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女神イシュベルの緊急ミッション
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水無瀬鋼太郎は、馬車で聖地ティルナノーグへと向かっていた。
それはマクギリアスが用意した馬車のような造りのよいものではなく、王国民が使用しているごく一般的なものだ。
当然、揺れも酷い。
鋼太郎は馬車の外に広がる緑の平原を横目に、一つ大きく息をついた。
このため息は単に馬車の乗り心地が悪いから、というだけではない。
鋼太郎のパーティも、善人たちと同じく王国に西の地にある祠近くの町まで辿りついていたのだ。
鋼太郎の現在のレベルは72。
善人と比べるべくもない。
だが、鋼太郎は善人のレベルが90になっていることを知らない。
定森駿の一件以降、拠点を王都から別の場所へと変えたためだ。
理由は単純で、王都付近の魔物を倒していたのでは善人に追いつけないと判断したことによる。
鋼太郎は負けず嫌いだ。
生まれつき目つきが悪いというだけで、周りからいらぬ勘違いをされてしまい、不良に絡まれることも多かった。
相手は不良なので、もちろん1対1ばかりではない。
時には複数を相手に戦う時もあった。
そういう時、必ず相手は鋼太郎を見下した目を向ける。
自分たちの勝ちを信じて疑わない目だ。
鋼太郎はそれを屈服させるのが何よりも堪らなく好きだった。
そして、彼にはそうするだけの力を持っていた。
それはベルガストに来てからも変わっていない。
向かってくる魔物は率先して倒していった。
地球との違いは、魔物を倒せば倒すほど強くなれるということだ。
加えて奥の手もある。
魔王を倒すのは自分だ、と鋼太郎は信じて疑わなかった。
それなのに――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
祠にたどり着く直前、女神イシュベルが現れたのだ。
女神イシュベルとは、召喚されたときに会って以来、一度も連絡はなかった。
いきなり目の前に現れたイシュベルに、鋼太郎のパーティは体中を震わせていた。
震えは歓喜と崇拝からきていたもので、すぐに地面に跪いて首を垂れていたのを鋼太郎は覚えている。
――実体で現れたわけでもないのに、大袈裟なことだぜ。
鋼太郎は、少し後ろで跪いているパーティを一瞥した。
現れたイシュベルは実体を伴っていない、ホログラムのような状態だった。
『久しぶりやな、コウタロウ』
「いったい何の用だ。これから魔王城に向かおうってとこなんだから、用があるなら手短に言ってくれ」
こっちにいる魔物では物足りなくなっている。
魔界に行ってもっと強い魔物とやり合いたい。
そう考えている鋼太郎は、イシュベルの会話を早く切り上げたかった。
「こ、コウタロウ様! 女神様に対してそのような態度はいかがなものかと……」
ベルガストに生きる人間にとって女神は、自分たちに加護を与えてくれる存在だ。
鋼太郎の言葉使いは黙って見過ごせるものではない。
だが、イシュベルはひらひらと手を振る。
『別にええよ、気にしてへん。それにしても、コウタロウは最初に会った時から変わらんなあ』
「変えなくていいと言ったのはアンタだぜ」
『そうやったな』
イシュベルにとって口の聞き方なんて二の次だった。
何かあった時に、地上を自由に動けない自分の代わりに動いてくれる。
そちらの方がよほど重要だった。
イシュベルは素早く思考を巡らせる。
聖地に張った結界内に魔物が入り込んだ。
入り込んだ魔物は既に倒されているようだが、封印の状態を確かめなくてはならない。
こうして実体のない状態で地上に降り立つことは可能だが、この状態では剣に直に触れることは出来ない。
そこまで日が経っていないが、封印が解かれているのであれば厄介なことになる。
それこそ魔王討伐以上に。
しかし、イシュベルがお願いをしたからといって鋼太郎が素直に動くとは思えない。
今、鋼太郎がいる場所から転移門のある祠までは目と鼻の先だ。
鋼太郎の性格を考えると、何かキッカケでもなければ魔王城を優先するだろう。
鋼太郎はそういう男だ、とイシュベルは思っている。
――なら、聖地に向かう理由を作ってしまえばええだけの話や。
イシュベルはそう判断し、転移門に仕掛けを施した。
『せっかくここまで来たっちゅうのに残念なお知らせや。転移門は壊れとる』
「なんだとっ!? 本当か?」
『嘘やと思うんなら祠に行ってみたらええ。転移門は起動せんはずや』
「ちっ。おい、確認してこい!」
「は、はい!」
鋼太郎の言葉に反応したパーティの1人が祠に走っていく。
それから、10分もしないうちに息を切らしながら戻ってきた。
「……女神様の仰る通り、祠の中の転移門はまったく反応しませんでした……」
「ここまで来たっていうのに……くそっ!」
『まあまあ、そこでうちの出番っちゅうわけや。転移門を直す方法、教えたろうか?』
「直ぐに教えろ!」
はい、釣れました!
