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聖女と魔王と魔女編
身代わり3
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side イリュー
夜中だと言うのにうるさいと先に目を覚ましたのはソランだった。
「なんか変だ。悲鳴みたいなのも聞こえるし」
「……そー?」
久しぶりのベッドで爆睡二日目のイリューは目を開いたが二度寝しようと毛布をかぶった。安全なところの安全ベッドでの睡眠がここまでありがたいとは思わなかったと噛みしめて。
「まてまて、先に気がつくのいつもイリューじゃねぇか」
「関わんないほうがいいよ。扉蹴破られるわけじゃないし」
「なんでそうなってんの」
「姫様が、なんか、したんだよ。何も考えずにここまでくるわけないじゃないか」
暇なわけでもなく、至急来なければならない用があったわけでもない。それでも、放置されていた北方に行きたいと手はずを整えた。
その間に玉座が危うくなると知っていて、それでもここに来る理由がある。
それはイリューは聞いていない。慰問も現状の視察も嘘ではないだろうけど。
「そーだけど、団長に会いたかったとか」
「ないんじゃない?」
「うん。わかってたけど複雑になるから即答なしにして」
「ああ、でもソランは元気かなって言ってた」
そーゆーとこだよ、そーゆーとことソランがぶつぶつと呟いていた。
がシャリと音がしてイリューは仕方なく、起き上がった。
「ソランは行くの?」
「おまえみたいに図太くないからもう一度寝るとか無理」
「姫様が何も言わないってのは、僕たちが関わるのを良しとしていないからだよ。子供は寝てなと」
「……なんか、変だと思ったらイリュー、拗ねてんの?」
「なっんで、僕がっ」
「早く大人になりたいというか、あの人に大人って思われたいなぁ。
使い潰されても、それが誉になるような人って中々ないよ」
そう言って笑うソランはなんだか大人びて見えた。イリューはなんだか腹が立って手元の枕を投げた。
「僕も行く」
「じゃ、怒られに行くか」
最低限の準備を整え、二人は部屋の外へ出た。
廊下には誰もいない。ただ、遠くで何かがぶつかったような音が聞こえた。二人は顔を見合わせてから、音が聞こえたほうへ向かう。
出来る限り音を立てずに急ぐ歩き方はジニーが教えてくれた。そうイリューは思い出した。必要ないといいけど、安全のための手札は多いほうがいい。そう軽くいった。
この砦は曲がり角が多い。
わざと複雑に作ってあるのは魔物対策であるらしかった。
「そっち、覗いてみるけど後ろ警戒しておいて」
「了解」
音がした場所の付近まで近づくとソランがそう指示する。実戦経験はソランのほうが上だ。イリューはその指示に従うことに異論はなかったのだが。
「……ちょ、ちょっとっ」
ソランはいきなり走り出した。さっき覗いたよね!? とイリューが確認する間もなかった。イリューが確認すると誰かが倒れているのが見えた。
「先輩!? なに? 魔物でも入った!?」
ソランは倒れている人を起こして揺さぶっている。
怪我してたら大変じゃない? と思いながらイリューも近づく。魔物かとソランは言っているが、違うだろう。
「よくわからんが、背後から蹴倒された。あれだ、簡易的な鎧でも、床にびったーんは痛い」
「……なんか、よくわかんないですけど、それ、人間相手ですよね?」
「俺、なんかしたかな」
「先輩、食い意地張ってるから」
「そういう問題じゃないんじゃ」
もちろんそういう問題でも背後から蹴倒すのはどうなんだと言うべきだ。
「見回りは三人。残り二人はどこに?」
「そういや、いないな」
きな臭いどころの話ではないが、ソランも倒れていた男ものんびりとしているように見えた。
イリューはさらに言いつのろうとして、ソランの少し困ったような表情に気がつく。
「あっちにいると思う」
潜められた声と小さな身振りで通路の先を指す。
「……たんこぶとかできてません?」
「前にびったーんだから顎が痛い」
「受け身どうしたんです?」
そんなことを言いながらイリューは不自然に見えないように立ち上がることを手伝う。ソランは既に立ち上がり、それとなくあたりを警戒している。
「ソラン」
「後ろからは来ません」
「わかった。じゃ、行くか」
「はい」
「逃げるよ」
男はそう言ってイリューがあっけに取られているうちに走り出してしまう。
ソランはそんなにリューの手をつかんだ。
「たぶん、あっちに10人くらいいるんだ。そんな無理すんのジニーくらいでしょ」
「僕を倒すには全然足りないっていう人と比較するの間違ってる」
イリューも慌てて走る。その時に赤毛を隠さなかったことを後悔する羽目になるとは思いもしなかった。
「な、なんか、追っ手増えてね?」
「希望的観測は捨てるといい。
増えてるし、お待ちください陛下とか聞こえるとか幻聴にしたい」
「僕!? 僕なの!?」
三人はそう言い合いながら砦の中を逃げていた。
