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手紙
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「手紙? 私に、ですか?」
「そうだ。レイニアの王子からな」
「ああ、私が断ってくださいと言ったにも拘らずお父様が断ってくださらなかったせいで長い長い船旅をすることになった挙句、婚約破棄をされた王子様」
「ぐぅう……」
ポンッと両手を笑顔で攻撃する娘に反論しようと口を開けるが、何も言わなかった。娘が言っていることは事実で、あれによってレイニアとの友好条約は解除されてしまった。
自分が勝手なことをしなければそんなことにはなっていなかったと反省もしている。
「お怒りの手紙ですか?」
「いや、むしろ感謝の手紙だろう」
「感謝? 一方的な破棄を受けたのに?」
「読もう」
手紙を広げた父親が字が読めないクラリッサの代わりに音読する。挨拶から始まり、父親との二人旅が久しぶりであったことや、モノレスの美しさへの感動が書かれていた。
「あなたと私はよく似ている。それはきっとあなたもそう感じていたと思います。だからこそ結婚しないほうがいいと思った。父の手前、候補になどと言いましたが、私はあなたを横に座らせて腐らせておくことはできません。お恥ずかしながら断っていただけて安堵しました。それでも、他の者では絶対に許されない、あなたと二人きりで散歩できたことは宝物として思い出にしまっておきます」
相手も鑑賞用王女が作り物であることに気付いていた。見せ物として完璧でなければならない重責を背負いながら生きている。だが、きっと彼のほうが辛いと思った。彼は完璧な王子を演じながら仕事をしている。自分はパーティーの主役として席に座っているだけ。比べることもできない。
「彼にはきっと素敵な女性が見つかります」
「そうだな。お前を腐らせておくことができないというのは良い判断だ。こんなにも美しい宝石は皆とその美しさを皆に共有することに意味がある」
「だからといってパーティーを開きすぎでは? デイジーのパーティーはどうなったのですか?」
天にも届きそうなほど鼻を伸ばして上機嫌に語っていたのがデイジーの話になると途端に元に戻った。
「デイジーのパーティーか……」
「開催すると約束したはずです」
「デイジーが乗り気ではないんだ。無理矢理開催するわけにもいかんだろう」
「ちゃんとデイジーと相談して決めてください」
まだ相談もしていないだろう父親がやる前から頓挫しようとしていることにクラリッサは眉を寄せる。そのシワを父親はすぐに押さえて笑顔を見せる。
「わかったわかった。デイジーと話してみる。だからそんな顔はしないでおくれ」
クラリッサの顔にシワができることは避けたい父親はクラリッサにそんな顔をさせないためにすぐ言うことを聞く。クラリッサに外の世界を見せないのは負の感情を持たせないため。苛立ちや悲しみは自然と生まれる感情だが、それでも余計な情報を与えて必要ない感情をその都度出さなくてもいいようにしている。小説を読んで泣いたり眉を寄せたり怒ったりしなくてもいいように字の読み書きを教えてこなかったし、世界が不幸や悲しみで溢れていることも教えはしない。
それはこれからも変わることはない。
「お前はデイジーに強く当たられるのにデイジーを庇うのか」
「庇っているつもりはありません。デイジーは可愛い妹です。私だけではなくリズやデイジーが主役になるパーティーがあるのは当然だと言っているだけです」
「デイジーは反抗期だ。私の言うことも聞いてくれんのだぞ」
「それはお父様が私ばかりを贔屓するからです」
「皆がお前に会いたがっているのだから仕方ないだろう」
開き直ったような言い方にクラリッサは呆れたと表情に出して首を振る。その様に部屋の中を見回し使用人がいないことを確認するとクラリッサに少し顔を近付けた。
「リズには既に婚約の申込みは来ているが、デイジーにはまだ一通も来ていない。これがどういうことかわかるか?」
答えたくない言葉に口を結ぶ。
「だからパーティーを開くのは気が重いんだ。客が来なかったらどうする!?」
「デイジーはいい子です。デイジーが輝けるパーティーを考えてやってください」
「プランナーでさえ頭を抱える難題だぞ」
「そう言わず、何か考えてあげてください。婚約者募集などというくだらないパーティーではなく、素晴らしいパーティーを」
