5 / 85
掛け違う心
5
しおりを挟む
真尋は職場のデスクでパソコンにデータを打ち込みながら、チラリと上司である海里の顔を盗み見た。テキパキと部下に指示を出しながら無駄のない仕事の熟し方は、若くして課長に抜擢されただけの事はある。仕事に対し厳しく部下に接するが、きちんとフォローする事を忘れない。上からの信頼も厚く、部下からも慕われていて、よく女性の社員から声をかけられている姿を見かけていた。
そんな奴が何で誘いに乗ったんだよ···
お前は何を言っているんだと、蔑んだ瞳でも向けてくれれば酔いも醒めて上司だと気づけたものを···。
自分は誰かも分からない程泥酔していた事は棚に上げ、心の中で文句をつける。
今日一日、海里の態度は以前と変わらないものだった。昨夜は何もなかったのではないかと思ってしまうほどに。
一夜の遊びに慣れているからなのか、自分との事はなかった事にしたいからなのか···。どちらにしても、自分を抱いた事など触れたくないという事だろう。それなら、こちらも以前と変わらず部下と上司の関係を崩さないだけだ···。
再び、パソコンにデータを打ち込み始めた真尋だったが、気づけば視線は海里の姿を追っていた。その事実に気づき、真尋は頭を抱え机の上に突っ伏した。
どうしてこんなにも気になってしまうのか···
祐也を想っていた時でさえ、こんなに気持ちが乱された事はなかったのに、と真尋は胸が苦しくなるのを感じた。祐也に抱いた初恋は初めて同性を意識した特別な感情を引きずっていただけなのだろうか。今、海里に感じている感情こそが、人を好きになるという感情なのかもしれない···。
感じた事のない感情に不安になりながら、昨夜、触れられた指の感触を思い出し、胸の奥が熱くなるのを感じた。
頬から首筋をなぞり、胸を愛撫する指はどこまでも優しく、愛おしく想っているかのようで···
「早坂?気分でも悪いのか?」
声をかけられハッと顔を上げれば、すぐ近くに海里の顔があった。
昨日のベッドの中では名前で呼んでいたが、今は苗字で呼ばれた事に何故か僅かながら胸が痛んだ。職場なのだから当たり前の事なのだが、情事を共にした相手の顔を見ても表情も口調も上司としての顔を崩さない男に苛立ちを感じ、そんな自分の感情に戸惑う。
真尋は混乱する胸の内を悟られないよう、冷静を装いながら、
「···大丈夫··です···」
と、それだけ答えた。
「もう就業時刻を過ぎているから、その仕事は明日でも構わない、帰ってもいいぞ」
チラリと時計の針を確認した海里は、そう言うと自分のデスクへ戻って行く。その背中は、仕事にならないから帰れと言われたようで、何だか仕事も満足に出来ない無能な部下だと思われたみたいで冷たく感じた。
─── 帰ろ···
これ以上、仕事が進むとも思えなかった真尋はパソコンの電源を落とすと、鞄を手にしフロアの出口に向かった。
殆どの社員はまだ残って仕事をしており、エレベーターホールで待つのは真尋だけだった。就業時間は過ぎているとはいえ、まだ19時前だ。帰るには早い時間だった。
エレベーターが真尋の待つ階に止まり、扉が開く。誰も乗っていないエレベーターに乗り、『閉』のボタンを押した。
扉がゆっくりと閉まりかかった瞬間、手が差し込まれ扉の動きが止められた。
「良かった···間に合って」
息を切らせながらエレベーターに乗り込んできたのは海里だった。
「え···?」
「送って行こうと机を片づけていたら、もう居なくなっていて焦った」
海里はエレベーターの地下へ行くボタンを押した。
「今日は車で来てるから乗っていけ」
さっきは、早く机の上を片づける為にさっさと戻っていったのか···と、仕事が出来ない事に呆れられていた訳ではなかった事に安堵する。
「でも···課長は良かったんですか?こんなに早く仕事を切り上げて──···」
真っ直ぐ見つめてくる瞳に、真尋はドキッと胸を高鳴らせた。
「名前で呼んでくれないのか?もう仕事の時間じゃないんだ。昨日の夜みたいに···ね、真尋···」
囁くように名前を呼ばれ、昨日の情事を躰が思い出し、ゾクリと甘い痺れが走る。