イリューたちが逃げた後に赤毛の誰かがいたことが目撃され、それが赤毛の娘になり、女王陛下らしいと尾ひれがついていくことなど想定もしていない。
何かよくわからないが、どうも陛下を捕まえようとしているらしいというのが現状から知れるだけだ。
イリューは、なにしたんだ、あの人と思うが答えはない。いやぁ、ごめん? と謝る気もない謝罪をされる気する。
「逃げて捕まるか、投降して捕まるかの二択しかないぞ」
「な、なんでっ!?」
「後ろみろよっ」
イリューは言われなくてもわかっている。逃走ルートが悪いのか全く味方らしき人たちに会わない。敵ばかりが増援されていく。
最悪なことに男だと主張しても事態は改善しない。より悪化する。騙されたと袋叩きになるのは火を見るより明らかだ。
まず、女ではないと知られないようにしなければいけない。
「……投降しましょう。
女装するので、時間稼ぎと服ください」
「期間雇いのためのお仕着せがあるはずだ。こっち」
「それにしても、少しも似てないんだけどな」
「遠くからじゃわかりませんよ」
虚ろな目でイリューは告げる。そう信じなければ、やってられない。他に選択がないとはいえ心が折れそうである。
そもそも赤毛であるということ以外共通点のない状況で騙しとおすなんて無謀の極みだ。
「大丈夫、きっと、イリューは可憐だから」
「……それはどうも」
可憐でも拗ねそうだよな、あの人。と思ったことは黙っていた。
女装したイリューは他の皆に非道なことをしないことを条件に投降する。ソランを連れて行ったのは道ずれだ。
ソランの先輩は人質がわりとして連行されていった。
そして、イリューとソランは団長室へ連れていかれることになる。その部屋の主は不在でどこにいるかもわからないらしい。
表面上は丁重に扱われているが、小娘が手こずらせおってという苛立ちは感じる。
それだけでなく、言葉にしても言われたがイリューは黙っていた。的外れすぎて、笑い出しそうになるくらい。ソランは顔をしかめていたが、あれも笑うのを我慢しているはず。
そのうちに飽きたのか部屋の隅に椅子を置かれ、そこに座ることになったのだが。
「なんか、お粗末というか。かわいそう?」
「そうだね。この先を想像するだけで震えるよ。僕は」
イリューはソランにそう返した。
なにをしてこうなったかは知らないが、このようなふるまいを許す人ではない。
それより気になるのが、自分たちがどう扱われるかであろう。イリューは小さくため息をついた。
「後で何言われるかなぁ」
「そうだねぇ」
ははっと顔を見合わせて笑って、二人は黙った。
それからほどなく扉がぶっとぶことを目撃することになる。
夜中だと言うのにうるさいと先に目を覚ましたのはソランだった。
「なんか変だ。悲鳴みたいなのも聞こえるし」
「……そー?」
久しぶりのベッドで爆睡二日目のイリューは目を開いたが二度寝しようと毛布をかぶった。安全なところの安全ベッドでの睡眠がここまでありがたいとは思わなかったと噛みしめて。
「まてまて、先に気がつくのいつもイリューじゃねぇか」
「関わんないほうがいいよ。扉蹴破られるわけじゃないし」
「なんでそうなってんの」
「姫様が、なんか、したんだよ。何も考えずにここまでくるわけないじゃないか」
暇なわけでもなく、至急来なければならない用があったわけでもない。それでも、放置されていた北方に行きたいと手はずを整えた。
その間に玉座が危うくなると知っていて、それでもここに来る理由がある。
それはイリューは聞いていない。慰問も現状の視察も嘘ではないだろうけど。
「そーだけど、団長に会いたかったとか」
「ないんじゃない?」
「うん。わかってたけど複雑になるから即答なしにして」
「ああ、でもソランは元気かなって言ってた」
そーゆーとこだよ、そーゆーとことソランがぶつぶつと呟いていた。
がシャリと音がしてイリューは仕方なく、起き上がった。
「ソランは行くの?」
「おまえみたいに図太くないからもう一度寝るとか無理」
「姫様が何も言わないってのは、僕たちが関わるのを良しとしていないからだよ。子供は寝てなと」
「……なんか、変だと思ったらイリュー、拗ねてんの?」
「なっんで、僕がっ」
「早く大人になりたいというか、あの人に大人って思われたいなぁ。
使い潰されても、それが誉になるような人って中々ないよ」
そう言って笑うソランはなんだか大人びて見えた。イリューはなんだか腹が立って手元の枕を投げた。
「僕も行く」
「じゃ、怒られに行くか」
最低限の準備を整え、二人は部屋の外へ出た。
廊下には誰もいない。ただ、遠くで何かがぶつかったような音が聞こえた。二人は顔を見合わせてから、音が聞こえたほうへ向かう。
出来る限り音を立てずに急ぐ歩き方はジニーが教えてくれた。そうイリューは思い出した。必要ないといいけど、安全のための手札は多いほうがいい。そう軽くいった。
この砦は曲がり角が多い。
わざと複雑に作ってあるのは魔物対策であるらしかった。
「そっち、覗いてみるけど後ろ警戒しておいて」
「了解」
