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第21話 聖なる夜に脂汗
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「佐野さん、こちらのお二方は?」
ユキだ。防寒ブルゾンに身を包み、にこやかではあるが目は笑っていない。
「あっ、どーも毎度様ですう。古山建設の星崎と申しますー。こっちはうちの経理の者で」
星崎は佐野が答える前に調子良くまくし立てる。
「いつもお世話になってまあーす」
女もぬけぬけと挨拶する。もちろん胸の谷間を見せつけながら。だがユキは眉一つ動かさず黙って会釈を返すだけ。
どうしよう。佐野の額は真冬の屋外にもかかわらず脂汗がじんわりとにじむ。
「いやあ、うちの佐野は、ほんっと要領が悪いんで心配になって来たんです。今夜が最後の夜間作業でしょ? ちょっとでもたるんだ態度取ったら、遠慮なくぶん殴ってくださいねー」
星崎はヘラヘラと笑いながら拳を振り上げるジェスチャーをする。
「佐野さんは非常に手際よく正確に作業してくれていますよ」
ユキは静かに言う。
「またまたー。本人の前だからほめてくださってるんでしょうけど、実のところは違うでしょ?」
両眉を大げさに上げ、肩をそびやかす。
「やっだー、星崎カカリチョー、きびしーい、こわーい」
女がケラケラと笑いながら口を挟む。ちょっと動いただけなのに、強烈な香水の臭いが鼻をつく。
「本当です。佐野さんのおかげで作業が早く進み、今夜は遅くならずに終われそうなんです。書類や図面もていねいで、こちらは大助かりです」
香水でむせたのか、喉の奥で小さくせきをしながら答える。
「へえー……そうですか」
星崎の顔に不服の色が露骨に浮かぶ。自分がいじめている部下が元請にほめられるのが我慢ならないのだ。右の口角もヒクヒクと細かく動いている。不機嫌になるといつも出る癖だ。これは会社に戻ったら輪をかけていびられるぞ。佐野はみぞおちの辺りが重くなるのを感じ、無意識に手でさする。
「じゃあ、その余った時間で除雪とか事務所やトイレの掃除とか、契約時間ギリギリまでこき使ってください。こいつはここでは下っ端なんですから」
星崎が佐野へ向けてぞんざいにあごをしゃくる。女の手前、いいところを見せたくて必死なのだ。
「お言葉ですが、当社では除雪や清掃などはみんなで手分けしてやっています」
だんだんとユキの声が低くなってくる。かなり頭にきているようだ。まずい。佐野は両者の間でおろおろしだす。
「それに、こいつ、とか、下っ端という言葉はうちでは誰に対しても使いません。協力会社であればなおさらです」
「……そうですか」
星崎はユキの怒気に気圧され、わずかに後ずさる。
「佐野さんの勤務状況が心配でわざわざこの寒い中いらっしゃったんでしょうけれど、どうかご心配なく」
「は、はあ」
完全に腰が引けている。
「それと――お隣の女性、そんな恰好では風邪を引きますから、早くお店に連れていってあげてください」
「いや、この子はうちの経理の」
「嘘言わないでください。彼女、ラブリーバタフライの人でしょう」
星崎の言葉へ被せるように言い放つ。
「……!」
佐野は息を呑む。何で知ってるんだ。もしやユキは女もオーケーなのか――驚きとともに仏頂面のユキを見る。
ユキだ。防寒ブルゾンに身を包み、にこやかではあるが目は笑っていない。
「あっ、どーも毎度様ですう。古山建設の星崎と申しますー。こっちはうちの経理の者で」
星崎は佐野が答える前に調子良くまくし立てる。
「いつもお世話になってまあーす」
女もぬけぬけと挨拶する。もちろん胸の谷間を見せつけながら。だがユキは眉一つ動かさず黙って会釈を返すだけ。
どうしよう。佐野の額は真冬の屋外にもかかわらず脂汗がじんわりとにじむ。
「いやあ、うちの佐野は、ほんっと要領が悪いんで心配になって来たんです。今夜が最後の夜間作業でしょ? ちょっとでもたるんだ態度取ったら、遠慮なくぶん殴ってくださいねー」
星崎はヘラヘラと笑いながら拳を振り上げるジェスチャーをする。
「佐野さんは非常に手際よく正確に作業してくれていますよ」
ユキは静かに言う。
「またまたー。本人の前だからほめてくださってるんでしょうけど、実のところは違うでしょ?」
両眉を大げさに上げ、肩をそびやかす。
「やっだー、星崎カカリチョー、きびしーい、こわーい」
女がケラケラと笑いながら口を挟む。ちょっと動いただけなのに、強烈な香水の臭いが鼻をつく。
「本当です。佐野さんのおかげで作業が早く進み、今夜は遅くならずに終われそうなんです。書類や図面もていねいで、こちらは大助かりです」
香水でむせたのか、喉の奥で小さくせきをしながら答える。
「へえー……そうですか」
星崎の顔に不服の色が露骨に浮かぶ。自分がいじめている部下が元請にほめられるのが我慢ならないのだ。右の口角もヒクヒクと細かく動いている。不機嫌になるといつも出る癖だ。これは会社に戻ったら輪をかけていびられるぞ。佐野はみぞおちの辺りが重くなるのを感じ、無意識に手でさする。
「じゃあ、その余った時間で除雪とか事務所やトイレの掃除とか、契約時間ギリギリまでこき使ってください。こいつはここでは下っ端なんですから」
星崎が佐野へ向けてぞんざいにあごをしゃくる。女の手前、いいところを見せたくて必死なのだ。
「お言葉ですが、当社では除雪や清掃などはみんなで手分けしてやっています」
だんだんとユキの声が低くなってくる。かなり頭にきているようだ。まずい。佐野は両者の間でおろおろしだす。
「それに、こいつ、とか、下っ端という言葉はうちでは誰に対しても使いません。協力会社であればなおさらです」
「……そうですか」
星崎はユキの怒気に気圧され、わずかに後ずさる。
「佐野さんの勤務状況が心配でわざわざこの寒い中いらっしゃったんでしょうけれど、どうかご心配なく」
「は、はあ」
完全に腰が引けている。
「それと――お隣の女性、そんな恰好では風邪を引きますから、早くお店に連れていってあげてください」
「いや、この子はうちの経理の」
「嘘言わないでください。彼女、ラブリーバタフライの人でしょう」
星崎の言葉へ被せるように言い放つ。
「……!」
佐野は息を呑む。何で知ってるんだ。もしやユキは女もオーケーなのか――驚きとともに仏頂面のユキを見る。
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