恋と愛とで抱きしめて

鏡野ゆう

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番外小話 3

【雪遊び企画2015】奈緒ママ、ダウン

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ムーンライトノベルズで開催された菅原一月さま×mo-toさま主催【雪遊び企画】用に作ったお話です。


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「なんだかすっごく納得いかない……」

 信吾さんから送られてきた写メをお布団の中で眺めながら独り言を呟く。

 写真には大きな雪だるまを挟んで得意げに笑っている渉と友里の姿。昨日に続いて三人はこんなに元気一杯で雪だるまづくりをしているっていうのに何で私だけが寝込むことになっちゃったんだか……お医者さんなのは私なのに。

「いいなあ、こんな大きな雪だるま作れて。私も作りたかったのにぃ……」

 雪合戦をした日の夜、私は何だか腰やら足やらが痛くて信吾さんに日頃の運動不足からの筋肉痛だなって笑われていたんだけど次の日の朝、つまり今朝方なんだけど急に気分が悪くなって寝込んでしまった。熱をはかったら三十八度越えの正真正銘の風邪であっちこっちの関節が痛かったのは筋肉痛ではなく熱のせいだったみたい。

 信吾さんには雪の中で寝っ転がったりするからだって言われて散々な気分。私のことを雪まみれにしたのは一体全体誰ですかって言いたい。まあインフルエンザでなかったのがせめてもの救いかな。

 医者の私が風邪ひきなんて……とぼやいてはみたもののひいてしまったものは仕方が無い。この時期は愁訴外来に茶飲み話をしにくるお爺ちゃんお婆ちゃんも少なくなることだし、上司の山口先生は自分一人で大丈夫だから森永先生もたまにはゆっくり休むと良いよって言ってくれた。ほんと、甘い上司でしょ?

 そういう訳で今の私はお薬を飲んで大人しく一人自宅でお留守番状態で、子供達が作った雪だるまの写真を見ながらぼやいているってわけ。

 で、私の方は大人しく寝ていれば良いとして一番の問題は子供達をどうするかってこと。何せ未だ春休み前だし小学校前の子供達、年の割にしっかりしているようには思うけどさすがに自分達で何もかもするなんて到底無理な話なわけで。申し訳ないと思いつつ、保育園への送り迎えもあるから信吾さんには何日かお休みを取ってもらわなきゃいけないかもしれないなあ……。


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 冷たい手がおでこに置かれたのを感じて目を開けると大きなマスクをした渉がベッドの横に立ってこちらを見ていた。顔の半分以上がマスクで隠れているのが何だか凄くおかしい。渉、それ、ちゃんと前が見えてる?

「渉、ここにきたらママの風邪、うつっちゃうよ? パパに部屋に入ったら駄目って言われなかった?」
「マスクしてるもん。ゆうちゃんがパパのこと見てるからだいじょうぶ」

 つまり渉の言い分としてはマスクをしているから風邪がうつる心配は無いし、信吾さんのことも友里が見張っている間にこっそり来たから叱られる心配は無いってことらしい。こんなところでも二人のチームワークって凄いなあって感心しちゃう。だけどあまり近くにいるとマスクをしていても風邪をうつしちゃうかもしれないから、ママとしてはこうやって覗きに来てくれる気持ちは嬉しいけど心配なんだけどな。

「まだおでこ、熱いよ?」
「うん。だけどお薬を飲んだから直ぐに良くなるよ。ゴメンね、雪だるまを一緒に作るの行けなかったし保育園の送り迎えもしばらく出来ないし」
「パパがね、お迎えしてくれるって」
「パパ、お休みとれたって言ってた?」
「うん、たまにはしっかりヨメコウコウしなさいって言われたって。ヨメコウコウってなに?」