真尋は誤魔化すように、ふいっと顔を逸らした。
そんな真尋の反応を拒絶と捉えた海里は、少し悲しげな笑みを浮べた。
そんな奴が何で誘いに乗ったんだよ···
お前は何を言っているんだと、蔑んだ瞳でも向けてくれれば酔いも醒めて上司だと気づけたものを···。
自分は誰かも分からない程泥酔していた事は棚に上げ、心の中で文句をつける。
今日一日、海里の態度は以前と変わらないものだった。昨夜は何もなかったのではないかと思ってしまうほどに。
一夜の遊びに慣れているからなのか、自分との事はなかった事にしたいからなのか···。どちらにしても、自分を抱いた事など触れたくないという事だろう。それなら、こちらも以前と変わらず部下と上司の関係を崩さないだけだ···。
再び、パソコンにデータを打ち込み始めた真尋だったが、気づけば視線は海里の姿を追っていた。その事実に気づき、真尋は頭を抱え机の上に突っ伏した。
どうしてこんなにも気になってしまうのか···
祐也を想っていた時でさえ、こんなに気持ちが乱された事はなかったのに、と真尋は胸が苦しくなるのを感じた。祐也に抱いた初恋は初めて同性を意識した特別な感情を引きずっていただけなのだろうか。今、海里に感じている感情こそが、人を好きになるという感情なのかもしれない···。
感じた事のない感情に不安になりながら、昨夜、触れられた指の感触を思い出し、胸の奥が熱くなるのを感じた。
頬から首筋をなぞり、胸を愛撫する指はどこまでも優しく、愛おしく想っているかのようで···
「早坂?気分でも悪いのか?」
声をかけられハッと顔を上げれば、すぐ近くに海里の顔があった。
昨日のベッドの中では名前で呼んでいたが、今は苗字で呼ばれた事に何故か僅かながら胸が痛んだ。職場なのだから当たり前の事なのだが、情事を共にした相手の顔を見ても表情も口調も上司としての顔を崩さない男に苛立ちを感じ、そんな自分の感情に戸惑う。
真尋は混乱する胸の内を悟られないよう、冷静を装いながら、
「···大丈夫··です···」
と、それだけ答えた。
「もう就業時刻を過ぎているから、その仕事は明日でも構わない、帰ってもいいぞ」
チラリと時計の針を確認した海里は、そう言うと自分のデスクへ戻って行く。その背中は、仕事にならないから帰れと言われたようで、何だか仕事も満足に出来ない無能な部下だと思われたみたいで冷たく感じた。
─── 帰ろ···
これ以上、仕事が進むとも思えなかった真尋はパソコンの電源を落とすと、鞄を手にしフロアの出口に向かった。
殆どの社員はまだ残って仕事をしており、エレベーターホールで待つのは真尋だけだった。就業時間は過ぎているとはいえ、まだ19時前だ。帰るには早い時間だった。
エレベーターが真尋の待つ階に止まり、扉が開く。誰も乗っていないエレベーターに乗り、『閉』のボタンを押した。
扉がゆっくりと閉まりかかった瞬間、手が差し込まれ扉の動きが止められた。
「良かった···間に合って」
息を切らせながらエレベーターに乗り込んできたのは海里だった。
「え···?」
「送って行こうと机を片づけていたら、もう居なくなっていて焦った」
海里はエレベーターの地下へ行くボタンを押した。
「今日は車で来てるから乗っていけ」
さっきは、早く机の上を片づける為にさっさと戻っていったのか···と、仕事が出来ない事に呆れられていた訳ではなかった事に安堵する。
「でも···課長は良かったんですか?こんなに早く仕事を切り上げて──···」
真っ直ぐ見つめてくる瞳に、真尋はドキッと胸を高鳴らせた。
「名前で呼んでくれないのか?もう仕事の時間じゃないんだ。昨日の夜みたいに···ね、真尋···」
囁くように名前を呼ばれ、昨日の情事を躰が思い出し、ゾクリと甘い痺れが走る。
真尋は誤魔化すように、ふいっと顔を逸らした。
そんな真尋の反応を拒絶と捉えた海里は、少し悲しげな笑みを浮べた。
45
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる