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112.アルカンダラへの帰還①(6月19日)

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寝ていたイザベルを起こし、全員でトローの亡骸を回収する。イザベルを起こすアリシアとの間で一悶着ありはしたのだが、アイダもビビアナも半ば呆れた感じだったので大事になることはなかった。
トロー戦で1番緊張していたのは、以前追い回されたことがあるというイザベルだった。それが魔物の襲撃もなく日当たりの良い場所にポイっと置かれたのだ。緊張の糸が切れて眠くもなるだろう。

それはさて置き、トローの亡骸を回収するといっても、トローが身に着けていた貴金属を取り外したうえで亡骸は収納魔法で収納していくだけだから、大した労力ではない。
腕輪や耳飾りは一部をカディスや近隣の村の復興資金に供出することにした。
破壊された南門の修復はもちろんのこと、汚損された倉庫群やゴブリン達の亡骸の処置にも多額の金銭が必要なのは目に見えている。もちろん街の人達は進んで協力してはくれているが、その間の生活の補償はいずれにせよ必要なのだ。

◇◇◇

「この洞窟どうしようか。一度魔石が生じた場所は、次の魔石を産みやすいともいうからね。また魔物の巣窟にでもなったら困る」

出立前にノエさんが口にしたのは、トローの巣窟の後始末であった。

「街道からも外れているので、入口を塞ぐだけでいいかもしれません」

「じゃあ私達を助けてくれた洞窟と同じように、入口を埋めちゃえばいいんじゃないですか?」

アリシアの提案が妥当だろう。これが街道沿いのシェルター代わりに使われている洞窟などなら潰してしまうと後が厄介そうだが、ここは手っ取り早く落盤させてしまおう。

◇◇◇

「なるほど。土魔法で洞窟の天井を崩すのか。これなら大鬼なんかを使役しても簡単には掘り起こせそうにないね」

「大鬼を使役するような奴の相手はしたくないです。ですが掘り起こすぐらいなら入口を別に掘っちゃうほうが早そうです」

入口を埋められた洞窟の前で、ノエさんとビビアナが唸っている。

「ノエさん、ビビアナ。そろそろ出発します」

2人を合流させ、カディスへの帰途につく。
手っ取り早く転移してもいいのだが、まあ焦る旅でもないし、まだ発見できていない何かの痕跡を見つけるかもしれない。それにトロー殲滅を心待ちにしている村人達には直接報告したい。

「一旦カディスに寄って衛兵隊長さんに報告して、あとは存在感のなかった連絡所にも顔は出しておかないとね」

「ええ。カディスの一件はアルカンダラにも伝わっているでしょうから、どんな尾鰭がついているやら」

「ビビアナも有名人になったから、一気に卒業しちゃうんじゃない?」

養成所とは学校とは異なり、純粋に実力主義なのだろう。幼い頃から魔物を狩ったり魔法を修めていたような者は、特に養成所を卒業しなくても狩人として活動してもいいらしい。だが一応国が認めた機関に登録しておけば何かと便利だという事と、手っ取り早く仲間が見つかる事から、狩人を志すほとんどの若者が養成所に入るということだ。

「皆さんの足を引っ張ることはないのでしょうか」

そんな不安を口にするビビアナの腕をイザベルが掴んで攫っていく。

「大丈夫じゃない?少なくともうちのパーティードは歓迎するよねえアイダちゃん!」

「ああ。追跡術も確かだし、イザベルほどムラっけはないし、文句無しだな」

「ちょい待ちアイダちゃん。ムラっけってどういう意味かなあ?」

「ビビアナさんの範囲魔法攻撃も強力だしね。あ!でも同じパーティードになるんなら服なんとかしなきゃ!カズヤさんと一緒だと藪漕ぎはするし地面を這うしで、すぐ泥だらけになっちゃうからね!」

何故か俺が悪者になってないか?

