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八章 研究課程への入学

15.ラント領の南の森のエイラ様

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 冬休みに入ってから、わたくしはエロラ先生とエリーサ様の願いでラント領に行くことが決まっていた。曾々祖母にあたる妖精種の女性と会えるということでわたくしはラント領の南の森に行くのを楽しみにしていた。
 ラント家に妖精種の森から嫁いできた曾々祖母の女性は、曾々祖父が亡くなった後でひっそりと森に戻ったという。妖精種が公爵家に嫁いできたということで、王家からもお祝いの品としてティーカップをラント家ではいただいていた。
 冬休みになって、エロラ先生とエリーサ様とわたくしで、マウリ様とミルヴァ様とフローラ様とハンネス様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様とオルガさんとマルガレータさんをラント家に移転の魔法で連れていく。
 ラント家の子ども部屋ではわたくしの両親とクリスティアンが待っていた。

「彼の方に会いに行くのですね」
「いつかはアイラは行くのではないかと思っていたよ」
「父上と母上はラント家に妖精種の血が入っていたのを知っていたのですか?」
「かなり古い話だから、伝説かと思っていた」
「ティーカップも別のことでもらったのを、そういう話にしたのかと思っていました」

 父上と母上にとっても曾祖母にあたるその妖精種の女性は、一度も顔を会わせたことがない。本当の話ではないかもしれないと疑ってもおかしくはなかった。

「アイラちゃんのことは責任を持って送り迎えします」
「アイラ様のお力をお借りしたいのです。どうかお願いいたします」

 エロラ先生とエリーサ様が姿勢を正してわたくしの両親に頼み込んでいる。

「アイラで役に立つことでしたら」
「お二人の幸せを願っております」

 父上も母上も、エロラ先生とエリーサ様の仲を応援してくれていた。
 出かける前にクリスティアンがわたくしに声をかけてくる。

「なんてお呼びすればいいのか分からないけど、僕の曾々祖母でもあるんですよね? 僕もその方にお会いしたかったと伝えてください。一度ラント家に訪ねて来てくださるようにお願いしてみてください」
「クリスティアンにとっても曾々祖母ですものね。分かりました。責任を持ってお伝えします」

 クリスティアンの手を握って答えると、クリスティアンはにこっと微笑んで、ミルヴァ様の方に走って行った。

「ミルヴァ様、新しいカードゲームを教えてもらいました。遊びましょう!」
「フローラにもできるかしら?」
「わたくしにも教えてくれる?」
「もちろん、教えますよ。ハンネス様も座って」
「カードは私が混ぜましょうか」

 クリスティアンとミルヴァ様とフローラ様とハンネス様もテーブルでカードを使って楽しそうに遊んでいるし、エミリア様とライネ様とダーヴィド様は一生懸命にわたくしの両親に話しかけている。

「おにわに、だーちゃんのはくちょうがきたのよ」
「いちごたん!」
「いちごたん、のる!」
「とてもおおきいの」

 身振り手振りを加えて話しているエミリア様とライネ様とダーヴィド様に、わたくしの両親も腰を曲げて視線を合わせている。

「いちごちゃんという名前なんだね」
「どれくらい大きいのでしょう? ダーヴィド様が乗れるくらいなのですね」
「わたくしもがんばればのれるんじゃないかしら」
「エミリア様も乗りたいのですか?」
「ためしたことはないけど、のれるきがするの」

 飛ばなければエミリア様も乗れるかもしれない。その可能性に気付いてエミリア様は青い目をキラキラと輝かせていた。
 クリスティアンとミルヴァ様とフローラ様とハンネス様、エミリア様とライネ様とダーヴィド様がラント家で落ち着いて遊んでいるのを確認して、わたくしはマウリ様と手を繋いでエロラ先生とエリーサ様に向き直った。

「行きましょう、エロラ先生、エリーサ様」
「アイラ様、一緒だからね」
「はい、一緒です」

 わたくしはヘルレヴィ・スィニネンのドレスの上にミッドナイトブルーのケープを羽織っている。マウリ様はヘルレヴィ・スィニネンのスーツの上に緑色の外套を着ている。
 移転の魔法で飛ぶと、森の入口についた。ラント領は一年の内でも雪が降るのは少しだけで、積もるのは数年に一度くらいだ。寒さもヘルレヴィ領ほどではなく、森は雪も雨も降っておらず、木々の間から冬の日差しがきらきらと降り注いでいた。
 エロラ先生が魔法の術式を編みながら森の中をわたくしたちの前に立って歩き出す。

