【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️8/22新刊

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第二章 NOAH

01 記憶

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「………………え?」

 僕は、ベッドの上で目を覚ました。白い天井を呆然と見ながら、そう呟く自分の声。

「え?待って。待って……待って。待って、待って、待って」

 僕は、ただ、その言葉を繰り返す以外、何も、何もできなかった。
 だけど、つぶやいているうちに、次第に。次第にそれは、だんだん、僕の脳内で、形を成して行った。悪寒が、背筋を這い上がった。内臓が、縮み上がるような、ひどく冷たい感覚があって、吐き気と共に、どっと、嫌な汗が吹き出した。
 頭が働かなかった。
 だけど、働かない頭で、一つだけ、理解できたことがあった。

「僕は………この記憶を、失って…?」

 今の今まで、僕は、僕がヒューのことを、大好きだったことを、忘れていた。いや、僕は、ヒューのことを、大好きなことには、変わらない。でも、この大好きだった記憶を、忘れていた。働かない頭は、一つずつ、事実を、一つずつ、理解していく。

「どうして」

 それは、ーーー。

「ヒューが、……僕の記憶を奪ったから」

 それは、ーーー。

「どうして」

 ヒューは、最後に、なんて言ってた……?

「僕が、苦しむことになるから」

 まさか。

「地球に戻った僕が、ヒューのことを、、、思い出さないように…??」

 …………え?

「ヒューに、会えなくて、僕が辛い想いを、しない、ように…?」

 うそ。

 魔王討伐に向かう朝、ヒューは、その朝、僕に小さな箱を渡した。
 僕は、思い出す。
 そのとき。そのとき、僕はもう、
 ヒューのことを、大好きだったことを、もう、忘れていた。
 そんな僕に、真剣な顔をしたヒューは、言ったのだ。


 ーー「いいか、ノア。これは大切に持っておいてくれ。だけど、俺が行くまでは、絶対に開けるな」ーー


 そのとき、ヒューはどんな顔をしてた…?なんだか、ちょっと、複雑な顔を、していなかっただろうか。魔王と対峙する前で、すこし、緊張しているのかと、そのときは思ったのだ。

 渡された、その箱には、指輪が入っていた。
 そして、それには『永遠の愛を、ノアに』と書かれていたのだ。


 ーー「愛してるよ、ノア」ーー


 戦慄が走った。


「…………………………嘘」


 僕は、この記憶を忘れて、今まで……。ガタガタと体が震え出した。
 信じられないことだった。身体中に鳥肌が立って、縮み上がった臓腑が、急激に冷えて、僕は、えづいた。どっどっどっどっど、と、心臓の音が速くなり、体から温度はなくなった。

(ヒューは、ヒューは、一体…一体、どんな気持ちで…、僕の記憶を……)

 僕は微動だにできずに、ただ天井を見ながら、思った。
 こんなの、浦島太郎と一緒だ。失ったことにも気がつかずに、だけど、箱を開いて、その中には、失った時間が、入っていたんだ。大切な、大切な、失ってしまった時間が。
 僕は、僕は、ーーー。

「そ、そんなの…何にも、、しらなっ……」

 涙がぶわっと溢れ落ちた。

「どうして…どうして…こんなの、こんなのって…」

 僕の口をついて出るのは、やるせない気持ちから来る、全く意味を成さない言葉ばかり。
 自分が一体、何をどう思っているのかさえ、分からなくて、ただ、「どうして」と、繰り返した。
 自分が、悲しんでいるのか、怒っているのか、驚いているのかさえ、よくわからずに。何かを悲しんでいるのなら、何を悲しんでいるのか、自分が、何かに腹を立てているのなら、何に腹を立てているのか、自分が、何に憤りを感じて、自分が、何をどうすればよかったのか、何一つ、わからなかった。









 どれだけ、そうしていただろう。
 僕は、ふと、ここが、であることに、ようやく気がついた。僕の横には、僕のバックパックが置いてあって、指輪をはめたまま、戻ってきてしまったことに、気がついた。
 そして、ーーー。

「え?」

(地球………?)

 僕は唐突に思い出した。そして、ガバッと起き上がり、青ざめた。

(僕は、フィリに…、フィリに「すぐに戻る」と書き置きをしたまま、そのまま、地球に転移しちゃったのか?!)


