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第1章 転がり落ちてきた玉座への道と、繰り上がり王太子の嫁取り事情

1-7.嵐のように心をかき乱してくる君を俺は

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 さて、ケネスについては第十側妃に内定だけして、俺がリモになることを公表する際に婚約発表も一緒に執り行うことになった。本人の希望もあり、婚姻までは不妊の魔術はそのままに侍従を続けるということで合意。婚姻後はまた相談、という結果に落ち着いた。なんせ、まず第一王子である異母兄上の処遇が決まらなければ、俺も動きようがないのだ。
 そんなこんなで、のんびりできるのはあと少しかぁ、と暢気に構えていたら嵐がやってきた。いや、忘れていたとか放っておいた訳ではないのだけれど、それこそ異母兄上のことがどうにかならないと動けないと思っていたのだ。


「ええと、パウ。もう一度言ってくれるかい?」
「もちろんですわ、レーメクレーメンス様。わたくし、リンドフォーシュ家の嫡子を降りることになりましたの。だから、わたくしの席はとっておいてくださいましね?」
「ちっとも分からないよ、パウ……」


 パウリーネ・リモ・リンドフォーシュ、桃色のふわふわとした髪に空色の瞳、12歳であり幼さを感じる可愛らしい容姿とかなりの才媛というアンバランスさも魅力的な美少女である。俺の婚約者でもうすぐその婚約が解消される予定の子。本人の言が本当であるならば、パウリーネ・ルツォ・リンドフォーシュ、ということになるのだけれど。ルツォになった、ということはセドでもないのだから嫁ぐ者になった、ということである。リンドフォーシュ公爵家の嫡子、という重いもの背負っていた彼女が、何を思ってその地位を辞退したのか。心当たりがなくもないからこそ、頭を抱えた。
 確かについ先日、両陛下と宰相殿との話し合いの後、許可を得てそれとなく婚約解消を匂わせた手紙は送った。送ったけど、それはパウと綺麗に別れていい思い出とするために送ったのであって、こうなるなんて思わないだろ!


「酷いですわ、レーメ様! わたくし、きちんとレーメ様の恋文の意図を読みましてよ。今、さる尊きお方のことで揉めているということは掴んでおりますもの。そうであれば、レーメ様のお立場も鑑みて、これが一番よい方法だと思いましたの!」
「……パウは、由緒正しい公爵家の嫡子に未練はないのかい?」
「あら、レーメ様だってご存知でしょう? わたくしは、レーメ様と共に在るために嫡子となったのです。レーメ様のお立場が少々不安定なことは察しておりましてよ、なればこのパウリーネは『愛に生きる』こともやぶさかではございませんの」
「他の婚約者達、彼らはどうしたんだい? 彼らとも仲が良かっただろう?」
「確かに仲が良かったですけれども、彼らはレーメ様と穴兄弟になることを望んでいた者ばかりでしたもの。わたくしへの未練はないでしょうし、むしろ釣書をレーメ様に送り付けてくるのではなくて?」
「……彼らって、雄じゃなかったかな? 私の記憶違いかい?」
「いえ、雄ですけれど、レーメ様限定の雌です。喜んで身体を差し出すと思いましてよ?」


 与えられた情報に、頭が痛い。何だよ、俺限定の雌って。前世でいうところのノンケだけど、あなたにならケツ差し出せますってことだろ、正気なのかと問い詰めたい。
 パウは、リンドフォーシュ公爵家の嫡子であり雌であると主張したので、いわゆる逆ハーレムを築く予定の珍しい子である。嫡子は男女も雄雌も関係ないとはいえ、どちらかというと男の雄が多かった。まあ、当主が妊娠の度に顔を出せなくなるのは問題だよね、っていう程度で別に逆ハーレムも可笑しくはないのだが。よって、彼女の婚約者は俺含めて5人だったのだが、他4人は全員男であったと思う。いや、1人女がいただろうか? 女の雄が一番珍しい存在なので、女の雌の嫡子の相手は男ばかりとなるのだ。だから、男の雄が俺になら処女を捧げますって言っているということになるのだ。俺はいつ、彼らの性癖を曲げてしまったのか。パウと婚約して2年ほど、彼女の誕生日パーティー等にお呼ばれした時に彼らと顔を合わせた程度で大した交流はないはずなのに、恐ろしや。

 そもそも、である。以前、ケネスとも話していたが、パウは少し俺に傾倒しすぎている子だと思う。しかし、嫡子としての義務はキッチリ果たしていて問題視できない、むしろそれ以外の問題らしい問題があまりない、とリンドフォーシュ公爵に愚痴を零されたことがある。パウ曰く、義務を疎かにして俺を娶る権利を失っては元も子もない、ということらしい。大局を見据えているのは大変素晴らしいが、その対象が俺というのが残念過ぎる子だ。まあ、俺だってパウほどの美少女に言い寄られて、調子乗っていたのは認めるけども。


「いいのです、本日にお約束頂けるとは思っておりません。ですが、このパウリーネ、レーメ様の下へなら何処へでも駆け付ける所存ですの」
「そもそも、私はセドなんだよ……」
「未来とは分からないものですわ! であれば、打てる手は打っておくのみ。わたくしの覚悟を聞き届けて頂けたら、きっとレーメ様は受け入れてくださると思っておりますの」
「君に手紙を送ったことを後悔しているよ……」
「あら、いつも『愛しのラナンキュラス』と言ってくださるではありませんか。それにレーメ様は勘違いしておられますわ」


 ソファーに向かい合わせで座っていたパウが、立ち上がり俺の隣に腰掛ける。拳ひとつ分の距離しかなくて、これから別れなければならない男女の距離ではない。そっと、俺の顔を見上げるパウリーネの空色の瞳は、力強く輝いていた。


「わたくしの幸せは、レーメ様と共に在ること。嫡子の立場は手段であり、その手段が足かせになるのなら捨てるのは当たり前ですわ」
「パウリーネ……」
「愛しておりますわ、レーメ様。このパウリーネ、全てをレーメ様に捧げる所存ですの。――ケネス様だって、分かるでしょう?」
「っごふ、ゴホッゴホッ……」


 唐突に話を振られて、部屋の隅に待機していたケネスは盛大に咽た。ついでに俺も、あらぬ声が出そうになったけれど、ケネスの失態のおかげで隠せたのでケネスのことも不問にしておこう。
 前世でも今世でも、女の子って強いなー、と遠い目をしてしまったのは許してほしい。
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