逃げて、恋して、捕まえた

紅城真琴

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恋をしたのは御曹司

最低な元カレ①

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「また、あんたか」
声の主に向かって蓮斗の嫌そうな顔。

「俺の秘書から手を放してもらおう」

近づいてきた奏多さんが手をかけると、不思議なことに私から蓮斗の手が離れた。

「邪魔するな。俺は芽衣に話があるんだ」
「彼女はないと言ったはずだが?」
「お前は黙っていろ」
蓮斗の声がどんどん大きくなる。

ダメだ。
ここは会社の前だし、騒ぎを起こせば人目にもつく。
早く騒ぎを納めなくては。

「蓮斗やめて、お願い」
「じゃあ、ついて来い。そうすれば騒ぎは起こさない。いいな?」
「・・・うん」
そう答えるしかなかった。

「芽衣ッ」
奏多さんが怒っている。

でも、今はそうするしかない。
蓮斗ともう一度話をしよう。
一度で無理なら何度でも話して、わかってもらおう。

「絶対に、行かせない」
「え?」

今度は奏多さんが私の肩に手をかけた。

「手を離せ」
「イヤだ」
「芽衣が行くって言うんだから、邪魔するな」
「イヤだ、行かせない」
「お前、ふざけるな。芽衣は俺の女なんだよ。お前は引っ込んでろっ」

感情のままに叫ぶ蓮斗に周囲の視線が集まる。
ちょうど退勤の時間だから人も多いし、中には奏多さんを知っている人もいるかもしれない。
そう思うと気が気じゃない。

「お願いだから、もうやめて」
私は必死に2人を止めていた。

会社帰りのビジネスマンたちはチラチラと見て通り過ぎるし、少し離れたところには足を止めてこちらを見ている人もいる。

「何だよ、悪いのは俺じゃないぞ」

泣き出しそうな私と、周囲からの冷ややかな視線を感じて蓮斗はますます興奮しだした。

「悪いのはこいつだ。俺の女に手を出したんだからな」
「蓮斗、嘘言わないで」
私たちはもうとっくに終わっていたじゃない。

「負け犬の遠吠えだな」
フンと意地悪く奏多さんが笑う。

「どっちが負け犬だよ。お前はどんなに頑張っても二番手だ。一番は俺だからな。芽衣にすべて教えたのは俺だし、芽衣がどうやったら喜ぶかを知っているのも俺だ」
「蓮斗ッ」
生まれて初めてってくらいの大声で叫んでしまった。

この人は公衆の面前で何を言い出すんだろう。

バンッ。

「え?」

ドンッ。

いきなり鈍い音が聞こえて、蓮斗が路上に倒れた。
何が起きたか一瞬分からずあたりをキョロキョロすると、仁王立ちになった奏多さんが蓮斗を見下ろしている。
どうやら奏多さんが蓮斗を殴ったんだと理解するのに数秒かかった。

「行くぞ」

立ち尽くしていた私は、奏多さんに声を掛けられ腕を引かれてその場を離れた。

***

私は、近くに止まっていた奏多さんの車に乗せられた。
運転しているのはいつもの運転手さん。
静かに車が走り出ししばらくたったころ、それまで車窓を見ていた奏多さんが口を開いた。

「一体何がよくて、あんな男と付き合ったんだよ」
呆れたように言われると、
「すみません」
私としては謝るしかない。

「今は勤務時間外だ。『すみません』はおかしい」
「え?」
私は奏多さんの顔を見上げた。

えっと、秘書である私とシンガポールで出会った芽衣が同一人物なのを奏多さんは知っている。
いつ気づいたかはわからないけれど、さっきの蓮斗との会話からも間違いない。
それを踏まえたうえで今は仕事じゃないんだからと言っているわけで、

「迷惑をかけて、ごめんなさい」
「うん」

どうやら正解だったらしい。
でも、そこでまた会話が止まってしまった。
聞きたいことはたくさんあるのに、聞くのが怖くて言葉にできない。

そうこうしているうちに、車がアパートの近くへ到着した。

「ここでいいです」

近くのコンビニに降ろしてもらって、
「ありがとうございました」
頭を下げると、
「何かあったらすぐに連絡しろ」
心配そうに言われた。

「はい、おやすみなさい」

さすがに蓮斗もここまではこないと思うけれど、何かあったら連絡しますと約束をしてアパートへ向かった。


その夜、布団に入ってもなかなか眠れなかった。
人通りの多い道で大声で叫ぶ蓮斗に狂気を感じて怖かった。
私のことに気づいていながら気づかないふりをしていた奏多さんが、一体何を考えているのか想像もできなくて不安だった。
それに、実家の母さんからメールが来ていた。
住所を変わったことを知らせていなかったから、「荷物が送り返されてきたんだけど?」という内容。きっとすぐに仕事を変わったこともバレるだろう。

ああぁー、困ったな。
このままじゃ実家に帰ることになるのかもしれないなあ。
そんなことを考えていたら、外が明るくなっていた。
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