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第三章 東宮女御と斎宮女御

東宮女御と斎宮女御 -16

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「東宮様」
「なんだい」
「あの、ぎゅーっとしてください」

 混乱したまま、口を開いたから、子どもがねだるような言い方になってしまった。不安な時は抱きしめてもらう、なんて淑子の助言をそのまま言ってしまった。彰胤だって呆れているに決まっている。

「……っ、いいのかい。君にもっと触れても」

 彰胤は、自分の手の甲で口元を隠しながら、そう言った。隠しきれないほど、彰胤の顔が赤くなっている。宵子もさらに顔が熱くなった。

 こくんと、宵子は頷いてから彰胤を見上げた。

 彰胤との距離が近くなり、そして、その腕の中に閉じ込められた。彰胤の胸に顔を埋めると、彰胤の香りがした。黒方くろぼうと呼ばれる奥深い香と、彰胤自身の香りが混ざり合っている。とても、落ち着く香り。宵子はその心地よさに思わず、頬ずりをする。

「んー、あんまり可愛いことをされると困るなあ」
「えっ、あの、困らせるつもりは……!」
 宵子は慌てて彰胤から体を離そうとしたが、彰胤は離してくれない。

「そういう意味じゃないよ。だめだよ、離れたら」

 彰胤は、宵子の髪の一筋を掬い取ると、そっと口付けを落とした。物語の一部を見ているかのような美しい所作に惚れ惚れしてしまう。

「ちゃんと、君を甘やかせているのかな。これじゃあ、俺が得しているだけかも」
「甘すぎる、くらいです……」

 宵子は自分の顔が真っ赤なことを自覚しているから、顔を埋めたまま上げられない。その間にも、彰胤の指が宵子の髪を撫でている。

「そうだ、今度、俺にも十二宮の話を聞かせてくれるかい」
「? すでにご存じなのではございませんか」
 さっき、十二宮の並び順だと言った時、納得していたはずだが。

「命婦から聞いただけだよ。藤壺へ行った時にそういう話をしたとね」
「……命婦は、東宮様には何でも話してしまうのですね」

「ああ、命婦を怒らないでやってくれ。俺が聞き出しているんだよ。命婦が知っていて、俺が知らないことがあるのが、嫌だから」
「……っ」

 また、甘さの強い言葉が返ってきて、宵子は顔を埋めた。身近にいる女房にさえ、優位を取られたくないと、そう言っている。

「うーん、口にしてみると、なかなかなことだよね。君が嫌なら、聞き出すのはやめるけど、どう?」
 こちらに委ねてくるなんて、ずるい聞き方だ。

「わたしが、東宮様に直接、お話するようにします」
「分かった。俺としてもその方が嬉しいかな」

 満足そうに頷いて、彰胤はそっと宵子を腕の中から解放した。自分の体を包み込むような温かさはまだ残っていて、今更、胸の鼓動が早くなる。

「あの、命婦にも話していないことがありまして。十二宮には、性格の他にその星同士の相性を知ることも出来るのです」

 もちろん、そちらもままごとですけれど、と付け加える。沈黙が続くと、この場の雰囲気に飲まれてしまいそうで、宵子は自分から話題を口にした。彰胤も話して欲しいと言ってくれていたし。

「相性か。面白そうだね」
「わたしは小女宮しょうじょきゅうで、一番相性のいい十二宮は双魚宮そうぎょきゅうになります」

「俺の十二宮は?」
「……双魚宮そうぎょきゅうでございます」

 言ってから、やっぱり恥ずかしさが増してきて、宵子は袖で自分の顔を隠した。自分から言い出したくせに、今は顔が赤い、きっと。

「星に祝福されている、というのはいいね。嬉しいよ。それを女御が口にしてくれたことも」
「あの、わたしも、嬉しいです」

 ここで照れたり、誤魔化すようなことを言うべきじゃない。言いたいことは伝えるべし、という淑子の助言を思い出して、宵子は素直な気持ちを返した。

 彰胤は、抱きしめられるくらいに近くに来て、宵子の髪に触れた。

「東宮様?」
「ねえ、二人きりの時は、彰胤と呼んでくれないかい」

「よろしいのですか」
「ああ。君のことも、宵子と呼んでもいいかい」

 よほど親しい間柄でないと、名を呼ぶことはない。その、親しい間柄であると、そういう意味と取っていいのだろうか。取引で始まった結婚なのに? そう口にして、今の曖昧な状況の上にある心地いい甘さが逃げてしまうのが、嫌だった。

「はい。彰胤様」
「ありがとう、宵子」

 眩しい笑顔でそう言うと、彰胤はもう一度、優しく抱きしめてくれた。
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