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六章 辺境伯の動きとヘルレヴィ家の平穏

10.調合室増設の相談

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 自分の息子のライネ様の面倒をできるだけ見たいということで、ヨハンナ様がライネ様を中心に見て、オルガさんがエミリア様を中心に見て、マルガレーテさんはライネ様とダーヴィド様の面倒をどちらも見る形になった。
 ヨハンナ様はマウリ様とミルヴァ様にとっても大事な乳母だ。フローラ様にとっては大事な母親だ。三人の乳母の中でヨハンナ様が指揮をとる形になり、オルガさんとマルガレーテさんの結束も強まっていた。

「ダーヴィド様はまだ首が据わっていません。寝る時間も起きる時間もバラバラです。三人で子ども部屋に夜誰が眠って面倒を見るかを決めましょうね」
「わたくしとオルガさんだけではないのですか?」
「わたくしもヘルレヴィ家の乳母です。夜にダーヴィド様やライネやエミリア様を見るのは当然です」

 マルガレーテさんは自分の雇い主のヨハンナ様が働いていることに驚いているが、サロモン先生もヘルレヴィ家の家庭教師として働いているし、ヨハンナ様もヘルレヴィ家の乳母として働いている。自分の子どもの面倒も見ながらだが、ヨハンナ様は乳母という仕事に誇りを持っていた。
 日中は子ども部屋で遊んでいるフローラ様は、食事の時間や夜は離れの棟で家族と一緒に過ごす。そこにヨハンナ様がいない日があるというのは複雑な気持ちなのかもしれないが、フローラ様なりに納得はしているようだった。

「おかあさまは、まーにいさまとねえさまのうばで、エミリアとライネとダーヴィドのうばでもあるのね」
「ライネに関しては乳母というよりも、母ですけどね」
「そっか。おかあさまは、ライネのおかあさまだったわ」

 小さな子どもの集団ができているヘルレヴィ家では子ども部屋はいつも賑わっていた。マウリ様とミルヴァ様が勉強をするのも子ども部屋なので、わたくしは子ども部屋で宿題をやっている。ハンネス様も子ども部屋で宿題をして、フローラ様も勉強に加わる年になっているので、子ども部屋のテーブルは少し狭く感じられた。

「わたくし、そろそろ自分の部屋で宿題をするようにしましょうか」

 わたくしの提案にマウリ様が反応する。

「アイラ様、私のおとなりに座ってくれないの?」
「マウリ様はわたくしがお隣りにいた方がいいですか?」
「アイラ様がいてくれると、私、かっこいいところを見せようってがんばれるんだ」

 そこまでマウリ様が言ってくれるのならば私は子ども部屋を出て自分の部屋で宿題をすることはできなくなってしまった。
 生まれて来たダーヴィド様と産後のスティーナ様のために、調合室で魔法薬を調合するときには、マウリ様とミルヴァ様とフローラ様とエミリア様とハンネス様もやってくる。調合室は決して広くないので、これだけの人数が入ると台の後ろを通り抜けることもできなくなってしまう。

「わたくち、つる!」
「エミリア様もしたいのですか?」
「だーたんのおくつり、わたくち、つる!」

 自分も調合に加わりたいと自己主張するエミリア様に、わたくしはどの作業ができるかを考える。

「エミリアができるように、わたくし、お手伝いするわ」
「私も助けてあげる」

 優しいお姉様とお兄様のミルヴァ様とマウリ様は、エミリア様のためにひと肌脱ぐつもりでいるようだ。蒸した南瓜頭犬を潰してもらうときに、マウリ様が器を支えて動かないようにして、ミルヴァ様がエミリア様の手に手を添えて潰すのを手伝ってくれている。
 フローラ様は皮を剥いたスイカ猫をガーゼで絞る作業をハンネス様と一緒にしてくれた。
 みんなが心を一つにしてダーヴィド様とスティーナ様の魔法薬を作っている。可愛い弟のための作業にわたくしは感動していた。
 スイカ猫の絞った汁は魔法の火で軽く煮て、瓶に詰める。南瓜頭犬の潰した実は、大根マンドラゴラを柔らかく煮たものと合わせて、どろどろになるまで煮込んで瓶に詰める。
 スイカ猫がダーヴィド様のミルクに混ぜる魔法薬で、南瓜頭犬と大根マンドラゴラがスティーナ様の産後の身体を整える魔法薬になった。

