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恋愛相談

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「クラリッサ、ちょっといいかな?」
「ええ、どうぞ」

 控えめなノックと共に顔を覗かせたのは次男のウォレン。部屋で待機している使用人がドアを開け、普段あまり部屋にやってくることのない兄が何用だろうかと自分が座っている向かいのソファーに腰掛けるよう促した。

「二人だけにしてくれるかい?」

 ウォレンが使用人に下がるよう伝えると素直に部屋から出ていく。それを見送ってからソファーに腰掛けるウォレンが何かに警戒しているように見えた。
 だが、クラリッサが気になったのはウォレンが持っている木製のかごの中に入ったお花。今まで花をもらったことは一度もない。花は愛でるためにあるのであって積むためじゃないと父親が厳しく言ったからだ。実際は花粉がクラリッサについて肌荒れでも起こすと困るからという理由だったが、今でもクラリッサに花を贈るのはタブーとなっている。
 そんな中、ウォレンが花を持ってきた。

「どうしたの?」

 誰も部屋に残っていないかと左右を確認してから前屈みになり、テーブルを挟んだ向かいのクラリッサに顔を寄せた。内緒の話かとクラリッサも同じように顔を寄せて耳を向ければウォレンが小さな声で告げた。

「好きな人ができた」

 家のことに関する話かと思って若干の緊張を抱えていただけに拍子抜けしたクラリッサが数秒固まる。

「……えぇえぇええええええっ!?」
「シーッ! 声が大きすぎるよ!」

 整理がついたら今度は大声が出た。思った以上の声量に慌てるウォレンと同時に口を押さえたが、普段から声を上げることのないクラリッサの大声に使用人がドアを何度も叩いて無事を確認する声が聞こえる。

「だ、大丈夫よ! お兄様のお話に驚いただけだから!」

 少し大きめの声で返事をするも立ち上がったクラリッサはドアを開けて盗み聞きはしないよう告げた。
 悪い使用人ではないが、良い使用人でもない。だから確認しなければドアに耳を押し当てて盗み聞きする者がいることをクラリッサは知っている。
 慌てて去っていく使用人がいなくなったのを確認してドアと鍵を閉めた。

「ごめんなさい、お兄様。あまりにも突然だったし、まさかお兄様から報告してくるなんて思ってなかったものだから」
「デイジーの恋人のことが気になって、街に行ったんだ。本人に聞くことはできないから人間性の確認だけでもしておこうと思って近所の人に聞き込みをしてもらってたんだ」
「お兄様が直々に、ですか?」
「まさか。僕は地味だけど王子だってバレてるから市民一人について聞き回るなんてできないよ」

 自由に街に行くことが許可されているといえど制限はある。ウォレンは妹のために暴走するような人間ではない。ホッと息を吐いたクラリッサは数回頷いて先を促した。

「まるで恋愛小説のような話なんだけど、公園の噴水の前で花を売っている子がいたんだ。その子はどうやら花屋の娘らしくてね、店に来るお客が少ないから花を売り歩いているらしい。自慢の花なのに見てもらえないのは可哀想だと言ってね」

 なんとなく続きが見えてきたと思うが、相槌は打たずに頷くだけにして先を促す。

「なんていうのかな……可憐という言葉が似合うような子だった。声をかける前に少し見ていたんだけど、どうやら大きな声を出すのが苦手らしくて上手く声をかけられてなかったんだ。花かごを差し出すだけ。誰にも足を止めてもらえなくて落ち込んでてね」
「たまらなくなったお兄様は駆け寄ってそれを買い上げたのね?」
「そうなんだ! 全部買うって言うと遠慮したんだけど、妹に贈りたいからって言うと売ってくれたよ。君にお土産」
「ありがと、う……?」

 トンッとテーブルの上に置かれた花かご。ついでのようなお土産をもらったのは生まれて初めての経験。エヴァンからならわかるが、ウォレンがそうするとは想像したことさえなかっただけに戸惑った。

「自信がない感じが可愛いんだ」
「お兄様が恋に浮き足立っているところ悪いんだけど、少しいい?」
「いいよ」

 既にこの時点で引っ掛かっていることがいくつかあると花かごを横にずらし、一度咳払いをしてからウォレンを見た。

「恋をした、ということだから仮にの話で聞いてほしいんだけど……もし、仮に、お兄様がその花屋の女性と結婚することになったとして、自信のない子が王族の一員としてやっていけるのかしら? 花を売るために声をかけられない人が役目を果たせる?」
「そこはレッスンを受けるとかで自信をつけていくよ」

 王族が王族と結婚することを推奨しているのは王族の血以外を入れるのを嫌悪する悪き風習のせいではあるが、それだけではない。王族としての仕事に慣れているほうがいいというのもある。立ち振る舞いやマナーなど教えずとも子供の頃からそれを当たり前として生きてきた者が望ましいと考えている。できなければどちらも恥をかく。それは誰もが避けたいことだ。軽く考えるべきことではないとクラリッサはウォレンの考え方に危機感を抱く。

