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煌めきの都
帰命スル影 Ⅳ
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自分が、ロンフォールへ同情を抱くほど、密な関係があったわけではない。
幼少期であっても、叔父がいて、仕事中に死んでしまったのだ、と残念そうな顔をした父から聞いていただけだ。記憶には面影すらない。
__それだけは、幸いだったな。
微塵も、彼に対して身内という感覚がなかったのは幸運だった。
全力で拒絶できた。
__苦しいな……。
いよいよ、喘鳴と言えるような呼吸になってきた。
歪む周囲。天地の感覚がなくなるように、目まぐるしく景色が移り変わる。頭上から降り注ぐように様々な色が流れたかと思えば、左右、前後と変わっていく。
__墜ちた……。
それだけは、分かった。
ただでさえ満身創痍な身体で、瘴気に侵されながら歩むに難儀しているというのに、視界の変化が追い打ちをかけるように平衡感覚を狂わせ、数歩ごと転びそうになる。
くそ、と内心悪態をつくリュディガー。
アンブラがいれば、どういった状況なのか教えてくれただろう。道だって__。
__アンブラ……?
何だ。それは。
黒い狐の姿が浮かぶ__否、狐とはなんだ。
唐突に、じりり、と走った違和感にそちらを見れば、足の傷からの痛みだとわかった。
「まずい……」
にじみ始めた思考。ぼやける思考。それを認識して、リュディガーは頭を振った。
__限界だ。
「だが、戻る……」
出口を強く想像する。それを感じられる方が出口__そう根拠のない確信を懐きながら重い体を引きずって、歩き始めた。
__出る……。外は……こっち。
そう、外はどうなっている。
時間の差異があるようだが、溢れ出ている瘴気は収まっただろうか。
__鏡の処置も終わったのか。
確認をしないと。
__彼女は、やれただろうか。
託したものを使いこなせただろうか。
__全てが終わったら、諸々を伝えなければ……。
彼女には知る権利がある。知りたいとも思っているだろう。
自分には疑問に答える義務がある。応じねばならない。
__それに、謝罪と感謝も。
相対し、面と向かって、自らの口でそれらができることを勝手に褒美にして、今の今までやってきたと言ってもいい。
__崇高な理念を掲げ、大義名分もあたえられて動いているが、畢竟、龍騎士だってただのヒトだ。
龍帝の意思の体現者、人々の規範たれ、と常々言われ、そう認識されているが、そんなものだと少なくともリュディガーは思っている。
__まぁ……彼女が耳を傾けてくれるかは別問題だが……。寧ろ、詰られるかもしれんな。
だが、詰られても構わない。
もう一度、ちゃんとあちらで無事にいる姿を見ておきたい。
間諜という任務に身をおいて、『氷の騎士』という御大層な異名を負い、彼女のことを遠ざけていたから。
__遠ざけて、謀って……。
と、そこで思考を断ち切らせたのは、身体が重いから。
足は何かがまとわりついているのでは、と思えるほど重いし、まっすぐ歩いていられないし、一歩一歩進む度、吐き気や頭痛もするようになってきた。
ぎちぎち、と体中が痛む。
もはや、どこが痛むとも判別できないほど。
__あぁ、こんな時、龍がいればな……。
あれは魔穴で最適な道を見つけ、駆け抜ける。
道を見失うことなどない。
__翼があれば……。
内心で呟いた言葉に、ふと疑問が湧いた。
__翼とは、なんだ……。
確かそれは、とても大きい、頼りがいがあるものだった__はず。
周囲を取り巻く瘴気の渦。
目の前でそれが盛り上がった。
それは明らかに変化で、朦朧と仕掛けていたものの、はた、と我に返る。
盛り上がった黒い影は、人の大きさほどになる。輪郭はぼやけているものの、四肢五体があるのは伺い知れる。
ぽつぽつ、とそれらは増えていく様に、舌打ちをした。
__こういうとき、翼があれば楽なんだ。
それがあったら__どうなる。
__どう……とは?
楽に__。
輪郭がぼやけた黒い影。それらが佇む合間。いくらか離れたところに白い何かが見えた__気がした。
