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本編 リディア編

第四十七話 乗馬練習!? その一

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「シェスレイト殿下……」

 何でここにシェスレイト殿下が……。
 今何て言った?

「あ、兄上、俺が言い出したことだし……、兄上は忙しいでしょう? ……」
「問題ない。時間とは作るものだ。少し調整をしたらいい」

 え、あの、私のことは無視ですか? ディベルゼさんが苦笑してますが、良いんですか?

「それとも私が教えると何か問題でも?」
「え、いや、あの……、そういう訳では……」

 ルーはしどろもどろになりながら、チラッとこちらを見た。えぇ!? ここで私に振るの!?

 シェスレイト殿下もこちらをチラリと見たが、目が合うとやはりすぐに逸らされる。
 しかしディベルゼさんに小声で「殿下」と呼ばれ、何故か再び目を向けた。

「私では駄目か?」

 シェスレイト殿下が少し頬を赤らめ聞いて来る。
 少し照れたような恥ずかしそうな顔が何だかやたら色っぽいし!

 いやいや、駄目か、と聞かれても! 断われる訳ないじゃない……。

「いえ、駄目という訳では……ご迷惑では?」
「迷惑ならば最初から声をかけたりなどしない」

 ですよね……。

 ルーを見ても苦笑するばかり。シェスレイト殿下に言われたら逆らえないよね……。
 う、これはやはりシェスレイト殿下にお願いするしかないか……。

「リディ……、大丈夫?」

 イルが後ろから少し屈み、顔を耳元に近付け小声で聞いて来た。

「あぁ、イル、ごめんね。大丈夫だよ」

 戸惑っているのが分かったようで、イルが心配そうな顔をする。
 するとシェスレイト殿下はおもむろにイルの肩を掴み、後ろへと押した。

「イルグスト、君は何をしている?」
「え? 僕? ぼ、僕は、その……」

 急にシェスレイト殿下に問われ、イルはしどろもどろ。完全に怯えた仔犬状態だ。

「あ、あの! イルはたまたま会ってお話をしていたのです! 陛下にもお願いされていますし」
「イル?」

 シェスレイト殿下は先程までの照れた表情ではなく、鋭い目で睨んで来た。
 何で急に!? 何か悪いことを言った!?
 あー、もう! やっぱり怖い顔になっちゃうのね!

「あの! では、シェスレイト殿下に教えていただいてもよろしいですか?」

 とりあえず話題を戻してみた。イルは怯えたままだけど……。

 シェスレイト殿下はハッとし、少し嬉しそうな顔? 少しだけ口角が上がったような気がする……。気がするだけで気のせいかもしれないけど。

「あぁ、では予定を調整してからまた連絡をする」

 そう言うとシェスレイト殿下は去って行った。


「あぁ、驚いたな。まさか兄上が突然現れあんなことを言い出すなんてな」

 シェスレイト殿下の姿が見えなくなると、まるで息を止めていたかの如く全員が大きく息を吐いた。

「うん……、まさかシェスレイト殿下がいらっしゃるなんて……イル、大丈夫?」

 イルは縮こまりいまだ怯えていた。少し半泣き状態で呟いた。

「僕、嫌われてる?」
「大丈夫だよ、シェスレイト殿下は普段からあんなお顔だから」
「お前な……」

 ルーが苦笑した。曲がりなりにも婚約者なのだ。普段からあんなお顔、はよろしくなかったか。
 でも普段怖いお顔なのは周知の事実だし!

「んー、じゃあせっかくここまで来たけど、ルーに用事はなくなっちゃった」
「用事がなくてもいつでも会いに来たら良いだろ」
「うん、まあそうなんだけど、私も色々忙しいからね」
「あー、ハハハ、まあ確かにそうだな。お前、常に何かしてるよな」

 ルーは笑った。うん、まあそうね。何だか常に忙しい。
 二人して笑った。イルはキョトンとしている。

「さてと、じゃあ戻るね」
「あぁ、またな」

 ルーと別れ、部屋に戻ろうとするものの、イルはどこまで付いてくるのだろうか。

「イルは部屋に戻らないの?」
「あ、うん、戻る」

 そう言うとイルは帰って行ったが、翌日から勉強が終わったと思われる時間に必ず現れるようになった。
 私がどこの講義に行っていようとも、その帰り道に必ず現れる。そして少し話してから魔獣研究所に向かうのが日課になったようだ。

