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69.イリョラ村に向かう(5月20日)

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イリョラ村に向かう上で受けた依頼は次の2つだ。
1.薬草の採取
2.小鬼退治

いかにも初心者向けの依頼だが、チョイスしたのは受付のお姉さんとアイダだ。
2件とも無期限で且つ歩合制というから、採集すればするだけ、退治すればするだけ報酬が増える。しかも難易度さほど高くない。
獅子狩人の徽章を持っているというプライドが邪魔をしなかったアイダは偉い。イザベルは不満そうではあったが、自分の実力を過信して我儘を言うような事はなかった。

薬草の知識など俺にはないが、アリシアとイザベルが詳しいようだから任せよう。
小鬼ゴブリンは討伐部位として尖った右耳を削ぎ落として提出するらしい。
さらっと流したが、いざ自分がそれをやるとなると、結構グロテスクな気がする。

小鬼以外の魔物についても、依頼の有無に関わらず魔石やその他の価値のある部位は買い取ってくれる。何の魔物のどの部位に価値があるかはアリシア達が叩き込まれているようだから、遭遇すれば見逃す手はない。

という事で、数日間の旅に必要な食材や着替え、娘達の活動服を買い込んだ俺達は、5月20日の朝にイリョラ村に向けて旅立つ事になった。

もちろん前日のうちにノエさんを迎えに行き、イリョラ村に様子を見に行く事は伝えてある。
ニョロニョロ系の魔物が出るという話を聞いて、ノエさんは心底嫌そうな顔をした。どうやら細長い魔物は苦手らしい。
嫌がっているのに無理について来てもらうわけにもいかない。
残念ながら今回はノエさんとは別行動だ。
遅くとも23日の夜にはアルカンダラに帰ってくる事を約束して、ノエさんとは一旦別れることになった。

そんなノエさんとは対照的に、娘達は元気いっぱいである。

アルカンダラの古着屋と防具屋で娘達が選んだ装備は、カーキ色のズボンに生成りのチュニック、古びた革の胸当てや小手といった実用的なものばかりだった。
3人とも靴をだいぶ長い時間選んでいたが、結局ブーツに詰め物をして履き続けることにしたらしい。

アイダは愛用の長剣を腰に帯び、イザベルは短剣を二振り両腰に帯びたうえで弓と矢筒を背負っている。
アリシアは手には短槍を持ってこそいるが、いざとなれば背中に回したMP5Kを使用するのだろう。
アイダとイザベルもそれぞれヒップホルスターにグロッグ26とポリスピストルSSを装着している。
俺はといえば、相変わらずのフレック迷彩にG36C。ヒップホルスターにはUSPハンドガンを挿している。実はアルペンカモといわれるスイス軍の一世代前の迷彩服やギリースーツもあるのだが、初夏の森には似合いそうにない。

そんな格好の4人は、アルカンダラの北方に広がる森の中を進む。
広葉樹で構成された森は下草や藪もまばらで、足元に伸びる獣道を少し立派にしたような道を一歩外れるとふかふかの腐葉土になる。

連絡所でイリョラ村のだいたいの場所を聞いた3人は、その場所に心当たりがあるようだ。
イザベルを先頭に、さほど躊躇いもせずに進んでいく。

「この森に来るのも久しぶりだね!」

「あれは1年目の夏だったか。それなりに剣や魔法が使えるようになってすぐの実習だったな」

「あの時さあ、目の前に飛び出してきた小鬼にアイダちゃんが思いっきり剣を振り回してさ」

「後ろの木に剣がめり込んで、抜けなくなっちゃったやつでしょう?」

「そうそう!それ!ばこーんって凄い音がして振り向いたら、アイダちゃんが手を押さえてうずくまってるし、てっきりやられたのかと思ったよ」

「慌てて駆けつけたら小鬼は逃げた後だったし、アイダちゃんはめっちゃ凹むしで、大変だったよね!」

「あれは!剣を変えたばっかりで長さに慣れてなかったからだからな!あれ以来そんな失敗はしてないからな!」

アイダが顔を真っ赤にしてイザベルとアリシアに喰ってかかるが、2人の話題はもう別に移ったようだ。まったく、この年頃の娘達の話題はコロコロ目まぐるしく変わる。精神年齢がおじさんの俺には、聞き取るだけでも精いっぱいだ。