その存在を認識したものの、すぐに視界のすべてが黒に塗りつぶされる。同時に何かを考えるのを放棄してしまった。
__あぁ……楽、に……。
幼少期であっても、叔父がいて、仕事中に死んでしまったのだ、と残念そうな顔をした父から聞いていただけだ。記憶には面影すらない。
__それだけは、幸いだったな。
微塵も、彼に対して身内という感覚がなかったのは幸運だった。
全力で拒絶できた。
__苦しいな……。
いよいよ、喘鳴と言えるような呼吸になってきた。
歪む周囲。天地の感覚がなくなるように、目まぐるしく景色が移り変わる。頭上から降り注ぐように様々な色が流れたかと思えば、左右、前後と変わっていく。
__墜ちた……。
それだけは、分かった。
ただでさえ満身創痍な身体で、瘴気に侵されながら歩むに難儀しているというのに、視界の変化が追い打ちをかけるように平衡感覚を狂わせ、数歩ごと転びそうになる。
くそ、と内心悪態をつくリュディガー。
アンブラがいれば、どういった状況なのか教えてくれただろう。道だって__。
__アンブラ……?
何だ。それは。
黒い狐の姿が浮かぶ__否、狐とはなんだ。
唐突に、じりり、と走った違和感にそちらを見れば、足の傷からの痛みだとわかった。
「まずい……」
にじみ始めた思考。ぼやける思考。それを認識して、リュディガーは頭を振った。
__限界だ。
「だが、戻る……」
出口を強く想像する。それを感じられる方が出口__そう根拠のない確信を懐きながら重い体を引きずって、歩き始めた。
__出る……。外は……こっち。
そう、外はどうなっている。
時間の差異があるようだが、溢れ出ている瘴気は収まっただろうか。
__鏡の処置も終わったのか。
確認をしないと。
__彼女は、やれただろうか。
託したものを使いこなせただろうか。
__全てが終わったら、諸々を伝えなければ……。
彼女には知る権利がある。知りたいとも思っているだろう。
自分には疑問に答える義務がある。応じねばならない。
__それに、謝罪と感謝も。
相対し、面と向かって、自らの口でそれらができることを勝手に褒美にして、今の今までやってきたと言ってもいい。
__崇高な理念を掲げ、大義名分もあたえられて動いているが、畢竟、龍騎士だってただのヒトだ。
龍帝の意思の体現者、人々の規範たれ、と常々言われ、そう認識されているが、そんなものだと少なくともリュディガーは思っている。
__まぁ……彼女が耳を傾けてくれるかは別問題だが……。寧ろ、詰られるかもしれんな。
だが、詰られても構わない。
もう一度、ちゃんとあちらで無事にいる姿を見ておきたい。
間諜という任務に身をおいて、『氷の騎士』という御大層な異名を負い、彼女のことを遠ざけていたから。
__遠ざけて、謀って……。
と、そこで思考を断ち切らせたのは、身体が重いから。
足は何かがまとわりついているのでは、と思えるほど重いし、まっすぐ歩いていられないし、一歩一歩進む度、吐き気や頭痛もするようになってきた。
ぎちぎち、と体中が痛む。
もはや、どこが痛むとも判別できないほど。
__あぁ、こんな時、龍がいればな……。
あれは魔穴で最適な道を見つけ、駆け抜ける。
道を見失うことなどない。
__翼があれば……。
内心で呟いた言葉に、ふと疑問が湧いた。
__翼とは、なんだ……。
確かそれは、とても大きい、頼りがいがあるものだった__はず。
周囲を取り巻く瘴気の渦。
目の前でそれが盛り上がった。
それは明らかに変化で、朦朧と仕掛けていたものの、はた、と我に返る。
盛り上がった黒い影は、人の大きさほどになる。輪郭はぼやけているものの、四肢五体があるのは伺い知れる。
ぽつぽつ、とそれらは増えていく様に、舌打ちをした。
__こういうとき、翼があれば楽なんだ。
それがあったら__どうなる。
__どう……とは?
楽に__。
輪郭がぼやけた黒い影。それらが佇む合間。いくらか離れたところに白い何かが見えた__気がした。
その存在を認識したものの、すぐに視界のすべてが黒に塗りつぶされる。同時に何かを考えるのを放棄してしまった。
__あぁ……楽、に……。
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