「お嬢様、とても懐かれてしまいましたね」

 マニカが笑いながら言う。オルガは気に入らない様子だが。

「うん、初めての友達みたいな感じなんだろうね。この国に来てからは一人だっただろうし」

 そう思うと放っておく訳にもいかず、なるべくイルの言いたいこと、話したいことをしっかりと聞くようにしている。

 そう過ごしている内にシェスレイト殿下から連絡が届き、明日からしばらく午後に時間を取れる、とのことだった。


 そして翌日午後、馬に乗りやすい服装を、と考えて思い付いたのが、ゼロに騎乗したときの騎士団の制服。
 しかし上着は必要ないか、と着ずに白いシャツとズボンだけにした。

 うん、こうして見ると元の世界を思い出す。やっぱりこういう服装のほうが楽だなぁ、としみじみ。

 シェスレイト殿下に連絡いただいたのは、騎士団の馬場。
 そこへ向かうとすでにシェスレイト殿下がいた。
 慌てて駆け寄り遅れたことを詫びた。

「申し訳ありません、殿下をお待たせしてしまいました」

 少しだけ息を切らしながら言うと、シェスレイト殿下は少し目を逸らし気にするなと言った。

「大丈夫だ、それ程待ってはいない」

 少しホッとし、改めて教えてもらうことにお礼を述べる。

「お忙しいのに私のためにお時間を作っていただきありがとうございます」

 最初は戸惑ったが、やはりわざわざ私のために時間を作ってくれたことが嬉しかった。

「いや、大したことではないから気にするな」

 やはりこちらを向いてはくれないんだけどね。

「今日は馬に慣れるためにまず二人で乗って遠乗りをする」
「え?」

 ん? 二人で? 二人乗り? それって練習になるの? 慣れるため……。
 チラッとディベルゼさんとギル兄を見ると、ディベルゼさんは澄まし顔だし、ギル兄は苦笑しているし……。

「私の馬だ」

 シェスレイト殿下が手綱を持つ馬は、全身が白くとても綺麗な馬だった。

 シェスレイト殿下は颯爽と馬に跨がり、手を差し出した。

「リディア」

 あぁ、白馬の王子様だ。と、呑気なことを考えている場合ではない。
 おずおずと差し出された手を取る。
 シェスレイト殿下はその手をグッと握り、勢い良く引っ張り上げた。

 そしてシェスレイト殿下の前に跨がる。
 ん? 後ろじゃなくて前? 前のほうが練習になるのかな? 後ろじゃシェスレイト殿下の背中で前が見えないもんね。

「では、行くぞ」

「いってらっしゃいませ」

 マニカや、ディベルゼさん、ギル兄がニコニコで送り出す。オルガは不機嫌そうだけど。


 白の門を通り城外へ。森の中を進んだ。
 馬は静かに歩き、シェスレイト殿下の指示によく従っている。賢いんだなぁ、と感心する。

 しかしずっと無言のままで、嫌でも背中に意識が向かう。
 シェスレイト殿下に凭れかからないよう必死に姿勢を正すが、どうしても振動で背中がシェスレイト殿下の胸に触れる。
 背中だけ温かさを感じ、どうしても緊張してしまう。

「大丈夫か?」

 突然耳元で囁かれ、驚きと緊張と恥ずかしさで心臓が跳ねた。

「は、はい! 大丈夫です!」

 声が裏返った。
 うぅ、恥ずかしい……。
 ルーに乗せてもらったときも、それなりに緊張したけど、シェスレイト殿下はなおさら緊張する! しかも二人きりだし! 

「リディア」

 自己嫌悪に陥っていると、またおもむろに耳元で囁かれビクッとし、振り向いてしまった。
 目の前にシェスレイト殿下の薄く艶やかな唇が……。
 お互いの息が掛かる距離に……、お互いが驚き思い切り顔を逸らした。それはもう、ビュンッと効果音が出そうなくらいの勢いで……。

「す、す、すいません! いきなり振り向いてしまって!」

 噛んだ。
 いやー!! 恥ずかしい!! もう色々辛い!!

「い、いや、私もいきなり声をかけてすまない」

 シェスレイト殿下の顔が見えなくて良かった! きっと今は顔がとんでもないことになっているはず!

 そして、落ち着いてからシェスレイト殿下は再び声をかけて来た。

「リディア、その、頼みがあるのだが…………」
「?? 何ですか??」

 シェスレイト殿下の頼み?? な、何だろう……怖いな……。
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