正直なところ敵が銃やそれに類する武器を使わないのなら、匍匐前進や塹壕戦などに意味はないのだ。
槍や刀を構えて突撃してくるだけの敵に対してならば、鉄条網でも張り巡らせた陣地に自動小銃を何挺も配備して、前方に突撃破砕線でも設定すればいい。
俺が迷彩服を着て前線に潜み魔物に忍び寄ろうとしているのは、どう考えても俺の自己満足に過ぎない。
とすれば娘達に負担を強いている俺はやっぱり悪者なのだろうか。

「ま~たイトー君は面白くもない事を考えてそうだね」

どうやら思考が顔に現れていたらしい。道すがらノエさんが話しかけてきた。

「それにしても、いいパーティードじゃないか。ここにならビビアナを預けられるな。今後ともあの子をよろしく頼むよ」

突然このお兄さんは何を言い出すのだろうか。

「女の狩人ってのはとにかく誘惑も危険も多いからね。さっさと彼氏なり旦那なりを作ってしまうか、有力なパーティードに潜り込むか、そうでなければ女だけのパーティードを組んで力をつけるか。そうでもしなければ身を滅ぼす。イトー君はビビアナがそうなるのを見過ごせる男ではないって、ボクは思ってるんだけどね」

ノエさんが軽くウインクなどしてみせる。男から受けるウインクなどぞっとしないが、信頼しているという意味だろう。

「まあ……乗り掛かった船ですから、皆の目的の港までは連れて行かねばならないのでしょうね」

「イトー君の目的地はあるのかい?」

「いや、それがもうさっぱりです」

「あっはっは。まあ普通でも人生40年とか50年はあるんだ。魔力を練り上げる術を持つ者なら、もっと長生きするものだからね。イトー君がどういう人生を歩んできて、これからどういう道を行くのかはボクにはわからない。でもあの子達、ビビアナも含めた4人が、何か道標になってくれるかもしれないよ」

ノエさんは薄々感づいているのだ。俺が単なる魔導師などではないということに。
そんな得体の知れない男に幼馴染みの少女を預ける、その気持ちはいったいどういうものなのだろう。

「わかりました。お預かりしましょう。それで、ビビアナはその事を?」

「ん?いやボクは話していない。だからビビアナがカディスやアルカンダラで別行動を取るっていうんなら、この話は無しだ。でもね」

話を切ってノエさんが4人娘の方を見る。

「あの子達、今更離れ離れになると思うかい?」

ビビアナとアリシア、アイダ、イザベルの4人が一緒に旅をするようになってから、まだ1ヶ月も経っていない。にも関わらず4人は息の合った狩りを見せるし、日常生活でも仲良くしている。
生真面目なビビアナはイザベルと多少反発する時もあるが、アリシアやアイダが仲裁すれば大抵は落とし所を見つけている。誰が欠けても上手くは回らないだろう。

「そうですね。答えは出ていると思います」

「それにね」

ノエさんが悪戯っぽく笑って話を続ける。

「カディスの件もトローの件も、イトー君達は目立ち過ぎた。ビビアナの魔法のおかげで勝てたって事にすれば話は丸く収まると思うんだよね」

それは間違いない。
検分の結果、カディスで倒したゴブリンやオーガの多くに致命傷を与えたのは、空から降った氷の礫であった。
卵大の大きさの氷の塊が広範囲に無数に降ったのだ。
車のフロントガラスを叩き割るような勢いの氷の直撃を受ければ、人間サイズの魔物などひとたまりもなかったのである。

「ビビアナのおかげで勝てたというのは、誇張でも嘘でもないですからね。今回の殊勲賞はあの子ですよ」

「シュクンショーってのが何かは分からないけど、あんまり調子には乗らせないであげてね。といってもあの子達と一緒にいれば大丈夫だろうけど」

「どうしてですか?」

「だって考えてもみてよ。近接戦闘ではアイダちゃんやイザベルちゃんに敵わないし、追跡術でもイザベルちゃんと同等ぐらい。遠距離攻撃の精度ではイザベルちゃんのほうが上。広範囲攻撃ならビビアナに軍配が上がるけど、アリシアちゃんやイトー君の魔道具を使えば同じ事ができる。となるとビビアナが増長する理由がない」

これは手厳しい意見だ。
身内に厳しく見ているとしても、ビビアナに聞かせれば凹んでしまうに違いない。

「でも逆に言えば、近接戦闘では俺やアリシアに勝り、遠距離攻撃ではアイダに勝り、広範囲攻撃ではイザベルに勝るという事でしょう?それだけでも立派なものだと思いますよ」

