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前編 龍神の嫁入り

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 薄暗い廊下を重々しい足取りで歩いていく。豪華な晴れ着を着込んでいるからというのもあるのだろうが、気が進まないという感情が一番の理由だろう。
(……久々にやってきたと思ったら)
 神界の外れでひっそりと暮らしている私の元に、滅多にやって来ない伯母がやってきた。そして、開口一番こう言ったのだ。
『神界で一番強い力を持つ龍神の娘を娶りたいという人間が現れたので、一週間後にお前が嫁ぎなさい』
 聞いた瞬間、私よりも強い力を持っている龍神の娘は他に何人もいるだろう、こちらの事情を考えずに話を進めるな、急すぎる……そう、思ったけれど。穢れなき神こそ至高、堕ちた神や神でない生物は皆一様に低俗という偏った思考を持つこの伯母には、何を言っても無駄だ。どうせ、人間如きに自分の娘達を嫁がせたくない、龍神の力さえ使えれば問題ない……そう思って私に白羽の矢を立てたのだと思うし。
『随分と急な話ですね。嫁入り用の道具や家具は何一つ持っていないのですが、それでは失礼になりませんか?』
『全て準備してあるから、身一つで来て良いと言っていました。だから、お前は業務の引継ぎだけしてそのままさっさと人間界へ行けば宜しい』
『そうですか。それでは、肌着や小物・普段使ってる茶碗等を纏めて』
『いいえ。肌着は……まぁ良いですが、着物や小物、茶碗等も既に新品が準備してあるそうですから持っていく必要はありません。直接身に着けるもので、最低限必要なもののみを持って行きなさい』
『……分かりました』
 心を無にして、了承の返事だけを一言告げる。満足したらしい伯母は、一週間後に迎えの駕籠が来るからそれに乗っていくようにという言葉を残して帰っていった。やりとりを思い出した弾みで嫌味な笑顔まで思い出してしまい、目を閉じて軽く頭を振る。しゃらしゃらと澄んだ音が頭上から聞こえてきて、少しだけ心が洗われた。
(……あのひとは相変わらずね)
 何も知らない子供ではないので、伯母の魂胆は分かっている。厄介者の私を人間界に追いやり、私の両親が残した高価な着物や茶碗等の金目の物を自分のものにしたいのだろう。
 高位神の一族のひとつと言われる龍神の一族の出であるくせに、考えている事は思いっきり俗物なのだから笑ってしまう。そんな俗物神の言いなりになる気はなかったので、家にあった物は家具も着物も保存食も何もかも纏めて持って来たが。きっと今頃、もぬけの殻になったあの家を見て腰を抜かしている事だろう。良い気味だ。
 そんなこんなしているうちに、婚礼の儀を執り行う部屋にやってきた。この部屋の先に、私の旦那となる人がいるのか。せめて、こちらの話をきちんと聞いてくれる人なら良いのだけれど。私も、妻として頑張るから。
 脳内で必死に祈りながら、開かれた扉の中に入る。正装で立っていたのは、金糸の刺繍が入った黒地の眼帯を左目に着けている、長身で強面の男性だった。
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