「……彼女はお兄様がウォレン王子だと知ってた?」
「知ってた。だからこそ余計に遠慮してたんだ。僕は毎日でも──」
「待って。まだ話が終わってない」
「ああ、ごめん」

 まだ恋をしたばかりで先の話をするのは早いかもしれないと思いながらも舞い上がっているように見えるウォレンが暴走しないかが気掛かりだった。

「王族の一員になるってどういうことか想像できる?」
「もちろん。国民に愛されるということだよ」
「お兄様の人気ランキングは?」
「……下から二番目……」
「愛されてる?」
「あんまり、だね……」

 こんな不名誉なランキングなど必要ないと過去に何度父親に言ったかわからない。だが、国民投票によってランキング付けされた結果はその者の努力を表すと譲らなかった。
 毎年デイジーが最下位で、その次がウォレン。クラリッサは何もしていないにもかかわらず一位。もはや出来レースも同然だとロニーとリズ以外は呆れている。
 それを口に出してしまうのは卑怯ではあるものの、一般市民が簡単に王族の一員になれるという考え方は捨ててほしいとクラリッサはあえて言葉にした。

「レッスンを受けて自信がつけばいい。でもつかなかったら? まだ結婚したばかりで、これから良くなっていく、って言い訳をするの?」
「言い訳じゃないよ。事実だ」
「それが事実だとして、どう説明するの? お兄様が彼女の傍に付きっきりで説明して回るの?」
「それは……」
「自国民との交流はもちろん、他国のとの交流も欠かせないことなんでしょ?」
「まあ、ね」
「花を売る声一つかけられない女性に王族として立派に話ができると思う?」

 黙り込むウォレンには申し訳ないと思うが、クラリッサはウォレンによる暴走で被害者を出したくなかった。
 クラリッサは王族の一員でいることよりも、王族の一員になることのほうがずっと難しいと母に聞いていた。王族でも他国の王族に嫁げば全く違うルールの中に放り込まれたようなもので一から覚えなければならないことがたくさんある。それが覚えられなければ妻となる資格はない。離婚はさせられないからお飾りの王妃となれと言われるようになる、と。
 それが右も左もわからない一般市民が入ってきてウォレンの考え通りに行くとは思えないのだ。
 王族に求婚されれば断ることはできない。できたとしても、そこには目に見えない暗黙のルールがあるように感じてしまう。断るなと。
 客が来ない花屋の娘なら家のためにと求婚を受け入れてもおかしくはない。そして、王族のルールに馴染めず精神的に破滅する。
 そうはならないかもしれないが、そうなる可能性もあると危惧していた。

「とりあえずすぐには行動に出ないで、まずは話からしてみるのはどう?」
「でももたもたしてたら彼女は別の男性に取られてしまうかもしれない」
「彼女に婚約者がいるかどうかも知らないのに?」
「……ああ~……」

 頭を抱えて弱い声を出すウォレンに苦笑する。
 初対面で婚約者がいるか聞くほうがおかしい。調査する貴族ではないのだから初対面は花を買って別れる、それでいいのだとウォレンの肩に手を添えた。
 恋愛小説を読んだことないためどういうストーリーのことを言っているのかはわからないが、とりあえずクラリッサができることは応援よりもアドバイス。

「急に高価な贈り物もだめ。喜ばない女性もいるわ。話をするだけで幸せなことってあるんだもの。何が好きか聞いたり、世間話をしたりして、お兄様の優しさを伝えるほうがきっと上手くいくわ」

 上手くいっていいのだろうかと思うが、今はとりあえず兄を暴走させず婚約破棄の傷を癒してもらおうと考えた。

(舞い上がってるとこ見ると婚約破棄の傷は浅いみたいだけど)

 もともとタイプではなかった相手との婚約破棄は願ったり叶ったりだったのかもしれない。
 今度は自分で見つけたタイプ。既に心が惹かれ始めているのが見えた。

「明日また行ってみるよ。今度はちゃんと話をしてみようと思う」
「ええ、それがいいわ」
「進捗報告してもいいかな?」
「もちろん、聞かせて」
「ありがとう」

 笑顔で去っていったウォレンを笑顔で見送るが、ドアが閉まると同時に表情が消える。

「パン屋の次はお花屋さんね。平和でいいわ」

 パンも花も日常になくてはならない物で、近しいからこそ惹かれたのだろうかと推測する。両者とも父親が認めることはないが、それを振り切ってでも幸せになってほしい。
 次女と次男、責任はそれほど重くない。外を飛び回る鳥のように自由に羽ばたいてほしいと願う。
 
「結局……パン屋の息子はどうだったのかしら?」

 花屋の娘の話だけで終わってしまったことでパン屋の息子の評判はわからなかった。

「オイラが探ってきてやろうか?」

 クラリッサが一人になると姿を現す妖精。その愛らしい存在にクラリッサが笑顔を向けた。

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