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114.アルカンダラへの帰還③(6月21日)

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「いやあ、改めて見ると圧巻だねえ」

学校の中庭には到底収まらないため裏庭にずらりと並べられたトローの亡骸を前に、まるでヒトゴトのようにイザベルが呟く。
この内の半数近くを狩った当人とも思えない感想だ。トローが化けて出るぞ。

「この傷痕は……オリバレス君、君のカランバノかね?」

ビビアナが狩った1頭のトローの前で足を止めたのは、頭頂部に朝日を反射させている魔法実技の教官、ダニエル モンロイ師だ。今日は主にモンロイ師が獲物の査定を請け負ってくれている。
そのモンロイが検分しているトローは、ビビアナが放った氷柱に背骨を砕かれた奴だ。

「はいモンロイ先生。私の拙い魔法でも何とか倒すことができました。先生のご教授のおかげです」

ビビアナがモンロイ師の傍らで頭を下げる。

「カランバノを拙いとは言わないと思うが……しかし……オリバレス君がとうとうやってくれたか……」

モンロイ師が不思議な独白をしながらそっと目元を拭う。
ビビアナの学内外での評価は高かったはずだが、指導教官としては彼女が実戦未経験なのを見抜いていたのかもしれない。

「せんせ~?隣のトローも、その隣のトローもこっちのトローも、やっつけたのは私ですよ~?もっと褒めてもいいんですよ~?」

「イザベル君は既に卒業した身。それに獅子狩人の称号も得ておる。トローの2匹や3匹、倒せんでどうする」

「げ……マジかあ。ちぇっ。いいも~ん。お兄ちゃんに褒めてもらったから」

「はあ……カズヤ殿もイザベル君をあまり甘やかさないようにお願いしますぞ」

何故か矛先がこちらを向いたが、実にその通りだと思う。
だが俺にはイザベルを甘やかしている自覚は無い。
ただちょっとだけイザベルが他の娘よりも甘えん坊なだけなのだ。

◇◇◇

「さて……今回の貴方達の功績ですが……少々大きすぎるようです」

片眼鏡を外し銀色の長い髪を軽く揺らしながらそう切り出したのは王立アルカンダラ魔物狩人養成所の所長であるサラ マルティネス女史、通称校長先生だ。

「校長先生、それはどういう意味でしょうか。確かに小鬼達の襲撃を退けトローの群れを駆逐しましたが、何か問題があったでしょうか?」

校長先生の言葉にも一同が押し黙ったままなので、俺が確認せざるを得ない。

「問題……問題というか何と言うべきか……その行いそのものは称賛されるべきことです。ただ……」

言い淀む校長先生の言葉をノエさんが引き継ぐ。

「たった6人のパーティードで成し遂げてしまったのが問題なんでしょう」

そうなのか?ゴブリンの襲撃でも自宅防衛戦では1人で100匹余りを倒したし、それが6人になって衛兵隊も加わっているのだから600匹以上を倒しても不思議ではない。しかもその内の半分は寝ているところを撃ち倒したのだ。トローにしても15頭のうちノエさんとビビアナが3頭倒している。残り12頭を屠ったのは俺とアイダ、アリシアとイザベルの4人だが、1人あたり3頭でバランスは取れていると思っていたのだが。

「6人か…これが軍ならば半個小隊で敵の大隊を壊滅させるような異常事態だな」

寮監であるバルトロメ アロンソ氏が180センチは超える巨躯をソファーの背もたれに投げ出すように天井を仰ぎ、唸るように呟く。
そう例えられれば確かに異常な事態だ。
一騎当千とか一人当千、万夫不当などという四字熟語がある。太平記や三国志で使われた言葉が元になっているらしいが、その少々スケールダウンしたことをやってのけてしまったようだ。

「でもボクだってトローを2頭倒した訳だし、ビビアナも1頭倒した。狩人としては出来ない事ではないでしょう?」

「それが1頭や2頭ならばね。腕に覚えのある若者が一獲千金を夢見てトローに挑むのは、まあよく有る話だ。かく言う私も若い頃にはだいぶお世話になったものです。森に潜んで逸れトローを探し、背中から魔法の一撃を喰らわして狩る。金の腕輪や鎖を持って帰った時の家内の喜ぶ顔といったら、それはもう……」

