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第52話 目からうろこならぬ、ピンク色のハート 

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「私、いまだに工程管理が下手なんです。あなたのかわゆいレイナちゃんが粉砕した図面の復旧も、もっと要領良くやればおたくの佐野さんをここまで酷使しなかったんですが」
『ぐぎぎ』
 ユキのたたみかけるような応酬に、星崎は返す言葉が見つからない。
「なので来年、係長からひとっ飛びに部長になられる星崎さんに、ぜひともその手腕をご伝授いただきたいのです」
 ユキは心底うれしそうな顔で続ける。
「そして私もスピード出世して、黒塗りの高級車に飲み屋の女を助手席に乗せ、意気揚々と大名行列をしてみたいものです」
 佐野はここで再び新たな発見をする。ユキが毒舌家であったことを。頭の中でユキのイメージがバラバラと崩れていく。紳士的、思慮深さ、何が起きても動じない強さ――
 いや、違う。これは自分が勝手に造り上げた虚像だ。佐野は自分に対しても発見をする。
 出逢いの経緯が強烈だったのに加え、再開のエピソードがこれまたドラマチックだったから、自分の目に『恋の目隠し』をしたままユキを見ていただけなのだと。
 現実のユキは埃だらけの部屋に住み、風呂掃除が面倒でカビだらけのまま入浴する。トイレでは紙が途中でなくなり、半ケツ状態で戸棚へ取りに行く。洗濯物は生乾きで臭くなり、料理が苦手でコンビニが命綱。しかも近所に友達がおらず、学生時代の友人とも疎遠。そして今は星崎にネチネチと嫌味を並べつつ、ケンカをふっかけている。
 佐野の目から、うろこではなくピンク色のハートが次から次へと落ちていく。全部落ちたあとには生々しいユキがいた。
 時間的にもそろそろヒゲが濃くなって、いまいち清潔感に欠けている。連日連夜の激務でくたびれた顔が、蛍光灯の白い光で貧相に浮き上がっている。作業服は機械油でところどころ汚れ、ひじやひざも資材でひっかけたのか、ほつれて糸が出ている。
 自分と一緒だ。ほとんど大差はない。佐野は衝撃を受ける。
 となれば、今までの恋心はどうなるのか。
雲行きが怪しくなってきた己の恋物語に、佐野はユキと星崎そっちのけで激しく動揺する。
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