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第一部 リューナジア城編
第四十五話 皇帝の休日 ②
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「カレン……!?」
その名を聞いて思わず息を呑んでしまった。
「どうしたの……?」
カレンと名乗った少女が不安そうに私を見上げた。
「い、いや。なんでもないよ。知り合いの子と同じ名前だからびっくりしたんだ」
ただ名前が被っただけじゃないか。
カレンなんて名前、珍しくもない。
「さあ、お嬢さんのお兄ちゃんを探しに行こうか。何処ではぐれちゃったんだい?」
「あのね、最初馬車に乗ってたんだけどね……」
カレンちゃんはお兄ちゃんとはぐれてしまった経緯を話し出した。
彼女は兄と一緒に馬車に乗っていたが、途中でアッピルケの実を売っている屋台があるのをカレンちゃんが見つけたらしい。彼女の視線があまりにも物欲しげに見えたせいか、お兄ちゃんがアッピルケを買ってあげると言ってくれたのだ。
兄妹は馬車から降りて屋台に並んでいたが、その途中首にかけていた大切な物をスリに盗まれてしまったらしい。
「おにーちゃんからもらった大切な懐中時計で……おにーちゃんが咄嗟にスリを追いかけて行って……」
カレンちゃんも後を追いかけたが追い付けず、そのままはぐれてしまったらしい。
「そりゃあ大変だったな。可哀想に」
「大切な物を盗まれちゃうし、おにーちゃんが何処にいるのかも分からないし……やっぱり僕は役立たずなんだ」
少女の目には涙が滲んでいた。
「そうかそうか、お兄ちゃんを探そうにもどうすればいいか分からなくてそれで困ってたんだな」
こくこくと少女は頷く。
その拍子にぽとりと大粒の涙が石畳を濡らした。
これは力になってあげねばなるまい。
「思うに、カレンちゃんは馬車の所まで戻った方がいいと思うな」
「え? でもおにーちゃんがまだ……」
カレンちゃんが潤んだ瞳できょとんと私を見上げる。
「もしお兄ちゃんがカレンちゃんが迷子だって知ったら、お兄ちゃんにとってはそっちの方が一大事だと思うよ。お兄ちゃんが先に馬車の所に戻ってたら、きっと気が気でないよ。だから早く馬車まで戻って、そこでお兄ちゃんを待った方がいい」
優しく言い聞かせると、納得できたようで少女は大人しく頷いた。
「うん、分かった」
「乗って来た馬車が何処にあるか分かるかい?」
「分かんない……」
カレンちゃんは首を横に振った。
どうやら無我夢中でここまで来てしまったらしい。
「じゃあまずはおじさんと一緒にアッピルケの実を売ってた屋台を探そっか。そこまで行けば分かるだろう?」
「……うん!」
「何処の方角から来たかは分かるかい?」
「多分、あっち」
「おお、よく覚えてるじゃないか。偉いぞ」
ぽんぽん、と軽く少女の頭を撫でてやる。
彼女はおずおずと嬉しそうな笑みを浮かべた。
そしてカレンちゃんが指を指した方向から屋台がある賑やかな辺りを目指して歩いた。
「あ、あれ!」
暫く歩いていると、カレンちゃんが指を指した。
その先にはアッピルケの果実を山と積んだ屋台があった。
やはりその屋台が先ほどカレンちゃんたちが訪れた屋台のようで、店員さんが彼女の姿を見るなり笑いかけた。
「おやおやお嬢ちゃん、さっきは大丈夫だったかい?」
「懐中時計、とられちゃった……」
「あらあらそれは可哀そうにねぇ」
どうやらカレンちゃんが盗られた物は懐中時計だったらしい。
「それで、今度はお父さんと一緒に来たのかい?」
「え?」
店員が私を見やって微笑みかける。
何か勘違いされてしまったようだ。
「いやいや、私はこの子が迷子のようなので此処まで送ってきただけで……」
「あら、そうなのかい。そっくりな深い青色の瞳をしているから、てっきり」
店員は片眉を上げて驚いた様子を見せる。
ちらりとカレンちゃんの瞳に視線をやる……確かに私と瞳の色が似ているかもしれない。
「ふふふ、親子に間違われちゃったね」
屋台から少し離れたところで、カレンちゃんがくすくすと私に微笑みかける。
「いやあ、カレンちゃんが本当におじさんの子供だったら良かったのになぁ」
自分がごく普通の庶民に生まれていれば、自分の子供をごく普通に可愛がって育んであげることも出来ただろうか、と束の間ありもしない想像をしてしまう。
「ここまで来れば馬車の場所は分かるかい?」
「うん!」
カレンちゃんは元気よく頷いた。
「じゃあおじさんの役目はここまでだな」
「おじさん、ありがとね!」
カレンちゃんは大きく手を振って去っていく。
眩しいその姿に、私も大きく手を振り返したのだった。
「さて、と……」
私もそろそろ城に戻らねばならない。
