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序章

一筋の光

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 とうとう雨が降ってきた。昨日の天気予報で梅雨入り宣言をしたのだから、いつ降ってもおかしくないが、やはり雨は憂鬱だ。

 さくらはつり革に掴まりながら、電車の外の景色を眺めた。灰色の重たそうな空が広がる。その空がどっしりと自分に圧し掛かって来るようだ。その重さに耐えるかのように、さくらは両手でつり革を持ち、だらしなく電車の揺れに身を任せていた。
 本当ならこんな風に一人寂しく電車に揺られているはずではなかった。恋人のわたると二人で仲良く並んで乗っているはずだったのだ。おしゃべりをしながら目的地まで楽しく過ごしているはずだったのに。それが何故か一人ぼっちで揺られている・・・。
 
 実は今日、久々に二人で映画を見に行く約束をしていた。その大切な約束を恋人は無残にも破ったのだ。
 この仕打ちはさくらをかなり怒らせた。その怒りは翌朝になっても収まらず、腹いせに一人でも行ってやると、意気込んで家を出てきたのだった。
 だが、その勢いも初めだけで、暫く一人で電車に揺られているうちに気持ちがどんどん沈んできた。そして追い討ちを掛けるように梅雨の寒々しい景色がさくらを襲う。

「はぁ~~・・・」
 
 さくらは長く溜息をついた。
 一つ上の亘は社会人になって四年目。多忙な職場なのか、それとも優秀なのか知らないが、入社して半年も過ぎると、目に見えて忙しくなり、なかなかさくらために時間を割いてもらえなくなってきた。それでも学生頃は、さくらの方が上手に亘に時間を合わせることができた。しかし、自分も社会人になると、そうもいかなくなり、徐々に二人の会えない時間が多くなってきた。
 そのことはさくらをとても不安にさせた。何とかして会える時間を作ろうと必死で日程調整をして、やっと今日、二ヶ月ぶりに会えるはずだった。それなのに昨日の夜、亘から急遽出勤になってしまったからキャンセルしてくれと電話があったのだ。

 腹が立ったさくらは、平謝りに謝る亘に対し、もう知らないと怒鳴りつけ、電話を切ってしまった。十秒もしないうちに後悔したが、自分から謝りの電話を掛けるなんて絶対にできない。そんなことはプライドが許さなかった。それにいつもなら喧嘩をして怒って電話を切ってしまっても、すぐに亘から電話がかかってくる。今回だってもう少しすれば亘から電話がかかってくると高をくくっていたのだ。また謝ってくるだろう。

―――ホントにごめん! この埋め合わせは絶対するから機嫌直して!

 そう言ってくるはずだ。
 それを聞いたら許してあげよう。本当ならそう簡単に許してあげたくはないけど・・・。でも仕事なのだから仕方がない。そう思い、ベッドに横になってスマホをいじりながら、亘の連絡を待った。

 しかしなかなかスマホが鳴らない。電話もなければメッセージも来ない。さくらは焦り始めた。こんなこと初めてだった。さくらは亘の番号を表示させるが、自分からはなかなかかけられない。表示させては消し、表示させては消しの繰り返しをしているところに、スマホが震えた。さくらは飛び起き、やっと来たと喜んで開くとそれは別の友人からのグループLI●Eだった。
 
 それからずっと携帯とにらめっこをしていたが、その間来たのは、グループトークだけで、さくらの期待している連絡はまったく来る様子がない。根気よく待っていたが、いつの間にか眠ってしまった。朝起きて慌ててスマホを開くが、亘からの電話の着信もなければメッセージもなかった。

(きっとそうとう怒らせちゃったんだ・・・)
 
 さくらは目の前の景色がゆがんでいることに気が付いた。車窓に付いた雨の雫のせいで波打って見えているのではない。自分の目が原因だった。ここは公衆の面前だということを思い出し、慌ててハンカチを取り出した。幸いなことに前に座っている乗客は寝ているか、スマホを弄っていて、こちらを見ていない。いきなり若い娘が泣き出したところを見られたら何と思われるか。さくらはゴミでも入ったかのようなそぶりでさりげなく目を拭いた。
 
 目的地の駅に降りると、途端に帰りたい気持ちになってきた。
今まで一人で映画館に入ったことなんて一回もない。家を出る時は、これは自分に課した勝負であり、絶対勝ちに行ってやるという勢いでいたのに、40分近く電車に揺られていた間に、気持ちはすっかり敗者になっていた。
 
 それでもなんとか映画館の入り口までやってきた。しかし、着いてみるとますます怖気づいた。周りはカップルや友人同士で来ている人たちばかりで、一人で来ている客なんて見当たらない。さくらは急に一人が堪らなく寂しく感じてきた。

(どうしよう・・・)

 さくらは周りを見渡した。来ている客はそれぞれ仲間と集まって一つになっている。前も後ろも右も左も・・・。そしてそれら一つ一つが団結の強い固まりのように見えた。まるでそれぞれ一つの世界を成しているように・・・。そんな中でさくらだけが一人ぼっちでどの世界にも入れてもらえない。誰もさくらに目もくれない、というよりも、気が付かない。さくらだけがたった一人だけの小さな世界。そしてその「仲間」という世界の数は、どんどん出来上がり、ちっぽけなさくらの世界をこの場から追い出そうと迫ってくる。
 
 ハッと我に返ると、さくらは二枚の前売りチケットをグシャッと握り締め、ぼーっと立っていた。誰にも気付かれないどころか、逆に周りの人にチラチラと見られ、指まで差されて笑われている始末だった。さくらは顔が赤くなるのを感じ、いそいそとその場から退散した。

 外に出てみると、雨はますます強くなっていた。こんな天気だというのになんて人が多のだろう。さくらは気持ちを切り替えて、ショッピングを楽しむことにした。これなら一人でも大丈夫。前の勝負をあっさりと諦めたことで、返ってすっきりした気分になった。

(それにしても、さっきの感覚は何だったんだろう?)
 
 そう思いながら、さくらは傘を広げた。ちょうどその時、空に稲光が光った気がして、傘を降ろし、空を見上げた。耳を澄ませてみたが音など聞こえない。ということは雷だとしてもかなり遠いか、もしくは気のせいだったのだろう。
 
 さくらが再び傘をかぶろうとした時、もう一度空が光った。しかし稲光にしてはおかしい。さくらは覗き込むように空を眺めた。すると星のように一点、光が点滅しているのが見えた。次の瞬間、その光は猛スピードで一直線にさくらに向かって飛んできた。そしてさくらの体と貫いたかと思うと、そのまま体全体を光で覆い尽くしてしまった。
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