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番外小話 4
信吾さん包囲網
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「?」
目を覚ますと後ろから私のことを抱きしめている信吾さんがお腹を撫でていることに気が付いた。
「……信吾さん? なにしてるの?」
「すまない、起こしたか?」
「んー、おはよー。そんなことないよ、そろそろ起きる時間だから目が覚めちゃっただけ」
珍しく申し訳なさそうな声で尋ねてきた信吾さんを安心させるようにお腹を撫でている手を軽く叩いた。
「でも、どうしてお腹を撫でていたの?」
「いや、中にいるチビスケが急に腹を蹴り出したから静かにしろって言い聞かせていた」
「そうなの? 私、全然気が付かなかったよ」
よく夜中にお腹の中で赤ちゃんがよく動くから寝られないって患者さんもいるんだけど、その点に関しては私は当てはまらないみたいで、寝たい時には直ぐに寝ちゃってコグマちゃんがお腹の中で暴れていても目が覚めることは殆どない。つまり私の睡眠を邪魔することが出来るのは信吾さんだけってことかな。
「一人で退屈なのかも」
「そう言えば渉と友里の時は静かな方だったよな。てっきり狭くて動けないんじゃないかって思っていたが」
「きっと二人でひそひそお喋りしていたんだよ」
あの二人の仲良しぶりを見ていると何となくそれで納得できちゃうんだよね。
「なるほど。今回は話し相手がいなくて退屈なのか」
「外から賑やかに喋りかけてくれるお兄ちゃんお姉ちゃんがいるから早く出てきたいのかもしれないね」
「だからと言ってさっさと出てきてもらっても困るんだがな」
今は妊娠七ヶ月。お腹の方も随分と大きくなってきた。だけどさすがに出てくるには少し早いかな。
「なあ、奈緒」
「なあに?」
「俺の定年が少し先に延びそうだと言ったら怒るか?」
「別に怒りはしないけど急にどうしたの?」
確か自衛官の定年年齢は階級で決まるって言っていたよね? それが延びるってことは信吾さんの今の階級が上がるってこと?
「信吾さん、特作を離れる時は退官する時だって言っていたのに」
「そのつもりだったんだがなあ……」
溜め息まじりにそう呟いたのを聞いて、そのことが信吾さんにとって物凄く不本意な事態なんだってことが分かった。だけど私にその話をしたってことは既に逃げられない事態になっているってことだ。たぶん既に決まったことなんだと思う。
「つまりは特作を離れて陸自の幕僚監部に行くってこと?」
「そうなりそうだ」
「群長の後任は決まりそうなの?」
「そっちは選定中だ。幹部なら誰でも良いってわけじゃないからな」
そうなんだよね。鉄の絆で結ばれている陸上自衛官さん達の中でもここは特別にその結束力は堅い。そんな部隊の群長を務めるんだもの、幹部なら誰でも良いって言う訳にはいかないのだ。人望もだけどその能力も問われることになるわけで、それもあって異例ではあったけど信吾さんがずっと群長として指揮を執ってきた。
信吾さん以上に特作の群長に相応しい人が今の陸自の中にいるのかな? ああ、別に自分の旦那様だからそんなことを言ってるんじゃないんだよ。あれだけの人達を束ねるのは大変なことなんだもの、それに相応しい人に就いてもらいたいじゃない?
「それでいつから?」
「早ければ来年度から。遅くとも再来年度にはあっちに行かなくちゃならん」
「まさか本当に信吾さんが幕僚監部に行くことになるなんて」
「あちらこちらから包囲されて行く選択肢しか無くなった」
「油断してたねえ……」
包囲網を敷かれてしまったことに対して悔しそうにブツブツ言っているのが可笑しくて思わず笑ってしまった。
「笑いごとじゃないぞ、奈緒。さっさと退官して逃げるという道まで塞がれたんだからな」
「ごめんごめん。あまりにも嫌そうだからつい」
誰が信吾さん包囲網作戦の指揮を執ったのかは知らないけれど信吾さんを捕まえちゃうなんて凄い人もいたもんだと感心してしまう。そのうち誰がそんな作戦を考え付いたのか教えてもらわなくちゃ。
「私は信吾さんが偉くなるんだったら特作が含まれている中央即応集団だっけ? あそこの司令官なるんだと思ってたな~」
「そこの座に座るには少しばかり特作に長く居すぎたんだろうな」
「そうなの?」
「ああ」
私的には信吾さんが似合うのはそっちの方だと思うんだけどこればかりはどうしようもないものね。
「でもさ、これで私が信吾さんと出会った時に特作にいたメンバーが全員動くことになっちゃうね」
「ああ、そう言えばそうだな」
安住さん達も今では別の場所で教官をしているし、嫁の会は引き続き活動中でメンバーも相変わらず仲良くしているけど随分と様変わりした。なんだかちょっぴり寂しいかな。あ、でもこれからはまた京子さん達と心置きなくお喋りが出来るようになるかと思えば寂しいばかりじゃないかな。
「どうせ安住達のことだ、このことを直ぐに嗅ぎつけて押し掛けてくるぞ。今まではこっちに遠慮してなかなか顔を出さなかったみたいだけどな」
「じゃあ今よりも前みたいな感じで賑やかになるよね。だったら信吾さんの異動は大歓迎♪」
「やれやれ、自分の嫁にも見捨てられたか……」
芝居がかった口調で嘆く信吾さん。そんなことを言いながら本心ではもうやる気になってるんだろうなっていうのは何となく分かった。きっと相変わらずの姿勢で自分の正義を貫き通すんだろうと思う。まだまだ続くことなった信吾さんの自衛官生活、頑張って支えてあげなくちゃ。
「正式に昇任が決まったら皆でお祝いしてあげるね。あ、その時はもう生まれてるね、この子も」
そう言ってお腹を撫でている信吾さんの手の上から自分の手を重ねた。
「頑張れパパ~って言ってあげなくちゃね~」
膨らんだお腹にそう話しかけるとコグマちゃんは任せてと言わんばかりにポコンと蹴ってきた。
目を覚ますと後ろから私のことを抱きしめている信吾さんがお腹を撫でていることに気が付いた。
「……信吾さん? なにしてるの?」
「すまない、起こしたか?」
「んー、おはよー。そんなことないよ、そろそろ起きる時間だから目が覚めちゃっただけ」
珍しく申し訳なさそうな声で尋ねてきた信吾さんを安心させるようにお腹を撫でている手を軽く叩いた。
「でも、どうしてお腹を撫でていたの?」
「いや、中にいるチビスケが急に腹を蹴り出したから静かにしろって言い聞かせていた」
「そうなの? 私、全然気が付かなかったよ」
よく夜中にお腹の中で赤ちゃんがよく動くから寝られないって患者さんもいるんだけど、その点に関しては私は当てはまらないみたいで、寝たい時には直ぐに寝ちゃってコグマちゃんがお腹の中で暴れていても目が覚めることは殆どない。つまり私の睡眠を邪魔することが出来るのは信吾さんだけってことかな。
「一人で退屈なのかも」
「そう言えば渉と友里の時は静かな方だったよな。てっきり狭くて動けないんじゃないかって思っていたが」
「きっと二人でひそひそお喋りしていたんだよ」
あの二人の仲良しぶりを見ていると何となくそれで納得できちゃうんだよね。
「なるほど。今回は話し相手がいなくて退屈なのか」
「外から賑やかに喋りかけてくれるお兄ちゃんお姉ちゃんがいるから早く出てきたいのかもしれないね」
「だからと言ってさっさと出てきてもらっても困るんだがな」
今は妊娠七ヶ月。お腹の方も随分と大きくなってきた。だけどさすがに出てくるには少し早いかな。
「なあ、奈緒」
「なあに?」
「俺の定年が少し先に延びそうだと言ったら怒るか?」
「別に怒りはしないけど急にどうしたの?」
確か自衛官の定年年齢は階級で決まるって言っていたよね? それが延びるってことは信吾さんの今の階級が上がるってこと?