たまの余暇はこれで終いだ。
私には皇帝としての責務があるのだから――――。
その名を聞いて思わず息を呑んでしまった。
「どうしたの……?」
カレンと名乗った少女が不安そうに私を見上げた。
「い、いや。なんでもないよ。知り合いの子と同じ名前だからびっくりしたんだ」
ただ名前が被っただけじゃないか。
カレンなんて名前、珍しくもない。
「さあ、お嬢さんのお兄ちゃんを探しに行こうか。何処ではぐれちゃったんだい?」
「あのね、最初馬車に乗ってたんだけどね……」
カレンちゃんはお兄ちゃんとはぐれてしまった経緯を話し出した。
彼女は兄と一緒に馬車に乗っていたが、途中でアッピルケの実を売っている屋台があるのをカレンちゃんが見つけたらしい。彼女の視線があまりにも物欲しげに見えたせいか、お兄ちゃんがアッピルケを買ってあげると言ってくれたのだ。
兄妹は馬車から降りて屋台に並んでいたが、その途中首にかけていた大切な物をスリに盗まれてしまったらしい。
「おにーちゃんからもらった大切な懐中時計で……おにーちゃんが咄嗟にスリを追いかけて行って……」
カレンちゃんも後を追いかけたが追い付けず、そのままはぐれてしまったらしい。
「そりゃあ大変だったな。可哀想に」
「大切な物を盗まれちゃうし、おにーちゃんが何処にいるのかも分からないし……やっぱり僕は役立たずなんだ」
少女の目には涙が滲んでいた。
「そうかそうか、お兄ちゃんを探そうにもどうすればいいか分からなくてそれで困ってたんだな」
こくこくと少女は頷く。
その拍子にぽとりと大粒の涙が石畳を濡らした。
これは力になってあげねばなるまい。
「思うに、カレンちゃんは馬車の所まで戻った方がいいと思うな」
「え? でもおにーちゃんがまだ……」
カレンちゃんが潤んだ瞳できょとんと私を見上げる。
「もしお兄ちゃんがカレンちゃんが迷子だって知ったら、お兄ちゃんにとってはそっちの方が一大事だと思うよ。お兄ちゃんが先に馬車の所に戻ってたら、きっと気が気でないよ。だから早く馬車まで戻って、そこでお兄ちゃんを待った方がいい」
優しく言い聞かせると、納得できたようで少女は大人しく頷いた。
「うん、分かった」
「乗って来た馬車が何処にあるか分かるかい?」
「分かんない……」
カレンちゃんは首を横に振った。
どうやら無我夢中でここまで来てしまったらしい。
「じゃあまずはおじさんと一緒にアッピルケの実を売ってた屋台を探そっか。そこまで行けば分かるだろう?」
「……うん!」
「何処の方角から来たかは分かるかい?」
「多分、あっち」
「おお、よく覚えてるじゃないか。偉いぞ」
ぽんぽん、と軽く少女の頭を撫でてやる。
彼女はおずおずと嬉しそうな笑みを浮かべた。
そしてカレンちゃんが指を指した方向から屋台がある賑やかな辺りを目指して歩いた。
「あ、あれ!」
暫く歩いていると、カレンちゃんが指を指した。
その先にはアッピルケの果実を山と積んだ屋台があった。
やはりその屋台が先ほどカレンちゃんたちが訪れた屋台のようで、店員さんが彼女の姿を見るなり笑いかけた。
「おやおやお嬢ちゃん、さっきは大丈夫だったかい?」
「懐中時計、とられちゃった……」
「あらあらそれは可哀そうにねぇ」
どうやらカレンちゃんが盗られた物は懐中時計だったらしい。
「それで、今度はお父さんと一緒に来たのかい?」
「え?」
店員が私を見やって微笑みかける。
何か勘違いされてしまったようだ。
「いやいや、私はこの子が迷子のようなので此処まで送ってきただけで……」
「あら、そうなのかい。そっくりな深い青色の瞳をしているから、てっきり」
店員は片眉を上げて驚いた様子を見せる。
ちらりとカレンちゃんの瞳に視線をやる……確かに私と瞳の色が似ているかもしれない。
「ふふふ、親子に間違われちゃったね」
屋台から少し離れたところで、カレンちゃんがくすくすと私に微笑みかける。
「いやあ、カレンちゃんが本当におじさんの子供だったら良かったのになぁ」
自分がごく普通の庶民に生まれていれば、自分の子供をごく普通に可愛がって育んであげることも出来ただろうか、と束の間ありもしない想像をしてしまう。
「ここまで来れば馬車の場所は分かるかい?」
「うん!」
カレンちゃんは元気よく頷いた。
「じゃあおじさんの役目はここまでだな」
「おじさん、ありがとね!」
カレンちゃんは大きく手を振って去っていく。
眩しいその姿に、私も大きく手を振り返したのだった。
「さて、と……」
私もそろそろ城に戻らねばならない。
たまの余暇はこれで終いだ。
私には皇帝としての責務があるのだから――――。
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