「これはスティーナ様が元気になるお薬です。こちらは、ダーヴィド様のミルクに入れるお薬です。エミリア様、渡すことができますか?」
「あい! わたくち、わたつ!」

 お手手をあげて答えたエミリア様の首から下げられているポーチに出来上がった小瓶を入れた。
 お屋敷に戻るとライネ様が大根マンドラゴラのダイちゃんを抱いて、唇を尖らせていた。

「ライネは皆様がいなくて寂しかったようですよ」
「ライネもちょうごうしつにいきたかったの?」
「うー……」

 涙目でフローラ様に訴えかけてくるライネ様の気持ちをヨハンナ様が代弁してくれる。まだ1歳になっていないライネ様を調合室に連れて行くのは危険だったのでまだ無理だが、そのうちにライネ様も調合室に来る日が来るのだろうか。
 調合室の増築を考えなければいけない。わたくしは真剣にそれを検討していた。
 高等学校に行ったときに、わたくしはエロラ先生とエリーサ様に相談してみることにした。

「ヘルレヴィ家の調合室が少し狭いような気がするのです」
「建築のときに行ったけど、それほど狭くは感じなかったけどな」
「作業に支障が出るのですか?」

 エロラ先生とエリーサ様に問われて、わたくしは正直に答える。

「わたくしが一人で使うには、十分すぎる広さなのですが、わたくしが調合をするとなると、マウリ様とミルヴァ様とフローラ様が参加して、そこにハンネス様も手伝ってくださって、最近はエミリア様もやりたがって、ライネ様も大きくなるうちにやりたがるだろうし、そうなると、生まれたダーヴィド様も真似がしたくなるでしょう?」

 わたくしとハンネス様だけならば二人で十分すぎる広さなのだが、そこにマウリ様とミルヴァ様とフローラ様とエミリア様が加わって、ライネ様も参加するようになって、ダーヴィド様も来るようになったら、総勢八人にもなってしまう。そうなるとさすがにわたくしのために建てられた調合室では狭かった。

「八人か……それは大人数だね」
「みんな、自分の大事な方のためにやっているから、手伝いたい気持ちは分かるのです。できるだけ参加させてあげたいのです」

 調合はみんな興味のあることで、勉強にもなるので参加することは止めたくなかった。参加したいという気持ちも、大事なひとのために魔法薬を作りたいという理由があるので、否定しないであげたい。
 わたくしの説明をエロラ先生もエリーサ様もしっかりと聞いてくれている。

「空間を広げる魔法は、できる魔法使いとできない魔法使いがいる」
「メルはとてもそれが得意なのですよね。空間を広げる魔法を紡ぐのを見るのも勉強になります」
「エロラ先生、調合室の空間を広げてくださいますか?」

 建物自体は増築することも可能だが、そうしなくても魔法の力で空間を広げられるならそれに越したことはない。わたくしがお願いすると、エロラ先生とエリーサ様は快く了承してくれた。
 高等学校の授業が終わってから、エロラ先生とエリーサ様はヘルレヴィ家に来てくださった。突然の訪問にスティーナ様とカールロ様は慌てていたが、エロラ先生がお二人を止める。

「特に歓待する必要はないですよ。ちょっと調合室に手を加えに行くだけなので」
「いつもアイラ様とハンネスがお世話になっています」
「お二人を教えるのは、高等学校の教師として当然のことです」

 頭を下げるスティーナ様にエリーサ様も言葉を添えてくださって、わたくしはエロラ先生を調合室に招いた。わたくしとマウリ様とミルヴァ様が使うくらいならばちょうどいい広さなのだが、フローラ様やハンネス様やエミリア様がはいるとぎゅうぎゅうになってしまう。それに将来ライネ様とダーヴィド様が加わると更に狭くなって身動きが取れなくなってしまうだろう。

「空間を広げるよ。見ていて」

 エロラ先生が術式を編むと、調合室の壁が遠ざかる感覚がする。中央に置いてある台と棚との間の距離が広くなって、部屋自体が二回りくらい大きくなった気がした。外側は全く変わらないが中だけを空間を捻じ曲げて広げるという魔法は、わたくしにはできそうになかったが、エロラ先生が魔法の術式を編んでいる気配だけは感じられた。

「調合道具も少し増やしておきましょうね」

 エリーサ様が腰のポーチから調合道具を取り出して広がった棚に置いていく。

「なにからなにまでありがとうございます」

 お礼を言って頭を下げると、エロラ先生とエリーサ様は、微笑んで「どういたしまして」と言ってくださった。
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