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悪役令嬢復活?

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「クロヴィス!」

 怒鳴り声を上げながら部屋のドアをノックもなしにぶち破るように乱暴に開けたフレデリックをクロヴィスが睨み付けた。
 見るからに機嫌は最悪で、羽根ペンを握る手にも力が入っているのが見えた。一緒にいるセドリックが怪訝な表情を向けるも今はそっちを気にしている余裕はなく、そのまま机越しにクロヴィスの胸倉を掴み上げた。

「フレデリック!」
「何のつもりだ……?」

 不機嫌な声がフレデリックを突き刺すがフレデリックもクロヴィスと同じだけ怒りを感じていた。

「お前に一つだけ言いに来た」

 クロヴィスが眉を寄せる。

「さっさと思い出せ。じゃねぇと俺がもらうからな」

 上から睨みつけながら見下ろすフレデリックの目には怯えも遠慮もなかった。本気だと伝えるにはじゅうぶんなもので、クロヴィスはその目を睨み付けるのをやめて冷めた目を向けた。静かな冷たい目。セドリックでもこの目を向けられると思わず目を逸らしてしまう。

「何様のつもりだ?」
「同じ女を好きになった男として言ってんだよ」

 今は護衛とか関係なかった。幼馴染として、同じ女を好いた者として対等な立場で話しているつもりだった。

「くだらん」

 強く手を払いのけたクロヴィスが椅子に腰かけ直すと足を組んだ。

「同じ女を好きになった男として? ハッ、笑わせるな。叶わぬ片想いで終わらせるしか出来ん身分の分際で俺と対等になれると思ったのか?」
「思い出す必要はないんだよな?」
「だったらなんだ?」
「必要ないと思ってんなら二度と思い出すな。俺がもらう」
「フレデリック!」
「セドリック」

 感情的になっているのは自分でもわかっている。でも今はこの感情を抑えて冷静に話せる自信はなかったし、冷静になるつもりもなかった。
 態度を改めないのであればと此処に来る道中で決めた覚悟をぶつけるとそのまま出ていこうとするフレデリックをセドリックが止めようとするもクロヴィスが止めた。

「あれ本気だけどどうするつもり?」
「どうするつもりもない。放っておけ」

 そっけなく言い放つクロヴィスにセドリックは何も言わず首だけ振った。


 その翌日、学園では変化が起きていた。

「ごきげんよう、皆様」

 リリーが登校しても誰も挨拶をしてこなかった。
 それどころか道を開けるように隅に集まってヒソヒソと何かを話している。

「ごきげんよう」

 リリーを慕い、味方だと言っていた女子生徒達までも裏切るように内緒話に加わっていた。

「何だアイツら」

 リリーからの挨拶に慌てて顔を逸らして逃げるように散っていく姿にフレデリックは呆れと怒りが混ざった感情をボヤくもリリーは気にしていなかった。
 自分の人気など最初から信じていない。リリー・アルマリア・ブリエンヌを慕っていたのか、それともクロヴィス・ギー・モンフォールの婚約者を慕っていたのかわからないのだから。

「あーら、ブリエンヌ公爵令嬢ではありませんの」

 癪に障る声と話し方はリリーを苛立たせようと思ってしているのなら大成功だった。

「ごきげんよう、ウィールズ侯爵令嬢」

 悪役令嬢らしい物言いに少し前なら高笑いでもしながら付き合ったのだが、今はその気力もない。

「フランソワ嬢、申し訳ないが彼女は今少し立て込んでいて忙しい。もし急ぎのようでなければ先を急いでもいいだろうか?」
「あわわわわ! ふ、フレデリック様! ご、ごきげんようにございますわ! き、今日もその、とっとても素敵で———」

 リリーに何かけしかけようとしているフランソワにフレデリックが声をかけるだけでリアーヌ同様フランソワも乙女になってしまう。

「すまない、ではまた後日」

 まだ喋っていたフランソワの隣をリリーの肩を抱きながら通り過ぎていくフレデリックの後ろ姿を目をハートにさせながら見送っていた。

「ギャッ!」
「あーらごめんなさい、太ってるから樽かと思った」
「樽だと思ったなら避けなさいよ!」
「嫌よ、樽が避けなさいよ。フレデリック様お待ちになってぇ!」

 急に背中に感じた強い衝撃に地面に倒れたフランソワ。何事かと振り返る事もなく誰の仕業かわかる本人の登場に声を荒げるもリアーヌは高笑いしてからフレデリックを追いかけていった。

「フレデリック様!」
「り、リアーヌ嬢、その腕を……」
「二人ともサロンに来て」

 追いついたリアーヌが腕に絡みついてきた事にまたかと思いながら腕をすり抜けさせようとすると静かな声でサロンへと誘導を受けた。
 二人は顔を見合わせる事はせず黙ってそのままサロンへと向かった。