そんな3人娘の漫才を聞きながらのんびりと森の中を歩く。
木々からは鳥のさえずりが聞こえ、四方に張っているスキャンには時折イノシシやシカらしき影が引っかかる。イザベルが反応しないところをみるに、まだ腹は減っていないらしい。

「ねえカズヤさん!聞いてます?」

アリシアの言葉に現実に引き戻される。

「やっぱり聞いてなかった!今ね、グサーノとどう戦うかって話をしてたの。もし目の前にグサーノが現れたら、お兄ちゃんならどうする?」

想像してみよう。
目の前の地面が突然割れて、中から巨大なチンアナゴが鎌首をもたげてくる姿を。

……シュールだな。

「俺ならとりあえず距離を取る。相手がどんな魔物でどんな攻撃をしてくるか分からないのに、わざわざ懐深くで戦うこともないだろう?」

「そんなことはわかってますぅ~。どんな魔法が通じるかってことですよ!」

「魔物とはいえ生き物である以上、身体を物理的に破壊すれば死ぬのだろう?だったら貫通魔法で貫くか、火魔法で焼くかじゃないか?」

「火魔法なんか使ったら、山火事が起きるんじゃないだろうか。ちょうど数日間雨も降っていないようだし、落ち葉も乾いているが……」

「確かにな。開けた草原なんかなら別として、森で炎そのものを使うのは危ないかもしれないな」

「う~ん……やっぱり実物を見てから考える感じですかねえ。あ!あそこにアルテミサが生えてる」

「あっちはヘンフィアナだね!採っていこう!」

アリシアとイザベルは時折文字通り横道に逸れて薬草採集を始める。
目的地のイリョラ村まではアルカンダラから1.5日との事だったが、この調子では2日は掛かるだろう。
まあ帰りはログハウスまで転移魔法を使えば、23日までには帰りつくか。

アリシアとイザベルが持ってきた薬草を見せてもらう。
アルテミサはヨモギのようだが、ヘンフィアナは……

「今は花とか咲いてないですけど、秋になると紫色の綺麗な花が咲くんですよ!この尖った葉っぱを使って、薬師さんが傷薬を作ってくれるんです」

「緊急時には塩で揉んでそのまま傷に張ってもいいんだけど、これが沁みるんだよね」

それはさぞかし痛いだろう。できればご厄介にはなりたくないものだ。

そんな感じで道草を喰いながらも、日が翳り出す頃には森を抜けて草原に入った。
森を通過する間、特に魔物と遭遇することはなかった。都市の近くということもあり養成所の学生が演習に来ているようだから、この辺りは駆逐されているのかもしれない。

ふとイザベルが立ち止まる。

「どしたのイザベルちゃん?」

「しっ!静かに!……何か聞こえる……」

イザベルが少しだけ尖った耳に手を当てて、360°ぐるりと音を聞き始める。

魔物か?
俺も周囲に3Dスキャンを放つ。
効果範囲の300メートル以内には、後方の森の中を含めて危険そうな大型生物の気配はない。

「あっち。東の方向からブーンって低い唸るような音が聞こえる。結構遠いよ」

イザベルが北東の一点を指差す。
目視では特に違和感はないが、イザベルが指差す方向の左右15°に範囲を絞って探知魔法レーダーを放つ。
草原の周囲はいくつかの丘や疎林が広がっているが、北東側も同様に丘に阻まれて視界は遮られている。
その丘を貫いて、探知魔法は約4キロメートル先までの気配を探知する。