「信吾さん、特作を離れる時は退官する時だって言っていたのに」
「そのつもりだったんだがなあ……」
溜め息まじりにそう呟いたのを聞いて、そのことが信吾さんにとって物凄く不本意な事態なんだってことが分かった。だけど私にその話をしたってことは既に逃げられない事態になっているってことだ。たぶん既に決まったことなんだと思う。
「つまりは特作を離れて陸自の幕僚監部に行くってこと?」
「そうなりそうだ」
「群長の後任は決まりそうなの?」
「そっちは選定中だ。幹部なら誰でも良いってわけじゃないからな」
そうなんだよね。鉄の絆で結ばれている陸上自衛官さん達の中でもここは特別にその結束力は堅い。そんな部隊の群長を務めるんだもの、幹部なら誰でも良いって言う訳にはいかないのだ。人望もだけどその能力も問われることになるわけで、それもあって異例ではあったけど信吾さんがずっと群長として指揮を執ってきた。
信吾さん以上に特作の群長に相応しい人が今の陸自の中にいるのかな? ああ、別に自分の旦那様だからそんなことを言ってるんじゃないんだよ。あれだけの人達を束ねるのは大変なことなんだもの、それに相応しい人に就いてもらいたいじゃない?
「それでいつから?」
「早ければ来年度から。遅くとも再来年度にはあっちに行かなくちゃならん」
「まさか本当に信吾さんが幕僚監部に行くことになるなんて」
「あちらこちらから包囲されて行く選択肢しか無くなった」
「油断してたねえ……」
包囲網を敷かれてしまったことに対して悔しそうにブツブツ言っているのが可笑しくて思わず笑ってしまった。
「笑いごとじゃないぞ、奈緒。さっさと退官して逃げるという道まで塞がれたんだからな」
「ごめんごめん。あまりにも嫌そうだからつい」
誰が信吾さん包囲網作戦の指揮を執ったのかは知らないけれど信吾さんを捕まえちゃうなんて凄い人もいたもんだと感心してしまう。そのうち誰がそんな作戦を考え付いたのか教えてもらわなくちゃ。
「私は信吾さんが偉くなるんだったら特作が含まれている中央即応集団だっけ? あそこの司令官なるんだと思ってたな~」
「そこの座に座るには少しばかり特作に長く居すぎたんだろうな」
「そうなの?」
「ああ」
私的には信吾さんが似合うのはそっちの方だと思うんだけどこればかりはどうしようもないものね。
「でもさ、これで私が信吾さんと出会った時に特作にいたメンバーが全員動くことになっちゃうね」
「ああ、そう言えばそうだな」
安住さん達も今では別の場所で教官をしているし、嫁の会は引き続き活動中でメンバーも相変わらず仲良くしているけど随分と様変わりした。なんだかちょっぴり寂しいかな。あ、でもこれからはまた京子さん達と心置きなくお喋りが出来るようになるかと思えば寂しいばかりじゃないかな。
「どうせ安住達のことだ、このことを直ぐに嗅ぎつけて押し掛けてくるぞ。今まではこっちに遠慮してなかなか顔を出さなかったみたいだけどな」
「じゃあ今よりも前みたいな感じで賑やかになるよね。だったら信吾さんの異動は大歓迎♪」
「やれやれ、自分の嫁にも見捨てられたか……」
芝居がかった口調で嘆く信吾さん。そんなことを言いながら本心ではもうやる気になってるんだろうなっていうのは何となく分かった。きっと相変わらずの姿勢で自分の正義を貫き通すんだろうと思う。まだまだ続くことなった信吾さんの自衛官生活、頑張って支えてあげなくちゃ。
「正式に昇任が決まったら皆でお祝いしてあげるね。あ、その時はもう生まれてるね、この子も」
そう言ってお腹を撫でている信吾さんの手の上から自分の手を重ねた。
「頑張れパパ~って言ってあげなくちゃね~」
膨らんだお腹にそう話しかけるとコグマちゃんは任せてと言わんばかりにポコンと蹴ってきた。
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