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二章 高等学校で魔法を学ぶ

4.高等学校初日

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「古代語と歴史学と薬草学と農学は履修したいのです」
「あたしも、古代語と歴史学は取るつもりです。農学をどうしようか迷っていたところで」
「ニーナ様もご一緒しませんか?」

 友人になってくれそうなニーナ様が一緒ならば授業も楽しいだろうとお願いすると、ニーナ様は驚いたような顔をしていた。

「公爵家の御令嬢だから、お近づきになってはいけないかと思っていました。アイラ様がこんなに親し気なんて」
「わたくしは、幼年学校からの友人もいませんから、この高等学校で一人でどうしようと思っていたところでした」

 一人きりで魔法学の授業は受けることが決まっているが、それ以外の授業では知り合いがいた方がいい。できればわたくしも同年代の友人が欲しかった。

「幼年学校に通わずに家庭教師に習っていたので、わたくしは同年代の友人がいないのです。快くニーナ様に友人になっていただけて嬉しいです」
「あたしでよかったんですか? 真面目でも優秀でもないですよ」

 ニーナ様は戸惑っているようだが、マルコ様がニーナ様の隣りから顔を出してきて話に加わる。

「僕のこと、忘れてない? 教科の話をしてるけど、教えるの僕だよね?」
「マルコは信用できないんじゃない? アイラ様、マルコはお堅い奴だけど、悪いやつじゃないんです。あたしとは友達だし」
「それは、ニーナ様の成績が悪かったからね」
「そうね、勉強をマルコに六年間教えてもらって、やっと高等学校にはいれたんだものね。一応、感謝してるのよ?」

 幼年学校から一緒というマルコ様とニーナ様はとても仲がいいようだった。二人とも友人になってくれるならば、わたくしもありがたい。

「アイラ様は獣の本性を持たない代わりに、魔力がすごく高いって聞きましたが、本当ですか?」
「わたくしも高等学校の入学前の検査を受けるまで知らなかったのですが、そのようなのです」
「魔法使いになられるんですね」

 ニーナ様の言葉にわたくしは絵本や童話などの架空の世界でしかない「魔法使い」という存在について考えさせられてしまった。わたくしが実際に魔法使いになるなんてまだ想像もつかない。

「メルヴィ・エロラ先生に導いていただけて、なれるのならばなりたいですね」

 魔法使いとして役に立てるのならば、わたくしは堂々とヘルレヴィ領のマウリ様の元に嫁ぐことができる。マウリ様が大きくなって8歳年上で獣の本性を持たないわたくしを嫌がったら、婚約は解消するつもりではあったが、今朝も馬車に乗るときに今生の別れのようなことをしてきたばかりだ。マウリ様の気持ちは簡単には変わらないだろうと思われる。

「4歳の婚約者なんて想像ができません」
「とても可愛いんですよ。わたくし、弟がいるんですが、その子が5歳で、弟とも仲がよかったんです。今はラント領に弟とミルヴァ様はおられますが」

 マウリ様がどれ程可愛いかを語り出すとわたくしは止まれる気がしない。どれだけでもマウリ様の可愛さを語れる気がする。
 小さなドラゴンの姿になるのも可愛いし、わたくしがシャワーやお手洗いや着替えに行くと廊下でぽつんと座って待っているのも可愛い。わたくしの後ろを付いて来て、スカートを掴んで放さないのも可愛いし、ハンネス様にやきもちを焼くのも可愛い。
 マウリ様の傍にいるとわたくしは全身で精いっぱい愛されていることの幸せを感じるのだ。
 4歳の今ですらこんなに愛してくれているマウリ様がこの気持ちのまま育って行ったらどうなるかが楽しみでならない。マウリ様のひたむきな気持ちに、ずっとマウリ様と一緒にいたいわたくしの気持ちも育ってきていた。

「あたしも弟がいるけど、口ばっかり達者で面倒くさいですよ」
「マウリ様はとてもいい子なのです。ニーナ様の弟さんはお幾つですか?」
「6歳で今年幼年学校に入学しました」

 マウリ様の2歳上ということは、友人になれるかもしれない。マウリ様にも年の近い友人が必要なのではないかとわたくしは考えていた。
 生まれたときからミルヴァ様と一緒にいて、2歳からはクリスティアンと一緒に過ごしていたマウリ様。今も一人きりの状態ではないが、幼年学校から兄のハンネス様が帰って来ても年が5歳離れているし、わたくしとは8歳離れている。年上の兄や婚約者はいるが、マウリ様には同年代の子どもの友人はいないのだ。