「さ……最低。最低すぎる…。最低…すぎる…」


(あのとき、そうか、あのとき。あの女性はもう。あの夜、オーナーエンドを、迎えていたのか…)

 ヒューの記憶が戻ったことで、混乱を極めていた僕の頭は、更なる苦悩を抱えることになった。好きと言って、抱いてもらった挙句、次の日に、僕はあの世界から、消えてしまったのだ。しかも、あの書き置きは、最悪だった。
 きっとフィリは、生体探知ができるから、僕がいなくなったことに気がつくだろう。だけど、もし、もしも「すぐ戻る」という言葉を、信じてしまったら…僕は頭から、氷水をかぶったように、体中から体温がなくなるのを感じた。

「どうしよう…ふぃ、ふぃり…ああああ、僕は、、」

 口から出る言葉は、もうさっきからずっと、ずっと、全く意味をなさない。
 そして、そのとき、気がついた。

「待って」

 フィリのことを思い出した僕は、必然的に、前日の出来事を思い出した。僕は、フィリの中に、ヒューの魂が入っていることを知って、そして、フィリのところに駆けて行ったのだ。そして、そのまま、本能のまま、僕は、フィリに抱かれることになった。そのときの会話を、思い出したのだ。
 それは、思い出してみれば、とても、とても不思議なことだった。
 僕は、その、すごくおかしなことに気がついた。

「……………え、もう待って。ほんと、お願い。待って」

 あの時のことを、思い出せば思い出すほど、ヒューの時と、そっくりだった。そっくり、すぎた。

「うっ ううう、もう、わかんなっ わ、わかんないよっ」

 もう、僕の頭の中は、大恐慌の嵐が吹き荒れていた。
 わけのわからなくなった僕は、子供のようにしゃくり上げながら、嗚咽を漏らした。

 僕は、ヒューにそっくりな、フィリと、するときに、ヒューの時と、全くを、口走っていた。思い出すと、恥ずかしくて、ちょっと、う、っとなる。でも、恥ずかしくも、僕は、同じようなことを考えて、同じようなことにびっくりして、同じようなことを言ったのだ。
 だけど、あのとき、フィリは、まるでヒューみたいに、ほぼ同じ言葉を返した。
 まるで僕が、欲しい言葉がわかってるかのように。

「そんなことって、、、そんなことって、ありえるのか?」

 まるで、僕とのが、フィリはかのようだった。
 魂が、たとえ同じだったとしたって、僕が同じようなことを言ったからって、あんな、台詞まで同じになることって、あるのだろうか。
 思えば、フィリは、はじめから。はじめから本当に、ヒューみたいだった。
 フィリのあの、何かを悟っているような態度。そして、フィリの、言葉の数々を、思い出したのだ。
 それはまるで、ヒューの言葉だった。思い出せば、思い出すほど、ヒューの言葉だった。

 ーー「俺の顔、嫌いになったの?ノア」ーー
 ーー「この世界にいる間は、俺のものにしてもいい?」ーー
 ーー「俺に限っては、そのまま好きになってくれていいんだけどな」ーー
 ーー「一途に想ってくれてありがとうと思うべきなのか、」ーー
 ーー「ごめん。俺、いつもこんなで」ーー


(…………へ?)

 よく考えてみれば、よく、考えてみれば、あれは。あれは、もはや、似てるなんていう次元じゃなかった。ただの、言葉だった。
 そして、僕は、もっと、もっと、おかしなことに、ようやく気がついた。


 ーー「何だよ。好きな奴の魂でも、俺の中に入ってたのか」ーー


「……………もう、ほんと、待って。頼むから、待ってよ」

 どういう、どういうことだろう。指先が震える。唇がわななく。

「待って…輪廻転生……ヒューの魂、は、生まれ変わって、フィリに…もし、もしも、その順番が、あってたとして……」

 もしも、フィリが、なんらかの理由で、元から、僕のことを知っていたなら。そして、一つの可能性に気がついた。荒唐無稽な話ではある。だけど、この状況から考えれば、それは、ーーー。
 ーーーまさか…


「ヒューの、、、記憶が………?」


 もしも、フィリが、ヒューの記憶を持っていたんだとしたら…。

 ーー「俺も、別にお前と、で添い遂げようなんて思ってないからーー

 あの、フィリの言葉は。あの、「それでいい」という、何かを悟ったような態度は。それが、意味するところは。

(フィリも、僕がどうしても地球に帰ることを、知ってて、それでいて、引き止めるつもりはなかったってこと…)

で……?じゃあ、なら……??)

