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八章 研究課程への入学

14.エロラ先生のお願い

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 エリーサ様とエロラ先生がヘルレヴィ家にやって来たのは冬の始まりを告げる冷たい風が吹き、僅かに霙混じりの雨が降った日だった。ケープを目深に被って霙混じりの雨を避けながら、出来上がった池に浮かんでいるいちごちゃんをエリーサ様がキャベツの葉っぱを差し出して呼ぶ。
 キャベツにつられて池から出て来たいちごちゃんが、嘴でキャベツを突いている間にエリーサ様はいちごちゃんの身体を見ていた。

「普通の白鳥とは骨格の頑丈さから違いますね。これなら鞍を乗せても平気かもしれません。ただ……」
「なんですか、エリーサ様?」
「鞍をつけても、ダーヴィド様が5歳くらいになったら乗れなくなるでしょうね」

 成長に伴ってダーヴィド様はいちごちゃんに乗れなくなる。そのことに関しては、追々ダーヴィド様に話していけばいい。5歳になったダーヴィド様は理解力も上がっているだろうから、分かってくれるだろう。

「そのときには、わたくしが説明します」
「もしも、ですが」
「なんでしょう?」
「もう少しこの白鳥が大きくなれば、鞍を取り換えて5、6歳くらいまでは乗れるかもしれません」

 もしもの話をエリーサ様はしているが、それもあり得ないことではなかった。これからも二週間に一度はいちごちゃんはマンドラゴラの葉っぱを食べる。それに応じて体が大きくならないとは限らない。
 あまりにも大きくなりすぎるのは困るけれど、もう二回りくらいまでならぎりぎりこのお屋敷でも飼えるのではないだろうか。今更いちごちゃんは野生には戻らないのだから、ヘルレヴィ家で責任を持って大きさも管理して飼っていくしかなかった。

「いちごちゃんが大きくなったら、またご相談します」
「わかりました。まずは、現在の状況で鞍を作ることですね」

 鞍をつけることをいちごちゃんが嫌がったら、またマウリ様に説得してもらうことになる。そうなってもマウリ様は可愛い弟のダーヴィド様のために心を砕いてくださるだろうとわたくしは信じていた。
 エリーサ様がいちごちゃんを見終わると、わたくしはエリーサ様とエロラ先生をお屋敷の応接室に招いた。エロラ先生がお話があると言っていたので、カールロ様とスティーナ様が応接室でお茶の用意をして待っていてくれたのだ。
 カールロ様のお膝にはエミリア様が座っていて、スティーナ様のお膝にはダーヴィド様が座っている。わたくしが応接室に入ると、マウリ様も走り込んで来た。

「まっま、いちごたんのくら、ちゅくってくえる?」
「エリーサ様に聞いてみますね。エリーサ様、いちごちゃんの鞍はいかがでしょう?」
「骨格を触ってみた感じでは耐えられそうでした。作りますが、大きさ的にダーヴィド様が4歳くらいになったら乗れなくなると思います」
「その頃にはダーヴィドも聞き分けがよくなっていることでしょう」

 スティーナ様のお膝の上で話を聞いているダーヴィド様は、鞍を作ってもらえると分かって、「あいがちょ」とエリーサ様に頭を下げていた。

「今回はカールロ様とスティーナ様にお話があって伺いました」

 紅茶を一口飲んで、エロラ先生が口を開く。

「なんでしょう、エロラ様」
「私とエリーサとの結婚の件です。一度妖精種のいるラント領の南の森に行きたいと考えています」
「お二人の結婚は、ヘルレヴィ領では祝福するつもりですが」
「うるさい長老たちを黙らせるためにも、アイラちゃんの力を借りたいのです」

 エロラ先生のお願いにスティーナ様もカールロ様も真剣にお話を聞いている。

「ラント領の南の森には、アイラちゃんの曾々祖母にあたる妖精種が密やかに住んでいるのです」
「アイラ様には妖精種の血が混じっていたのですか!?」
「通りで魔法の才能があると思った」