「例えば?」
「考えてあげてと言ったの、聞いてましたか? 考えて、あげて、ください」
「あ、はい」
あまり触れられたくはないため眉は寄せず笑顔で圧力をかけるクラリッサに返事をした父親は文字通り頭を抱えながら部屋から出ていった。
クラリッサとて父親の悩みがわからないわけではない。デイジーが反抗期だとして、それがあまりにも長すぎるのだ。まず両親、クラリッサ、リズ、ダニエルの言うことは絶対に聞かない。ロニーの相手はするが、ロニーはデイジーよりもクラリッサに甘えるほうが好きなためそれを見ては苛立つ。エヴァンのアドバイスは大雑把で、相談をする相手は決まってウォレン。
ウォレンから言ってもらおうにも突然パーティーの話をするのは不自然。ウォレンはパーティーが大の苦手。女性と話すのもダンスを踊るのも苦手。まだ女性とキスもしたことがないのだ。そんな兄からパーティーについて聞かれたとて素直に答えないだろうことは想像に容易い。
ソファーの背もたれに背中を預けながら天井を見上げると無意識に溜め息がこぼれた。
「パーティー……か……」
自分にとってパーティーはあまりにもくだらない催し。飽きもせずに顔を見に来る連中も、父親も好きではない。最高のドレスを着て、最高の装飾品で身を飾って、最高の王女を作り上げる。
特別仕様の椅子に腰掛け、そこから一歩だって動かない。手を差し出し、そこに何十回と挨拶を受け、ありがとうを繰り返す時間は最高に無駄だと感じている。
「エイベル……忙しい? 会いたいな……」
最近、テラスに出ても森から合図はない。もう三日も会えていない。今日会えなければ四日目だ。
きっと聞こえているはずだと部屋の中で声をかけるも返事はない。クラリッサは人間で、森の中での会話など聞き取ることはできない。だからもし今の言葉にエイベルが何か返してくれていたとしてもクラリッサには届いていない。届かないとわかっているのだから言うはずがない。そんなことは考えずともわかる。
「飽きちゃった……の、かな……」
以前、こんな言葉があると教えてもらった。
『ブスは三日で慣れる。美人は三日で飽きる』と。
それを聞いたとき、クラリッサは『三日で飽きてもらえればどんなにいいだろう』と言った。
実際、三日で飽きてくれれば鑑賞用などと呼ばれることもなく、デイジーやリズと同じように学校へ通うことができた。字を覚えて本を読むことだってできた。でもそうじゃないからパーティーは頻繁に行われるし、頬を染める男がいる光景が見慣れたものとなっている。
エイベルに飽きられたとは考えたくない。だが、エイベルがそれを口にしたということはエイベルにとってそういうことが多いのかもしれないとも思った。
「アイレ」
「どした?」
小声でも呼ぶとすぐに来てくれるアイレに手を伸ばすと手のひらの上に座る。これもすっかり慣れたもの。落ちないように両手で敷地を広げるとそこに胡座をかき、不思議そうにクラリッサを見つめる。
「ダークエルフのこと聞いてもいい?」
「情報料がいるぞ」
「クッキー?」
「そうだ」
「ふふっ、じゃあ先に情報料を渡しましょうか」
ドールハウスに新たに設置したソファーの上に下ろすと気に入っている柔らかさを堪能するべく何度も跳ね上がるアイレの前にクッキーを一枚出した。それを両手で受け取って思いきりかぶりつく姿は何度眺めても飽きることはない。
「ダークエルフって美人が多い?」
何を言っているんだと言わんばかりの表情には呆れが混ざっているようでクラリッサの顔に苦笑が滲む。
「変なこと聞いた?」
「聞いた」
「気になっちゃって」
「エイベルが取られてるかどうか?」
「そういうわけじゃないけど……美人が多いなら美人を見慣れてるから三日で飽きるって言ったのかなって思って……」
それを聞いても表情を変えないアイレを見て自分の質問が本当に失敗だったのだと気付いた。
「オイラの偏見なしだと美人は多い」
「偏見ありなら?」
「ブスばっか!」
口からクッキーのカスを飛ばしながら即答するアイレはダークエルフを嫌っている。同じ森に住んでいるというだけで仲間ではないらしく、エイベルのことも快く思ってはいないらしい。
「どんなに美人でも性格が悪けりゃブスだろ。アイツらスゲー性格悪いんだぜ。自分達が一番賢くて一番強い美人だって思ってやがる」
「違うの?」
「強いのは強い。ハイエルフは魔法が使えるけど武術はクソ。ダークエルフは魔法は使えないけど武術がすごいんだ。耳も目も良いから狙われたら逃げられないって言われてる」
