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聖女と魔王と魔女編
身代わり 4
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side イリュー
「なんで、私まで捕まってるんですかね?」
「一番怪しいし、一番この事態を招いた可能性があるから」
ヴァージニアは面倒そうにその男に言って、後で尋問するからと続ける。お話ししましょうかといつもなら言う場面だと気がついたイリューは表情をひきつらせた。
彼女は女王陛下という立場と印象を操作している。すくなくとも、物騒な雰囲気を持たせずに優しく美しいと思わせることには成功している。
だから、こういう態度を示すのは二つの可能性しかない。
相手にもう話をさせないか、口が堅く話をしないと踏んでいるか。
諜報部とか言いだすのもかなり怪しいが、無いとも言えない。イリューは色々思い出してみたが、この男の顔は見た覚えがなかった。ソランもあいつ、ずっといたような気がすんだけどと言っているし。
「姫様の危機と助けようとしたのに!?」
「前段階でいくらでも言うことはできた情報を流さない諜報部なんていらない。後で解体しとく」
「俺、殺されるんですけど!?」
「知らないわ」
彼女はそう話を打ち切って、あとはウィリアムとオスカーに丸投げした。
怪訝そうな二人に大事なようがあると告げて、イリューとソランの元に近づいてきた。
「さて、君たちはどうしようか」
後処理よりも大事であるという扱いにイリューとソランは震える。
無表情が怖いと話には聞いていたが、今ほど実感するときはない。
直立不動で待つ以外なにができるのだろうか。
「まず、怪我はない」
「ありません」
「どこも辛いところもない」
「ありません」
「それは良かったわ。
じゃ、話を聞こうか」
普通の声のはずだが、イリューは尋問されているような気になってくる。ソランも同じようで、ええとそのぉと歯切れが悪い。
片眉をあげるしぐさが、言えないようなことをしたのかと問い詰めるようだ。
「赤毛で勘違いされて、逃げてる姫様だと思われたらしく、気がついたときには捕まってバレたらやばい状態でした」
イリューは一息に言いきった。細かく突っ込まれたら、色々、ダメ出しされそうな気がしている。
「大人しく寝ててくれればよかったのに。
まあ、気になるよね。これは想定外だから仕方ないかな」
この程度で無罪放免してくれるらしい。イリューはちょっと変だなと思う。それはそれとして処罰があるのではないか想定していたのだ。
そう思ったら甘かったらしい。さらに近寄られた。それこそ、近づきすぎと言われるほどに。
「動かないでね」
二人が覚悟を決めて目を閉じたことを少し笑う声が聞こえた。それについで頭を撫でられる。
「よく頑張りました。
でも、次はもっとうまくやって。心配したよ」
イリューは心配という言葉通りの声音に目を開けた。
ヴァージニアの表情はやはりないが、わざわざ作らなくても通じると思っているからだろう。
目が合うとさらにぐりぐりと撫でまわされた。
「返事は?」
「……はい」
「わかりました」
何事もなかったようにヴァージニアは離れた。
「この件が終わったら、ソランもイリューも王都ね。
しばらく、実家に帰ってなさい」
「え」
「イリューは元々その約束だし、ソランのお姉ちゃんから一度戻してほしいとお願いされたの」
「姉ちゃんっ! なんて無謀のかたまりっ!」
「フィンレーが知り合ったらしいわよ。奇跡の12歳の妹ちゃんが可愛いわね」
「……そ、そうですか」
青ざめるソランというのは珍しい。自分の知らないところで姉と妹が女王陛下とその弟と親しくやっていると知ればそうなるだろう。
