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初めての友達

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「探るってどうやって?」
「パン屋の息子のことが知りたいんだろ?」
「知るって言っても見ただけじゃわからないでしょ?」
「クラリッサの妹が一緒にいるとこ見てきてやるよ。ショーコになるんだろ?」
「キスしてる現場はリズが見てるからいいの。もう証拠になってるわ」

 残しておいたクッキーを皿ごと差し出すと迷うことなく飛びつくアイレ。

「花屋の娘がどういう女か知りたいの?」
「……そうね、知りたいか知りたくないかで言えば知りたい。でも知ったところで私はどうすることもできないのよね」
「外に出たいのか?」
「もちろん。パン屋さんに行ってパンを買ってみたいし、大道芸?っていうのも見てみたい。よその子どもたちと触れ合ってみたい。街はとても素敵なところなんでしょう?」

 父親から街のことについてクラリッサには何も話すな、情報を入れるなと緘口令が出されていたにも拘わらずリズは街で見たことやその日あったことをなんでも喋ってしまう。そのおかげで多少の情報はクラリッサにもある。あくまでも言葉だけで写真があるわけではないため想像することしかできていないが、街に出て本物を目にするのはクラリッサの儚い夢。

「食べ物はたくさんあるぜ! オイラもよく行くんだ。オイラのおすすめはクッキーの量り売りをしてる店」
「美味しいの?」
「別に。でもクッキーが一枚二枚なくなってても気付かねぇもん。袋詰めされたものはダメだ。持っていくとバレる」
「お金払うんでしょ?」
「おいおい、クラリッサ、オイラが金持ってると思うか? 妖精が人間の金なんか持ってるわけないだろ」

 それは泥棒ではないのかと思うだけに留めたクラリッサは立ち上がってクローゼットへ向かい、茶葉が入っていた缶を持ってきた。

「オイラ、紅茶は飲まないぞ。葉っぱから落ちてくる水が好きなんだ」
「これは紅茶じゃなくて……」
「キャンディだ!」

 蓋を開け、あまり音を立てないようゆっくりと傾けて中からキャンディを取り出した。本来は毎日クッキーを食べることは許されず、キャンディーだけの日もあった。アイレと出会ってからは「紅茶の時間にはクッキーを出して。キャンディーはいらない」と言ってクッキーを出してもらうことにしてもらっている。その前に出されていたキャンディーをクラリッサはこうして紅茶の缶の中に入れていた。
 クラリッサの口にキャンディーは合わない。甘すぎて口の中に膜が張ったような感覚になるからだ。缶はその日の紅茶を説明される際に使用人が持ってきていた物。素敵だと一目惚れし、茶葉がなくなったら欲しいと言ってもらった物。キャンディを隠すにもちょうどいいサイズ。

「好き?」
「好き! 皆で分けるんだ! 嬉しい! ありがとな!」

 その小さな身体で一個丸々食べてしまうのは不可能。手にしている針のような物で砕くのだろうかと興味があり、期待を込めてジッと見つめてくることに気付いたアイレが悟ったようにやれやれと首を振って針を振り下ろした。
 もっと簡単に砕ける物だと思っていたが、傷がつくばかりで壊れない。アイレが言った『皆』でやれば簡単に壊れるのだろうかと頬杖をついて見つめながら暫く待った。

「アイレ、大丈夫?」
「……あー……ダメだ。一人じゃ砕けない。いつも皆でやるから簡単に砕けるけど、一人じゃムリ」
「砕こうか?」
「あんま細かくしすぎるなよ」

 難しい注文だと苦笑しながらもクラリッサは飴をクッキーの下に敷かれている紙で包んで上から両手で押し潰した。あまり耳心地の良くない音と共に割れたキャンディを紙を開くことで見せるとバラバラの大きさになったのを見て表情を輝かせながら一粒取ったアイレがそれを口に押し込んだ。
 人間からすれば小石程度の欠片でも妖精にとってはお喋りができなくなるほどの大きなご馳走。口いっぱいに広がる甘さに表情を蕩けさせながらテーブルの上に置かれたクラリッサのハンカチの上に腰掛ける。

「おいひい」

 誤って口から飛び出してしまわないように両手で口を押さえながら感想を伝えてくる愛らしさにクラリッサの表情も蕩けていく。
 クラリッサはリズと違って幼い頃から人形遊びをすることはなかった。詰め込まれすぎた予定のせいで時間がなかったというのもあるが、理由の大部分は興味が持てなかったから。
 ドレスを着た人形。その人間のためのドールハウス。その中に再現された人形用の寝具や湯具や装飾品などを使って遊ぶ気にはなれなかった。
 喋ってくれない友達はいらない。お喋りができる友達が欲しい。そう思っていたが、十九歳になったクラリッサに友達は一人もいない。こうなるとは思っていなかったが、今こうしてアイレを見ているとドールハウスが欲しくなった。

