逃げて、恋して、捕まえた

紅城真琴

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恋をしたのは御曹司

急接近③

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午後になり、時間通りにやってきたお客様。
見た目は五十代の一見紳士風のおじさま。
しかし、お茶を出そうとした私の手をいきなり握ってきた。

「キャッ」
思わず声が出て、持っていたコーヒーがテーブルにこぼれた。

「熱っ」
まるで私が悪いような目で見るお客様。

「申し訳ありません」
キッと睨みつけたあと、相手がお客様だからと仕方なく私は形だけの謝罪をした。

それがいけなかったのかな。
相手の気に障ったのか、なめられたのか、意地悪な質問をどんどんはじめた。
後から考えれば、早めの段階で退出すべきだっだと思う。
奏多さんも何度となく助け舟を出してくれていた。
でも、相手の専務さんは私を通して奏多さんを試しているんだ。そう感じて、逃げ出すことができなかった。

「小倉さんは面白いお嬢さんだなあ。気に入ったよ、今度の会食には君も同席しなさい」
「いや、それは」
さすがにまずい。

「君は何が好きかね?」
「はあ?」
質問の意図が分からず聞き返す。

「せっかくだから君の好きなメニューにするよ。やはりイタリアンかフレンチがいいかね?」
「いえ、そんな」
「和食か中華がいいか?」
「そんな、私は・・・」
「何でもいいか。わかったお勧めを選んでおくよ」

いや、待って。私の会食への同席が決まった気がする。
マズイ。すごくマズイ。

その時、

「申し訳ありませんが、小倉は会食には同席させません」
突然奏多さんの声が聞こえた。


「小倉君、外してくれ」
奏多さんのいつにもまして冷たい声が聞こえた。

「いや、でも」

山通の専務さんの意地悪そうな顔を見て動けなかった。
このまま私が出ていけば、きっと専務さんは怒りだすだろう。

「小倉、出ろ」
今度は命令。

こうなったら、私はここを出るしかない。
でもなあ、

「奏多君、意外と短気だなあ」

え?
さっきまで副社長と呼んでいた専務さんが親し気に奏多さんの名前を呼んだ。

「そうさせたのは専務ですよね」
奏多さんも砕けた口調になっている。

どうやら2人は親しい間柄のようだ。
ホッとした気持ち半分、騙されたような気持ちが半分。
ちょっとした虚脱感を抱えて、私は副社長室を出た。

***

その後奏多さんは何も言ってこなくて、逆に帰り際山通の専務さんに謝られた。
初めから奏多さんを試したかっただけらしく、ニコニコしながら帰って行かれた。

「結局落ち込んだのは私だけか」

定時に会社を出たものの足が重くて、無意識に愚痴が出た。
こんな日は早く家に帰ってビールでも飲もう。
私にはそのくらいしかストレス発散方法がない。

「芽衣」

ん?
聞こえてきたのはよく知っている声。
そして、できれば聞きたくなかった声。

「芽衣、無視するなよ」

もう一度呼ばれて仕方なく振り返ると、そこにはやはり蓮斗がいた。

「どうしたの?」
偶然であってほしいと思いながら、聞くしかなかった。

「話がしたくて待っていたんだ」

待っていたってことは、勤務先がバレているってこと。

「私には話すことはないけれど」
「俺にはある」

ゆっくりと近づいてきた蓮斗が、私の腕をつかんだ。

「やめて」

恐怖心から腕を引こうとするけれど、がっちりとつかまれていて動きそうもない。

「行こう」

さらに引かれ、歩き出す蓮斗に引きずられる私。

こんな時大きな声を出せればいいけれど、ここが会社の前だからなのか、キレた蓮斗が怖いのか、私は抵抗することができなかった。

ズルズルと引きずられて向かうのは路上に止まった蓮斗の車。
このままでは連れていかれてしまうと覚悟を決めた時、

「待て」

背後から声が聞こえた。
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