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第六章 怪物派遣公社

エメラルド家との交渉

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 クリスタ家との話がまとまった翌日。
 昨日のうちに訪問の約束を取り付けて置いたエメラルド家へと足を運んでいた。
 なお、ゲンゼにクリスタ家との協力を取り付けたことを伝えたら、どこかしたり顔だった。

「アーカムならやると思ってましたよ」
 
 とか言うものだから、なんだか気恥ずかしい思いだ。
 
 エメラルド家に到着すると使用人にスムーズに玄関を通してもらえた。
 アポイントメントを取っていると相手の対応も柔らかくなる。
 段階を踏むのは大事なことだな。

「あんたがアルドレアかい」
「お初お目にかかります、エメラルド卿」

 エメラルド家の当主マチルダ・エメラルド。
 齢100歳を超える大老の婆だ。ただ、年齢ほど年老いては見えない。
 足腰はしっかりしているし、普通に杖を持たずに歩いている。
 顔に刻まれた深い皺。くしゃっとした表情に宿る双眸には賢光が見える。
 
「ずいぶん若いねぇ。そんな歳でこの婆のもとに単身で顔をだす度胸があるなんてね。あのクラークのお嬢ちゃんみたいだ」

 それあんまり誉め言葉じゃないような気がします。

「で、カンピオフォルクスをぶっ殺したいんだって?」
「耳が早いですね……」
「いやなに、フバルルトの坊主が話をくれたのさ。うちとクリスタ家は古い付き合いだ。フバルルトが産まれた時からあたしは婆で、ちいさい頃から相手してやってたんだ」

 フバルルトは40前半。このひとは100超え。
 そっか、フバルルトが赤ん坊のころには50代後半か。
 そう考えるとすげえな、このマチルダ婆さん。なんでまだ世代交代してないんだ?

 フバルルトにとってマチルダ婆は腰の低くなる相手なのだろう。
 
 マチルダ婆との交渉は実にスムーズに運んだ。
 フバルルトと昨夜に話をしていたらしく、俺が持っている手札のこともよく理解していた。目的も、手段も筒抜けだ。あれかな、フバルルトくん、おばあちゃん子かな。全部話してんじゃん。

 とはいえ、流石にクリスタ家がエメラルド家にたいして利益を欲張ろうとしていた話はしていなかったらしい。

「あの坊主、なにかとずる賢いところがあるが、そうかそうか、そんなことを。これはお小言が必要そうだねぇ」
「ずいぶんと仲がよろしんですね」
「結晶をめぐる家々は昔から今までずっと同じ面々さ。必然長い付き合いだからね」
「それじゃあ、カンピオフォルクスとも?」
「ああ、あそことも長かった。もうずいぶん前から態度は変わったが」

 マチルダ婆は神妙な面持ちになる。

「アルドレアの小僧」
「は、はい」

 小僧て……。

「礼節が貴族をつくる。カンピオフォルクスのガキはそこがわかってない。あいつの父親の時代からさ。御三家のなかでひとりでやりはじめた。そしてこの数年の隆盛は凄まじい。もうクリスタとうちじゃ比較にならない。市場の90%の魔力結晶はカンピオフォルクスが融通してる。各々貴族家も味方につけて、うちらの声なんざ雑音と変わらない。強気な買収行為、独占する欲深さ、貴族の暗殺、あげく悪魔との契約かね。礼節の道を外れたカンピオフォルクスを終わらせる。それがあたしの最後の仕事になると常々思ってた」

 マチルダ婆は遠い目をする。

「だが、それはエメラルドを終わらせることと同義じゃない。ほら、見ておくれよ、綺麗だろう、この魔力結晶」

 深い緑色の、ともすれば闇すら孕んでいそうな結晶。
 これがエメラルド家が作りつづけ、誇りとする魔力結晶だ。

「この魔力結晶を終わらせるわけにはいかない。ふふ、それにアルドレアの小僧、あんたの魔力結晶はぜひうちで扱いたい。そいつは名状しがたいほどに美しいからねぇ」
「ありがとうございます」
「まだ、気を抜くんじゃないよ。あんたの提案はいいだろう。暗黒の末裔たちもあたしとしては別に助けてやってもいい。あんたが保護するっていうなら、確かに異端的な行為だが、目を瞑ろう。他者の信条に土足で踏み入って、それを否定する利権はもってないんでねぇ」

 マチルダ婆、あんたは信念を持ってる。
 自分の信じる正しさを譲らない。

「だが、カンピオフォルクスに杖を向けるのはまだ難しい。闇の魔術師である証、悪魔と取引している確固たる証拠をもってきな。そうすりゃ、魔術協会で異端審問にかけれるってもんさ。……だがね、あたしが思うに本当に悪魔と付き合っているのなら、そう大人しくカンピオフォルクスが裁かれるとは思えない。荒事の準備は必要だろうねぇ」
「安心してください。僕と仲間たちはそういうのにめっぽう強い」
「はは、そいつあ結構さ。それじゃあ、証拠をつかんで来な。続きの話はそのあとさ」

 マチルダ婆は言って腰をあげた。


 ──しばらく後


 巨大樹の宿屋に戻った俺はマチルダ婆との交渉結果をゲンゼたちに報告をした。

「怪物派遣公社との繋がり、その証拠、ですか」

 ゲンゼは腕を組んで思案気になる。

「悪魔と能動的に接触するために、なんれかの召喚魔法陣を屋敷に設置している可能性はあります。悪魔召喚は闇の魔術の代表的なものですから」

 純魔力よりも強力な作用をもたらす闇の魔力。
 その闇の魔力をつかった魔術。
 高名な魔術師ほどさらなる魔術の深淵を求めるあまり堕ちるという。
 その先で悪魔に出会ったのだろう。

 であるならば、確かに屋敷は一度調べたほうがいい。
 証拠が出て来る可能性は高い。

「任せてください、ゲンゼ。僕たちがなんとかします」

 俺とアンナで屋敷に侵入。
 禁忌の魔導書なり、魔法陣なり、見つけようじゃないか。

「俺も行こう」
「……義兄さん?」
「お前たちような素人を全部任せるわけにはいかない。大事な場面だ。俺が力を貸してやる」

 潜入ミッションにしては過剰戦力すぎる気はするが……いや、過剰戦力だろ。
 でも、フラッシュに「待ってていいですよ」と言い出す勇気がなかった。

「アンナ、それじゃあ今回はお留守番で……ほら、念のため宿屋を守る戦力は欲しいですから」
「ん、わかった。アーカムがそう言うなら」

 アンナっちを引き続き配備です。

「よろしくお願いします、義兄さん」
「殺すぞ」
「すみません。フラッシュさん」
「ふん、任せろ。全員ぶった斬ってやる」

 うん、斬っちゃだめなのよ。

 すこし不安を抱えながら、俺たちは計画を話しはじめた。
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