「アイレが座る椅子を用意しましょうか」
「なんで? これでいいぞ?」
「椅子に座って、アイレ専用のカップを用意して、一緒にお茶会しましょ」

 友達はいない。話す相手はずっと家族だけだった。だが今はこうして話す相手がいる。自分以外には見えない特別な相手。退屈な人生に楽しみを与えてくれている相手。ならばしっかりともてなしをしなければと思い立った。

「紅茶は飲まない」
「朝露を用意するわ」
「ならやる」

 あっさりと陥落。
 その日からクラリッサは動き始めた。

「リズ、ドールハウス持ってたわよね?」
「うん」
「今でも使ってる?」
「使ってるよ? 昨日ね、ピンクのドレスを新調したの! キラキラしててふわふわですっごく可愛いんだよ! 見る?」

 リズの夢はお姫様になること。昔も今も変わっていない。子供の頃にハマった人形遊びはもうしていないだろうと思ったが、今もまだ現役で使っていた。飽きるどころか人形が増え、人形専用のクローゼットまであった。ドールハウスの外観から内装、ベッドや浴槽まで全てピンクで揃えているリズ専用のドールハウスをさすがに男の子であるアイレに使うわけにはいかないかと諦めて専属デザイナーを呼ぶことにした。

「ドールハウス……ですか?」

 ドレスの新調の件だとばかり思っていたデザイナーの驚いた顔にクラリッサはいつもの笑顔を返す。

「リズと一緒に人形遊びをする約束をした物だから私も揃えておこうと思って。あなたにこんなことを頼むのは心苦しいのだけれど、やってもらえる?」
「もちろんです! お任せください! 色はどうしましょうか!?」
「リズが女の子のお人形だから私は男の子のお人形を持とうと思っているの。だからシンプルな感じでお願い」
「かしこまりました!」

 自分の笑顔を人を動かすために使っていいのだろうかと考えたが、これぐらいは許されるだろうと開き直ることにした。
 これで可愛らしいドールハウスは回避。あれやこれやとデザイナーと相談して作り上げたドールハウスはリズのようにメルヘンな物ではなく木造りのログハウスのような物になった。
 アイレの性格から考えて城をイメージして作った物は好まないかもしれない。森に住んでいるのなら庭師が暮らしている小屋のほうがいいのではないかと判断しての結果。
 
「お……おぉお……」

 アイレを呼ぶとアイレが姿を表す。いつも傍にいてくれているようで嬉しくなる。
 かけた布を外してログハウスを見せた際の反応はあまり良くはなく、若干引いたような反応を見せることにクラリッサは不安になった。

「気に入らない? ちゃんとサイズは合ってると思うの」

 アイレを手に乗せたりハイタッチをしたりと触れ合うことは多かったためサイズはなんとなくでもわかっていた。ハンカチに腰掛けていたときの位置も柄があったため覚えていたし
、椅子やベッドもアイレのサイズに合うように作った。問題はアイレがログハウス風を気に入るかどうか。

「これ、オイラのために?」
「ええ、そうよ。アイレのために作ったの。お茶会に誘ったのに椅子とテーブルがないなんて失礼だもの。お腹がいっぱいになったらこっちで寝て。あなたのベッドよ」

 全て自分のために作られたのだと思うとアイレは感動に身体を震わせる。そして大きな瞳から大粒の涙をこぼした。

「アイレ? どうしたの?」

 涙を流す理由がわからず慌てるクラリッサにアイレが何度も首を振って涙を拭う。

「こんなこと……してもらったこと、ない……。ダークエルフはいつも俺たちを見下すんだ。いつも……ッ、妖精は無能でなんの役にも立たないって笑うし、妖精に憧れる人間の前に姿を見せたら虫扱いされる……。神秘的とか言ってるくせに実際見たら怖がって悲鳴上げるんだ…」

 両腕で顔を隠しながら話すアイレの言葉に胸が締め付けられる。クラリッサもアイレを見たときは悲鳴を上げた。こんなにも声が出るのかと自分でも驚いたほどに。
 パン屋の息子を探ると言ってくれたアイレは自分の前だけではなく他の人間の前にも姿を見せた。きっと妖精に対して良いイメージを持っていた物の前に行ったのだろう。見下されてばかりで傷ついた心を癒しに行ったのかもしれない。妖精に憧れている者の前に姿を見せれば喜んでくれるかもしれないという希望を持って。
 だが実際は違った。希望を打ち砕くような悲鳴。恐怖の表情に傷は余計に深まってしまった。
 クラリッサはアイレと毎日顔を合わせているが、妖精について知ったことは“ダークエルから役立たずと見下されている”ことだけだった。新しく得た情報も負のもの。クッキーが好きでキャンディは皆で分けると知っているぐらい。他は何も知らない。

「辛かったのね……」

 鑑賞用王女と不名誉な称号を与えられている身でアイレの心を理解することはできない。クラリッサ自身、誰からも愛されていると自惚れたことはない。デイジーはハッキリ嫌いだと言ってくるし、パーティーの出席者の中には自分を嘲笑う者がいることも知っている。だが、誰からも受け入れてもらえない人生ではない。どちらかと言えば恵まれた人生だ。だからアイレと同じ気持ちにはなれない。
 それでも、アイレが辛い思いをしてきたことだけはわかる、それだけは。

