空を泳ぐ夢鯨と僕らの夢

佐武ろく

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雨、嵐、雷

雨、嵐、雷18

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「そうして儂は蒼空に夢鯨を見せてやり、SDWへと連れて行った」
「蒼空さんにそんな事があったんだ」

 俺は改めてその時、蒼空さんが飛ばなかったことに安堵した。

「そう言えば昔儂が送った小瓶はまだ持ってるか?」

 小瓶、一瞬何のことが分からなかったけどすぐに海と灯台が入ったあの小瓶の飾り物を思い出した。

「うん。机に飾ってて気に入ってるよ。あれってどこの国のお土産?」
「あれは特別製だ。どこにも売ってない」
「えっ! もしかしておじいちゃんが作ったの?」
「まぁそうだな」
「すご……」

 絵だけじゃなくてこんな才能もあるのか。もしかしたら俺にもその遺伝子が――そんな淡い期待が一瞬だけ頭を過ったが、それはすぐにどこかへ消えてしまった。

「あれは大切に持っとくといい。お前さんを導き助けてくれる物だからな」

 何か御呪いをしたお守り的な物なんだろうか。どちらにせよ大切に持っておくつもりだ。

「もちろん」

 すると俺のポケットから着信を知らせる音が鳴り響いた。その音に呼ばれスマホを取り出し画面を確認した。電話は母さんからだった。

「もしもし?」

 電話の内容は今どこに居るのかといもの。色々あり過ぎて気にしてなかったがすっかり遅い時間帯になってしまってたようだ。だけど俺はこの場所がどこなのか知らなければ現状をなんて説明すればいいか分からなかった。
 するとおじいちゃんに代わってくれと手振りで伝えられ、俺は持っていたスマホを手渡した。

「もしもし、儂だ」

 電話を代わったおじいちゃんはそれから少しの間、母さんと久しぶりの会話をした。何を話しているのかは分からないがいくつか予想はつく。

「――とりあえず蓮のことは大丈夫だ。あぁ、分かってる。あぁ。それじゃあな」

 そこまで長くは無いがそれなりの電話が終わると若干疲れの見える表情のおじいちゃんからスマホを返して貰った。

「もしかして怒られた?」
「流石に連絡をしなさすぎたようだな」
「ハガキも随分と途絶えてたからね」
「そうだな。最近は組織の用事もあれば絵も描かなければいけなかったからな。――そう言えば、最近絵は描いてるか? 昔はよく描いてたそうじゃないか。お前さんの母さんが随分と熱中してると嬉しそうに話してたよ」
「まぁ……。今はたまにって感じかな。あのおじいちゃんの小屋のとこでたまにね」

 俺はそう言いながら何故か後ろめたさのような感覚に襲われた。

「あの場所か。あそこはいい場所だ。静かで、心地好く集中できる。休むのにも適した場所だからな」

 おじいちゃんは懐古の情に駆られながらそう言うと立ち上がり、後ろの方にあった棚へ足を進めた。何をしているんだろう、そう思いながらその後姿を眺めていると振り返ったおじいちゃんの手にはスケッチブックと鉛筆、消しゴムが二つずつ。
 そして途中、端に置かれていた鞄から眼鏡を取り出し俺の隣へ腰を下ろした。

「折角だ。お前さんの絵を見せてくれ」

 もしかしたら自分の孫だから――しかも小さい頃から絵を描いていた俺に対して何かしらの期待を抱いてるのかもしれない。
 そう思うと気が引けるような感じがして気乗りはしなかった。
 でもどうしようか迷いつつも断る理由も特に思いつかず、結局は差し出されたスケッチブックと鉛筆に手を伸ばす。同時におじいちゃんの絵をさっき見ている分、こっちも最低限それなりの絵を描かないといけないと緊張の糸が弛みを伸ばすのを感じた。

「別に上手くないよ?」
「ここは学校でも教室でもない。ただ孫と絵を描くだけだ。上手さは必要ないさ」

 そう言って浮かべた笑みは、言葉通り孫と遊ぶ祖父のそれだった。どこまでも優しくて温かなその笑みに、俺のついさっき張り詰めたはずの緊張の糸はあっという間に緩んでいた。

「それで何描くの? 何でもいい?」
「そうだな。――まずは目を瞑ってみなさい」

 少しだけ考えた後、先に実行したおじいちゃんに言われ俺は何だろうと思いつつも一応目を閉じた。

「今までで一番嬉しかった、良かった出来事を思い出すんだ。それを描こうか」
「一番の想い出……」

 まだ二十年も生きてない人生の中で一番良かった出来事は何なんだろうか。改めて自分に問いかけてみると、滲むようにある出来事が頭に浮かんできた。よく考えれば他にもあるのかもしれないけど、何故か俺はすぐにこれだと思えその思い出を描くことに決めた。

「決まったのか? 早いな」

 そう言いながらも俺よりも何倍も生きて膨大な思い出があるはずのおじいちゃんは既にもう描き始めていた。
 それを見て俺も遅れぬよう白紙に鉛筆を走らせる。描いては消したり、やっぱりとまた描いたり。気が付けばつい、俺はいつものように黙って絵を描いていた。

「学校はどうだ?」

 まるで白紙のように会話の無い鉛筆の描く音だけが響く中、おじいちゃんがふとそんな事を訊いてきた。

「別に普通かな。美術の授業は楽しいけどそれ以外の数学とか国語関係とかはちょっとね」
「難しいか?」
「それもあるけどあんまり興味が持てないかな」

 はっはっは、と返事を聞いたおじいちゃんは声を出して笑う。

「儂も昔はそう思ってた。だがな、お前さんが絵の美しさに魅了されたように数式や文章、なんにだってそれ独自の美しさや楽しさが隠れているもんだ。それに気が付いた時、意外と見方は変わるもんだぞ」
「ちなみにおじいちゃんは俺ぐらいの時の成績ってどうだった?」
「儂か? 儂はな、自慢じゃないがこれでも海外の大学に進学したからな。勉強は出来た方だ」
「えっ! 海外?」

 これまたおじいちゃんの驚くべき才能を知ってしまった。こんなに絵も描けて小瓶アートも出来てその上、勉強も出来たなんて……。天は二物を与えずなんて言うがあれは嘘なのかもしれない。
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