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煌めきの都

氷の騎士の意見具申

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 翌日、勤めに際し、挨拶にきたオーガスティン。

「この度は、おめでとうございます、マイャリス様」

 会うやいなや、彼は恭しく礼をとった。

 彼が祝うのは、他でもない。

 マイャリスの婚姻についてだ。

 彼もまた、父から告げられた場に居合わせたのだ。あの当時は、その場の雰囲気__特に、マイャリスの複雑な心中を察して、言うのを控えたのだろう。

 彼にとっては上司であるナハトリンデンと、雇い主でもある州で一番偉い立場の州侯の娘とが婚姻を結ぶのだ。

 社交辞令であってもなくても、祝いの言葉は贈る__礼節を弁えているのがオーガスティンである。

 ありがとう、と言うこともできず、マイャリスは困ったように笑みを彼に返すしかできない。

 覚悟はできている。

 だが、一夜明けても、悶々とした気持ちは晴れない。

 __褒美……か。

 自分の価値を過大評価しているつもりはないが、改めてそれをつきつけられると、存在意義があまりにもなかったのだ、と虚しさが漠と広がるのだ。

 政略結婚など、当たり前だ。

 夢見ていたつもりはもちろん無い。無いが__相手がよりにもよって、あの『氷の騎士』と畏敬とともに揶揄される存在なのだ。

 __昔の彼とは違う、彼。

 知らない相手ではないとはいえ、もはや知らない彼だ。構えないでいられるはずがない。

「……リュディガーは……様子はどうですか?」

「今は、お輿入れの為の準備ということで、下賜された屋敷におりますから、私も顔を合わせてはおりません」

 それで、昨日はあの場にいなかったのか。

 __準備……なんの要望もないというのに。

「私は、どちらに行くことになるのかしらね」

 オーガスティンは、わずかに目を見開いた。

「それは……州都の外としか私は聞かされておりませんが……州侯にお尋ねになられればよかったのでは?」

「それは、そうね。確かに」

 くつり、と笑われ、マイャリスは苦笑を浮かべる。

「まぁ、こう申し上げるのも何ですが、お嬢様の心中を察するに、動揺は禁じ得ないでしょうから、あの場では聞くのも失念して当然でしょう。__急に、嫁げ、と言われ、その先がまさかの旧友であったのですからね」

 オーガスティンは顎をさすって、頭上の枝葉の向こうに流れ行く雲を見た。

「……ナハトリンデン殿と同行した近衛から聞いた話ですが、ナハトリンデン殿、まさかこのような形になるとは思ってはいなかったんじゃなかろうか、と私は思っています」

 振り仰いでいたオーガスティンは、いくらか声を静かに落として言うので、マイャリスは怪訝に小首をかしげた。

「……どういう、ことです?」

 オーガスティンは視線だけマイャリスへとまずは向けて、ついで周囲を見渡しながら顔を向けてくる。

「元龍騎士だったナハトリンデン殿が、何でしたっけ……稀な勲章の種類……えぇっと……」

「__一頭龍小綬章?」

「ああ、そう、それですそれです。マイャリス様、よくご存知で」

 忘れもしない。州境の魔穴の処理での功績によって叙勲されたそれ。

 受け取らざるを得なかった、と不本意そうにしていたリュディガーの姿まで思い出せる。

 彼のやるせなさ、辛さが痛いほどわかったから、大きな手を握って励ました。自分は理解しているから、と。

 __大切な友人だったのだもの。

 帝国の誇り。自分にとっても誇らしく思えた彼。

「それを下賜された者ということで、陛下の記憶にあったらしく、腕前をご覧になりたい、と龍帝陛下の懐刀と三本勝負を取ることになったそうです」

「三本勝負をした、とは聞きました。__見事一本とった、と」

「ええ、そのようで。陛下の懐刀から一本でもとれた者は、どうやらこれまでに片手で数えられた程度らしい剣客も剣客らしいのです。それを陛下は称賛し、褒美を下賜したそうです。州侯もナハトリンデン殿を誇らしく思われて、その場で望みを尋ねたらしい。そのとき、ナハトリンデン殿は、望みを言われた」

「望み……? 父が勝手に決めたのでは?」

 父からの話では、そうだった。

 オーガスティンは、周囲を改めて見渡してから、人気がないのを確認すると、マイャリスを真っ直ぐ見つめる。

「……州侯のお嬢様を解き放っていただきたい、と」

「え……」

 __あのリュディガーが……。

 俄には信じがたく、瞠目したが、オーガスティンは構わず言葉を続ける。

「彼曰く__お嬢様とは、同じ大学で学友でございました。お嬢様はとてもよく学を修められた方だと存じ上げております。後生大事になさっているということは重々承知しておりますが、必ずや、州侯のお役に立つはず。損になることは決してない__と」

 まさか、とマイャリスはそれ以上の言葉を逸する。

 いつかの彼の片鱗を垣間見たようで、今の彼の印象との差があまりにもありすぎるのだ。

「従順なナハトリンデンが、要望とはいえ初めて主人に意見したような形です。州侯も少しばかり気色ばんだらしい、と」

 それはそうだろう。

 父の周りには、父に靡く者ばかりで固められている。

 父に意見具申する輩は皆無なはず。

 そんな中で、最も信頼をおき、昨今では一番の気に入りの懐刀にそこまで言われたのであれば、顔に出てしまってもおかしくはないだろう。

「陛下の御前ですから、無碍にもできない。州侯としては落とし所を考えていて……で、ナハトリンデン殿へ嫁がせることを決めた__私は、そういうことじゃないかと思っています」

 もっとも、と彼はそこで更に声を潜める。

「__自分からは解き放つ形ですが、ナハトリンデン殿の下にあれば掌握したままとも言える。下手なところへ嫁がせるよりは、これまで通りお嬢様の処遇に指図できる。加えて、ナハトリンデン殿とは身内になるから、より繋がりは強固になる。__いい落とし所だったのでしょう」

 なるほど、とマイャリスは彼の見解にいくらか納得がいった。

「これまでのナハトリンデン殿をみるに、彼の行動指針は一貫して、州侯の利益になることを考えることにあります。お嬢様の能力を学友として知っているからこそ、今回の意見具申につながったとも私は考えております」

「父の……利益……」

 それはどうだろう。

 父にとって自分は、面倒なことばかり気が付き、いちいち意見して噛み付くような存在だ。それは今も昔も。

 __昔なんて、特に子供だったからなおさら嫌だったでしょうね。

 恩人の娘だから、とその時まで後生大事に軟禁し、その時でさえも自己の利益になり得なければ動かさないのが父だ。

 最大限の利益を常に見極める__それが父。

 そんな父が、利益になるから、という懐刀の意見を聞き入れ、こまっしゃくれた養女の能力を振るわせようなどと思うとは思えない。

 __リュディガーだって、知っているでしょうに……。

 自分の話を聞いて、知っていたはず。

 ここにきて__父にしたがって、よく理解していたはずではないか。

 __いずれにせよ、嫁ぐことに変わりはない。

 あの彼のところへ。

 __変わっているのか、いないのか……。

「評価してくれているのは、光栄なことよね」

 マイャリスは自嘲気味にぼやく。

 対してオーガスティンは、肩をすくめるにとどめて姿勢を正した。

「とにかく、まぁ……そこまでヒトを捨ててはいないのだと思いますよ」

 __ヒトを辞めた覚えはありませんので。

 彼の言葉が不意に蘇る。

「……だと、いいのだけれど」

 マイャリスは、季節が進んだ庭へと視線を流した。
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