「辛くなんかない。オイラたちは何もできない役立たずだから……」

 きょうだいが泣いていれば抱きしめて慰めるが、小さすぎるアイレを抱きしめる方法はない。未だ力加減がわかっていない状態で感情の赴くままに力を込めれば大惨事になる可能性もある。
 自分を役立たずだと言ってしまうほど罵倒されてきたのだろうことを思うと締め付ける胸の痛みに吐き出す息が震えた。

「あなたは役立たずなんかじゃない。だって私の毎日をこんなに楽しくしてくれたんだもの。アイレと話している時間は退屈じゃない。アイレと出会えたことは私の人生の中で最高の宝物よ。だからあなたをちゃんとおもてなししようと思ってドールハウスを作ってもらったの。椅子に座ってテーブルの上にカップを置く。私は紅茶、あなたは朝露。一緒にクッキーを食べたら手土産にキャンディーを渡すわ」
「なんで……?」

 なんでそんなことしてくれるんだと言おうとするのに喉が締まって言葉が出てこないアイレにクラリッサが小指をアイレの頬に当てて緩く擦る。全く力を入れていないのにそれだけでアイレの頬が上下に動く。
 触れた指がほんの少しだが確かに濡れた。玩具ではなく、ちゃんと生きているのだと実感する。

「私の主催するお茶会に来てくれたでしょう? だから私はあなたに良いお茶会だったって言ってもらえるようにしたいの。あなたがいてくれるから毎日が楽しい。そのお返し」
「……いいのか?」
「ええ、もちろんよ。使ってくれないほうが寂しいわ」

 乱暴に腕で目元を拭ったアイレが笑顔を見せるその姿は幼い頃のダニエルによく似ていると思った。ダニエルもよく腕で乱暴に涙を拭っては笑顔を見せた。

「ようこそ、アイレの家へ」

 開くと広がるドールハウス。自分では開けられないだろうからと開ければ中は断面図のように左右の作りがハッキリと見える。水の出ないキッチン。アイレにはピッタリサイズだろう食器は一つずつ手作りで本物に近い作りになっている。
 ベッドに両手をついてその柔らかさを確かめ、恐る恐る横になると感動したように目を輝かせた。

「これすげー気持ちいい!」
「背中の羽は大丈夫なの?」
「こんなのただついてるだけだから平気!」
「気に入ったみたいでよかった」

 ベッドに寝転んだままのアイレに毛布をかけると気持ち良さげに目を細める。

「たまにここで寝てもいい?」
「もちろんよ。いつでもどうぞ」

 その言葉がただただ嬉しかった。
 
「おー!!」
 
 ベッドの寝心地を確かめたあとはちゃんと椅子に座る。テーブルの上にはテーブルを覆うほど大きなクッキーが一枚。

「……ちょっと……待ってね。今、朝露を……」

 朝露は早朝に庭に出て花が纏っていたものを少量ずつ集めたもの。それをアイレのティーカップに入れようとするが、小さすぎてこぼれそうで手が震える。朝露が入っている小瓶もまた小さく、二つの扱いに苦しみ、クラリッサの表情が険しくなった。

「いいよ、このままで」
「ダメよ、お茶会なんだからちゃんと出すわ」
「赤ん坊には哺乳瓶で出すだろ」
「こぼされるほうが嫌だ」

 なんでも人にしてもらって生きてきたためクラリッサに器用さはない。慣れたこと以外は何もできない自分のほうがずっと役立たずだと苦笑する。
 小瓶を渡すといつの間にか手にしていた妖精用サイズのストローを挿して吸い上げた。

「うまー! 花の蜜の匂いと甘さがついて美味い!」
「よかった」

 今日はいつも通りの紅茶ではなく、ティーポットにカバーをかぶせて持ってきてもらっていた。説明していたら冷めてしまうだろうと思ってのこと。それが正解だった。
 紅茶を持ってきてもらい、ログハウスの説明をし、慰め、苦戦していたら絶対に冷めていた。カバーを取るとポットが熱い。それをカップに注ぐと立ち昇る湯気に興味津々のアイレが近付いてくる。

「今度、お水とお湯をもらってお風呂に入りましょうか」
「オイラたちは人間と違って汗かかないぜ?」
「そうなの?」
「でもクラリッサが風呂に入ったオイラを見たいってんなら入ってもいいよ」
「ふふっ、じゃあお願い」

 温度を確かめるように湯気に手を伸ばすアイレに危ないとカップを下げるとまた自分専用の椅子へと戻っていく。

「んで? お茶会って何話すんだ??」
「んー、そうね……じゃあ、あなたのことを教えて?」

 驚きに目を瞬かせたアイレだが、クラリッサが微笑んでいるのを見てすぐに嬉しそうに笑って大きく頷く。

「オイラは──」

 妖精とは何か。何をして生きているのか。どんな風に暮らしているのか──その日は日が暮れるまでアイレの話に耳を傾け続けた。
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