イリューはなにを言われているかわからないという点でソランに心底同情する。
「それからイリューもしばらくそのままでいること」
「はい?」
「影武者が増えて嬉しいわ。今度は頑丈で。
やっぱり、ちょっと似てるのよね。うちの母に。今度ご家族全員紹介してもらえる? 血縁かも」
「え?」
「遠い遠い親戚。
さて、砦の件は朝までにさっさと片付けましょ。もう眠いけど、そうも言ってられないから」
うーんと伸びをして、ヴァージニアは背を向けた。
オスカーにユリアを迎えに行くように指示し、ウィリアムには今後の話を始めている。ソランとイリューにはなにも指示がない。
「……早く大人になりたい」
「うん」
子供扱いだからこそ、近くにいる。それは二人ともわかっていた。弟と同じくらいの年という理由で他の人よりちょっとだけ甘い。
それが、少しだけ苦かった。
「はい! 姫様、俺の仕事ください」
「僕も何かお手伝いします」
少しでも背伸びをしておかないと後悔しそうだった。
sideユリア
ユリアは、納得がいかない。
「姐さん。次はどうしましょうか」
なぜ、私が、砦の兵を率いて指揮する側なのか。そもそも、なぜオスカーもいっちゃったのよぉと嘆きたい。
それに知り合いもいない。泣きそうだ。
途中で拾ったアイザックの護衛も伝令役や他の場所に使ってしまった。そもそも彼らもそんなに知り合いでもない。ちょっと世間話する顔見知り。実践レベルがどの程度あるかもわからない。
今回つけられているということならば、手練れなのだろうがユリアはその方面はさっぱりだった。
そもそもユリアは戦場にも慣れているがほとんど後方、稀に前線で指示をする側にいたことはない。お手軽なお薬だと思われてないか?という扱いがよくある。
そっちのほうが気楽だった。
「回ってない地点はどこ? 上はいいわ。陛下が掃討するから問題ない。
倉庫回りもアイザック様が制圧済みらしいからそこもいい」
「それならばこの先以外は制圧済みです」
「良かった」
味方らしき者たちを拾い回復させ、敵らしきものたちを倒し、薬を盛るだけのお仕事はおしまいらしい。
ほぼ、私が働いてないだろうかとユリアは気がついた。
倒したものは薬を盛った後、食堂へ運ばせている。そこが一番広いかららしい。そちらには、アイザックの護衛のほうを見張りにつけている。一騎当千とはいわないが、危機があったら知らせに来るくらいの能力はあると見込みたい。
「もう薬の在庫切れるから怪我しないように。
あと次の敵からは死ぬほど笑う薬使うわ」
「……笑うだけですか?」
「そーよー。爆笑二時間とかすると死にそうになるわ」
狂気じみてきて気が滅入る薬だ。在庫はあったが、使ってもいないので消費期限も気になるところである。腐ってはいないと思うけど腐っててもまあいいかという投げやりさが今のユリアにはあった。念のため多めにと持ってきた薬が在庫切れとは笑えない。
薬の代金盛って請求しようとユリアは心に決める。
なお、毒の在庫は過剰にある。
「この先ってどうなってるの?」
「行き止まりですね。隠し通路もないはずです」
「じゃあ、私と何人かで見てから食堂のほうに行くわ。他の人は先行ってて」
ぞろぞろ連れ歩いたほうが立ち回りもしにくいだろう。五人ほどを残して他の者たちは去っていった。
先に言われた通り、確かに行き止まりだった。
「誰もいないし、何もないわね。
じゃ、食堂に戻りましょうか」
ユリアはそう言ってさっさと歩きだした。
それに遅れずに兵もついてくる。自分よりも背の高い、筋肉がいるのは少しばかり圧力がある。ただ、歩調を合わせるという技術は持ち合わせているらしく、ユリアを追い越すことも遅れることもない。
そう、先ほどまでは。
「……なに?」
急にユリアの眼前に一人立ちはだかった。これにはユリアは立ち止まるしかない。
