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二人の距離

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 ***

 

 風呂から戻ったトキは、小さくため息をつく。長椅子で瑛が寝ていた。体調不良は、一時的なものだったらしい。夕食の前には、布団から起き出すまでに回復していた。だからといって、こんなところで寝ていては、風邪を引いてしまう。

「瑛、」

 肩をたたいて起こそうとした、その時。寝言が聞こえてきた。

「……いたらきあす」

 自分だけ夕食に粥を出されたのが、大いに不満だったのか。あるいは、苦い薬湯の口直しか。
 夢の中で、何かを食べるつもりらしい。ふにゃと笑うその顔は、実に幸せそうで、思わず、トキは笑ってしまった。

「瑛、起きろ。瑛」
「……あれ?」
 
 瑛はまぶたをこすりながら、キョロキョロと辺りを見回す。

「あたしの豆大福とみたらし団子と金つばと、たい焼きは?」
「そんなもん、ねぇよ」

 トキが言うと、瑛は「夢かぁ」と、がっかりした顔で再び、まぶたを閉じる。

「おい、寝るなら、ちゃんと布団で、」

 その忠告も耳には入らなかったようで。ものの数秒、瑛はすぅすぅと寝息を立て始めた。

「……マジか」

 いや、元々、寝付きがいいのは知ってる。何しろ、毎晩、布団を並べて寝てるのだから。
 面倒だと思うかたわら、仕方ないとも思う。どちらかといえば、いや、断然、仕方ないと思う気持ちの方が大きい。
 トキは瑛を起こさないよう、そっと抱き上げ、布団に寝かせる。その拍子に、胸元から守り袋が出てきた。

 この守り袋は、スズキに頼んで作ってもらったものだった。中には、瑛がくれたビー玉が入っている。
 ビー玉は少し前、スズキから『大事なものは、きちんとおしまい下さい』と渡されていた。
 たかが、ビー玉である。しかも自分にとっては、何の思い入れもない代物。
 それでも受け取っていたのは、そう、瑛の宝物だったからで。

 トキは瑛に布団をかけると、守り袋をぐいっと浴衣の内へと押し込んだ。



 ***



 朝。
 いつものごとく、瑛はトキに馬乗りになる。

「トキ、起きて」

 と、胸ぐらを掴み上げ、その首元の紐に気がついた。

「……何で?」

 あれは、ヨシに渡したはず。それは瑛も見ていた。なのになぜ。そこにまた、守り袋があるのか。
 
 何で? 何で? 何で?
 それだけで頭の中が、いっぱいになる。
 トキが、今度は、そこに何を入れたのか。ものすごく知りたくなって。
 瑛は、ゴクリとつばを飲み込んで、ゆっくりと手を伸ばした。指先が静かに、守り袋に触れ……。
 そこで、瑛は手を引っ込めた。
 大きく深呼吸する。
 気になる。とっても、気になるけど。でも、ダメだ。トキを怒らせたくない。
 瑛は、もう一度、大きく息を吸った。そして、今度はいつも通り。

「トキ! 起きて! 朝だよ! 起きろー!」

 襟ぐりを掴み上げ、その体をガンガンと揺すった。

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