「これか?地表から約5メートルの高度に何かいる。3つ?いや4つだ。鳥にしては大きいし、一点に留まっているようだ。魔力の反応も強い。アリシア、アイダ。胴体の大きさがイザベルぐらいの鳥で、空中で静止できる奴っているか?」

「空中で……?」

「静止できる?ワシとかタカとか?」

「もっと小さい鳥で、花の蜜を吸う鳥なら見たことあるが……イザベルぐらいの大きさで……?」

ハーストイーグル。ハルパゴルニスワシとも呼ばれるニュージーランドで絶滅した猛禽類がいる。全長140センチ、翼幅3メートルを超えるとされるが、西暦1500年頃には絶滅したらしい。そういった猛禽なのだろうか。
しかし猛禽類のホバリングならば、もっと高い高度で上昇気流を掴んで行われるはずだ。
それに、鳥類の羽ばたきならばブーンという音はしない。

「気になるな……様子を見に行くか?」

「そうですね。カズヤ殿が仰るとおりの大きさなら、私達も知らない魔物かもしれません。行きましょう」

「カズヤさん。どのくらい先ですか?」

「マンティコレの時みたいに走るの!?」

はいはい。走るのは嫌なのね。

「だいたい1キロメートルぐらいか。あの丘の向こうだな。走るか?」

「え~。私達はいいけど、お兄ちゃんが辛いでしょ?」

「そうそう。マンティコレの時もカズヤさんは息切らしてたよね」

「わかったわかった。ちょっと試したい事があってな。3人とも輪のように手を繋いでくれ」

「ん?こうですか?」

俺の右手をイザベルが、イザベルの右手をアイダが、アイダの右手を取ったアリシアが俺の左手を握れば、4人の人の輪の完成だ。

「よし。じゃあ、あの丘の中腹まで移動してみる」

「はい?この状態で走るの?」

「まあまあ。1人では成功したんだ。いくぞ!」

◇◇◇

要は転移魔法の応用。というより、転移魔法の基本は視界内の瞬間移動らしいのだ。
この視界内というのがネックで、市街地ならば数メートル、郊外でも数キロメートルしか移動できない。
ネックなどと言うが、転移魔法が使えない者にとってはそれでも垂涎の的だろうが。

「え……今何が起きたの!?」

一瞬で周囲の地形が変わったことに驚き、3人娘が周囲をキョロキョロしている。

「ちょっと瞬間移動してみた。俺の転移魔法って、自分が行ったことのある場所にしか行けない。じゃあ自分が今見てる場所になら行けるのかどうか。試してみたらあっさり成功したから、次はどこまでが一緒に行けるのか試してみた」

「はああああ!?じゃあ、お兄ちゃんが見えてる場所になら、歩かなくてもいいってこと!?」

「まあ……ただ、移動先がどうなっているかはわからない。今回は良かったが、次は水溜りの上かもしれないからな」

「それなら、安全が確認できている場所だけを繋ぐように、短距離の移動を繰り返すのは?」

「それなら大丈夫かもしれないが、歩いたほうが早くないか?」

「う~ん……誰か1人が斥候に出て……確かに面倒だね」

例えばドローンを使って上空から偵察した後でなら、比較的安心して移動できるかもしれない。
だが、そもそも瞬間移動が必要なシチュエーションは緊急事態だ。地雷原の只中に移動したり、女子更衣室の真ん中に出てしまったりしない限りは支障ないだろう。移動先に水溜りがあったところで死んでしまうわけではないのだ。

そんな話をしながら丘に登り、地面に伏せて反対側を確認する。
反対側の斜面を下りきった先に、問題の生き物がいた。

黄色と黒に色分けされた毛むくじゃらの円筒形の胴体。大きな2つの複眼。太い脚に透明な羽。
ブーンという低周波のような音の正体は、こいつらの飛行音だったか。

「でっかい蝿だ!うわあ……キモい……」

「Moscasだ……あんな大きさのモスカスは初めて見た……」
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