 誰を筆頭にそんなことを言っているのか何となく分かっちゃう気がするのはどうしてだろう。

「お仕事の心配はしなくて良いから、ちゃんとママのお世話をして下さいねってことだよ」
「ふーん。パパ、いつもママのことお世話してるのにね」

 うーん……この子は信吾さんの何を見て私のことをお世話していると思っているのかな。たまにお姫様抱っこされているところを目撃されちゃったりするんだけど、もしかしてあれのこと? 前に質問された朝のチューするー?みたいな子供達独自のネットワークの件もあることだし、あまり深く追及しない方が良さそうな気がしてきた。

「と、とにかく、ママが寝ている間はパパのこと困らせたら駄目だからね、さすがにパパも三人のお世話は大変だから」
「わかってるー。ゆうちゃんと代わってくるね。ママのことゆうちゃんも心配してるから」
「ここに来るんだったらマスクしなきゃ駄目だよ。新しいマスク、どこにあるか分かってる?」
「うん。これもそこから出した」

 そう言って自分がしているマスクを引っ張って見せた。早く元気になってねと言いながら渉が部屋から出ていき、暫くすると友里が同じように大きなマスクをして部屋に入ってきた。なんだかちょっとむくれているように見えるのは気のせい? もしかして信吾さんにバレて叱られたのかな?

「ママ―、パパがなにかたべたいものあるか聞いてこいってぇ」
「あら、パパにばれちゃったの?」
「うん、すぐにばれちゃった。パパをだしぬこーとするのは百万年早いんだって。だしぬこーってなに?」
「とにかくパパにはまだまだ勝てないってことかな、雪合戦以外では」
「パパ強すぎだよね」
「だねー。ママなんてパパと会ってから勝てたこと一度もないからね」
「また雪合戦してパパに勝っちゃおうね。ママの風邪はやくなおるといいのに」

 つまりは早く風邪を治して雪合戦をもう一度してパパを負かしてほしいわけね。だけど友里、それまで雪が残ってるかどうか分かんないんじゃないかな? 確かに昨日と今日で記録的な大雪とテレビで言われるぐらい積もったとは言え都心では溶けるのも早いし。

「それでなにたべたい?」
「うーん……今は何も食べたくないんだけどなあ……」
「パパ、おこるよ?」
「ママ、また寝ちゃったって言っといてくれる?」
「くすりはー?」
「次に起きたら飲むから」
「わかった~。ママ寝ちゃったって言っとくね」
「うん、お願い」

 こうやって二人と話していて思うことは双子で同い年な筈なのに友里の方がお姉さんって感じでしっかりしているってこと。性格も私よりも信吾さんに似ている気がするし、保育園でものんびり屋な渉と違って何でも積極的に取り組むらしくお友達の中でもリーダーシップを発揮して姐御肌だよって先生にも言われている。昨日の雪合戦でも何気に仕切る気満々だったし、私と渉が戦意喪失しちゃった後も最後まで信吾さんに食い下がっていたものね。……もしかして将来はパパと同じ自衛官になりたいとか言い出すんじゃないかってちょっと心配になってきたかも。

 その点、渉は友里とは正反対の穏やかな子だ。のんびりなところは私に似ているってみゅうさんは言うけど、私からしたら何となく早々に悟りを開いちゃいそうな落ち着きぶりは信吾さん譲りなんじゃないかなって思っているんだけど。……あれ? ってことは二人とも信吾さんに似ているってこと? 私に似ているのはもしかして外見だけ? なんだかそれってちょっと複雑……。内と外で受け継いでいるところが分かれているのはそれなりにはっきりしていて分かりやすいとは思うけど……。

「奈緒、薬を飲む前に何か食べないと駄目だろ」

 わあ、御大がやって来たよ。ママは寝てますって言ってもらった筈なのに何でこっそり入ってこないでいきなり声をかけてくるかな。声をかけてくるってことは私が起きていること前提なんだよね、まだまだ友里には信吾さんを誤魔化し通すことは無理だったかあ……。

「別に食べないわけじゃなくて今は食べたくないってだけなんだけどな……」
「食べないと薬が飲めないだろう」
「別に食べなくても薬は飲めるよ。胃薬と一緒に飲んだら問題ないし」
「医者が言うセリフとは思えんな」