 わたくしはこのことをスティーナ様にもカールロ様にも話していなかったことに思い至った。大事なことなのに、話すのを忘れていたようだ。

「アイラ様のお祖母様は、妖精種なの?」
「えーっと、お祖父様なのでしょうか、お祖母様なのでしょうか、どちらかのお祖母様が妖精種なのです」

 どちらかは分からないけれど、曾々祖母というと、祖母、曾祖母、そのまた上の世代になることはわたくしにも分かっていた。

「アイラ様は妖精種だった!」
「妖精種ではありませんが、妖精種の血は入っていますね」
「アイラ様のお祖母様に、私もご挨拶がしたい!」
「お祖母様ではなく曾々祖母なので……どう言えばいいのでしょう?」

 無邪気に申し出てくださるマウリ様にわたくしはどう説明していいか分からなくなっていた。

「おばあ様と言うお姿でもないでしょうから、お会いしてお名前を伺ったら、お名前でお呼びすればいいのではないですか?」

 エリーサ様の助言でわたくしは曾々祖母に会ったらそうしようと決めていた。

「お名前なにかな?」
「カールロ様、スティーナ様、マウリ様を連れて行ってもいいですか?」
「父上、母上、私はアイラ様の婚約者ですってご挨拶をしたいんだ」

 わたくしのために曾々祖母に挨拶をしてくれようとしているマウリ様に、わたくしは感激してしまう。

「そうですね、妖精種の森からラント家へ嫁いできてくださった方でしたら、とても大事な方でしょう」
「マウリ、しっかりと挨拶をしてくるんだよ」
「はい! 父上!」

 スティーナ様もカールロ様も承諾してくださったので、わたくしは次はエロラ先生に向き直る。

「エロラ先生、マウリ様もお連れしていいですか?」
「ダメな理由がないよね。もちろん、いいよ」

 マウリ様はまだ10歳だけれど、わたくしの婚約者である。わたくしが曾々祖母に会うのならばマウリ様も一緒にいていいはずだ。エロラ先生の許しも得てわたくしはほっとしていた。
 問題はミルヴァ様やフローラ様やハンネス様やエミリア様やライネ様やダーヴィド様だ。ラント領の妖精種の住む森は平和とはいえ、小さな子どもを何人も連れていくわけにはいかない。ラント家に行くのとは全く違うのだ。
 オムツが濡れてもすぐに変えられる場所がないかもしれないし、人数も多くなりすぎてしまう。

「今回はわたくしとマウリ様だけで行かせていただきましょうか」
「わたくしは?」
「エミリア様はお留守番ということになります」
「わたちは?」
「ダーヴィド様もお留守番です」

 カールロ様のお膝の上のエミリア様と、スティーナ様のお膝の上のダーヴィド様に言うと、二人のほっぺたがみるみる膨らんでくる。

「わたくし、いきたい」
「わたち、どうちて、め?」
「今回は大事なお話なのです」
「いきたーい!」
「いっくぅー!」

 完全に駄々を捏ねるモードにエミリア様とダーヴィド様が入ろうとしたときに、応接室のドアが音を立てて開いた。そこには、ミルヴァ様が立っていた。

「話しは聞いていたわ」
「ミルヴァ、立ち聞きしなくても、入って来ていいのですよ」
「わたくしも聞いていたわ」
「フローラも入ってきていいんだよ」

 スティーナ様もカールロ様も基本的に大人の話に子どもが混じるのをいけないこととは思っていない。時々泣かれたりして大変なことになるが、カールロ様もスティーナ様も子どもたちが意見を言うことに関して嫌がったりはしなかった。

「わたくしたち、ラント家でお留守番するのよ!」
「はー兄上もクリス様に会えるし、ラント家で待っているなら、嫌ではないでしょう?」
「わたくしもクリス様と過ごせるわ」

 妖精種の森には連れていけない代わりに、ハンネス様とミルヴァ様とフローラ様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様で、ラント家でお留守番をすることをミルヴァ様とフローラ様は提案している。

「ラントけ! クリスさま!」
「ラントけ、いっくぅー!」

 連れて行ってもらえないとなると不満でほっぺたを膨らませてしまうが、ラント家までは連れて行ってもらえるとなると、エミリア様とダーヴィド様の不満も消えたようだった。

「ありがとう、みー」
「まー、しっかりご挨拶して来るのよ」
「うん、私、格好よくアイラ様をエスコートする!」

 ミルヴァ様とフローラ様が提案してくれたおかげで揉めることなくラント領の森に行けそうで、わたくしはお二人に感謝の気持ちでいっぱいだった。
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