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番外編
指輪 2
しおりを挟む会社の自分のデスクでパソコンにデータを打ち込みながら、時々手が止まる。真尋は難しい表情を浮かべながらパソコンの画面を見つめていた。といっても仕事が行き詰まっているわけではない。一人でならジュエリーショップにも入れるかもしれないと思い、海里には内緒で指輪を買いに行こうかと考えていた。ただ、同棲しているので抱えている仕事の忙しさがお互いに違わない限り同じ時間に退社している。内緒で···ともなるとかなり無理があるか、と頭を悩ませていた。
「おい、早坂どうした···?何か問題でも···?」
よほど悩んだ顔をしていたのだろう。隣で仕事をしていた松永が、見兼ねて問いかけてきた。
「あ···いや、大丈夫です···」
そう答えながら、ふと松永に相談してみようかと考えが浮かび、海里の視線がデスクの上に広げられた書類に向けられているのを確認すると小声で松永に話しかけた。
「松永さん、あの···ちょっと相談があるんですけど」
「···仕事以外のか?」
「はい···。俺、今、課長の家でお世話になっているじゃないですか。何かお返ししないと···と思ってはいるんですけど家事をしようにも、かえって課長の手間を増やす事になるし···」
「···まあ、そうだろうな···」
綺麗に片づけられた部屋と課長の手料理を思い出して松永は頷く。
「それで····今日、課長に内緒で何か買って帰りたいんですけど···」
真尋の言葉を聞き、そういう事かと松永は察した表情をした。
「俺が課長を引き留めればいいんだな?」
「お願い···出来ますか?」
「お前には見合いで世話になったし、ちょうど課長に確認とらないとならないやつがあったな···」
松永はパソコンを弄りながら、ああ···これだ、と呟く。
「お前が退社する少し前に課長に話しを持ってってやるよ。2時間···ってとこだな」
「すみません、松永さん。その分、帰る時間が遅くなってしまうのに···」
「気にするな。他の仕事を先に済ませるだけで帰る時間は変わらねぇよ」
ぶっきらぼうな口調だが、言葉は真尋が気にしないよう気遣っていた。
真尋はもう一度、頭を下げると自分の仕事に戻った。
19時を少し過ぎた頃、松永は約束通り書類を持って課長のデスクに向かった。
二人が話し込み始めたのを確認すると、真尋はスマホから海里に先に帰る事を知らせるメールを打った。
メールに気づきメッセージを読んだ海里は真尋に視線を向ける。
少し心配そうな瞳をしているが、仕事も無いのに待っていろとも、真尋に合わせて仕事を切り上げるような事もしない事を知っていた。課長である以上、今は何を優先すべきかを彼は分かっている。
大丈夫だから、と笑みで返しながら真尋はオフィスを出た。
❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇
先日、店先まで来て入る事の出来なかったお店の扉の前で真尋は立ち止まり深呼吸をした。
大丈夫···
買える···
真尋は心を落ち着かせると、店内へと足を踏み入れた。
ジュエリーショップを訪れるには遅い時間であまり客はいないかと思われたが、割とお客がいる。
真尋はドキドキしながらショーケースに近づいた。
「いらっしゃいませ。気になる商品がございましたら、お声かけ下さい」
にこやかに店員の女性に声をかけられ、益々、真尋の緊張は高まった。
「あ···あの···指輪を探しているんですが···」
そこまで言って、真尋は自分の近くにいるお客の存在が気になり、それ以上言葉を続ける事が出来なかった。
男女のペアリングのサイズではないと伝える事が出来ない。
周囲を気にし躊躇っている真尋の様子に気づいた店員は、
「お客様こちらにも商品がございますので、ご覧になられますか?」
と、他の客から離れた場所へと案内した。
あ···この人、俺が周りが気になってるの気づいてくれたんだ···
そのさり気ない気配りに、彼女にならあまりサイズの違わない指輪を買いたい事を伝える事が出来るかもしれない、と真尋は意を決して口を開いた。
「あの···ペアリング···なんですが······サイズが俺より1つ上で···」
「かしこまりました。デザインはどのような物をお探しでしょうか」
真尋の態度から同じ男性への贈り物だという事に気づいただろうが、彼女は表情を変える事なく対応してくれた。
「あまり装飾のない物で···」
「何点かお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「お願い···します」
彼女が何点か持ってきてくれた中の一つに真尋は目を留めた。
細めのラインが中央で交わるようにウェブがかかったシンプルな緩やかなV字の指輪だが、海里の指によく似合いそうだと手にとった。
「これにします···。あのっ···今日買って帰りたいんですが···」
「はい、こちらはサイズがございますので、すぐにご用意できます」
「お願いします」
終始、穏やかな笑みを浮かべている彼女につられ、真尋も笑みを浮べた。
彼女のお蔭で、いつの間にか緊張は解けていた。
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