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夏~新規事業
1. 魔法陣を使った商品
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初プロデュース作品は何がいいだろうか。まずはコンセプトをしっかり考えないといけない。
魔法陣を使えば必然的に高くなる。そうなると、対象は少し裕福な庶民がいいだろう。エリサが苦労せず話を聞くことのできる裕福な庶民となると、ジャンの商会で働いている人たちだ。男爵家の商会ということで、お給料もよい。
「お嬢様……」
「そんな顔をしないで。私は大丈夫だから」
商会の休憩所に顔を出すと、子どものころからエリサを知っている古参の従業員が、励ます言葉をかけようとして、けれどどうかけていいのか分からず言葉に詰まった。
ほら、ここにも自分を心配してくれる人がいる。大丈夫、大丈夫。
「前に言っていたように、少し裕福な庶民を対象とした魔法陣を使った商品を考えたいの」
「お嬢様、しばらくお休みになったほうがいいのでは?」
「今は何かをしていたいのよ。いい案はないかしら。みんなが、日頃これがあると便利だなと思うようなものが」
家でじっとしていては余計なことを考えてしまうから、仕事をしたいのだというと、理解を示してくれた。
エリサにも温かいお茶を入れてくれたので、席について話し合いというよりも雑談に加わる。あれはどうだ、これはどうだ、という中で、一人がこぼした。
「だいぶ温かくなりましたけど、寒い時期は馬車での移動がつらいので、馬車を温かくするものがあればうれしいですねえ」
「馬車が燃えるだろう。商品は燃やすなよ」
「いやいや、燃やさずに、お嬢様の魔法陣でなんとかこう温かくしてもらえれば」
「お前が欲しいだけだろう」
「実現できるかどうかは置いておいて、そういうあったらいいな、というものをこれからも書き留めておいてもらえるかしら?」
きっとその中に商品にできるものがあるはずだ。馬車を温かくというと、御者台の座面を温めるか、ホットカーペットのようなものを思い浮かべるが、火を出さずに安全に温める方法を思いつけない。
「お嬢様が魔法省に提出した魔法陣は、商品にしないのですか?」
「そういえば、どういう魔法陣を提出して合格したんですか?」
魔法陣技師になるためには、魔法省に独自に開発した魔法陣を提出して、認められる必要がある。
有用な魔法陣はすでに開発済みなので、みな今あるものを少しだけ変えて提出するが、エリサはそれなりに独自性のある魔法陣を作った。それが、魔法省へ勧誘された理由ではあるのだが、魔法陣について優秀だというよりは、発想が人と少し違うだけだ。
「時間になったら音が鳴る魔法陣よ」
「音が鳴る?」
魔法陣を勉強していく過程で疑問に思ったのが、時間をどう定義しているのか、だった。
魔法陣は発動時間を指定できる。つまり、魔法陣を発動させるシステムには、システム時間が存在する。
そして、時計は魔法陣でその時間を取得して表示している。プログラムでいうところの、「datetime.now」である。現地時間である「now」なのか、世界協定時間である「utcnow」なのかは、時差という概念のないこの世界では分からない。
その時間を使って作ったのが、目覚まし時計とタイマーの魔法陣である。
自分が起きられないから作ったわけではない。自分には時間になれば起こしてくれるメイドがいる。けれどそのメイドたちも、お互いに起こしあっていると聞いて、目覚まし時計がないことに気づいたのだ。
タイマーは目覚まし時計の魔法陣を作る過程で、作ったものだ。目覚ましは絶対時間で作動するが、タイマーは相対時間で作動する。魔法陣はそもそも発動の設定が相対時間だから、まずタイマーを作って、それから目覚ましへと応用した。
今のところ、発動の時間は魔法陣そのものに書かれているので、変更することができない。そこを可変にしないと目覚まし時計にはならないのだが、魔法陣の設定を外部から変更する方法を、まだ見つけられていない。それが分からなければ、商品化はできないと思う。
ちなみに魔法省に提出した魔法陣は発想が面白いとそれなりに評価は受けたものの、大半の技師の感想は「そんなものに魔法陣を使うのか」であったと思う。
大発明よりも日常がちょっと便利になるほうがいい。そこは、国のために役に立つものを開発している魔法省の方針とは大きく異なるので、理解してもらいたいとエリサは思っていない。
「それを商品にしましょう」
「一度刻んだら、時間を変えられないのよ。だから商品にしても売れないわ」
「毎日朝六時に鳴る時計ってことですよね。鳴らないようにできるのですか?」
「できるわ」
魔法陣の発動を妨害する魔法陣があるのだ。それを一定期間作動させればいい。
オンオフはできるけど、時間が変更できない目覚まし時計。そのようなものは売れないと思ったが、従業員たちは売れると思ったようだ。
目覚まし時計といえば、時間が変更できて、スヌーズ機能もあって、平日だけという設定もできて、鳴る音楽も選ぶことができる。そんな便利なものに慣れていたエリサには、この世界の需要が正確にはつかめないということか。
この認識のずれは今後も起きそうだから、従業員たちがあれば売れると思うものをあげてもらって、その中から作れそうなものに挑戦したほうがよさそうだ。
