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煌めきの都
顕現スルもの Ⅴ
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交差する笑いと慟哭と悲鳴。ヒトのものにも聞こえるが、獣のそれにも聞こえる。それは州城全体、周囲を取り囲む都全体からも、そして頭上からも。頭上を行く異形があるから、それに襲われることができそうだ。
__でも、死は最終手段。
自分は生きたいのだ。
あれら異形が襲ってくる気配がないのは、瘴気を操るロンフォールの思惑__仕業なのかもしれない。
事実、明らかにこちらに視線を向けて、存在を認識していながら異形たちは素通りして州都や、周囲へと飛んでいってしまうのだ。
__適切なときに、適切な方法で殺す必要があるから。
瘴気から腕が無数に生え、マイャリスへと迫る。
それに割って入るのはアンブラで、マイャリスはフルゴルに引き起こされて、距離を取らされた。
肩越しに、やや圧され気味のアンブラの攻防を見ながら離れていると、向かう先から唸り声がする。驚いてそちらへ顔を向ければ、黒い四足の異形が迫っていた。
牛の体ほどの大きさの四足の異形と、それに従う形の犬ほどの大きさの四足の異形。思わず足を止めると、応じるように四つ足の異形たちも地面を抉るようにして滑り込んで足を止め、それぞれが牙をむき出して威嚇してくる。
__鏡があちらにある以上、滅多なことをしないほうが賢明……。
自分を人質にしてこの場をやり過ごすことを考えたが、鏡が向こうにある今は、愚策に思える。
フルゴルが四足の異形との間に割って入り、腕を振るう。
一瞬、張り詰めた空気がつぶさに弾け、同時に小さい四足の身体が霧散して消えていった。だがすぐに四足の異形は形作られて前を塞ぐ。
そうして、大きな四足の異形は、あろうことかその場に座し血のような相貌を細めて見つめてくる。
通しはしない。足掻くのは好きにしろ。やれるものなら__そんな意思を持ち合わせているのか甚だ疑問だが、その目はそう言っているように見えてならなかった。
どん、と鈍い音が背後から聞こえ、マイャリスとフルゴルは弾かれるように振り返る__が、その視界を横切った影が、近くに転がり落ち、それを阻止する。
見れば、それはアンブラだった。
転がって地面に伏したまま動かないアンブラ。ヒトの身を包む法衣は、裂け、血が滲み、全身で呼吸をしている。
慌てて駆けより助け起こそうとするが、彼がうめき声を上げるので思わず手を離して止めた。
ずりずり、と地面を擦る嫌な音とともに、足音が近づく。ロンフォールが不敵に笑んで歩み寄ってきていた。
その手には、どこから取り出したのか、白刃の得物__それを見てマイャリスは眉を潜めた。
黒かったはずだ。禍々しい真っ黒い刀身の得物。それがどういうことか、形こそ同じだがこの瘴気渦巻くところにあって、目を引くほどの白さになっている。
ゆらり、と身体を起こすアンブラを見て、ロンフォールは鼻で笑った。
「飼い主に傷を押し付けられたのは、同情する。黒狐。本調子が出ないのに、あの獬豸の血胤を守るのは骨が折れるだろう。素直に渡せば楽にはなるぞ」
「楽__とは。よく言う。そなたの場合、断つ、ということであろう。残念ながら、我々は剄られても、そならに下らぬぞ」
くつり、とロンフォールが笑った。
「それは承知だ。あの狗のせいで、積み上げた気枯(けが)れを剥がされたのでな。お前たち二柱を屠った場合の気枯れは相当なものだろう。あれほどではないが、十二分。無駄にはならんから、素っ首を寄越せばよい」
白刃を示したロンフォールが、地を蹴った。