 信吾さんは私のすぐ横に腰を下ろすと渉と同じように額に手を当ててきた。ひんやりしていて気持ちが良い。

「もしかしてご飯つくってた? 手が濡れてる」
「ああ。二人に夕飯は何が食べたいって聞いたら何て答えたと思う?」
「なんて?」
「二人してママが作ったハンバーグとかママが作ったカレーとかママがママがの大合唱だ。何で奈緒が風邪ひいて寝込んでいる時に限って“ママが作った”なんだって話だよな。まったく参った」
「で、信吾さんは何て答えたの?」
「パパが作ったハンバーグで我慢しろと言っておいた。それ以上文句を言うようなら奈緒が完治するまで乾パン食わせるぞって」
「何それ酷い」
「食わしてやるだけマシだろ」

 もちろん本気じゃないのは分かっているけど信吾さんらしい言い草で笑っちゃう。

「二人は今なにしてる?」
「録画してあった何とかマンってアニメを見てる。ちゃんと自分のことは自分でしてくれるし助かるよ」
「でも御免ね、お仕事、休んだんでしょ?」
「気にするな、たまにはこういうこともあるさ。残っていた年次休暇の消化が出来てちょうど良かったんだ」
「渉が誰かに嫁孝行しろって言われたらしいって言ってたよ?」

 私がそう言うと信吾さんはおかしそうに笑った。

「ああ、司がちゃんと看病してたまには嫁孝行しろだとさ。ま、あいつらの本心は鬼のいぬまに何とやらで若い連中は俺がいない間にのんびり羽を伸ばしたいんだろうさ」
「そうなの?」
「もちろんそんなこと出来るわけないんだがな。きちんと安住達には指示を出しておいたから、明日からは多分いつもの三割増しの厳しい訓練になるだろうなあ」

 なんだか楽しそうに笑っているけどそれってちょっと酷くない? 普段から厳しい訓練だって聞いているからそれの三割増しだなんて想像がつかないよ。司君達大丈夫かな?

「信吾さん、それってちょっと酷くない?」
「良いんだよ、最近あいつらちょっとだらけているからな。たまには締め上げておかないといざという時に使い物にならん」
「それでも三割増しって……」
「俺に比べれば安住達は優しい方だぞ?」

 そう言えば前はよく安住さん達が腕立て伏せが百回増えたとか二百回増えたとか言ってたものね。私も何度か八つ当たりで信吾さんに増やしちゃってってお願いしたことがあったから偉そうなことは言えないけれど。

「ああ、そうだ。二人が俺と川の字になって寝たいとか言ってるんだが良いか?」
「和室で?」
「ああ。俺が奈緒の風邪が治るまではあっちで寝るって言ったら自分達も一緒に寝るとか言い出してきかないんだ」
「まあお布団もあるし寒い思いさえしなければ良いけど、信吾さんが大変じゃない?」
「俺は一つ二つ出し入れする布団が増えるぐらい何でもないから」

 信吾さん的には本当は和室で寝たくはないらしい。だけど私の風邪が信吾さんを経由して子供達や他の隊員さん達にうつしたら困るからってことで渋々和室で寝ることを承知したのだ。結婚したての頃に似たようなことがあってその時は数時間しか部屋を分けて寝てなかったけど今回はちょっと長くなりそう。

「早く治せよ? チビ達と川の字で寝るのはそれなりに楽しいが、やっぱり奈緒を抱いてここで寝るのが一番だから。で、最初の話に戻るが何か食わないと駄目だぞ」

 そう言って私の頭をグリグリしながらたまご雑炊ぐらいなら食べられるだろ?と言って立ち上がった。私が嫌そうな顔をしたら少しだけ怖い顔になってちゃんと食えだって。こんな時に命令口調になることないのにね。そりゃ、信吾さんの作ってくれたたまご雑炊はとても美味しかったけどさ。
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