それに合わせたように並んで歩いていたはずの兵が1人倒れた。後ろを見ればもうひとり倒れている。
「あらあら?」
倒れただけの兵は元気そうだったが、刃物を突きつけられてひるんだようだった。その隙になにかを振りかけられたようだった。
しびれ薬の残りかとユリアは残り香で気がつく。ほぼ空の瓶だったので渡していたのが良くなかったらしい。一時的に行動不能にはできるくらいはあった。
「仲間割れ?」
「最初からこんな泥臭いやつらとは仲間ではありませんよ。
さて、ご同行いただけますか。女王陛下」
「違うわよ」
「あちらの陛下には御退場いただきましょう」
「…………はぁ」
「彼らの命は陛下の動きにかかっています。どうぞ、お手を」
頭が湧いてるとユリアは口にしたくなかった。
今度は、どこの派閥なのよとも言いたくなる。
先々代の派閥はヴァージニア排斥派。今、クーデター中。
ウィリアムの派閥は勝手に女王陛下と結婚してほしいと応援中。やや行き過ぎはあるものの別人に女王陛下をさせようとはしない。
残っているのは王弟派。
王弟本人はヴァージニアに執着がありそうだが、実利を取りそうな気はする。
けれど、違和感があった。
ユリアがヴァージニアの身代わりをすることもあると知っているものはそれなりにはいるはずだ。詳細に調べればおかしいところは気がつくだろうし、勘が良ければ違うということもすぐに見抜かれる。
今、こういう事態でなければ、二人が長時間離れていることもない。さらにユリアが捕まえやすい状況というのもめったにない。
突発的にこの入れ替えを思いついてもほかの誰かと連動するには難しいようにユリアには思えた。
「どうして今なの?」
「薬がなければなにもできないでしょう?」
優位を確信しているような言葉だ。だが、ユリアが欲しかった言葉ではない。
薬がキーワードになるならば、制圧済みでようやくこの行動をすることができたということかもしれない。つまり、賛同者は少ないとみていいだろう。
いっぱいいたらそれはそれで考えよう。ユリアはそう方針を決めた。
「そうね。わかった」
ユリアは拘束されるのを抵抗しなかった。
「彼らは傷つけないであげて。困るもの」
「承知しました。
こちらをどうぞ。口がきけなくなる薬でしたかな」
「一時的に黙るわね。確かに。奪ってたの? 悪い子ね」
抗うでもなくユリアは飲んだ。
満足したような男たちに見る目がないなとユリアはため息をつきたくなる。こんな物騒な薬を常備しているような女が、なにも自衛してないと考えるなんて。
ユリアは大人しくついていくことにした。
倒されたほうはおそらく無関係だろう。巻き込むのも悪い。不要な殺生をすれば、ウィリアムのほうの心労が増えるだろう。
一応、ユリアは彼のほうを心配はしているのだ。優先順位は低いが。
ほどほどに離れたところでユリアは立ち止まった。
「どうしました?」
「……」
小さく、呟くような声に一人の男は身をかがめる。
育ちがいいんだなとユリアは場違いにも思う。そうでなければ、もう少し乱暴に扱われてもおかしくはない状況だ。
ごめんね。
心の中でユリアは謝罪しておく。これ以上、ヴァージニアの地雷を踏みぬくとこの砦自体が消滅する。
魔女の力を利用してまで、物理的に破壊しそうだ。
ユリアは床に残っていた薬を叩きつけた。幸い錠剤ではなかったので即揮発する。
「な、なにをっ」
「笑う薬しか残ってないって言ったじゃない? あ、私には薬は効かないの。例外は回復薬だけね」
不老不死は伊達ではない。
ユリアは奇妙な笑いを始めた男たちを冷ややかに見る。最初は動揺していたが、動けると思ったのかユリアを捕まえようと手を伸ばす。
「効くまでちょっとかかるのが難点よねぇ」
ユリアに触れる前に異変が起こる。
「あ、そうそう。解毒剤切らしてるから、効果が切れるまでそのままね。
