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実は、寝入りばなを起こされた俺は今結構不機嫌だ。
しかも、今時分に掛けてくる奴は大体決まってるからと確認もせずに取った訳で、実際は想定していた相手とも違っていたから、余計に。

時間の経過と共に戸惑いが薄れてくると、そんな苛立ちがふつふつと湧いてくる訳で…。

けれどその苛立ちを抑えてちゃんと相手をしてる俺、大人。我ながら大人。
何せ今の俺は社会人一年目だった2年前と違い、ちょっと重要な仕事を任され始めて忙しくなってきている。直属の上司に目をかけてもらって、熱意ある同僚達にも恵まれ、仕事の楽しさもわかり始めてきた今日この頃なのだ。
毎日帰りは遅いし、プライベートも充実はしているが疲労は着実に溜まっていた。
つまり、最近の俺は慢性的に睡眠不足な訳だ。
それでも昨日は少し早目に帰れて、これ幸いと少しでも長い睡眠を取るべく早々にベッドに入ったというのに…。
着信音を消しておくべきだったのか。いや、永をブロックしておくべきだったのか、と思った所で、俺はある事を思い出した。

「あれ?そう言えばアンタ、何で俺に電話できてんの?」

そうだ、俺、確かに凛と永をブロックしたし番号も同時に着拒した筈だ。
なのに何で永は俺のスマホに電話を掛けて来られたんだろうか。

そんな俺の疑問に、奴はヘラヘラしながら答えた。

『あ、いや…実は凛と別れる時にスマホ壊されたから、買い替えたんだよね。そん時に番号も…。』

「…番号まで変えたのか?」

『だって湊に全面ブロックされてたし…。』

「……。」

こ、コイツ…。

『湊に連絡取りたかったから。』

「……はーぁ?」

『あ、いや…凛と付き合ってた間も、ずっとお前の事が忘れられなくて…。』

いや。いやいやいや。何それ。

『やっぱり俺はお前の事が…、』

と言った永の言葉を遮る俺。

「ちょっと待ってくれ。」

さっきからずっと頭にカチンカチン来てるこの正体、わかったから言うな?

「あのさ。お前とか湊とか呼び捨てるの、やめてくれないかな。」

『えっ?』

素っ頓狂な声で驚く永。
だが俺はそれに構わず続けます。

「いやアンタ、俺にした事忘れてないよな?」

『ああ、うん…勿論。』

「じゃあ、俺に最大限に恥をかかせた事も記憶にござる?」

『ござ……うん。』

淡々と言う俺の言葉に答える永の声は、段々小さくなる。おうおう。やっと俺の静かな怒り、伝わった感じ?

「で、俺は自分の身内との浮気っつー最悪の裏切られ方をした末に俺達は別れた訳だ。」

『そー、だな…。』

どんどんバツが悪そうになっていくな。

「じゃあ、俺とアンタは既に関係の切れた他人って事だよな?
なのに何で何時迄も俺の事、呼び捨てにしてんの?お前呼ばわりも心外だわ。
アンタの中では一度付き合った奴は永遠に自分のモンって感覚なんですかね?」

『あ、あの…ごめん。』

「うん。」

『で、でも、また付き合っ…』

「そういう事を言う前にさあ。アンタ俺に何か言う事無いの?」

俺はここに来て初めて、苛立ちを露わにした声でそう言った。スマホの向こうで息を飲む音がする。

『い、言う事…って…。』

「はぁ~…。」

俺が絆されて付き合った男って、こんなに察しが悪くて馬鹿だったのか。凛との浮気に浮かれてお花畑になっていただけかと思っていたが、別れた今もこんな状態って事は…元々こういう奴だったのかもしれない。
俺が見抜けなかっただけかもな。そもそも人は好意を持った相手には、自分の悪い部分を見せまいとするものだし、見るまいとするものだ。
俺は過去の自分の人を見る目の無さを呪うしかなかった。

「アンタ、あの時も今も、俺に謝罪してないの、お気づきでない?」

『あ』

あ、じゃねんだわ。
俺は大きな溜息をひとつ。

『…ごめん…なさい。申し訳ありませんでした。』

謝罪が来た。でも何かイマイチ軽い。それに、これだけ言われないと気づけないって、コイツまじでヤヴァイ奴だわ。
凛の事が無くても、その内やらかしてたんだろうなって気はしてきた。あの時別れられて正解だったのかもしれん。
別にさ。別れた後に復縁するカップルはまあまあ居るよ。でも流石に、最悪の別れ方で傷つけたであろう相手には平気で連絡取ろうとか思わなくない?嫌われてるどころか、憎まれてるかもって考えない?まさか、ずっと自分の事を忘れられなくて一人で居るだろうとか、思っているんだろうか?
それはあまりに都合の良い思考回路過ぎる。

(まあ、理解したら素直に謝るだけマシか?)

凛なんかあの学芸会での劇中での芝居がかったセリフのごめん以来、勿論謝罪なんか無い。親戚の集まりにも冠婚葬祭にも顔を出さず、俺を避けている。
永を奪って俺に勝ったという優越感を満たしたまま、勝ち逃げしときたかったんだろう。
親戚の集まりで俺と一緒になると、また俺と比較されて嫌な思いをするだろうからな。
アイツは多分、意地でも俺には頭を下げない。
それを考えれば、永はまだマシだとは言える。
だが、あくまで"マシ"というだけだけだ。
そして、謝罪されたからと言って今更コイツに対する何かが変わる訳でも無い。

「ああ、うん、わかった。」

永の謝罪に、俺はそれだけ返した。正直、自力では気付けず促されなければ出なかった謝罪に何一つ価値を見いだせない。けれど永は、俺の返答を好意的に捉えたようだ。

『じゃあ…、』

「だけどそれとこれとは別な。アンタが俺に謝るのは当然の事だし、そうされたからってアンタを許すかどうかは俺の自由だ。
あと、アンタとのよりは絶対に戻さない。」

俺がキッパリとそう言うと
永は完全に沈黙した。

「じゃあな。」

結果がわかって気が済んだんだろう。
永の無言をそう解釈した俺は通話を終了させ、スマホの音を消してからヘッドボードの棚の上の充電器に立て掛けた。

全く迷惑な電話だった。何時だと思ってんだよ。知人以下の他人なのに非常識な奴だ、と脳内で毒づきながらボフッと枕に顔を沈める。


さて、朝までもう数時間、寝るぞ。








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