空を泳ぐ夢鯨と僕らの夢

佐武ろく

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雨、嵐、雷

雨、嵐、雷23

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 俺はそんな景色に無意識の内、感嘆を零しながらもおじいちゃんを真似るように欄干へ両腕を乗せ凭れかかった。
 それから暫くの間、おじいちゃんと俺は静寂という美景の一部と共にその景色を堪能していた。

「昔、お前さんが画家を夢見ていたことは知っている」

 するとおじいちゃんは静寂からそっと姿を現すような声で話し始めた。俺はその声に視線を景色から隣へ。おじいちゃんの横顔へとやった。

「もしお前さんの中で何かが変わり描く事が夢にする程じゃなくなったのなら、儂はそれでいいと思う。今は無くともまたいずれ画家を夢見たように情熱を燃やせる夢が見つかるだろう。人は子どもから大人になるまでに多くの未知と出会う。時にはそれが想像すらしなかった道を生み出すこともあるはずだ。それに今まで情熱を燃やしていた事が単なる一時的なものだったと気づくかもしれない。もしそうなら別にそれはそれでいいんだ。いずれ本当の夢に辿り着けるかもしれないからな」

 おじいちゃんは欄干から両腕を離すと体を俺の方へ向けた。そして孫を見る柔らかな双眸が俺を見返す。

「だが、だた目を逸らしているだけなら――それは考え直した方が良い。もしこれからまた夢と呼べるモノを探したとして、同等かそれ以上の夢が見つかればそれは新たな出発点となるかもしれない。だがその夢がもしお前さんにとって人生で一番価値あることだったらどうする? お前さんが一番望むモノだったらどうする? お前さんは既に持っているのにも関わらずやりたいことを探すことになる。そんなのは無駄な時間だ」

 ここ最近(といっても蒼空さんと出会ってみんなの夢を聞き始めてからだが)俺は度々、昔の事を思い出していた。夢を語り一等星のように輝くみんなの表情に懐かしさ感じていると気が付けば脳裏に映像が浮かんでる。楽しそうで直向に夢を見つめるみんなのその姿は、子どもの頃の画家になることを夢見ていた日々を――自分の望む目標へ向かいながら好きな事をする全てが楽しかった日々を思い出させるんだ。

「それに多少、楽しく熱中出来ることを見つけても胸に引っかかりを感じ心から取り組めないかもしれない。本当の夢と言うのは断ち切ったつもりでも心に残り続けるものだからな。お前さんはどうだ? 本当に諦め切れているのか? 胸に何の引っ掛かりも無くそう言い切れるのか? 他人にじゃない。自分自身に対してだぞ」

 でもそんな風に懐古していると、段々――白の混じっていない蒼穹を雲が覆い始めるように、羨望が色を広げ始める。それを思い出せば自然とあの瞬間の事も思い出してしまう。あの最早(眠って見ている)夢なんじゃないかってぐらいの現実は今でも心に圧しかかり、気分が沈む。
 恐らくあれは、夢を追う事においての一番最初の挫折であり最初の壁。夢へ続く道へ足を踏み入れる為の門のようなものなんだと思う。
 でも俺はその門すら開くことができなかった。そんな俺が、その先にあるより過酷な道を進めるとは到底思えない。そう考えたらあの時点で諦めたのはあながち間違いじゃないようにも思えてくる。中途半端に進んで諦めるより時間を無駄にしないしよっぽどいい。
 でも、おじいちゃんの質問にすぐに答えられないのはやっぱり……。

「どうだろう。そう言われたら心残りは少しぐらいあるのかも。でも別に諦めた事が間違いだと思ってないところもあるし」

 そう話しながら俺は思い出した。煌々とした表情のみんなに触発され思い出す昔とは違った記憶を。

「――俺、中学からコンクールに応募し始めたんだけど、これが全然ダメで。だけど自信があったからそこまで差がある訳じゃなくて好みとかそういう部分の違いなだけだって、全然いけるだって思ってたんだ。でも――何回目かのコンテストで入賞者の作品を見てみたら……自分が思い上がりだったって分かったんだよね」

 意識せずとも勝手に反応して、拳を握った手へ軋む程に力が入る。

「もちろんその人達の方が俺より長く描き続けてるかもしれないけど。でもそれを分かった上でその人たちの作品は敵うどころか――一生掛かっても描ける気がしないようなものばかりで……。その瞬間、今まで思い描けてた――自分が画家になった姿が見えなくなったんだ。俺には無理なんだって思った……」

 まるでその時の悟りのような諦めを再現するか如く俺の拳からも力が抜けていく。

「もしかしたらこういう気持ちは、そういう人達には理解出来ないかもしれないけどね。だから諦め切れたかは――分かんないかな。諦めたつもりだけど、完全に未練がないかと訊かれれば躊躇いなく頷けない。でもこれで良かったかって訊かれたら、俺はこれで良かったと思ってるって答えるかな」

 半透明の語尾の後、夜の本来の静けさが俺達を包み込んだ。
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