「エイベルもそう言ってた。耳と目が良いから狩りが得意だって」
「クソ野郎だよ、エイベルも。女たらしで、狩りしかしない」
「女たらし……」
「クラリッサも気をつけろ。エイベルは女だったら誰でもいいってぐらいあちこちに手ぇ出してる。ダークエルフの女は皆エイベルに寄っていくし、エイベルは女に囲まれてる自分が好きなんだ」
会う時間がないわけだと納得したように頷いて再び背もたれに背を預けて天井を見上げた。ダニエルがよくやる頭頂部に組んだ手を置いてポーズを真似して目を閉じた。
何十回と考えた。夜しか会えない自分が相手と心を通わせる方法はないし、通わせたところで結ばれるはずがないと。ならこうして会えない日が続いている間に忘れてしまったほうがいいのではないかとも。
だが、エイベルと過ごす時間はあまりにも心地良すぎて忘れることなどできそうにないと想像に難くない。
「ふふっ、アイレはエイベルが嫌いなのね」
「エイベルだけじゃない。見下してくるダークエルフは全員嫌いだ」
強くクッキーを噛み砕く様子で怒っているのがよくわかる。
「俺はクラリッサのがずっと美人だと思う。優しいし、美人だし、クラリッサはイイ女だよ」
小さな妖精にそんな言い方をされるとクラリッサはおかしさに笑ってしまいそうになるのを口元を引き締めることで堪えた。それが本音だとすれば嬉しい。だから茶化したくない。
必死に堪え、少し収まってから口を開いた。
「すごく嬉しい言葉だわ」
「ダークエルフの雌達の前に連れてってクラリッサのが美人だって見せつけてやりたいくらい──な、なんだよ!?」
ハッとしたクラリッサが姿勢を戻してアイレに顔を近付けた。妖精にとっては大きすぎる顔に驚いたアイレの手からクッキーが離れ、それを慌てて掴もうとするアイレの手より先にクッキーを掴んだ。
「俺のだぞ!」
「連れてって」
「え?」
「私をダークエルフの森に連れてって」
今日もきっとエイベルは合図を送ってこない。それなら自ら行くまでだと決めたクラリッサのお願いにアイレは目を瞬かせる。
「キャンディ追加だぞ」
「ええ、たくさん持っていくわ」
いいのだろうか……。決断を早まったかと思いながらもクラリッサの輝く表情を見ているとアイレも断れなかった。
「そうだ。レイニアの王子からな」
「ああ、私が断ってくださいと言ったにも拘らずお父様が断ってくださらなかったせいで長い長い船旅をすることになった挙句、婚約破棄をされた王子様」
「ぐぅう……」
ポンッと両手を笑顔で攻撃する娘に反論しようと口を開けるが、何も言わなかった。娘が言っていることは事実で、あれによってレイニアとの友好条約は解除されてしまった。
自分が勝手なことをしなければそんなことにはなっていなかったと反省もしている。
「お怒りの手紙ですか?」
「いや、むしろ感謝の手紙だろう」
「感謝? 一方的な破棄を受けたのに?」
「読もう」
手紙を広げた父親が字が読めないクラリッサの代わりに音読する。挨拶から始まり、父親との二人旅が久しぶりであったことや、モノレスの美しさへの感動が書かれていた。
「あなたと私はよく似ている。それはきっとあなたもそう感じていたと思います。だからこそ結婚しないほうがいいと思った。父の手前、候補になどと言いましたが、私はあなたを横に座らせて腐らせておくことはできません。お恥ずかしながら断っていただけて安堵しました。それでも、他の者では絶対に許されない、あなたと二人きりで散歩できたことは宝物として思い出にしまっておきます」
相手も鑑賞用王女が作り物であることに気付いていた。見せ物として完璧でなければならない重責を背負いながら生きている。だが、きっと彼のほうが辛いと思った。彼は完璧な王子を演じながら仕事をしている。自分はパーティーの主役として席に座っているだけ。比べることもできない。
「彼にはきっと素敵な女性が見つかります」
「そうだな。お前を腐らせておくことができないというのは良い判断だ。こんなにも美しい宝石は皆とその美しさを皆に共有することに意味がある」
「だからといってパーティーを開きすぎでは? デイジーのパーティーはどうなったのですか?」
天にも届きそうなほど鼻を伸ばして上機嫌に語っていたのがデイジーの話になると途端に元に戻った。
「デイジーのパーティーか……」
「開催すると約束したはずです」
「デイジーが乗り気ではないんだ。無理矢理開催するわけにもいかんだろう」