「そうだね。そうやってあの子の長所を伸ばしてやってくれると嬉しいな。やっぱりイトー君は教官向きなんだね。収まるべき所に剣は収まるものなのさ」

なんだか上手く丸め込まれたような気もするが、まあ悪い気はしない。
結局のところ、人は1人では生きてはいけないのだ。

◇◇◇

「カズヤさん!村が見えます!」

日が陰りだす前には、カディスとの間にある村へとたどり着いた。俺達がカディスに来る前に、トローによる被害が出ていた村だ。
ビビアナがノエさんと共に真っ先に村長の所に報告に行くのを、俺達は村の中心部の井戸の傍らで待つ事にした。
あまり大人数で押し掛けるのもかえって迷惑だろうし、ここは2人に任せよう。

村の片隅にあった破壊された家屋の取り壊しが進み、新しく家が建つ様子を見せている。
イザベルが自分より少し幼く見える子供達を集めて、ドライフルーツなどを配り出した。普段は甘えっ子キャラの癖に、自分より年下にはお姉さんぶりたいらしい。いや、そういう一面もイザベルの良いところなのだ。

「カズヤさん。怪我をした人とか体調を崩してる人がいないか見てきますね」

「ああ。アイダもアリシアに付いてやってくれ」

「わかりました。カズヤ殿はまだしばらくここに?」

「イザベルを見ていないとな。俺までいなくなったら、イザベルが探し回らないといけなくなる」

「そうですね。では行ってきます」

駆け出すアリシアとアイダを見送り、改めて井戸の縁に腰掛ける。
一通りドライフルーツを配り終えたイザベルが戻ってきて、俺の膝の上にちょこんと座る。

「お兄ちゃん。あの家の跡地には、身寄りを無くした人達がまとまって暮らすんだって。カディスからの応援も来てるらしいけど、これからが大変よね。でもみんな明るくて良かった」

そうか。ゴブリンの大群に襲われたカディスの街でも、グサーノの襲撃を受けたイリョラ村でも、アメフラシの化け物が押し寄せたナバテヘラでも、街や村の人々は泣き言も言わずに復興にあたっていた。
このポジティブさはどこから来るのだろう。

例えば俺が何かの災害に見舞われて、家も家財も家族も失ったらどうするのだろう。悲観して自殺でもするだろうか。或いは誰かを恨み、行政や国に文句を言いながら沈んだ暮らしを送るのだろうか。

この世界の人々は現代人の俺から見れば驚くほど質素な生活を営んでいる。
夜明けと共に起き、働き、日が沈めば寝る。
電気や水道、ガスも無く、当然テレビや漫画もない。
失って困るのは畑や家畜、小舟や漁網、そして自分の命だ。
そんな生活から、俺がこの世界に持ち込んでしまった自宅での生活にどっぷりと浸かってしまった娘達の価値観や優先順位がどのように変わってしまったかを思う時、正直空恐ろしくなる。
俺はこの娘達の人生そのものを破壊してしまったのかもしれない。

「お兄ちゃんどうしたの?髪撫でてくれるのは嬉しいけど、顔がちょっと怖いよ?」

イザベルが俺の顔を覗き込んできた。
半ば無意識のうちに、イザベルのキャップから覗く銀髪を弄んでいたらしい。

「大丈夫。私はずっとお兄ちゃんのそばに居るから。私はって言ったらみんなに怒られちゃうか。“私達は”ね?」

「ああ。すまないな」

イザベルが少し困ったように笑う。

「どうして謝るの?こんな美少女に囲まれて、そこは喜ぶところでしょ?あ!アリシアちゃん達が帰ってきたよ!」

イザベルが手を振る先には、走って戻ってくるアリシアとアイダの姿があった。

「イザベルちゃんズルい!じゃなくって、カズヤさん手伝ってください!腰を痛めたお爺さんがいるんですけど、私の治癒魔法じゃどうにも効き目が弱くって」

「何でも倒れた柱を持ち上げようとして、そのまま倒れてしまったようです。“もう儂はダメじゃあ”とか言っています」

ぎっくり腰か。
安静にしていれば回復するのだろうが、苦しんでいる人を放っておくわけにもいくまい。

この夜は村長の招きに甘える形で、この村で一泊した。
ビビアナとイザベルが身振り手振りを駆使して語る武勇伝で村人達を大いに湧かせたのは言うまでもない。
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