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3ヶ月前
3.
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店長ともそういう繋がりであったらしいことにも、薄々気づいていた。
だから驚くよりもずっと強く。
綾人は悲しみと悔しい気持ちでいっぱいだった。
和臣はもう、オレじゃなくてもいいんだね。
オレのことなんか、すっかり忘れちゃったんだね。
オレはずっと、ずっと和臣のところに帰りたかったのに。
和臣はそうやって、オレじゃない誰かを抱いて、前と同じように、何もなかったみたいに、普通に暮らしてきたんだね……
和臣が見知らぬ男と消えたホテル近くの路上で、綾人はただ涙を流した。
でもオレだって、和臣じゃない他のやつと、毎日毎日やってたよ……
あいつの姿が脳裏をかすめ、気持ち悪いと自覚するより先に胃が痙攣した。
前かがみになった綾人の口から、逆流したものが一気にあふれ出てアスファルトの上に飛び散った。
マフラーと、ズボンのすそに少しかかってしまった。
それを見ても、冷えた心には何の感傷もなかった。
それでなくたって、とっくに自分は汚いのだ。
胃の痙攣が収まり、息を整えるにつれて、綾人は冷静になった。
きっと策謀をめぐらせる復讐者のような顔になっていただろう。
別人になろう。
和臣にとって後腐れのない相手になって、初対面を装って誘えばいい。
そうしたらきっと…… 抱いてもらえる……
あの唇にキスをして、あの手で優しく触ってもらえる。
和臣の肌に触れたい。首筋を流れる汗を舐めたい。もう一度、オレの中を和臣のかたちにしてほしい。
和臣の姿を一目見れば死ねると思ったのに、自分の欲の深さに綾人は苦笑した。
一緒に暮らしている時、和臣は、綾人をどこかきれいなお人形のように思っているところがあった。
そういう育てられ方をしたので、綾人はいつも優しい口調で話し、誰かに感情をぶつけることをためらう傾向にあった。
常に穏やかに。誰かに悪い印象を与えないように。
そういう振る舞いが、自然と身についていた。
それでも、綾人の中には確かに激情も欲望も存在するのだ。
和臣の夢見ているような、きれいな綾人は、もういない。
いや、そんなもの、もともといなかったんだ。
退院時に与えられた金で、目元を整形した。少し切開して吊り上げ、まぶたのきわにあったほくろもついでに消してもらった。
髪を明るく脱色し、日焼けサロンに通い、左右の耳と小鼻に、合わせて4つピアスをあけた。
以前なら絶対に足を踏み入れなかっただろう店で服をそろえ、繁華街のファストフード店で何日も過ごし、ちゃらいしゃべり方や表情の作り方を勉強した。
喉の奥を意識して開けることで、本来のものより低い声でしゃべる練習をした。
綾人はそうやって、「ナギサ」を作ったのだ。
だから驚くよりもずっと強く。
綾人は悲しみと悔しい気持ちでいっぱいだった。
和臣はもう、オレじゃなくてもいいんだね。
オレのことなんか、すっかり忘れちゃったんだね。
オレはずっと、ずっと和臣のところに帰りたかったのに。
和臣はそうやって、オレじゃない誰かを抱いて、前と同じように、何もなかったみたいに、普通に暮らしてきたんだね……
和臣が見知らぬ男と消えたホテル近くの路上で、綾人はただ涙を流した。
でもオレだって、和臣じゃない他のやつと、毎日毎日やってたよ……
あいつの姿が脳裏をかすめ、気持ち悪いと自覚するより先に胃が痙攣した。
前かがみになった綾人の口から、逆流したものが一気にあふれ出てアスファルトの上に飛び散った。
マフラーと、ズボンのすそに少しかかってしまった。
それを見ても、冷えた心には何の感傷もなかった。
それでなくたって、とっくに自分は汚いのだ。
胃の痙攣が収まり、息を整えるにつれて、綾人は冷静になった。
きっと策謀をめぐらせる復讐者のような顔になっていただろう。
別人になろう。
和臣にとって後腐れのない相手になって、初対面を装って誘えばいい。
そうしたらきっと…… 抱いてもらえる……
あの唇にキスをして、あの手で優しく触ってもらえる。
和臣の肌に触れたい。首筋を流れる汗を舐めたい。もう一度、オレの中を和臣のかたちにしてほしい。
和臣の姿を一目見れば死ねると思ったのに、自分の欲の深さに綾人は苦笑した。
一緒に暮らしている時、和臣は、綾人をどこかきれいなお人形のように思っているところがあった。
そういう育てられ方をしたので、綾人はいつも優しい口調で話し、誰かに感情をぶつけることをためらう傾向にあった。
常に穏やかに。誰かに悪い印象を与えないように。
そういう振る舞いが、自然と身についていた。
それでも、綾人の中には確かに激情も欲望も存在するのだ。
和臣の夢見ているような、きれいな綾人は、もういない。
いや、そんなもの、もともといなかったんだ。
退院時に与えられた金で、目元を整形した。少し切開して吊り上げ、まぶたのきわにあったほくろもついでに消してもらった。
髪を明るく脱色し、日焼けサロンに通い、左右の耳と小鼻に、合わせて4つピアスをあけた。
以前なら絶対に足を踏み入れなかっただろう店で服をそろえ、繁華街のファストフード店で何日も過ごし、ちゃらいしゃべり方や表情の作り方を勉強した。
喉の奥を意識して開けることで、本来のものより低い声でしゃべる練習をした。
綾人はそうやって、「ナギサ」を作ったのだ。
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