「ちゃんとデイジーと相談して決めてください」
まだ相談もしていないだろう父親がやる前から頓挫しようとしていることにクラリッサは眉を寄せる。そのシワを父親はすぐに押さえて笑顔を見せる。
「わかったわかった。デイジーと話してみる。だからそんな顔はしないでおくれ」
クラリッサの顔にシワができることは避けたい父親はクラリッサにそんな顔をさせないためにすぐ言うことを聞く。クラリッサに外の世界を見せないのは負の感情を持たせないため。苛立ちや悲しみは自然と生まれる感情だが、それでも余計な情報を与えて必要ない感情をその都度出さなくてもいいようにしている。小説を読んで泣いたり眉を寄せたり怒ったりしなくてもいいように字の読み書きを教えてこなかったし、世界が不幸や悲しみで溢れていることも教えはしない。
それはこれからも変わることはない。
「お前はデイジーに強く当たられるのにデイジーを庇うのか」
「庇っているつもりはありません。デイジーは可愛い妹です。私だけではなくリズやデイジーが主役になるパーティーがあるのは当然だと言っているだけです」
「デイジーは反抗期だ。私の言うことも聞いてくれんのだぞ」
「それはお父様が私ばかりを贔屓するからです」
「皆がお前に会いたがっているのだから仕方ないだろう」
開き直ったような言い方にクラリッサは呆れたと表情に出して首を振る。その様に部屋の中を見回し使用人がいないことを確認するとクラリッサに少し顔を近付けた。
「リズには既に婚約の申込みは来ているが、デイジーにはまだ一通も来ていない。これがどういうことかわかるか?」
答えたくない言葉に口を結ぶ。
「だからパーティーを開くのは気が重いんだ。客が来なかったらどうする!?」
「デイジーはいい子です。デイジーが輝けるパーティーを考えてやってください」
「プランナーでさえ頭を抱える難題だぞ」
「そう言わず、何か考えてあげてください。婚約者募集などというくだらないパーティーではなく、素晴らしいパーティーを」
「例えば?」
「考えてあげてと言ったの、聞いてましたか? 考えて、あげて、ください」
「あ、はい」
あまり触れられたくはないため眉は寄せず笑顔で圧力をかけるクラリッサに返事をした父親は文字通り頭を抱えながら部屋から出ていった。
クラリッサとて父親の悩みがわからないわけではない。デイジーが反抗期だとして、それがあまりにも長すぎるのだ。まず両親、クラリッサ、リズ、ダニエルの言うことは絶対に聞かない。ロニーの相手はするが、ロニーはデイジーよりもクラリッサに甘えるほうが好きなためそれを見ては苛立つ。エヴァンのアドバイスは大雑把で、相談をする相手は決まってウォレン。
ウォレンから言ってもらおうにも突然パーティーの話をするのは不自然。ウォレンはパーティーが大の苦手。女性と話すのもダンスを踊るのも苦手。まだ女性とキスもしたことがないのだ。そんな兄からパーティーについて聞かれたとて素直に答えないだろうことは想像に容易い。
ソファーの背もたれに背中を預けながら天井を見上げると無意識に溜め息がこぼれた。
「パーティー……か……」
自分にとってパーティーはあまりにもくだらない催し。飽きもせずに顔を見に来る連中も、父親も好きではない。最高のドレスを着て、最高の装飾品で身を飾って、最高の王女を作り上げる。
特別仕様の椅子に腰掛け、そこから一歩だって動かない。手を差し出し、そこに何十回と挨拶を受け、ありがとうを繰り返す時間は最高に無駄だと感じている。
「エイベル……忙しい? 会いたいな……」
最近、テラスに出ても森から合図はない。もう三日も会えていない。今日会えなければ四日目だ。
きっと聞こえているはずだと部屋の中で声をかけるも返事はない。クラリッサは人間で、森の中での会話など聞き取ることはできない。だからもし今の言葉にエイベルが何か返してくれていたとしてもクラリッサには届いていない。届かないとわかっているのだから言うはずがない。そんなことは考えずともわかる。
「飽きちゃった……の、かな……」
以前、こんな言葉があると教えてもらった。
『ブスは三日で慣れる。美人は三日で飽きる』と。
それを聞いたとき、クラリッサは『三日で飽きてもらえればどんなにいいだろう』と言った。
実際、三日で飽きてくれれば鑑賞用などと呼ばれることもなく、デイジーやリズと同じように学校へ通うことができた。字を覚えて本を読むことだってできた。でもそうじゃないからパーティーは頻繁に行われるし、頬を染める男がいる光景が見慣れたものとなっている。