単純な奴やから疑うっちゅうんを知らん。
話が早くて助かるで。
そんなことはいっさい顔に出さず、イシュベルは笑顔で頷く。
『聖地ティルナノーグは知っとるな? そこに魔物が入りこんだんや』
「聖地に魔物がっ!? それは本当ですか、女神様?」
パーティの1人がイシュベルに問う。
瞳には動揺の色が感じ取れた。
『ホンマや。魔物自体は既に倒されとるからええんやけど、大事なんはここからや。聖地を守る結界と聖地に刺さっとる『英雄の剣』、こいつらは転移門を動かす鍵の役目を持っとる。転移門が起動せんっちゅうことは――』
「何らかの異常が発生したって言いたいんだな」
『そういうことや』
「ちっ」
鋼太郎は舌打ちをする。
転移門が動かなければ魔界に行くことはできない。
魔界に行けないということは、魔王城に行けないということ。
つまり魔王を討伐できない。
それでは困るのだ。
『うちが現れたんは、コウタロウに聖地ティルナノーグに行って『英雄の剣』を確かめて欲しいんや』
「確かめるだけでいいのか?」
『せや。抜けるかどうかを確かめるだけでええ。どうや』
「いいぜ。俺も魔界に行けないと困るからな」
『助かるわ』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、今に至るというわけだ。
――まあいい。転移門が動かないってことは、善人も魔界に行けないってことだしな。
先に行かれることがないと分かっているぶん、心を落ち着かせることができた。
それに、イシュベルからは報酬も提示されている。
無事に依頼を果たせば、恩恵を強化してくれるというのだ。
更に強くなれるのであれば、多少の時間のロスも我慢できる。
後からやってきた善人に負けてたまるかよ。
流れる草原を見ながら鋼太郎は決意する。
馬車が聖地に到着したのは、それからすぐのことだった。
それはマクギリアスが用意した馬車のような造りのよいものではなく、王国民が使用しているごく一般的なものだ。
当然、揺れも酷い。
鋼太郎は馬車の外に広がる緑の平原を横目に、一つ大きく息をついた。
このため息は単に馬車の乗り心地が悪いから、というだけではない。
鋼太郎のパーティも、善人たちと同じく王国に西の地にある祠近くの町まで辿りついていたのだ。
鋼太郎の現在のレベルは72。
善人と比べるべくもない。
だが、鋼太郎は善人のレベルが90になっていることを知らない。
定森駿の一件以降、拠点を王都から別の場所へと変えたためだ。
理由は単純で、王都付近の魔物を倒していたのでは善人に追いつけないと判断したことによる。
鋼太郎は負けず嫌いだ。
生まれつき目つきが悪いというだけで、周りからいらぬ勘違いをされてしまい、不良に絡まれることも多かった。
相手は不良なので、もちろん1対1ばかりではない。
時には複数を相手に戦う時もあった。
そういう時、必ず相手は鋼太郎を見下した目を向ける。
自分たちの勝ちを信じて疑わない目だ。
鋼太郎はそれを屈服させるのが何よりも堪らなく好きだった。
そして、彼にはそうするだけの力を持っていた。
それはベルガストに来てからも変わっていない。
向かってくる魔物は率先して倒していった。
地球との違いは、魔物を倒せば倒すほど強くなれるということだ。
加えて奥の手もある。
魔王を倒すのは自分だ、と鋼太郎は信じて疑わなかった。
それなのに――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
祠にたどり着く直前、女神イシュベルが現れたのだ。
女神イシュベルとは、召喚されたときに会って以来、一度も連絡はなかった。
いきなり目の前に現れたイシュベルに、鋼太郎のパーティは体中を震わせていた。
震えは歓喜と崇拝からきていたもので、すぐに地面に跪いて首を垂れていたのを鋼太郎は覚えている。
――実体で現れたわけでもないのに、大袈裟なことだぜ。
鋼太郎は、少し後ろで跪いているパーティを一瞥した。
現れたイシュベルは実体を伴っていない、ホログラムのような状態だった。
『久しぶりやな、コウタロウ』
「いったい何の用だ。これから魔王城に向かおうってとこなんだから、用があるなら手短に言ってくれ」
こっちにいる魔物では物足りなくなっている。
魔界に行ってもっと強い魔物とやり合いたい。