フルゴルが間に入るように動き、何か短く言葉を紡いだ直後、彼女そのものが俄に輝いた。その輝きは彼女を中心に4、5歩の半球を描いて広がっていき、ロンフォールの振り下ろした白刃を受け止めて鍔迫りあった。
白と黒と金の光の粒を、接したところから激しく迸らせての鍔迫り合い。ぐにゃり、とロンフォールの瘴気が蠢いて、別の角度からぶつかってくる。追い打ちをかけるように四つ足の異形までもが飛びついてくる。
迫りくる四つ足の牙に、マイャリスは身を固めていれば、アンブラが手を引いてしゃがませた。
アンブラは小さく言葉を紡いで、人差し指と中指を揃えて、瘴気と四つ足の異形らに幾度も縦横に切るようにして払う。
瘴気と四つ足が、アンブラの指が虚空を切る度に、同じように何かに打たれているのか、身を捩って離れ、あるいは霧散する。
そうしていると、ロンフォールの顔の不敵な笑みが固まり、消え、唐突にその場を離れた。
何事か、と見ていれば、彼の鏡を握る瘴気の一部が膨れ上がっていく。
異変を察知し視線鋭く身構えるフルゴルだが、ロンフォールが驚愕した声を漏らすのは何故か。
盛り上がり、繋がった部分は引き千切れんばかりに薄く細く伸びていく。
それが限界に達した瞬間、塊が瘴気から飛び出し、鏡を掴んでいた手までもが巻き込まれるようにして千切れる。
刹那、呻いたのはロンフォールで、忌々しげに塊を睨みつけていた。
勢いよく飛び出た塊は、さらに大きく広がった__否、翼を有していた。
鏡はその瘴気の中に包まれて見えなくなり、追いかけるようにして新たに瘴気の腕が塊に向かって伸びるも、塊は見透かしたように、ひらり、と躱してしまった。
かなり大きな塊で、前後にすらり、と伸びる部位は、よくよく見れば首と尾。
「__龍……」
フルゴルが驚嘆した声で呟いた言葉で、マイャリスはそれを龍だと認識した。
だが、形はたしかに龍であるが、どうみても瘴気の塊である。
少し離れた東屋の屋根の上に降り立ったそれは、鋭利な蹴爪を穿ち身体を固定すると、威嚇するように翼を広げてロンフォールへ咆哮を放つ。
最初に動いたのは、牛ほどの大きさの四つ足の異形だった。執拗に砕こうとしていたフルゴルの壁から離れて向かっていく。
応じるように翼の異形も飛び立って、地面すれすれまで降りると、その勢いのまま四つ足の異形へとぶつかった。
大きく開いた頤が四つ足の異形の喉笛を喰み、空中へと舞い上がる。そして、そこで喉笛を食いちぎった。
断末魔の咆哮を上げることもなく、四つ足の異形は庭園の地面へと落ちていき、ぶつかる直前で霧散して消える。
再び地面へと急降下して、木々のすれすれを飛び、マイャリスらの周囲に次々湧いてきていた四つ足たちに襲いかかった。
そして、全て平らげ驚異を払った後、そのまま地面へと身を伏せる。
その翼の異形が、ずるり、と身を引くと、力なく横たわる人物がいた。翼の異形は、そこからロンフォールへと向かって飛びつくも、マイャリスの視線は横たわったままの人物に釘付けになってしまった。
大柄な男だった。礼装に包まれた身体は、筋骨隆々としているものの、ところどころ痛々しい裂傷と血が滲んでいる。
マイャリスの場所からは、横たわった姿勢が背面を見せる形だったために顔は確認できないが、その姿を見間違うはずがなかった。
「リュディガー!」
「ならん……っ」
転げる勢いでそちらに駆け寄ろうと動くも、アンブラが手を取ってそれを阻もうとした。しかし、それを振りほどいて彼のもとへと駆け寄った。
近くで見ると彼の負傷をより見せつけられ、思わず顔を歪めてしまう。健気にも鏡を抱えている彼。
その鏡以外、どういうわけか、彼全体に影が降りたように昏く見える。
異様な光景で、逸る気持ちに押されて、呼吸はどうだろうか、と鼻と口に手を翳すため身体の向こう側へ身を乗り出す。