「目くらましの魔法で家が見付からないように隠れているとは聞いているんだ。訪問する旨は伝えてあるけれど、家をうまく見つけられるか、私も自信がない」
「エロラ先生でも魔法で見つけられないような結界が張られているのですか?」
「その方はとても魔法に熟練された方だと聞いている」

 エロラ先生の魔法でも見つけられるかどうか分からないような強い目くらましの魔法をかけられるその妖精種の女性はとても魔力が強いのだろう。マウリ様がわたくしの手をぎゅっと握ってくれる。

「アイラ様、ご挨拶をしよう?」
「ご挨拶ですか?」
「ヘルレヴィ家のマウリ・ヘルレヴィです! 婚約者のアイラ様と訪ねて来ました!」
「びぎゃ! びょえ!」
「この子は大根マンドラゴラのダイコンさんです」

 立派にご挨拶をするマウリ様に、マウリ様のバッグから飛び出して来た大根マンドラゴラのダイコンさんもご挨拶をしている。

「わたくしは、ラント家のアイラ・ラントです。初めまして」
「びょわん!」
「この子は、南瓜頭犬のカボちゃんです」

 わたくしが挨拶をすると、わたくしの肩掛けのバッグの中から南瓜頭犬のカボちゃんが飛び出してくる。カボちゃんの紹介をすると、木々の間からアッシュグレイの髪と水色の目の女性が出て来た。目を凝らしてみると、女性の後ろに柵に囲まれた家が建っているのが見えた。

「エイラ・ペッテリです。ようこそいらっしゃいました。どうぞ、中に入ってくださいませ」

 エイラ様に導かれて、わたくしとマウリ様とエロラ先生とエリーサ様は素朴な木の家の中に入って行く。庭ではハーブが栽培されていて、草花も咲いている。冬でも雪が積もるほどではないラント領の森では、草花も生えているようだ。

「エイラ様とお呼びしてよろしいですか?」
「わたくしも、アイラ様、マウリ様とお呼びしてよろしいですか?」
「もちろんです」
「呼んでください」

 はにかむように微笑んでいるエイラ様はわたくしと変わらない外見年齢に見えた。尖った耳が妖精種だということを示しているが、どこか素朴でホッとするような雰囲気を纏っている。

「お邪魔します。メルヴィ・エロラです」
「よろしくお願いいたします、エリーサ・サイロです」
「お手紙をくださったお二人ですね。わたくしでお役に立てるのかは分かりませんがお話は伺いましょう」

 ソファに座らせていただいて、わたくしたちはエイラ様にお茶を淹れてもらった。熱いお茶を吹き冷ましながら、マウリ様がお目目をエイラ様を見ている。

「エイラ様とアイラ様のお名前、とても似てる。それに、同じ水色のお目目だよ」
「そうですね。わたくしとエイラ様が似ていてもおかしくはありませんね」
「わたくしの血を引いているからでしょうね」

 お茶を飲みながら穏やかに微笑むエイラ様に、わたくしは話をする。

「わたくしは、今、研究課程で勉強しておりますが、高等学校からエロラ先生とエリーサ様に魔法を教えていただいていました」
「アイラ様は魔法が使えるのですね」
「そうなのです。わたくしには獣の本性がないことが生まれたときに分かっていました。それでも、両親はわたくしを差別することなく大事に育ててくれました。魔力があると分かったのは高等学校に入学するときでした」
「わたくしの血を色濃く継いだのですね」

 わたくしを見詰めてくるエイラ様はわたくしよりも背が低い。外見年齢もわたくしと変わらないように見えるのが不思議だ。

「エロラ先生よりもエイラ様は若く見えますが、どうしてなのでしょう?」
「妖精種はそれぞれ、老化が止まる時期が違うんだ。私は二十代半ば、エリーサは二十歳前後、エイラ様は18歳程度だったんだろう」
「そうなのですね」

 老化が止まってからはその姿で長い時間を生きて、死ぬ直前に一気に年を取って妖精種は亡くなるのだとエロラ先生は教えてくれた。そんな話は初めて聞いていたので、わたくしはとても驚いていた。

「わたくしは老化が早く止まったのですよ。血が濃いものの中には、大人になる前に成長が止まってしまうものもいます。そういうものが生まれないように、妖精種では血の近いものとの結婚は許されていません」

 近親婚で血が濃くなりすぎると、大人になる前に成長を止めてしまう例もあるようだった。
 初めて聞くことばかりで、わたくしは興味津々でエイラ様とエロラ先生のお話を聞いていた。
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