出してみれば、フィリも、ユノさんも、エミル様も、みんな、僕のことを見て、驚いた顔をしていたのだ。そして、別れの時も、ーーー。
「そうだ…『ルクス』……そうだ。あの時、エミル様は『ルクスを使え』って言ったんだ」
そのとき、僕は、『ルクス』なんていう身体強化は、そんな魔法、知らなかった。だってあれは、その後に行ったモフーン王国で、僕はユノさんに教えてもらったんだから。
あのとき、砂漠の国を去るとき、エミル様は、『ルクス』ができない僕に、驚愕の表情を浮かべていた。あれはもしかして、僕が、ルクスをできないことではなくて、知らないことに、驚いたんだろうか。もしも、もしもエミル様も、そうなら、もし、エミル様もヒューの魂だったなら、ユノさんなんだったとしたら、ユノさんに教えてもらった方法を、僕が知らないだなんて、驚くはずだった。
「……まさか…まさか…エミル様が、、、ユノさんの、後の人生なの?」
そして、それは、ーーー。
「…………………ユノさんも、、、もう……」
別れたときの、ユノさんを思い出すと、何度思い出しても、心臓がはり裂けそうだった。身体中を引きちぎられてるみたいな、本当に、やるせない気持ちになる。あれが、あの叫びが、ヒューのものだったかもしれないと思うと、もっと、もっと辛い。
涙が止まらなかった。
それでも、ヒューは、ずっとずっと、僕のことを、守ってくれていたんだ…。
(そんなことって…そんなことって…)
(どれだけ、どれだけ苦しい思いをして……)
(……僕と別れた後の、ユノさんの人生は……)
あのエミル様の、悲しそうな、何かを諦めてしまったかのようだった様子を思い出す。人嫌いなんだと、思った。世界が嫌いなように見えた。僕と少し話して、その後、エミル様が言ってたこと。
ーー「ずっと、追いかけている人がいる。だけど、何度追いかけても、どうしても届かないんだ」ーー
「…………まさか、、、僕を??」
エミル様の部屋。セバスさんも僕もいたから、フィリやユノさんの部屋みたいに、汚いことはなかった。でも、本棚に並んだ本は、机の上にあった本たちは、異世界のことばかりではなかっただろうか。僕が、エミル様の部屋に落ちていた紙に描かれた魔法陣には、「魂の歴史」のエレメントが組み込まれていた。変な実験にも、たくさんたくさん、付き合わされた。
でも、あれは、もしかして、ーーー。
「……異世界転移を……するために?」
僕は、顔を両手で覆い、体を丸めて、泣き出した。うっうっと、みっともなく嗚咽を漏らし、涙を吐き出した。もう、鼻水も、よだれも、全部出て、僕はもう、ぐちょぐちょだった。
「ヒューは、フィリは、ユノさんは、エミル様は……ずっと、ずっと、地球を目指して……?」
まさか、と思う。信じられないことだった。人生を4つも経ても、まだ、諦めずに、異世界転移を、しようと、してくれているのだろうか。
ーー「そのまぬけな顔して、待ってて。きっと…すぐに、行くよ」ーー
「ずっと、ーーーずっと、僕のために……?」
僕は、ヒューに愛されていた記憶すらもなくして、ヘラヘラと笑いながら、何も知らずに毎回、ヒューに守られて、ヒューがなんのために、どうして、異世界を目指しているのかも知らずに、どんな思いで、僕のそばにいるのかも知らずに、僕は、ーーー。僕は、ーーー。
「あああ、あああああっ ひゅう、、、ううっ そんな…そんな…」
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