試作品を作って商会の寮で使ってみることになり、でき次第持ってくることを約束して、材料の魔石を受け取った。
魔法陣を使えば必然的に高くなる。そうなると、対象は少し裕福な庶民がいいだろう。エリサが苦労せず話を聞くことのできる裕福な庶民となると、ジャンの商会で働いている人たちだ。男爵家の商会ということで、お給料もよい。
「お嬢様……」
「そんな顔をしないで。私は大丈夫だから」
商会の休憩所に顔を出すと、子どものころからエリサを知っている古参の従業員が、励ます言葉をかけようとして、けれどどうかけていいのか分からず言葉に詰まった。
ほら、ここにも自分を心配してくれる人がいる。大丈夫、大丈夫。
「前に言っていたように、少し裕福な庶民を対象とした魔法陣を使った商品を考えたいの」
「お嬢様、しばらくお休みになったほうがいいのでは?」
「今は何かをしていたいのよ。いい案はないかしら。みんなが、日頃これがあると便利だなと思うようなものが」
家でじっとしていては余計なことを考えてしまうから、仕事をしたいのだというと、理解を示してくれた。
エリサにも温かいお茶を入れてくれたので、席について話し合いというよりも雑談に加わる。あれはどうだ、これはどうだ、という中で、一人がこぼした。
「だいぶ温かくなりましたけど、寒い時期は馬車での移動がつらいので、馬車を温かくするものがあればうれしいですねえ」
「馬車が燃えるだろう。商品は燃やすなよ」
「いやいや、燃やさずに、お嬢様の魔法陣でなんとかこう温かくしてもらえれば」
「お前が欲しいだけだろう」
「実現できるかどうかは置いておいて、そういうあったらいいな、というものをこれからも書き留めておいてもらえるかしら?」
きっとその中に商品にできるものがあるはずだ。馬車を温かくというと、御者台の座面を温めるか、ホットカーペットのようなものを思い浮かべるが、火を出さずに安全に温める方法を思いつけない。
「お嬢様が魔法省に提出した魔法陣は、商品にしないのですか?」
「そういえば、どういう魔法陣を提出して合格したんですか?」
魔法陣技師になるためには、魔法省に独自に開発した魔法陣を提出して、認められる必要がある。
有用な魔法陣はすでに開発済みなので、みな今あるものを少しだけ変えて提出するが、エリサはそれなりに独自性のある魔法陣を作った。それが、魔法省へ勧誘された理由ではあるのだが、魔法陣について優秀だというよりは、発想が人と少し違うだけだ。
「時間になったら音が鳴る魔法陣よ」
「音が鳴る?」
魔法陣を勉強していく過程で疑問に思ったのが、時間をどう定義しているのか、だった。
魔法陣は発動時間を指定できる。つまり、魔法陣を発動させるシステムには、システム時間が存在する。
そして、時計は魔法陣でその時間を取得して表示している。プログラムでいうところの、「datetime.now」である。現地時間である「now」なのか、世界協定時間である「utcnow」なのかは、時差という概念のないこの世界では分からない。
その時間を使って作ったのが、目覚まし時計とタイマーの魔法陣である。
自分が起きられないから作ったわけではない。自分には時間になれば起こしてくれるメイドがいる。けれどそのメイドたちも、お互いに起こしあっていると聞いて、目覚まし時計がないことに気づいたのだ。
タイマーは目覚まし時計の魔法陣を作る過程で、作ったものだ。目覚ましは絶対時間で作動するが、タイマーは相対時間で作動する。魔法陣はそもそも発動の設定が相対時間だから、まずタイマーを作って、それから目覚ましへと応用した。
今のところ、発動の時間は魔法陣そのものに書かれているので、変更することができない。そこを可変にしないと目覚まし時計にはならないのだが、魔法陣の設定を外部から変更する方法を、まだ見つけられていない。それが分からなければ、商品化はできないと思う。
ちなみに魔法省に提出した魔法陣は発想が面白いとそれなりに評価は受けたものの、大半の技師の感想は「そんなものに魔法陣を使うのか」であったと思う。
大発明よりも日常がちょっと便利になるほうがいい。そこは、国のために役に立つものを開発している魔法省の方針とは大きく異なるので、理解してもらいたいとエリサは思っていない。
「それを商品にしましょう」
「一度刻んだら、時間を変えられないのよ。だから商品にしても売れないわ」
「毎日朝六時に鳴る時計ってことですよね。鳴らないようにできるのですか?」
「できるわ」
魔法陣の発動を妨害する魔法陣があるのだ。それを一定期間作動させればいい。
オンオフはできるけど、時間が変更できない目覚まし時計。そのようなものは売れないと思ったが、従業員たちは売れると思ったようだ。
目覚まし時計といえば、時間が変更できて、スヌーズ機能もあって、平日だけという設定もできて、鳴る音楽も選ぶことができる。そんな便利なものに慣れていたエリサには、この世界の需要が正確にはつかめないということか。
この認識のずれは今後も起きそうだから、従業員たちがあれば売れると思うものをあげてもらって、その中から作れそうなものに挑戦したほうがよさそうだ。
試作品を作って商会の寮で使ってみることになり、でき次第持ってくることを約束して、材料の魔石を受け取った。
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