そう考えている鋼太郎は、イシュベルの会話を早く切り上げたかった。
「こ、コウタロウ様! 女神様に対してそのような態度はいかがなものかと……」
ベルガストに生きる人間にとって女神は、自分たちに加護を与えてくれる存在だ。
鋼太郎の言葉使いは黙って見過ごせるものではない。
だが、イシュベルはひらひらと手を振る。
『別にええよ、気にしてへん。それにしても、コウタロウは最初に会った時から変わらんなあ』
「変えなくていいと言ったのはアンタだぜ」
『そうやったな』
イシュベルにとって口の聞き方なんて二の次だった。
何かあった時に、地上を自由に動けない自分の代わりに動いてくれる。
そちらの方がよほど重要だった。
イシュベルは素早く思考を巡らせる。
聖地に張った結界内に魔物が入り込んだ。
入り込んだ魔物は既に倒されているようだが、封印の状態を確かめなくてはならない。
こうして実体のない状態で地上に降り立つことは可能だが、この状態では剣に直に触れることは出来ない。
そこまで日が経っていないが、封印が解かれているのであれば厄介なことになる。
それこそ魔王討伐以上に。
しかし、イシュベルがお願いをしたからといって鋼太郎が素直に動くとは思えない。
今、鋼太郎がいる場所から転移門のある祠までは目と鼻の先だ。
鋼太郎の性格を考えると、何かキッカケでもなければ魔王城を優先するだろう。
鋼太郎はそういう男だ、とイシュベルは思っている。
――なら、聖地に向かう理由を作ってしまえばええだけの話や。
イシュベルはそう判断し、転移門に仕掛けを施した。
『せっかくここまで来たっちゅうのに残念なお知らせや。転移門は壊れとる』
「なんだとっ!? 本当か?」
『嘘やと思うんなら祠に行ってみたらええ。転移門は起動せんはずや』
「ちっ。おい、確認してこい!」
「は、はい!」
鋼太郎の言葉に反応したパーティの1人が祠に走っていく。
それから、10分もしないうちに息を切らしながら戻ってきた。
「……女神様の仰る通り、祠の中の転移門はまったく反応しませんでした……」
「ここまで来たっていうのに……くそっ!」
『まあまあ、そこでうちの出番っちゅうわけや。転移門を直す方法、教えたろうか?』
「直ぐに教えろ!」
はい、釣れました!
単純な奴やから疑うっちゅうんを知らん。
話が早くて助かるで。
そんなことはいっさい顔に出さず、イシュベルは笑顔で頷く。
『聖地ティルナノーグは知っとるな? そこに魔物が入りこんだんや』
「聖地に魔物がっ!? それは本当ですか、女神様?」
パーティの1人がイシュベルに問う。
瞳には動揺の色が感じ取れた。
『ホンマや。魔物自体は既に倒されとるからええんやけど、大事なんはここからや。聖地を守る結界と聖地に刺さっとる『英雄の剣』、こいつらは転移門を動かす鍵の役目を持っとる。転移門が起動せんっちゅうことは――』
「何らかの異常が発生したって言いたいんだな」
『そういうことや』
「ちっ」
鋼太郎は舌打ちをする。
転移門が動かなければ魔界に行くことはできない。
魔界に行けないということは、魔王城に行けないということ。
つまり魔王を討伐できない。
それでは困るのだ。
『うちが現れたんは、コウタロウに聖地ティルナノーグに行って『英雄の剣』を確かめて欲しいんや』
「確かめるだけでいいのか?」
『せや。抜けるかどうかを確かめるだけでええ。どうや』
「いいぜ。俺も魔界に行けないと困るからな」
『助かるわ』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、今に至るというわけだ。
――まあいい。転移門が動かないってことは、善人も魔界に行けないってことだしな。
先に行かれることがないと分かっているぶん、心を落ち着かせることができた。
それに、イシュベルからは報酬も提示されている。
無事に依頼を果たせば、恩恵を強化してくれるというのだ。
更に強くなれるのであれば、多少の時間のロスも我慢できる。
後からやってきた善人に負けてたまるかよ。
流れる草原を見ながら鋼太郎は決意する。
馬車が聖地に到着したのは、それからすぐのことだった。
応援ありがとうございます!
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