「お止めください!」
フルゴルが叫びにも近い声を張り上げたとき、向こう側へと手を伸ばす為、彼にもう一方の手を軽く添えるように置いたところだった。
__でも、死は最終手段。
自分は生きたいのだ。
あれら異形が襲ってくる気配がないのは、瘴気を操るロンフォールの思惑__仕業なのかもしれない。
事実、明らかにこちらに視線を向けて、存在を認識していながら異形たちは素通りして州都や、周囲へと飛んでいってしまうのだ。
__適切なときに、適切な方法で殺す必要があるから。
瘴気から腕が無数に生え、マイャリスへと迫る。
それに割って入るのはアンブラで、マイャリスはフルゴルに引き起こされて、距離を取らされた。
肩越しに、やや圧され気味のアンブラの攻防を見ながら離れていると、向かう先から唸り声がする。驚いてそちらへ顔を向ければ、黒い四足の異形が迫っていた。
牛の体ほどの大きさの四足の異形と、それに従う形の犬ほどの大きさの四足の異形。思わず足を止めると、応じるように四つ足の異形たちも地面を抉るようにして滑り込んで足を止め、それぞれが牙をむき出して威嚇してくる。
__鏡があちらにある以上、滅多なことをしないほうが賢明……。
自分を人質にしてこの場をやり過ごすことを考えたが、鏡が向こうにある今は、愚策に思える。
フルゴルが四足の異形との間に割って入り、腕を振るう。
一瞬、張り詰めた空気がつぶさに弾け、同時に小さい四足の身体が霧散して消えていった。だがすぐに四足の異形は形作られて前を塞ぐ。
そうして、大きな四足の異形は、あろうことかその場に座し血のような相貌を細めて見つめてくる。
通しはしない。足掻くのは好きにしろ。やれるものなら__そんな意思を持ち合わせているのか甚だ疑問だが、その目はそう言っているように見えてならなかった。
どん、と鈍い音が背後から聞こえ、マイャリスとフルゴルは弾かれるように振り返る__が、その視界を横切った影が、近くに転がり落ち、それを阻止する。
見れば、それはアンブラだった。
転がって地面に伏したまま動かないアンブラ。ヒトの身を包む法衣は、裂け、血が滲み、全身で呼吸をしている。
慌てて駆けより助け起こそうとするが、彼がうめき声を上げるので思わず手を離して止めた。
ずりずり、と地面を擦る嫌な音とともに、足音が近づく。ロンフォールが不敵に笑んで歩み寄ってきていた。
その手には、どこから取り出したのか、白刃の得物__それを見てマイャリスは眉を潜めた。
黒かったはずだ。禍々しい真っ黒い刀身の得物。それがどういうことか、形こそ同じだがこの瘴気渦巻くところにあって、目を引くほどの白さになっている。
ゆらり、と身体を起こすアンブラを見て、ロンフォールは鼻で笑った。
「飼い主に傷を押し付けられたのは、同情する。黒狐。本調子が出ないのに、あの獬豸の血胤を守るのは骨が折れるだろう。素直に渡せば楽にはなるぞ」
「楽__とは。よく言う。そなたの場合、断つ、ということであろう。残念ながら、我々は剄られても、そならに下らぬぞ」
くつり、とロンフォールが笑った。
「それは承知だ。あの狗のせいで、積み上げた気枯(けが)れを剥がされたのでな。お前たち二柱を屠った場合の気枯れは相当なものだろう。あれほどではないが、十二分。無駄にはならんから、素っ首を寄越せばよい」
白刃を示したロンフォールが、地を蹴った。
フルゴルが間に入るように動き、何か短く言葉を紡いだ直後、彼女そのものが俄に輝いた。その輝きは彼女を中心に4、5歩の半球を描いて広がっていき、ロンフォールの振り下ろした白刃を受け止めて鍔迫りあった。
白と黒と金の光の粒を、接したところから激しく迸らせての鍔迫り合い。ぐにゃり、とロンフォールの瘴気が蠢いて、別の角度からぶつかってくる。追い打ちをかけるように四つ足の異形までもが飛びついてくる。