楽しく過ごして」
体を折り曲げるほどの笑う男たちを放ってユリアは通路の先に進んだ。
「なんで、私まで捕まってるんですかね?」
「一番怪しいし、一番この事態を招いた可能性があるから」
ヴァージニアは面倒そうにその男に言って、後で尋問するからと続ける。お話ししましょうかといつもなら言う場面だと気がついたイリューは表情をひきつらせた。
彼女は女王陛下という立場と印象を操作している。すくなくとも、物騒な雰囲気を持たせずに優しく美しいと思わせることには成功している。
だから、こういう態度を示すのは二つの可能性しかない。
相手にもう話をさせないか、口が堅く話をしないと踏んでいるか。
諜報部とか言いだすのもかなり怪しいが、無いとも言えない。イリューは色々思い出してみたが、この男の顔は見た覚えがなかった。ソランもあいつ、ずっといたような気がすんだけどと言っているし。
「姫様の危機と助けようとしたのに!?」
「前段階でいくらでも言うことはできた情報を流さない諜報部なんていらない。後で解体しとく」
「俺、殺されるんですけど!?」
「知らないわ」
彼女はそう話を打ち切って、あとはウィリアムとオスカーに丸投げした。
怪訝そうな二人に大事なようがあると告げて、イリューとソランの元に近づいてきた。
「さて、君たちはどうしようか」
後処理よりも大事であるという扱いにイリューとソランは震える。
無表情が怖いと話には聞いていたが、今ほど実感するときはない。
直立不動で待つ以外なにができるのだろうか。
「まず、怪我はない」
「ありません」
「どこも辛いところもない」
「ありません」
「それは良かったわ。
じゃ、話を聞こうか」
普通の声のはずだが、イリューは尋問されているような気になってくる。ソランも同じようで、ええとそのぉと歯切れが悪い。
片眉をあげるしぐさが、言えないようなことをしたのかと問い詰めるようだ。
「赤毛で勘違いされて、逃げてる姫様だと思われたらしく、気がついたときには捕まってバレたらやばい状態でした」
イリューは一息に言いきった。細かく突っ込まれたら、色々、ダメ出しされそうな気がしている。
「大人しく寝ててくれればよかったのに。
まあ、気になるよね。これは想定外だから仕方ないかな」
この程度で無罪放免してくれるらしい。イリューはちょっと変だなと思う。それはそれとして処罰があるのではないか想定していたのだ。
そう思ったら甘かったらしい。さらに近寄られた。それこそ、近づきすぎと言われるほどに。
「動かないでね」
二人が覚悟を決めて目を閉じたことを少し笑う声が聞こえた。それについで頭を撫でられる。
「よく頑張りました。
でも、次はもっとうまくやって。心配したよ」
イリューは心配という言葉通りの声音に目を開けた。
ヴァージニアの表情はやはりないが、わざわざ作らなくても通じると思っているからだろう。
目が合うとさらにぐりぐりと撫でまわされた。
「返事は?」
「……はい」
「わかりました」
何事もなかったようにヴァージニアは離れた。
「この件が終わったら、ソランもイリューも王都ね。
しばらく、実家に帰ってなさい」
「え」
「イリューは元々その約束だし、ソランのお姉ちゃんから一度戻してほしいとお願いされたの」
「姉ちゃんっ! なんて無謀のかたまりっ!」
「フィンレーが知り合ったらしいわよ。奇跡の12歳の妹ちゃんが可愛いわね」
「……そ、そうですか」
青ざめるソランというのは珍しい。自分の知らないところで姉と妹が女王陛下とその弟と親しくやっていると知ればそうなるだろう。
イリューはなにを言われているかわからないという点でソランに心底同情する。
「それからイリューもしばらくそのままでいること」
「はい?」
「影武者が増えて嬉しいわ。今度は頑丈で。