(まさか、ーーー……地球ここ?まさか、フィリも、地球に、来ようとしてくれてるってこと…?)

 いや、これはポジティブに考えすぎてるかもしれない。
 でも、もしも、フィリがヒューで、その中のヒューが記憶を持っていて、それで尚、まだ、僕のことを好きでいてくれているなら…その意味するところは。もしも、フィリも、地球を目指しているんだとしたら…それは…。
 あのヒューの魔術を駆使しても、フィリの魔法を使っても、尚、ーーー。


(…方法が、見つからなかったんだ……転移、できなかったんだ……できないんだ…)


「…………え?……待って。フィリが、ヒューの、の人生?」

 それって、ーーー。


「え?……ヒューの…?…って…?…ヒューは???」


 ふらっと眩暈がした。
 僕は、ベッドに、ぱたり、と、倒れた。
 目の前が真っ暗だった。
 何もかもがもう、終わってしまったみたいな、そんな、気がした。

 だって。

 もしも。
 そう、これは、ただの「もしも」の話ではある。
 僕が今、ただ、思いついてしまっただけの、妄想でしかなかった。証拠もない、裏づけるものもない、なんにもない。ただの戯言。
 でも、もしも。もしも、僕の妄想が、もしも正しかったんだとすれば、ーーー。

 それは、ーーー。

「待って。嘘だよ。そんなこと、……そんなこと、……」

 ヒューの後の人生フィリが、ヒューの記憶を持って、存在していたことの、意味は、ーーー。
 フィリが、、地球を目指していることの、意味は、ーーー。
 もう、ヒューは、ーーー。

 、地球に来ることがなく、ーーー それで………?


「ああああ、ああ…あ…あああああ」


 内臓が、全部口から出そうだった。体の温度はなくなり、嫌な汗が全身から吹き出し、呼吸を忘れた。呼吸の仕方がわからなくなった僕は、そのまま、むせるような不規則な息を繰り返した。胸を押さえ、蒼白になった僕は、何を、どこから、後悔すればいいのかもわからずに、目を見開いて、ただ、嗚咽をもらした。

 そして、僕の意識は、そこで途絶えた。


 ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→


 どれくらい、僕は、気を失っていたのだろう。
 目を覚ました時には、夕方に見えた部屋も、今は、まっくらで、部屋の外からも、何の音もしなかった。
 僕は、ぽつりと、つぶやいた。

「……邪神。転生って……輪廻転生って……記憶を、持ったままできるの?」
「さあな。そういう奴がいることを、否定はしないがな」

 なぜかクローゼットから声がした。
 いつもみたいに、茶化してくるような口調ではなかった。
 邪神は、僕の、心の闇を糧に生きているのだから、今の状態は、邪神にとって、歓喜すべき状態であるはずだった。だけど、いつもみたいに、笑われなかったこと。僕は少しだけ、ほっとした。

「そう…なんだ…」

 どういう理屈なのか、どういう仕組みなのか、一体どうしてなのか、は、わからない。確かに、異世界転生モノって、みんな、当たり前のように、前世の記憶持ってる。それで、チートしたり、無双したり、王子様に好きになられちゃったりなあ、と、思う。
 前世の記憶を持ってるって、なんか、強いこと、みたいに、思ってた。

(だけど、ヒューは……)

 わかってる。ただの想像でしかないことも。
 それに、長い人生の中で、僕のことなんて、忘れてしまったかもしれない。もしかしたら、他の人と恋をして、結婚をしたりしたかもしれない。
 それでも。
 ヒューは、旅の途中だって、僕とヤマダくんのために、旅の時間の合間を塗って、転移を一生懸命ずっとずっと研究してたんだ。
 方法があるならば、きっとどうにかしようとする人だ。

(きっと…あの時点で、僕の記憶を奪った時点で、きっと望みは薄かったんだ……地球への異世界転移は、きっと、不可能に近い何かだったんだ……)

 ヒューは一体、どれだけの時間、どれだけの努力をしただろう。
 僕がヒューのことを忘れている間に、ヒューは、もしかしたら、ずっと、ずっと研究して…。その間も、僕は、呑気に、知らない間も、ずっとずっとヒューに守られて…。
 眉が寄る。ふぐぅ、っとどうしようもない息が漏れる。


