溶け合った先に

永江寧々

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邪魔者~執事side~

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「ニルス様、いらっしゃいませ」
「伯父さま! 連絡もなしにいらっしゃるなんてどうしたの?」

ティータイムが始まる少し前、来訪者は突然やってきた。
驚きながらも嬉しそうに駆け寄る彼女の表情は私には向けられることのない血縁者にのみ向けられる愛に満ちた笑顔。

「お前の顔が見たくなってな」

大柄で強面。街を歩けば人が避けて通ると彼女は言うが、姪には甘いらしく、この男を知る者が今のこの表情を見れば衝撃を受けるだろう。
軽々と彼女を抱きあげ、頬にキスをした男は気まぐれにこうして屋敷へやってきては彼女を独り占めする。
私の苦手とする男だ。

「ノエルにはまだ早いわ」
「知ってる。何の記念日でもねぇが、お前に贈り物だ」
「無駄遣いよ」
「お前が使えば無駄にはならねぇよ」

彼女を床に下ろしてポケットから金色のリボンで飾られた上質な小箱を取り出したニルスからのプレゼントを彼女は喜ばない。
使っても使ってもなくならない莫大な遺産を持つ彼女にはどんな高価なプレゼントも無駄遣いになってしまうのだ。彼女は理由あるプレゼントしか喜ばない。
姪への贈り物とは思えない上質さに反吐が出そうになった。遠回しに絶対使えと言っているような言い方も気に入らなかった。

「ノエルに来られるとは限らねぇからな」
「そう、だけど……」

ちゃんと理由はあると言われると困惑しながらも手を出した彼女だが、リボンを解いて箱を開けた瞬間、その表情は喜びに変わっていった。

「髪留め」
「お前の髪は長すぎる。ちっとは切ったらどうだって言ってんのに切りゃしねぇからな」
「だって髪は長いほうがいいもの」
「いっちょ前に女ぶったこと言いやがって。切りたくねぇならそいつで留めてな」

まだ宝石の似合わない彼女に遠慮する理由のない物。指輪やネックレス、ブローチだったらきっと困り顔を崩さなかっただろうが、髪留めはいつ身につけてもおかしくない物だ。風になびいて顔にまとわりつく鬱陶しさから解放されるだろう物は彼女への贈り物にはピッタリ。
彼女の柔らかな髪を一束手に取ってからハープでも弾くように指を滑らかに滑らせる離すキザな男。まるで恋人にするような手つきが気に入らなかった。
ありがとうと嬉しそうにお礼を口にする彼女の前に屈む男の狙いはわかっていた。そうされればお礼のキスを頬にするしかないことぐらい誰にだってわかる。それを狙ってそうしたのがまた更に気にくわない。

「つけてもいい?」
「ああ。ちゃんと鏡見てつけてこい」

彼女は羽根が好きだ。天使からの贈り物のような気がすると街のショーウィンドウを見ては眺めながらいつもそう呟く。そんな贈り物が貰えたのだから後回しにするはずもなく、小走りで自室へと戻っていった。

「俺の姪は変わらねぇなあ?」
「そうですか? 毎年少しずつ成長しておられるように思いますが」
「そういうお前も変わらねぇなあ?」
「大人になれば暫くは顔など変わらないものかと」

私は彼女の執事だが、この家の執事でもある以上は客人を残して去ることは許されない。許されるのであれば彼女を追いかけてこの忌々しい男の顔を見ないようにしたいぐらいだ。
彼女が戻ってくるまで一言も発するなという私の願いを秒速で破壊したこの男の言い方はどうにも癪に障る。醜いとも言える顔が近付いてきても笑顔でいられるのは一種、自分の特技だといえる。

「今年のノエルはアイツに何を着せる予定だ?」
「プリンセスラインのドレスをご用意いたします」
「去年のもキレイだったよな」
「それはもうとても美しく、大人びて見えました」
「美味そうに見えた、の間違いだろ」

彼女が去年のノエルに着たのはAラインのドレスだった。
元々年齢より少し大人びて見える顔立ちの彼女にはそのドレスがとてもよく似合っていた。
成長した少し先の姿が見えたようで彼女自身、とても喜んでいたのは記憶に新しい。
それを品も何もないこの男は人の記憶を、彼女を汚すような言葉を吐き出した。

「とんでもない。私はお嬢様の忠実な執事。取って食べようなどと悪魔のような愚行は致しません」
「悪魔みてぇなもんだろ」

この世に罪が存在しないのであれば今すぐこの男の喉をスプーンで潰しただろう。
彼女の伯父でなければ、この瞬間、この場で、この男を殺しているだろう。
必死に張り付けていた笑みが段々と変わっていくのを感じながらもそれを隠そうとはしなかった。

この男は知っているのだ。「私」ではなく「俺」の存在を。
知り合いなどではない。ただ顔見知りなだけ。
彼女の前では絶対に見せない悪鬼のような表情をこちらに向け、悪意に満ちた声で言い放つ男が私にどういう感情を持っているのかなど聞かずともわかる。

「これはこれは手厳しい。ですが、だからこそお嬢様をお守りできるのだと自負しております。お嬢様を生涯お守りできるのはあなたではなく、私、なのだと」

業務用の笑顔というのは便利なもので、知らぬ相手には好感を、知った相手には嫌味のような不快感を与えることができるのだ。
この男には彼女を守ることはできない。
人の魂までもを凍りつかせるような表情へと変わっていく男に笑顔を見せ続けながらも腹の底からこみ上げる笑いを堪えるのに必死だった。
この男にとって私は完全な部外者だ。血の繋がりも何もない。けれど誰よりも一番近くにいる。男にとって私は忌むべき者。そう思っていることを隠しもせず全面に出してくるのは、そうすることで逆らえない私に自分の立場が上であることを見せつけたいからだろう。
高慢で傲慢。そんな男の顔が自分の言葉一つで怒りを露にするほど歪ませられるのは快感に近い感情が湧いてくる。

「お前がどういう人間か知ればアイツは絶望するだろうな」

人減はどこまでクズになれるのか。
自分を立派な人間だと思ったことは一度もない。だが、人にどうこう言われるほどのクズになった覚えもない。特にこの男には。
脅迫めいた言葉を平気で口にするような人間が彼女の慕う伯父だと思うと吐き気がする。

「それは貴方様も同じではないかと。誰よりも信頼している相手がしてきたことを知れば絶望などでは済まないでしょうね」

もし彼が「俺」がしてきたことを脅すのであれば「私」も同じことをして返す。脅迫を返したところで自分だけが安全に済むとは思っていないが、それでも脅迫というのは口に出さなければ意味がないし、ハッキリ伝えておいた方が安全なのだ。
鼻で笑ってあからさまな嘲笑を向けてやりたかったが、この男に彼女にも見せていない顔を見せるなどあまりにも馬鹿馬鹿しく、自分の弱点を晒すようなもの。張り付けた笑顔を崩さないまま軽く首を傾げた。
お前の存在など脅威でも何でもないのだと表してやりたかった。
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