やっぱり、ちょっと似てるのよね。うちの母に。今度ご家族全員紹介してもらえる? 血縁かも」
「え?」
「遠い遠い親戚。
さて、砦の件は朝までにさっさと片付けましょ。もう眠いけど、そうも言ってられないから」
うーんと伸びをして、ヴァージニアは背を向けた。
オスカーにユリアを迎えに行くように指示し、ウィリアムには今後の話を始めている。ソランとイリューにはなにも指示がない。
「……早く大人になりたい」
「うん」
子供扱いだからこそ、近くにいる。それは二人ともわかっていた。弟と同じくらいの年という理由で他の人よりちょっとだけ甘い。
それが、少しだけ苦かった。
「はい! 姫様、俺の仕事ください」
「僕も何かお手伝いします」
少しでも背伸びをしておかないと後悔しそうだった。
sideユリア
ユリアは、納得がいかない。
「姐さん。次はどうしましょうか」
なぜ、私が、砦の兵を率いて指揮する側なのか。そもそも、なぜオスカーもいっちゃったのよぉと嘆きたい。
それに知り合いもいない。泣きそうだ。
途中で拾ったアイザックの護衛も伝令役や他の場所に使ってしまった。そもそも彼らもそんなに知り合いでもない。ちょっと世間話する顔見知り。実践レベルがどの程度あるかもわからない。
今回つけられているということならば、手練れなのだろうがユリアはその方面はさっぱりだった。
そもそもユリアは戦場にも慣れているがほとんど後方、稀に前線で指示をする側にいたことはない。お手軽なお薬だと思われてないか?という扱いがよくある。
そっちのほうが気楽だった。
「回ってない地点はどこ? 上はいいわ。陛下が掃討するから問題ない。
倉庫回りもアイザック様が制圧済みらしいからそこもいい」
「それならばこの先以外は制圧済みです」
「良かった」
味方らしき者たちを拾い回復させ、敵らしきものたちを倒し、薬を盛るだけのお仕事はおしまいらしい。
ほぼ、私が働いてないだろうかとユリアは気がついた。
倒したものは薬を盛った後、食堂へ運ばせている。そこが一番広いかららしい。そちらには、アイザックの護衛のほうを見張りにつけている。一騎当千とはいわないが、危機があったら知らせに来るくらいの能力はあると見込みたい。
「もう薬の在庫切れるから怪我しないように。
あと次の敵からは死ぬほど笑う薬使うわ」
「……笑うだけですか?」
「そーよー。爆笑二時間とかすると死にそうになるわ」
狂気じみてきて気が滅入る薬だ。在庫はあったが、使ってもいないので消費期限も気になるところである。腐ってはいないと思うけど腐っててもまあいいかという投げやりさが今のユリアにはあった。念のため多めにと持ってきた薬が在庫切れとは笑えない。
薬の代金盛って請求しようとユリアは心に決める。
なお、毒の在庫は過剰にある。
「この先ってどうなってるの?」
「行き止まりですね。隠し通路もないはずです」
「じゃあ、私と何人かで見てから食堂のほうに行くわ。他の人は先行ってて」
ぞろぞろ連れ歩いたほうが立ち回りもしにくいだろう。五人ほどを残して他の者たちは去っていった。
先に言われた通り、確かに行き止まりだった。
「誰もいないし、何もないわね。
じゃ、食堂に戻りましょうか」
ユリアはそう言ってさっさと歩きだした。
それに遅れずに兵もついてくる。自分よりも背の高い、筋肉がいるのは少しばかり圧力がある。ただ、歩調を合わせるという技術は持ち合わせているらしく、ユリアを追い越すことも遅れることもない。
そう、先ほどまでは。
「……なに?」
急にユリアの眼前に一人立ちはだかった。これにはユリアは立ち止まるしかない。
それに合わせたように並んで歩いていたはずの兵が1人倒れた。後ろを見ればもうひとり倒れている。
「あらあら?」