「ニーナ様、弟さんも連れて、ヘルレヴィ家に遊びに来ませんか?」
「え? 公爵家にお招きされるんですか!? あたしも弟も、公爵家に招かれるなんて初めてだわ」
「お二人ともいつも通りで構わないと思います。わたくしが友人を呼ぶのですから」

 ニーナ様と話を進めていると、羨ましそうにマルコ様がわたくしを見てくる。

「ニーナ様が公爵家に……? 失礼がないかなぁ」
「マルコ様にもご兄弟がいますか?」
「妹が一人。まだ小さいけど」

 マルコ様には妹がいるということだ。

「妹さんはお幾つですか?」
「2歳になったばかりです。可愛くて、僕よりも優秀に育つんじゃないでしょうか」

 マルコ様は余程妹さんが可愛いのだろう。笑み崩れていた。2歳ならばある意味マウリ様と年が近い。自分よりも年下の子どもと触れ合ったことがないマウリ様にとっては、2歳の女の子と触れ合うのも新鮮なのではないだろうか。

「マルコ様も妹さんを連れてぜひいらっしゃってください」

 お誘いしてから、わたくしはヘルレヴィ家の人間ではなかったことを思い出す。マルコ様はわたくしの友人ということでお招きすることに問題はないだろうが、ニーナ様は貴族なので煩雑な手続きがあるのかもしれない。スティーナ様に確認しなければと思いつつ、書類の記入を終えた。
 書類を教務課に提出して、ニーナ様とマルコ様と別れると、わたくしはエロラ先生に呼ばれていると教務課の職員から教えられて、エロラ先生の教室に向かった。
 そこは教室というよりもガラス張りのサンルームといった方が良かった。天井の高い温室のような場所に簡易キッチンが付いていて、エロラ先生はお茶を淹れていた。

「そろそろ来る頃だと思っていたよ、アイラちゃん。高等学校には馴染めそうかな?」
「はい、友人もできそうです」

 進められて籐を編んだ椅子に腰かけると、ガラスのテーブルの上にエロラ先生が白い取っ手のない茶器を置く。仄かに香るのはジャスミンだろうか。

「このサンルームは魔法の結界が張ってある。誰にも邪魔されずにアイラちゃんとじっくりと魔法学を学ぶためにだ」
「結界、ですか?」
「意識せずに潜り抜けて来たようだけれど、普通の魔力のないものは、このサンルームを見つけられないようになっているんだよ」

 教えられてわたくしは驚いてしまった。サンルームの場所を教務課で聞いたら、すぐに分かる場所にあると教えてもらったが、それは「わたくしならば、すぐに分かる場所にある」という意味だったのだ。
 落ち着くためにお茶を一口飲むと、ジャスミンの香りが鼻孔に抜ける。

「美味しい……」
「ラント領から取り寄せた花茶だよ。懐かしい味なのではないかな?」

 ヘルレヴィ領では紅茶が主に飲まれているので、花茶はあまりお目にかからない。ラント領では緑茶や花茶も普通に出されていた。

「魔法の原理を知ることは、世界の理を知ることだ。アイラちゃんにはそれができるかな?」

 世界の理。
 それが何なのか、わたくしには全く想像もつかない。

「分かりません。ですが、教えてもらったことはどんなことでも必死に学びます」

 わたくしに獣の本性がないことを知った両親は、わたくしに知識を蓄えることを教えた。家庭教師についてわたくしがよく学び、たくさんの知識を得て、それを活用できる生き方を教えてくれた。例え獣の本性がなくても、ラント領の領主補佐として後ろ指さされないようにしっかりと教育を施してくれたのだ。

「学びは力だと両親は言っていました。わたくしには獣の本性がなく、貴族社会では軽んじられるだろうことは、生まれたときから分かっていました。それでも、獣の本性がないことで相手に侮られないようにするには、勉強するしかないというのが、わたくしの信念です」

 両親から叩き込まれた信念を口にすれば、エロラ先生はころころと鈴を転がすような声で笑った。

「気に入ったよ、アイラちゃん。魔力の高さだけでなく、気高さも持っている。君をきっと最高の魔法使いにしてみせる」

 最高の魔法使いというのがどんなことをできるのかも、わたくしにはまだ分からない。魔法使いにも色々な方向性があるのだが、どの方向にエロラ先生がわたくしを導いてくれるのかもその時点では全くの未知だった。
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