悪役令嬢になりたいのにヒロイン扱いってどういうことですの!?

永江寧々

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守りたい想い

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「こんな時間に何用だ?」
「君に答える義理はない」

 ハッキリ言いきるユリアスの堂々たる態度。
 今のクロヴィスの状況を思えば優しくすべきと思う者がほとんどだが、ユリアスは違う。リリーに迫るのはフェアではないと言っていたが、実際に見た態度は相変わらずで同情の余地はないように見えた。実際、今までと変わらない態度でありながらリリーだけを忘れているのであればそれこそ悪質だとユリアスは思った。

「まさかこの女に会いに来たのか?」
「俺の愛する人をこの女呼ばわりするのはやめてもらいたい」
「愛する人だと?」

 ユリアスの言い方に反応したのはクロヴィスだけではなくリリー、フレデリックも同じだった。公共の場ではなくとも言い方は選ばなければならない立場の人間が直球に言うのはいかがなものかとリリーが慌てて止めようとするも腕で制される。

「ハッ、自国ではなく他国の女に入れ込んでいるとは驚きだ」
「運命の相手が自国にいるとは限らないものでね」

 クロヴィスの嫌味な言い方にもユリアスは笑顔を崩さない。

「婚約者……いや、元婚約者であるお前を俺が忘れているだけだと言いながら他の男に色目を使っているとはな」
「色目なんて使ってないわ」

 クロヴィスの冷たい目がリリーに向けられる。

「俺が勝手に会いに来ただけだ。彼女に冷たく当たるのはよせ」

 リリーを自分の背中に隠すように立ったユリアスの声が少し低くなったのを感じたリリーはユリアスが怒っているのではないかと心配になった。

「記憶を失った婚約者がいる女に会いに来たと?」
「元婚約者だ。今の彼女は誰のモノでもない。俺がアプローチしても問題はないはずだが?」
「愛していると言ったな」
「ああ、初めて会った時からそうだ」

 クロヴィスの顔が不愉快だと言いたげに歪んでいく。

「お前も公爵家の人間であれば夜の逢瀬は控えるべきではないのか?」
「俺が勝手に来ただけだと言っただろう。俺が突然訪ねたのを彼女は何かあったのではないかと心配して会ってくれたんだ」

 優しさだろうと眉を寄せるユリアスを睨むように目を向けるクロヴィスが後ろから出てこないリリーに向けて『ハッ』と嘲笑うような声を漏らして勢いよく息を吐き出した。

「お前のような軽い女が婚約者だったとは俺には恥でしかない。周りが思い出せと言うからどんな女なのか会いに来てみれば他の男と逢瀬を重ねる不埒な女とは……思い出す必要などなさそうだ」
「クロヴィス王子! そのような言い方は彼女に失礼だろう!」

 ユリアスの怒声も気にせずクロヴィスは軽く顎を上げて見下すような冷めた目を向けて背中を向けた。

「今日一日の最後に見るのがこんなものとはな。くだらん」

 来た時と同じようにカツカツと音を鳴らして去っていくクロヴィスの姿にユリアスは大きく息を吐き出してからリリーへと振り返る。

「彼の言う事は気にしなくていい」
「ええ……」

 ユリアスの気遣いにリリーは小さく返事をした。

「大丈夫か?」
「いつもあんな感じですから」

 そう言って笑うリリーを暫く黙って見つめていたが、リリーの表情に明らかに元気がないのを見るとユリアスは何も言わず頭に手を置いて二回撫でた。

「ゆっくり休んでくれ」
「ユリアス様も」

 馬に跨って帰っていくユリアスを見送ればフレデリックが肩に触れたのを合図にリリーも中へ入っていく。

「ッ……!」
「リリー」

 玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、リリーは膝から崩れ落ちた。慌ててフレデリックが腕を伸ばすも支える事はしなかった。

「どうしてっ……」

 震えた声が玄関ホールに小さく響く。頼りない小さな背中を震わせながら必死に唇を噛みしめようとしゃくり上げる音は漏れてしまう。
 両手で顔を覆って涙するリリーにフレデリックは触れる事も出来なかった。
 ただジッとその場で背を向けて立っていた。リリーが泣き止み自分の力で立ち上がるまでジッと……。


 十分ほどでリリーは立ち上がった。待ってくれていたフレデリックに「ごめんなさい」とだけ呟いて自分の足で歩き出す。その後姿はいつもと変わらないはずなのにいつもよりずっと小さく見えて、手を伸ばせば届く手を伸ばそうとしてグッと握り込んだ。

(フェアじゃないからな)

 フレデリックはユリアスの言葉を思い出していた。
 リリーは王女ではなくただの公爵令嬢。二人の王子から求婚を受けて悪役令嬢になるという夢のために二人を蹴飛ばし続けていた。それでも二人は諦めずリリーを間に挟み対峙した。
 フレデリックも気持ちは同じだ。リリーに気持ちがバレているという事もそう。しかし、フレデリックは同じ土俵に立つ事さえ許されない。
 王子の護衛をする騎士見習いが王子の婚約者に手を出すなど非難だけでは済まない。自分一人の責任で終わればいいが、騎士団長である父親や兄であるセドリックにまで無意味な非難が及ぶのだ。
 愛は盲目。そう言ってこのまま抱きしめられたらどんなにいいだろうと何度思ったかわからない。

「リリー」
「ん?」

 振り向かないまま返される返事。

「俺は何があろうとお前の味方だからな」

 自分に言える言葉はそれしかない。

「知ってる」

 振り向いて小さく笑うリリーを今すぐにでも抱きしめたかった。今にも泣き出してしまいそうな顔をこれ以上強がらなくていいように包み込んでやりたかった。
 だが、それをする資格も勇気もない。
 フレデリックの中で『もし』という言葉と共に様々な可能性が渦を巻いて足枷となっていた。

「フレデリックも今日はゆっくり休んで」
「眠るまで傍にいようか?」
「いいえ、大丈夫よ。お風呂に入ったらすぐ寝るから。また明日」

 一人にすればまた泣いてしまいそうで心配だったが、その心配をリリーは受け入れなかった。

 リリー・アルマリア・ブリエンヌという女は甘やかされる事を望まない。どんなに厳しい事であろうと最後まで一人でやり抜く意志の強い女だった。誰かに手伝ってもらってもわからないし、バレやしない状況でもリリーは泣きながら一人でやり遂げる方を選んだ。
 幼い頃から見てきたリリーのそういう部分がフレデリックは好きだった。幼心にかっこいいと思ったし、そんなリリーを自分の腕で守りたいとも思った。
だから今、この瞬間、自分に守らせて欲しかった。頼ってほしかった。
でもリリーは望まない。

「ああ、また明日。寝坊すんなよ」
「あなたもね」

 だからフレデリックはそれを受け入れる。

———見守る事も守る事だ。

 自分にそう言い聞かせながら片手を上げてドアが閉まるのを待った。

「……」

 ドアが閉まった瞬間、フレデリックの顔つきは変わり足早に歩きだす。
 足早に、その足音に怒りを込めながらフレデリックは目的の場所へと向かった。


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