迫りくる四つ足の牙に、マイャリスは身を固めていれば、アンブラが手を引いてしゃがませた。
アンブラは小さく言葉を紡いで、人差し指と中指を揃えて、瘴気と四つ足の異形らに幾度も縦横に切るようにして払う。
瘴気と四つ足が、アンブラの指が虚空を切る度に、同じように何かに打たれているのか、身を捩って離れ、あるいは霧散する。
そうしていると、ロンフォールの顔の不敵な笑みが固まり、消え、唐突にその場を離れた。
何事か、と見ていれば、彼の鏡を握る瘴気の一部が膨れ上がっていく。
異変を察知し視線鋭く身構えるフルゴルだが、ロンフォールが驚愕した声を漏らすのは何故か。
盛り上がり、繋がった部分は引き千切れんばかりに薄く細く伸びていく。
それが限界に達した瞬間、塊が瘴気から飛び出し、鏡を掴んでいた手までもが巻き込まれるようにして千切れる。
刹那、呻いたのはロンフォールで、忌々しげに塊を睨みつけていた。
勢いよく飛び出た塊は、さらに大きく広がった__否、翼を有していた。
鏡はその瘴気の中に包まれて見えなくなり、追いかけるようにして新たに瘴気の腕が塊に向かって伸びるも、塊は見透かしたように、ひらり、と躱してしまった。
かなり大きな塊で、前後にすらり、と伸びる部位は、よくよく見れば首と尾。
「__龍……」
フルゴルが驚嘆した声で呟いた言葉で、マイャリスはそれを龍だと認識した。
だが、形はたしかに龍であるが、どうみても瘴気の塊である。
少し離れた東屋の屋根の上に降り立ったそれは、鋭利な蹴爪を穿ち身体を固定すると、威嚇するように翼を広げてロンフォールへ咆哮を放つ。
最初に動いたのは、牛ほどの大きさの四つ足の異形だった。執拗に砕こうとしていたフルゴルの壁から離れて向かっていく。
応じるように翼の異形も飛び立って、地面すれすれまで降りると、その勢いのまま四つ足の異形へとぶつかった。
大きく開いた頤が四つ足の異形の喉笛を喰み、空中へと舞い上がる。そして、そこで喉笛を食いちぎった。
断末魔の咆哮を上げることもなく、四つ足の異形は庭園の地面へと落ちていき、ぶつかる直前で霧散して消える。
再び地面へと急降下して、木々のすれすれを飛び、マイャリスらの周囲に次々湧いてきていた四つ足たちに襲いかかった。
そして、全て平らげ驚異を払った後、そのまま地面へと身を伏せる。
その翼の異形が、ずるり、と身を引くと、力なく横たわる人物がいた。翼の異形は、そこからロンフォールへと向かって飛びつくも、マイャリスの視線は横たわったままの人物に釘付けになってしまった。
大柄な男だった。礼装に包まれた身体は、筋骨隆々としているものの、ところどころ痛々しい裂傷と血が滲んでいる。
マイャリスの場所からは、横たわった姿勢が背面を見せる形だったために顔は確認できないが、その姿を見間違うはずがなかった。
「リュディガー!」
「ならん……っ」
転げる勢いでそちらに駆け寄ろうと動くも、アンブラが手を取ってそれを阻もうとした。しかし、それを振りほどいて彼のもとへと駆け寄った。
近くで見ると彼の負傷をより見せつけられ、思わず顔を歪めてしまう。健気にも鏡を抱えている彼。
その鏡以外、どういうわけか、彼全体に影が降りたように昏く見える。
異様な光景で、逸る気持ちに押されて、呼吸はどうだろうか、と鼻と口に手を翳すため身体の向こう側へ身を乗り出す。
「お止めください!」
フルゴルが叫びにも近い声を張り上げたとき、向こう側へと手を伸ばす為、彼にもう一方の手を軽く添えるように置いたところだった。
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