エイベルに飽きられたとは考えたくない。だが、エイベルがそれを口にしたということはエイベルにとってそういうことが多いのかもしれないとも思った。
「アイレ」
「どした?」
小声でも呼ぶとすぐに来てくれるアイレに手を伸ばすと手のひらの上に座る。これもすっかり慣れたもの。落ちないように両手で敷地を広げるとそこに胡座をかき、不思議そうにクラリッサを見つめる。
「ダークエルフのこと聞いてもいい?」
「情報料がいるぞ」
「クッキー?」
「そうだ」
「ふふっ、じゃあ先に情報料を渡しましょうか」
ドールハウスに新たに設置したソファーの上に下ろすと気に入っている柔らかさを堪能するべく何度も跳ね上がるアイレの前にクッキーを一枚出した。それを両手で受け取って思いきりかぶりつく姿は何度眺めても飽きることはない。
「ダークエルフって美人が多い?」
何を言っているんだと言わんばかりの表情には呆れが混ざっているようでクラリッサの顔に苦笑が滲む。
「変なこと聞いた?」
「聞いた」
「気になっちゃって」
「エイベルが取られてるかどうか?」
「そういうわけじゃないけど……美人が多いなら美人を見慣れてるから三日で飽きるって言ったのかなって思って……」
それを聞いても表情を変えないアイレを見て自分の質問が本当に失敗だったのだと気付いた。
「オイラの偏見なしだと美人は多い」
「偏見ありなら?」
「ブスばっか!」
口からクッキーのカスを飛ばしながら即答するアイレはダークエルフを嫌っている。同じ森に住んでいるというだけで仲間ではないらしく、エイベルのことも快く思ってはいないらしい。
「どんなに美人でも性格が悪けりゃブスだろ。アイツらスゲー性格悪いんだぜ。自分達が一番賢くて一番強い美人だって思ってやがる」
「違うの?」
「強いのは強い。ハイエルフは魔法が使えるけど武術はクソ。ダークエルフは魔法は使えないけど武術がすごいんだ。耳も目も良いから狙われたら逃げられないって言われてる」
「エイベルもそう言ってた。耳と目が良いから狩りが得意だって」
「クソ野郎だよ、エイベルも。女たらしで、狩りしかしない」
「女たらし……」
「クラリッサも気をつけろ。エイベルは女だったら誰でもいいってぐらいあちこちに手ぇ出してる。ダークエルフの女は皆エイベルに寄っていくし、エイベルは女に囲まれてる自分が好きなんだ」
会う時間がないわけだと納得したように頷いて再び背もたれに背を預けて天井を見上げた。ダニエルがよくやる頭頂部に組んだ手を置いてポーズを真似して目を閉じた。
何十回と考えた。夜しか会えない自分が相手と心を通わせる方法はないし、通わせたところで結ばれるはずがないと。ならこうして会えない日が続いている間に忘れてしまったほうがいいのではないかとも。
だが、エイベルと過ごす時間はあまりにも心地良すぎて忘れることなどできそうにないと想像に難くない。
「ふふっ、アイレはエイベルが嫌いなのね」
「エイベルだけじゃない。見下してくるダークエルフは全員嫌いだ」
強くクッキーを噛み砕く様子で怒っているのがよくわかる。
「俺はクラリッサのがずっと美人だと思う。優しいし、美人だし、クラリッサはイイ女だよ」
小さな妖精にそんな言い方をされるとクラリッサはおかしさに笑ってしまいそうになるのを口元を引き締めることで堪えた。それが本音だとすれば嬉しい。だから茶化したくない。
必死に堪え、少し収まってから口を開いた。
「すごく嬉しい言葉だわ」
「ダークエルフの雌達の前に連れてってクラリッサのが美人だって見せつけてやりたいくらい──な、なんだよ!?」
ハッとしたクラリッサが姿勢を戻してアイレに顔を近付けた。妖精にとっては大きすぎる顔に驚いたアイレの手からクッキーが離れ、それを慌てて掴もうとするアイレの手より先にクッキーを掴んだ。
「俺のだぞ!」
「連れてって」
「え?」
「私をダークエルフの森に連れてって」
今日もきっとエイベルは合図を送ってこない。それなら自ら行くまでだと決めたクラリッサのお願いにアイレは目を瞬かせる。
「キャンディ追加だぞ」
「ええ、たくさん持っていくわ」
いいのだろうか……。決断を早まったかと思いながらもクラリッサの輝く表情を見ているとアイレも断れなかった。
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