「………もう、い、いなく…なっちゃったの?」


 声は、笑ってしまうくらい、震えていた。
 フィリが未だに、地球を目指しているというのなら、それは、もう、ヒューは、存在しないということだった。ヒューは、、地球には来れなかった、ということだった。

「………もう、…あ、…会えない?」

 もう、涙なんて、全部出してしまったと思うのに、それでも僕の目からは、また涙が溢れた。ただ、辛かった。あるのは、胸にぽっかりと穴が開いてしまったみたいな喪失感と、広がる虚無だった。
 でも、その時、ふと、思い出したのだ。どうして思い出したのかは、わからない。
 ただ、ふと、頭を過ったのだ。

 ーー「ユノさんは、どうして異世界に興味があるんですか?」ーー
 ーー「違う世界に、ノアがいるから」ーー

「………え?」

 あまりのことに、一瞬、またくらっと眩暈がした。

 そして、もう一つ、思い出した。
 あの鏡は、『想い人を映す鏡』は、あのとき、ヴェネティアスで、フィリを、映した。そして、モフーン王国では、ユノさんを。

(そうだ……ユノさんも、、ヒューの魂だったんだ。もしかして、ユノさんも、記憶を??)

 ユノさんの、あの散らかった部屋を思い出す。異世界の本ばかり、積まれていたのだ。騎士なのに、あんなに異世界に、魔法陣に、あんなに詳しくて、それでも魔道具は作らないって、リヴィさんが言ってた。騎士だもんな、と思う。

(騎士……)

 ーーーでも、ヒューが騎士なんて、目指すわけないし、と思って、そうそう、と思い出す。好きな子にでも、騎士がかっこいいって言われたら、意地を張って、騎士という騎士を駆逐するか、自分が一番の騎士になるかを、目指しそうだと…僕は思ったんだった。でも、そうじゃなかったら…って…

(………え?)

 あれ、と、僕は思った。僕は、フィリに「騎士がかっこいい」と、言わなかっただろうか。いや、まさかな、と思う。
 でも……と、思いながら、僕はポケットから、ユノさんにもらったお守りを取り出した。ユノさんは、このお守りを僕に渡すとき、「前にもそんなのつけてただろ」と、言っていなかっただろうか。もしかして、フィリは、あの時、ずぶ濡れになった僕が、このお守りを外すのを、ベッドから見てたんだろうか。もしも、そうなら、、、。

「もしかして………ユノさんは、フィリの、後の人生?」

 そして、それは同時に……。

「っっっ………フィリも、もう、いないの??……ふぅう、っも、なんっっ」

 もう、もはや、何が何だか、さっぱりわからなかった。
 何回、何回、ヒューの魂が、一体何回、はじまって、そしてまた、終わりを迎えているのかは、わからない。どうして、そんなことになってるのか、なんで僕に言ってくれないのか、何にも、なんにもわからなかった。でも、ヒューは、毎回、転生するたびに、記憶を持ったまま生まれて、そして、その世界に、僕がたまたま現れているんだろうか。

 そして、何にも知らない僕を、ただ、そばで、守ってくれてたんだろうか。
 ずっと、ずっと、守ってくれていたんだろうか。

(……僕は、僕はもう、なんで。なんで何にも知らないで……)

 ただの仮説だったのに、でもなんだか、僕には、もう、そうとしか思えなかった。
 横になったまま、暗い部屋で、僕は自分の左手を上にあげた。僕の左手の、薬指にぴったりだったその指輪は、銀色にきらりと煌めいた。そして、右手もあげてみたのだ。握りしめた、ユノさんのお守り。それから、エミル様にもらった、きれいな組紐。ただの紐なのに、もう、何年もつけているのに、劣化しないのは、エミル様が、何らかの魔法をかけてくれているからに違いなかった。
 みんなの顔を思い浮かべたら、すこしだけ、すこしだけ、ほっとした。もしかして、砂漠の国にもいたりして…なんて、ふ、と笑みが溢れた。
 そして、思い出した。