「何かありましたか?」

 バラ園ではなくサロンを選んだ事に何かあったのだと察したリリーが問いかけるとリアーヌは『やっぱり』と言いたげに溜息をついた。

「誰が何をどうやったのか知らないけど、反ブリエンヌ派が増えてる」

 反ブリエンヌ派と聞いてピンと来ないわけではない。ブリエンヌ家は公爵に相応しくないと言い続けている貴族がいるのも知っている。だが、それが多くなってきたというのは知らなかった。
 リリー様といつも声をかけてくれた生徒達が一気に離れていった原因は今までの事か、それともリリーが知らないだけで新しい事が起こっているのかと眉を寄せながらリアーヌを見つめるもリアーヌは首を振る。

「心当たりは?」
「ありすぎるような……」

 苦笑するリリーにリアーヌは頷いた。

「私が耳にしたのは貴女の現在の状況をざまあみろと思ってる奴が多いってこと」
「ああ……」
「王子に忘れられてから気取った振舞いをやめた事。忘れられたからとすぐ別の男に媚びるとこもムカつくってね」

 納得できない理由ではなかった。むしろすんなり納得出来てしまうほど正当性のある嫌悪だった。

「婚約破棄されてから貴女が変わったのは確かよね」
「ええ、まあ、猫かぶりだったので」
「そうよね! あはははは! それでいいのよ! イイ女を捨てた男にいつまでも尻尾振ってやる必要なんてないんだから!」

 リアーヌはサバサバした性格故に嫌われやすい。良い事も悪い事もハッキリ言ってしまうから人によって好き嫌いが分かれてしまうのだ。
リリーはそんなリアーヌがいつの間にか好きになっていて、猫かぶりだと言っても引かずに声を上げて笑って認めてくれるリアーヌの存在が今ではありがたいものになっていた。

「少し前までは貴女を信じる者の方が多かっただろうけど、今じゃ色々あったから積もりに積もった不信感で悪い噂を信じる者が増えてる。どうする?」

 リアーヌの問いかけにリリーは首を傾げた。

「どうもしません」

 どうするかと聞かれても嫌われてしまった以上は打つ手がない。何もしていない、潔白だ、誤解だと言ったところでそれを証明するための証拠がない。どうしようもないのだからどうする事もないとリリーは両手を広げて肩を竦めた。

「貴女ってホント変わってる。最高」
「リアーヌ様こそ。わたくしが嫌われ者だと知りながらこうして傍に来てくださるのですから」
「友達なんだから当然じゃない」

 理由はいたってシンプル。だが、その短い言葉だけでリリーは泣いてしまいそうだった。
 思えば友達らしい友達などいた事がなかった。いつだってリリーは〝リリー・アルマリア・ブリエンヌ〟ではなく〝クロヴィス・ギー・モンフォールの婚約者〟として見られていたためフレンドリーに接してくる人は一人もいなかった。無礼があってはいけないと怖気づいてしまう者ばかりでリリーはいつも〝慕ってくれる者〟ではなく〝媚びを売る者〟達の中にいた。
 だからつらつらと並べられるそれらしい理由よりもたった一つのシンプルな理由で言われた事が何より嬉しかった。

「あら、誰かしら?」

 コンコンコンッと聞こえたノックの音にリアーヌが視線を向けると紅茶の用意をしていたフレデリックがドアを開けた。

「失礼します。よろしいでしょうか?」
「コレット、ごきげんよう。どうぞお入りになってください」

 顔を覗かせたコレットにリリーは中へ入るよう手で示すと軽くお辞儀をして中に入ってくる。
 もう一人分必要だと新たにカップを用意するフレデリックの隣でリアーヌが鼻を鳴らした。

「あら、泥棒猫じゃない」
「ど、泥棒猫……?」
「リアーヌ様」
「今日は記憶喪失の王子様のお傍にひっつき回らなくていいのかしら?」
「そ、そんな言い方……」

 コレットを傷つけようとするリアーヌには悪意しかないのが見て取れる。
 コレットがクロヴィスの面倒役になるまでは仲良くしていたが、それもすぐに終わってしまった。今では〝嫌いな奴リスト〟というものにランクインしているらしく歓迎の態度は微塵も見せない。

「ここにいるってよくわかったわね」
「お、お姿が見えて……」
「それで? 今日は王子様がいなくて暇だから図々しく仲間に入れてもらおうって?」
「そんな……」

 リアーヌの言葉にコレットは涙を滲ませる。コレットにしてみればそこまで言われるほどのことではないと思うが、リアーヌからすれば言い足りないぐらいだった。

「リアーヌ嬢、言いすぎだ」
「ごめんなさい。私ったら黙ってられなくて」

 フレデリックの注意だけは素直に聞くリアーヌだが、あくまでも口だけで向ける視線や表情は変わらない。

「だって酷いと思いません? 最愛の人に忘れられたリリー様が一番辛いとわかっていながら自分が面倒を看ると言い出すなんて。リリー様はお傍で声をかける事さえ出来ないのに自分は金魚のフンみたいに離れない。私からすればあんなのはリリー様への当てつけですわ」

