空を泳ぐ夢鯨と僕らの夢

佐武ろく

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雨、嵐、雷

雨、嵐、雷7

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 それに反応し蒼空さんが振り返るとまるで立ち止まるなと注意するように横断可能を知らせる音響が止んだ。とりあえず俺と蒼空さんは横断歩道を戻り邪魔にならない歩道端へ移動。

「見失っちゃった」
「本当にあれが夢喰いなんですか?」
「そうだよ。君も見たでしょ? 人の夢を喰う瞬間を」

 その言葉で脳裏に浮かぶ階段の光景。あの光り輝く火の玉のようなモノがその人の夢なんだろう。そして確かにあのフードの男はそれを口にしていた。もし仮にアレが人の夢じゃないとしても胸に手を突っ込み(しかも血も出さず)得体の知れない火の玉のようなモノを取り出し口へ。それだけであの男が普通じゃないことは誰の目にも明らかだ。
 夢喰いという不可解な存在は本当に実在したんだ。
 俺は自然と蒼空さんの顔を見遣ると都合よく疑っていたことが申し訳なく思えてきた。そして本当にみんなが夢を諦めだしたのは蒼空さんの所為じゃないという事が今になってやっと信じられるようになっていた。

「やっと信じてくれた?」
「え?」
「ずっと僕が嘘ついてると思ってたでしょ? そんな感じしてたから」
「いや……。すみません」
「謝らないで良いよ。むしろ信じ切れてないのに手伝ってくれてありがとう」

 手伝っていたというより俺はただ逃がさないようにしてただけなのに。その言葉は鋭く胸に突き刺さった。

「とりあえず一旦戻ろうか」
「はい」

 そして俺達は走って来た道へ足を進めた。
 ビルに着くと目を覚ましたのか踊り場にはもうみすぼらしい格好をしたあの男の姿は無かった。でも全くそれを気にしている様子のない蒼空さんを見るとそういうことなんだろう。俺は秘かに安堵すると階段を上り部屋に入った。

「さて。結果的に夢喰いを取り逃しちゃた訳だけど、一応存在を証明できたから成果はあったかな」
「でも夢喰いはどうするんですか?」
「それはどうにか次の手を打つしかないね。多分、あっちも警戒してるだろうし。もしかしたらもう別の場所へ移動してるかも。でもそれはもうこっちでやるから大丈夫。これ以上は範囲とかも大きくなり過ぎるからね」

 蒼空さんの口ぶりからして手伝う人がいるんだろう。なら何か出来る訳でも無い俺は何もしない方が良いはず。
 それにしてあの奇妙な光景(夢喰いが人の夢を喰う瞬間)が今でも頭の中で鮮明に再生されている。今まで信じてなかったのに心霊体験をしたような気分だ。

「あの火の玉みたいなのが人の夢なんですか?」
「そうだね。でも正確には夢喰いが無理矢理取り出したことで具現化したって言う方が正しいかな」
「あの人にも夢があったってことですよね?」
「巨万の富を得たい。名声を得たい。家族を幸せにしたい。好きな事で食べていきたい。――どんな欲望でも夢は夢。そこに汚いも綺麗も、良いも悪いもない。そしてその夢への想いの強さで輝きは変わる。彼がどんな夢を抱いてたかは分からないけどその想いは強かったようだね」

 その人の夢に対する想いの強さで輝きが変わるのならみんなの夢は一体どんな輝きを放っていたんだろう。ふと、そんな事が気になった。同時に夢を輝かしい笑顔で語るみんなの表情も思い出していた。

「だけど彼もそのまま忘れてしまえばもうその夢を見ることはないだろうね。他の夢を見つけられれば良いけど」
「そうですね」

 正直に言うと俺はあの人よりみんなの事の方が気がかりだった。口ではそう言っていたけど、本当はあの人はどうでも良い。もしみんなの夢を元通りに出来なかったらもう一度、今のと同じくらい情熱を燃やせる夢を見つけられるかが心配でしょうがなかった。

「あの、みんなを元通りにする為に俺に出来ることってないんですか?」
「そうだなぁ。その為には夢の欠片を集めないといけないし。じゃあ、いや……」

 それから少しの間、蒼空さんは腕を組み顎に手を添えながら何やら一人でぶつぶつと呟き始めた。

「うん。ちょっと一旦考えさせてもらってからどうするかまた連絡するよ」
「分かりました」
「それじゃあ今日は一旦ってことで」

 蒼空さんはそう言うとドアへ歩き出し、俺も少し遅れてその後に続く。外に出ると鍵を閉めた蒼空さんと一緒にビルを下りた。

「大丈夫だとは思うけど一応、気を付けて帰ってね」
「はい。蒼空さんも気を付けて」
「じゃあね」

 軽い言葉を交わすと最初のように蒼空さんは俺に背を向けて歩き始めた。

「――蒼空さん」

 だけど二、三歩足が進んだところで俺は蒼空さんを呼び止め、その声に彼は振り返った。

「最初から信じられなくてすみませんでした」

 彼を疑ってしまったことがやっぱり心に残っててそれを吐き出すように深く頭を下げた。幸い、人通りはほとんど無くて見られることは無かったけど別にそれは大した問題じゃない。

「別にいいよ。蓮君がそうなるのは自然の事だし、本当に気にしなくて大丈夫だよ。でもありがとう」

 顔を上げるとそこには初めて会った時のように莞爾として笑う蒼空さんの姿があった。その笑みで更に疑ってしまっ自分が恥ずかしくすら思えた。

「――それじゃあ、連絡待ってます」
「分かった。決まり次第早めに連絡するね」
「はい」

 若干のぎこちなさが漂ってはいたが俺は少しばかり軽くなった気持ちで蒼空さんと別々の道を歩き出した。
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