 ーー「好きだろ、星」ーー


「…………………………え?」

 その時、なぜか、僕の頭に、エミル様の言葉が突然、ぽん、と、よぎった。
 あれ、と思う。今、思い返してみれば、おかしかった。エミル様は、どうして、どうして、僕が星を好きなことなんて、知ってたんだろう。だって、カラバトリは大きな街で、星空の話なんて、一度だってしたことはなかった。
 でも、ユクレシアの荒廃した大地には、悲しくなってしまうような光景が多くて、ヒューと毎晩、空を見上げた。空に輝いている星は、ユクレシアもきっとまた、美しい大地に戻るのだと、僕に信じさせてくれたから。何度も何度も、一緒に。

(ミミズも、ドーナツも。エミル様のこと、エスパーみたいだって、僕は、思ってて…)

 奴隷市で、はじめて会ったときの、エミル様の顔。今思い出してみれば、フィリも、ユノさんも、エミル様も、みんな、僕のことを見て、驚いた顔をしていたのだ。そして、別れの時も、ーーー。

「そうだ…『ルクス』……そうだ。あの時、エミル様は『ルクスを使え』って言ったんだ」

 そのとき、僕は、『ルクス』なんていう身体強化は、そんな魔法、知らなかった。だってあれは、その後に行ったモフーン王国で、僕はユノさんに教えてもらったんだから。
 あのとき、砂漠の国を去るとき、エミル様は、『ルクス』ができない僕に、驚愕の表情を浮かべていた。あれはもしかして、僕が、ルクスをできないことではなくて、に、驚いたんだろうか。もしも、もしもエミル様も、そうなら、もし、エミル様もヒューの魂だったなら、ユノさんなんだったとしたら、ユノさんに教えてもらった方法を、僕が知らないだなんて、驚くはずだった。

「……まさか…まさか…エミル様が、、、ユノさんの、後の人生なの?」

 そして、それは、ーーー。

「…………………ユノさんも、、、もう……」

 別れたときの、ユノさんを思い出すと、何度思い出しても、心臓がはり裂けそうだった。身体中を引きちぎられてるみたいな、本当に、やるせない気持ちになる。あれが、あの叫びが、ヒューのものだったかもしれないと思うと、もっと、もっと辛い。
 涙が止まらなかった。


 それでも、ヒューは、ずっとずっと、僕のことを、守ってくれていたんだ…。


(そんなことって…そんなことって…)

(どれだけ、どれだけ苦しい思いをして……)

(……僕と別れた後の、ユノさんの人生は……)

 あのエミル様の、悲しそうな、何かを諦めてしまったかのようだった様子を思い出す。人嫌いなんだと、思った。世界が嫌いなように見えた。僕と少し話して、その後、エミル様が言ってたこと。


 ーー「ずっと、追いかけている人がいる。だけど、何度追いかけても、どうしても届かないんだ」ーー


「…………まさか、、、僕を??」

 エミル様の部屋。セバスさんも僕もいたから、フィリやユノさんの部屋みたいに、汚いことはなかった。でも、本棚に並んだ本は、机の上にあった本たちは、異世界のことばかりではなかっただろうか。僕が、エミル様の部屋に落ちていた紙に描かれた魔法陣には、「魂の歴史」のエレメントが組み込まれていた。変な実験にも、たくさんたくさん、付き合わされた。
 でも、あれは、もしかして、ーーー。

「……異世界転移を……するために?」

 僕は、顔を両手で覆い、体を丸めて、泣き出した。うっうっと、みっともなく嗚咽を漏らし、涙を吐き出した。もう、鼻水も、よだれも、全部出て、僕はもう、ぐちょぐちょだった。

「ヒューは、フィリは、ユノさんは、エミル様は……ずっと、ずっと、地球を目指して……?」

 まさか、と思う。信じられないことだった。人生を4つも経ても、まだ、諦めずに、異世界転移を、しようと、してくれているのだろうか。



 ーー「そのまぬけな顔して、待ってて。きっと…すぐに、行くよ」ーー



「ずっと、ーーーずっと、僕のために……?」

 僕は、ヒューに愛されていた記憶すらもなくして、ヘラヘラと笑いながら、何も知らずに毎回、ヒューに守られて、ヒューがなんのために、どうして、異世界を目指しているのかも知らずに、どんな思いで、僕のそばにいるのかも知らずに、僕は、ーーー。僕は、ーーー。


「あああ、あああああっ ひゅう、、、ううっ そんな…そんな…」

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