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第八章 迷宮に潜む者

オドリア城の王、狩人流四段、毒蛙ドボルヴェルカ

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 ダンジョンヒブリアが深い谷に築かれている地理的特性上、日照時間の短く、暗くてじめっとした地形が必ず存在する、
 陰湿な空気には無法者たちが好んで寄って来る。

 そこはかつてオドリア地区と呼ばれていた。
 いつしか上へ伸びていき、オドリア城になった。
 リーダーが現れてからはまともな者はだれも近づかなくなった。

 そんな悪党と貧者の巣窟がいま騒々しくなっていた。

「ぶっ殺せええ!」
「野郎ちょこまかすばしこいやつだ!」
「相手はガキひとりじゃねえやい、さっさと捕まえろ!」

 薄い布をまとっただけの亡者たちが短剣を手に襲いかかる。
 狭い通路に詰まるほどの数を、素手でさばくのはアーカム・アルドレアだ。
 狭くて剣が振れないと判断したのか、熟達の体術で敵を処理していく。
 狩人剣術流は拳術柔術をふくめてあらゆる戦術を使いこなす剣術だ。
 アーカムはすべての練度が高かった。

「イヒヒ、温かい血をみせてくれよ!」
「いいよ、じゃあお前からな」

 振り下ろされる短剣。
 アーカムは刃を持つ手首をつかんで、グギっとひねると、刃先を亡者の喉元へ。
 強く押し込んで喉を突き、柄頭へ掌底を打ち込んで気道を破壊し即死させる。

 吹き抜けの螺旋階段へやってきた。
 中央に開けた空間があり、ずっと上の方まで続いている。

「あいつ迷いなくボスの場所へ向かおうとしてやがる!」
「なんで道がわかるんだよ!」
『この上にちがいない!たぶん!』

 螺旋階段のうえから続々と亡者どもが降りて来る。

(埒が明かない)

 アーカムは腰のウェイリアスの杖頭に手をそっと置く。
 直後足元からぶわーっと激しく氷が出現し、吹き抜けを突き抜けてうえへ伸びた。

「高速道路開通」

 アーカムは氷に跳び乗って、いっきに近道を走る。

「あいつ魔術師か……!? ええい、逃がすな、追いかけろ」
「ひやっはー!」
「身ぐるみはがしてやるウぅ!」

 亡者たちがあとから追いかけて来る。
 アーカムは「有料道路だが」と、氷の道を変形させ、中腹で途切れさせた。
 亡者たちがしたへドサっと落下していくのを見届けず、氷の道を登り切る。

「魔術師、そこまでだ」

 黒いマントを羽織った男が、素早い踏みこみで斬りかかって来た。
 手には曲がった刃のショートソードを握っている。
 狭い場所でも振り回しやすい得物だ。

(こいつ強い)

 アーカムはすぐに悟り、体術で対応ぜず、ウェイリアスの杖頭に手を置いた。
 素早く氷が地走り、男の足元から這い上がって全身を凍結させた。
 
「ッ、なん、だと……ッ!」

 氷を体内へ食い込ませて命を奪う。

「っ」
 
 黒マントの男が吹き抜け側の壁に張り付いているのに勘で気が付く。
 その時には黙って短剣を投擲してきていた。
 アーカムに投擲物は効果が薄い。なぜなら軌道に変化が少ないから。
 全部見えてしまうため着弾地点も容易にわかってしまう。

 アーカムは身を最小限だけひねって短剣をかわすと、ウィンダを撃って張り付いた敵の胸を強打し、撃ち落とした。吹き抜けを自由落下していく。

「グッへッへェ~!」

 薄気味悪い笑い声が聞こえた瞬間、アーカムは直観の赴くままに身をのけぞらせた。鋼刃が壁ごと切り裂いて上半身を叩き落とそうとする。
 
 剣気圧をまとった野蛮な一撃だ。
 アーカムは壁を貫通させるべく《アルト・ウィンダ》を4発撃ち放った。
 ねじれる風の弾丸は、石煉瓦をたやすく突破し、向こう側で分厚い大鉈を握るオドリア城の王ドボルヴェルカを穿とうとする。

 ドボルヴェルカは「ふオ~!」と驚いた声をあげながら、両手に持つ双鉈で風を叩き落とし、脂ぎった腹を揺らして、その姿にあわない俊敏な動きで隣の部屋の壁を蹴り抜いて、自由自在に複雑なオドリア城を飛んで駆けて跳ねて移動する。

(速い……)

 アーカムは壁一枚挟んで向こう側で動く影を、アルト・ウィンダで穿った風穴から見逃さず、あとを追いかけ、壁へアルト・ウィンダを撃ちまくる。
 螺旋階段を駆け上がりながら、姿の見えない敵を撃つ。しかし、一向に攻撃はあたらない。
 ドボルヴェルカは涎を垂らしながら、風弾をかわし、大鉈で弾き、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げ続け、アア! ここだ──!

「死に晒せェ~!」

 腕をクロスさせて双鉈を下段に構え、強力な鎧圧を刃に纏わせる。
 思い切り両腕をふりあげた。
 刃についた血糊を払い捨てるように、纏った鎧圧を放つ、卓越した剣術家にだけ許される剣技──斬撃飛ばしであった。

 アーカムの風の魔術の連射能力と貫通能力を知った手前、ドボルヴェルカの得意なパワーに物を言わせた、壁を越しの連続攻撃が困難だと判断し、戦術を切り替えたのだ。すなわちドボルヴェルカもまた遠隔から攻撃をすればよいのだと。

 斬撃を飛ばす以上、できれば射線上に障害物は置きたくない。
 威力減退して仕留めきれない可能性があるからだ。
 だが、オドリア城の王ドボルヴェルカは知っていた。
 複雑怪奇な迷宮のなかで壁が薄い通路を。威力減退しにくい箇所を。

 壁をぶち破って飛んでくる濃密な鎧圧の十字斬撃。
 アーカムは素早く氷の魔力を練りあげる。
 直観によりドボルヴェルカの反撃タイミングはわかっていた。
 ゆえに先んじて準備していたのだ。

 飛んでくる十字斬撃へ《ウルト・ポーラー》5発分の魔力を余分に組み込んだ魔氷砲弾を放つ。
 氷の高等魔術は激しく撃ちだされ、十字斬撃と激突、火花を散らし、束ねられた鎧圧を砕く。わずかに弾道をズレさせられるもなお高速で飛んでいく。

「ッ!」

 ドボルヴェルカは目をおおきく見開いて鎧圧で全身をガードして備える。
 氷弾はドボルヴェルカの右ひざへ着弾、鎧圧を砕き、ふっとばした。
 苦悶に歪むドボルヴェルカの顔。着弾後、氷柱がハリネズミの背のごとく咲き誇り、痛みによって揺らいだ毒蛙の背後から無数の氷先がつきささった。
 
「ぁ、ぁ、うぁ……」

 ドボルヴェルカは口からゲボゲホッと血の塊を吐く。
 双鉈が手から零れ落ちる。
 アーカムは血だまりを踏み近づいてくる。

「ぉ、まえ……はや……すぎ、る、なァ~……」

 アーカムは黙ってメレオレの杖を抜き、ドボルヴェルカの頭を撃ち抜いた。
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