倒れただけの兵は元気そうだったが、刃物を突きつけられてひるんだようだった。その隙になにかを振りかけられたようだった。
しびれ薬の残りかとユリアは残り香で気がつく。ほぼ空の瓶だったので渡していたのが良くなかったらしい。一時的に行動不能にはできるくらいはあった。
「仲間割れ?」
「最初からこんな泥臭いやつらとは仲間ではありませんよ。
さて、ご同行いただけますか。女王陛下」
「違うわよ」
「あちらの陛下には御退場いただきましょう」
「…………はぁ」
「彼らの命は陛下の動きにかかっています。どうぞ、お手を」
頭が湧いてるとユリアは口にしたくなかった。
今度は、どこの派閥なのよとも言いたくなる。
先々代の派閥はヴァージニア排斥派。今、クーデター中。
ウィリアムの派閥は勝手に女王陛下と結婚してほしいと応援中。やや行き過ぎはあるものの別人に女王陛下をさせようとはしない。
残っているのは王弟派。
王弟本人はヴァージニアに執着がありそうだが、実利を取りそうな気はする。
けれど、違和感があった。
ユリアがヴァージニアの身代わりをすることもあると知っているものはそれなりにはいるはずだ。詳細に調べればおかしいところは気がつくだろうし、勘が良ければ違うということもすぐに見抜かれる。
今、こういう事態でなければ、二人が長時間離れていることもない。さらにユリアが捕まえやすい状況というのもめったにない。
突発的にこの入れ替えを思いついてもほかの誰かと連動するには難しいようにユリアには思えた。
「どうして今なの?」
「薬がなければなにもできないでしょう?」
優位を確信しているような言葉だ。だが、ユリアが欲しかった言葉ではない。
薬がキーワードになるならば、制圧済みでようやくこの行動をすることができたということかもしれない。つまり、賛同者は少ないとみていいだろう。
いっぱいいたらそれはそれで考えよう。ユリアはそう方針を決めた。
「そうね。わかった」
ユリアは拘束されるのを抵抗しなかった。
「彼らは傷つけないであげて。困るもの」
「承知しました。
こちらをどうぞ。口がきけなくなる薬でしたかな」
「一時的に黙るわね。確かに。奪ってたの? 悪い子ね」
抗うでもなくユリアは飲んだ。
満足したような男たちに見る目がないなとユリアはため息をつきたくなる。こんな物騒な薬を常備しているような女が、なにも自衛してないと考えるなんて。
ユリアは大人しくついていくことにした。
倒されたほうはおそらく無関係だろう。巻き込むのも悪い。不要な殺生をすれば、ウィリアムのほうの心労が増えるだろう。
一応、ユリアは彼のほうを心配はしているのだ。優先順位は低いが。
ほどほどに離れたところでユリアは立ち止まった。
「どうしました?」
「……」
小さく、呟くような声に一人の男は身をかがめる。
育ちがいいんだなとユリアは場違いにも思う。そうでなければ、もう少し乱暴に扱われてもおかしくはない状況だ。
ごめんね。
心の中でユリアは謝罪しておく。これ以上、ヴァージニアの地雷を踏みぬくとこの砦自体が消滅する。
魔女の力を利用してまで、物理的に破壊しそうだ。
ユリアは床に残っていた薬を叩きつけた。幸い錠剤ではなかったので即揮発する。
「な、なにをっ」
「笑う薬しか残ってないって言ったじゃない? あ、私には薬は効かないの。例外は回復薬だけね」
不老不死は伊達ではない。
ユリアは奇妙な笑いを始めた男たちを冷ややかに見る。最初は動揺していたが、動けると思ったのかユリアを捕まえようと手を伸ばす。
「効くまでちょっとかかるのが難点よねぇ」
ユリアに触れる前に異変が起こる。
「あ、そうそう。解毒剤切らしてるから、効果が切れるまでそのままね。
楽しく過ごして」
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