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『英雄の剣』に選ばれし者

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 早朝、そろそろ陽が昇ろうかという時間。
 善人よしととそのパーティは聖地ティルナノーグに到着した。

 門をくぐり抜けると、町は静寂に包まれていた。
 観光客で賑わいを見せる聖地だが、この時間帯に起きている者は門番や宿屋の主人、商人などごく少数だ。

「これは……」

 馬車から降りた善人は、抉られた地面を目の当たりにして言葉を失った。
 周囲を見渡せば、陽の光が薄らと差し込まれ、魔物が侵入した際にできたであろう痕跡を照らしている。

 種族にもよるが、一般的に魔物の活動は夜に活発化し、朝は鎮静化する傾向にある。
 昼間も活動はしているが夜ほど活発ではない。

 だが、マクギリアスから聞いた話では魔物が聖地を襲ったのは日中だという。
 しかも群れをなして。
 
 魔物が複数で集まること、それ自体は珍しいことではない。
 善人が気になったのは、群れで町を襲ったという点だ。

 群れからはぐれた魔物が町に迷い込む事例はあっても、群れで町を襲った事例は聞いたことがない。
 パーティに聞いても、そんなことは今までなかったと言うのだ。

 幸い、聖地の周辺に魔物の姿はなかったが油断はできない。
 もう少し陽が高くなったら、魔物の目撃情報を集めることにしよう。
 善人はそう考えた。

「ヨシト様、これからどうなさいますか?」

 善人に声を掛けたのは神官のテレサだ。
 善人が振り返ると、盾使いのバッツ、魔道士のミレーヌも善人の返事を待っていた。

 善人にとって、ベルガストに来てから今まで苦楽を共にしてきた頼もしい仲間だ。

 善人は空を見上げる。
 陽が昇り切るにはまだ時間が掛かりそうだ。

 だったら魔物の調査を始める前に、もう一つの依頼を片付けてしまえばいい。
 普段なら混んでいるだろうが、今の時間ならきっと空いているはずだ。

「『英雄の剣』を見に行こう」

「もう一度挑戦されるのですね!」

「自信はないけどね」

 以前、挑戦したときはまったく抜ける気がしなかった。
 確かにあの頃に比べればレベルは大幅にアップしたし、強くなったという実感はある。
 ただ、強くなっただけで抜くことができるとは思えなかった。

「なあに、今のお前さんならきっと大丈夫だ。俺が保証するぜ」

 バッツが善人の肩を力強く叩く。

「そうさね。アタシもバッツの意見に賛成だよ」

「そうです! ヨシト様なら必ず抜けますよ!」

 3人の言葉に、善人は嬉しくなった。
 自分のことを信じてくれているという気持ちが伝わってくる。

「ありがとう。抜けるかどうか分からないけど、今の僕の全力をぶつけてみるよ」

 皆の期待に応えたい。
 善人は『英雄の剣』へと続く階段を上った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あれ、中に誰かいる……?」

 教会の中に入り、奥の扉に手をかけたところで善人は気付いた。
 中から人の声が聞こえるのだ。
 しかも複数。

「こんな朝早くにどなたでしょうか?」

「誰でもいいじゃねえか。入っちまえよ、ヨシト」

「駄目ですよ、バッツさん。順番は守らないと」

 善人はバッツをたしなめる。
 魔物との戦いのときは先頭に立って攻撃から守ってくれる頼れる兄貴分なのだが、普段はどうも大雑把なところがある。

「ヨシト様の言う通りですよ、バッツさん」

 テレサが同調する。
 パーティ内でのストッパーは年少の善人とテレサの役目だった。

「分かったよ。ったく、お前らは固いねえ。なあ、ミレーヌ」

「アタシを巻き込まないでおくれよ」

「なんだよ、お前だってさっさと中に入ればいいって思ってるだろ?」

「……さてね」

 ミレーヌは言葉を濁して顔を逸らす。
 彼女はバッツと話をするとき、こうやってはぐらかすことが多い。

 それに対してバッツが目くじらを立てるようなことはない。
 軽く肩を竦めるだけである。
 この一連の流れは、2人の決まり文句のようなものだった。

 不意に扉が開く。

「「……あ」」

 善人と相手の声が重なる。
 中から出てきたのは、善人もよく知っている相手だった。

「よう、善人。久しぶりだな、元気そうじゃねえか」

 鋼太郎と彼のパーティだった。

「ああ、久しぶり。鋼太郎こうたろうこそ元気そうで何よりだ」

 2人はお互いに軽く手を挙げて挨拶をする。
 
「お前も『英雄の剣』を確かめに来たのか?」

「そうだよ。お前もってことは鋼太郎もか? 僕はマクギリアス様から依頼されたんだけど……」

「マクギリアス様からだと? 女神からじゃねえのか?」

「? アシュタルテ様からは何の連絡もないよ」

 ――こりゃどういうことだ。

 善人は地球から召喚された同じ勇者だ。
 駿しゅんは牢にぶち込まれているから身動きがとれねえから仕方ないとして、善人にも俺みたいに連絡がいってもいいはず。

 ああ、そうか。
 コイツは自分の女神に大して期待されてねえってわけか。

 鋼太郎はそう解釈した。

「中に入ってもいいかい」

「ああ、こっちの用事は済んだからな」

「鋼太郎は『英雄の剣』を抜くことはできたのか?」

「……抜けなかった」

 鋼太郎は眉間に皺を寄せながら、吐き捨てるように告げる。

 『英雄の剣』の言い伝えは鋼太郎も知っている。
 誰にも抜くことができないと言われると、抜きたくなってしまうのが男の性というものだ。

 『狂化』を使い、ステータスを引き上げた状態だった。
 『狂化』は3分間という時間制限はあるが、ステータスを130%引き上げる恩恵だ。
 これにより、レベル72の鋼太郎は一時的にレベル94前後のステータスとなる。
 善人のレベルを上回る。

 だが、それでも『英雄の剣』はビクともしなかった。

 抜けなかったことは悔しいが、異常がないことの証明にはなるはずだ。

「お前もせいぜい頑張れや」

 どうせ抜けるはずがないだろうけどよ。

 いくら善人のレベルが高いといっても、『狂化』を使った自分より下に決まっている。

 鋼太郎の読みは当たっていた。
 確かに善人のレベルは90と、わずかに劣る。

 ステータスだけで考えるのであれば、鋼太郎より低い善人が抜けるはずがない。

「帰らないのか?」

「あ? 別に見ててもいいだろ。応援だよ、応援」

 嘘である。
 善人が『英雄の剣』を必死に抜こうとしてもがく様を見て、留飲を下げたいだけだった。

「ありがとう。頑張るよ」

 だが、善人はそれを抜くことができなかった自分の分まで頑張ってくれ、と解釈した。
 いい意味で、かなりポジティブな思考をしている。
 
 鋼太郎とそのパーティ、そしてテレサにバッツ、ミレーヌが見守る中、善人は『英雄の剣』に近づき、両手で柄を握る。

 目を瞑り大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
 そして、もう一度大きく息を吸い込んだ次の瞬間。

 カッと目を開け、剣を引き上げようと力を込める。

 すると、刀身が少しずつではあるが、姿を現していくではないか。

「なっ……んだとぉ!?」

 その日。
 鋼太郎の叫び声が聞こえるなか、善人は『英雄の剣』を引き抜いた。
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