 面倒を頼まれた日から気に食わないと言い続けてきたリアーヌはフレデリックに言いすぎだと言われてもやはり文句を再開した。
 今この瞬間、目の前に本人がいるのだからハッキリ言ってやるという強気なリアーヌの行動は悪役令嬢として絶賛すべき行動だが、褒める事は出来ない。

「私は小間使いのような役目を受けているだけでリリー様のお立場を奪おうなどと考えているわけではありません」
「そんなのは口にするまでもない事よ。当たり前。男爵令嬢如きが公爵令嬢の婚約者を奪えるとでも? 家系図見てから言いなさいよ」

———鏡じゃないのね。

「リアーヌ嬢、お茶が入った」
「フレデリック様直々に淹れてくださるなんてリアーヌ感激ですわ!」

 本性がバレているというのに何故ここまで変えられるのかリリーには不思議だった。

「リリー様もそう思われているのですか?」
「いえ、コレットは本当によくしてくださっているとセドリックから聞いています」
「私は言われた事をしているだけですから」
「それでも大変でしょう? 彼は……私が知っている人格と同じなのかはわかりませんが、ワガママで……」

 リリーは今、クロヴィスがどこまで前と同じ性格なのか知らない。リリーを忘れているからリリーにだけ冷たく当たるのか、それとも他の者にも当たるのか。
 クロヴィスの想いは以前にも本人から聞いていたが、それでも当時の事を思い出すとつまらなかったという感想になる。どんな想いを持っていたとしてもそれが相手に伝わらなければ意味がないし、関係もない。
 階段で伝えられた好意の言葉。それさえも彼にとってはなかった事になっているのだからリリーは苦笑してしまう。

「ワガママだなんてとんでもない!」
「え?」
「ワガママを言われる事は一度も。大体の事はセドリック様がされますし、私はあくまでセドリック様不在の際に用事に走るだけですから」
「政治の話は?」
「いえ」
「服装や髪型の指摘は?」
「いえいえ」
「口うるさいとか……」
「まったく」

 聞けば聞くほど信じられなかった。もはやそれはリリーを忘れているだけではなく人格が変わってしまったのではないかと思うものだった。

———政治の話をしない? くだらない指摘もしない? 口うるささもない? ありえない!

「昨日は庭で咲いたばかりの花をお部屋に飾っていただこうとお持ちしたのですが、とても喜んでくださいました」
「喜んだ?」
「はい」
「とても?」
「はい」

 苦笑が浮かんでいたリリーの表情がゆっくりと無へ変わっていく。
 自分にはあれだけ強い言葉をぶつけておきながらコレットには喜びさえ見せる男になっているらしい。

「花に興味のない男だったのですが、頭をぶつけて良かったみたいですね」

 どこで花が咲いていようと、どんな飾られ方をしていようと気にもしない男が花を貰って喜んだという事実が信じられず、そして沸々と湧き上がる怒りにリリーは大きく息を吸い込んで勢いよく吐き出して嫌味の笑みを浮かべた。

「あんなに笑う方とは知りませんでした」
「笑う?」
「はい」
「……そうですか」

 まるで浮かれたような声を出すリリーだが、はらわた煮えくりかえりそうなほどムカついている。

「寒くありません?」
「……若干」

 リリーの背中から感じる異様なオーラにリアーヌが身震いを起こすとフレデリックも同調するように身震いを起こした。

「リアーヌ様」
「ん?」
「わたくし、少し用事を思い出しましたの。この辺で失礼いたしますわ。新しい情報はまた後日お聞かせくださいませ」
「え、ええ……」
「フレデリック行きますわよ」

 リリーの口調が悪役令嬢になっている事でフレデリックは嫌な予感しかしなかった。
 最近のリリーはクロヴィスと婚約破棄をする前の大人しい女に戻っていたのにコレットの話を聞いて急変した。

「リリー、何するつもりだ?」
「花をお届けするつもりですわ」
「アイツはお前に会うと機嫌が悪くなる。やめとけ」
「だからよ」

 つまりは嫌がらせをしに行くつもりなのだと理解した。
 フレデリックとしてはこのままクロヴィスとの関係が悪くなっても構わないが、今のリリーの状態を考えると厄介なことにしかならなそうで迷っていた。

「悪役令嬢は王子に花を届けたりしねぇぞ」
「ええ、普通はね」

 嫌な予感しかしない。
 カツカツとヒール音を鳴らしながら進んでいくリリーが何をしでかすのか、フレデリックは不安と共について行った。


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