音がした場所の付近まで近づくとソランがそう指示する。実戦経験はソランのほうが上だ。イリューはその指示に従うことに異論はなかったのだが。
「……ちょ、ちょっとっ」
ソランはいきなり走り出した。さっき覗いたよね!? とイリューが確認する間もなかった。イリューが確認すると誰かが倒れているのが見えた。
「先輩!? なに? 魔物でも入った!?」
ソランは倒れている人を起こして揺さぶっている。
怪我してたら大変じゃない? と思いながらイリューも近づく。魔物かとソランは言っているが、違うだろう。
「よくわからんが、背後から蹴倒された。あれだ、簡易的な鎧でも、床にびったーんは痛い」
「……なんか、よくわかんないですけど、それ、人間相手ですよね?」
「俺、なんかしたかな」
「先輩、食い意地張ってるから」
「そういう問題じゃないんじゃ」
もちろんそういう問題でも背後から蹴倒すのはどうなんだと言うべきだ。
「見回りは三人。残り二人はどこに?」
「そういや、いないな」
きな臭いどころの話ではないが、ソランも倒れていた男ものんびりとしているように見えた。
イリューはさらに言いつのろうとして、ソランの少し困ったような表情に気がつく。
「あっちにいると思う」
潜められた声と小さな身振りで通路の先を指す。
「……たんこぶとかできてません?」
「前にびったーんだから顎が痛い」
「受け身どうしたんです?」
そんなことを言いながらイリューは不自然に見えないように立ち上がることを手伝う。ソランは既に立ち上がり、それとなくあたりを警戒している。
「ソラン」
「後ろからは来ません」
「わかった。じゃ、行くか」
「はい」
「逃げるよ」
男はそう言ってイリューがあっけに取られているうちに走り出してしまう。
ソランはそんなにリューの手をつかんだ。
「たぶん、あっちに10人くらいいるんだ。そんな無理すんのジニーくらいでしょ」
「僕を倒すには全然足りないっていう人と比較するの間違ってる」
イリューも慌てて走る。その時に赤毛を隠さなかったことを後悔する羽目になるとは思いもしなかった。
「な、なんか、追っ手増えてね?」
「希望的観測は捨てるといい。
増えてるし、お待ちください陛下とか聞こえるとか幻聴にしたい」
「僕!? 僕なの!?」
三人はそう言い合いながら砦の中を逃げていた。
イリューたちが逃げた後に赤毛の誰かがいたことが目撃され、それが赤毛の娘になり、女王陛下らしいと尾ひれがついていくことなど想定もしていない。
何かよくわからないが、どうも陛下を捕まえようとしているらしいというのが現状から知れるだけだ。
イリューは、なにしたんだ、あの人と思うが答えはない。いやぁ、ごめん? と謝る気もない謝罪をされる気する。
「逃げて捕まるか、投降して捕まるかの二択しかないぞ」
「な、なんでっ!?」
「後ろみろよっ」
イリューは言われなくてもわかっている。逃走ルートが悪いのか全く味方らしき人たちに会わない。敵ばかりが増援されていく。
最悪なことに男だと主張しても事態は改善しない。より悪化する。騙されたと袋叩きになるのは火を見るより明らかだ。
まず、女ではないと知られないようにしなければいけない。
「……投降しましょう。
女装するので、時間稼ぎと服ください」
「期間雇いのためのお仕着せがあるはずだ。こっち」
「それにしても、少しも似てないんだけどな」
「遠くからじゃわかりませんよ」
虚ろな目でイリューは告げる。そう信じなければ、やってられない。他に選択がないとはいえ心が折れそうである。
そもそも赤毛であるということ以外共通点のない状況で騙しとおすなんて無謀の極みだ。
「大丈夫、きっと、イリューは可憐だから」
「……それはどうも」
可憐でも拗ねそうだよな、あの人。と思ったことは黙っていた。
女装したイリューは他の皆に非道なことをしないことを条件に投降する。ソランを連れて行ったのは道ずれだ。
ソランの先輩は人質がわりとして連行されていった。
そして、イリューとソランは団長室へ連れていかれることになる。その部屋の主は不在でどこにいるかもわからないらしい。
表面上は丁重に扱われているが、小娘が手こずらせおってという苛立ちは感じる。
それだけでなく、言葉にしても言われたがイリューは黙っていた。的外れすぎて、笑い出しそうになるくらい。ソランは顔をしかめていたが、あれも笑うのを我慢しているはず。
そのうちに飽きたのか部屋の隅に椅子を置かれ、そこに座ることになったのだが。
「なんか、お粗末というか。かわいそう?」
「そうだね。この先を想像するだけで震えるよ。僕は」
イリューはソランにそう返した。
なにをしてこうなったかは知らないが、このようなふるまいを許す人ではない。
それより気になるのが、自分たちがどう扱われるかであろう。イリューは小さくため息をついた。
「後で何言われるかなぁ」
「そうだねぇ」
ははっと顔を見合わせて笑って、二人は黙った。
それからほどなく扉がぶっとぶことを目撃することになる。
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