「おほん」

いささかわざとらしくモンロイ師の話を切ったのは、魔導師教官であるイネス カミラ先生だ。

「モンロイ先生の惚気話はさて置き、私もこの成果をどう評価すべきか判断に苦しみます。ノエさんの実力とビビアナの潜在能力は評価していますし、アイダさんとアリシアさん、イザベルさんの実力もビビアナと引けは取らないでしょう。ですがこれ程の成果を上げるとは……やはり“えあがん”という魔道具のせいなのでしょうか。だとすれば“えあがん”を大量生産すれば、魔物など恐るるに値しないと言うことになります」

「そうですね。私としては、その魔道具が戦争に投入される事を恐れています。考えてもみてください。タルテトス王国の北方ではノルトハウゼン大公国との小競り合いが続いています。かの国との長年の争いが小競り合いで済んでいるのは、もちろん魔物の存在もありますが、それ以上に互いの戦力が拮抗しているからです」

「校長先生が危惧しておられるのは、カズヤ殿の魔道具が軍に渡り、対人戦闘で使われる事なのですね」

対人戦闘、つまり他国との戦いなどに導入されると言う事だ。いや、そもそも俺が持ち込んだエアソフトガンは、対人戦闘用小火器を模倣した玩具だ。それが殺傷能力を有しているというのならば、元来の用途に使われるのも当然といえば当然か。

この世界の個人用武器といえば剣か棍棒、槍、飛び道具なら投石器か弓矢か投げ槍。数人で運用する兵器ならば弩や投石機どまりか。
衛兵達は鎖帷子を着込み、騎士達はプレートアーマーを身につけている。
そんな戦さ場に小銃や対物ライフル、小隊支援火器の類いを持ち込めばどうなるか。
武田の騎馬隊を撃ち破った織田の鉄砲隊など比較にならないほど、一方的な勝敗になるだろう。

ただ今のところ誰でも使える小火器というわけではない。きちんと魔法の基礎訓練を受けたもの以外が撃っても単なるエアソフトガンに過ぎないのは確認済みだし、さほど魔力量が多くないノエさんは早々に連射を断念していた。
つまり大量に複製したところで、意味がないという事だが、それを説明したところで状況は変わらない。

「戦争に行くのは嫌だなあ。魔物でも手一杯なのに、なんで人間同士で争ってるんだろ」

イザベルの呟きは、この場にいる若い狩人全員の心情を表していた。

◇◇◇

「つまり、カズヤ君達は目立ち過ぎた。その結果、国軍や騎士団に目を付けられて引き抜かれたり召集されたりするかもしれない。その事が問題なんです」

校長先生の懸念は大方現実となりそうだ。カディスの衛兵隊長からは直々にお声が掛かったのは事実だし、ゴブリンの大群を屠ったエアガンを欲しがるのはカディスの衛兵隊長だけではないはずだ。
それがこの世界に転移した理由というのならば、その任に就くのも仕方ない事なのかもしれない。
だがアリシアやアイダ、イザベル達を巻き込む訳にはいかないだろう。

「停滞した戦況を打破し、長年の争いに終止符を打つやもしれん力……やれやれ、お前さん方、一刻も早くこの街を出た方がいいぞ」

アロンソ寮監の言葉はぶっきらぼうではあるが、俺や娘達の事を思っての言葉なのはわかる。
街を出る。つまり徴兵逃れのようなものか。
戸籍や住民基本台帳のようなものも整備されていない世界であれば、逃げ切る事自体はそう難しいことではないだろう。
だが、それでいいのだろうか。俺はともかく、4人娘の今後に影を落としてしまうのではないか。

「ただ街を出るだけでは大義名分がありません。そこで……」

そう言って校長先生が古そうな木箱を取り出した。
その箱に収まっていたのは、古びた幾つかの徽章だった。
大楯の上で組み合わされた2本の矢と1本の剣。
意匠は米陸軍特殊部隊のものに近いが、鏃と剣の柄のところに小さな魔石が埋め込まれているものが1つだけある。

「ほほう……久しぶりに見たな」

「ええ。皆さんの前にお見せするのは何年ぶりかしらね。これをカズヤ君に。そして石無しの物は貴方達5人に」

そう言いながら校長先生が皆に徽章を配る。

「あの。これはどういった……何の証ですか?」

アイダが尋ねる。
アイダだけでなくビビアナやノエさん、もちろんアリシアやイザベルも、この徽章が意味するところを知らないらしい。

「これは巡検師の徽章です。カズヤ君に渡した物が巡検師、その他の魔石が組み込まれていないのが巡検師補のものです」

準剣士?巡検師??
何やら知らない役職名が出てきた。
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