44 / 77
十八歳 夏~避暑旅行
2. 馬車の旅
しおりを挟む
避暑地へと出発する日。
婚約しているとはいっても二人だけでの遠出はよくないということで、クレッソン男爵家の弟アンリも一緒に行く。他に付き合える時間的余裕のある人がいなかったので、アンリの学園が夏季休暇に入るのを待って出発だ。
アンリは避暑地で学友と会う約束をしている。クレッソン男爵家は商会を営んでいるため、今まで夏季休暇に避暑地で学友と遊ぶという経験はなかった。初めての夏に、いつもは大人しいアンリがはしゃいでいるのが分かる。
久しぶりに弟と会えて、その弟が楽しそうなので、エリサもご機嫌だ。
「ジョフリー様、エリサ様、お誘いいただきありがとうございます」
「そんなに畏まらないでくれ」
「アンリ、今までどおりでいいわよ。学校はどう? いろんな人に声をかけられているって聞いたけど」
「この旅行のことが知れたら、もっとにぎやかになりそうです」
ジョフリーとの、辺境伯家とのつながりを期待してアンリに近づいてくる者たちには、今回の旅行は朗報だろう。エリサを介してではなく、アンリ自身がジョフリーから誘いを受けるほど近しい関係にあると分かったのだ。休み明けはアンリの周囲は騒がしくなるに違いない。
馬車は王都を出て、順調に進む。避暑地までの道は整備されているので、快適な旅になるはずだと説明を受けた。
馬車にはジョフリー、エリサ、アンリの三人が乗っても余裕がある。道が整備されているので、室内が広く快適性を追求した馬車での移動だ。向かい合わせになっている椅子の間に、机も備え付けられている。
「エリサ、気分は悪くない?」
「大丈夫です」
ジョフリーが気を遣ってくれるが、幸いにもエリサは馬車酔いはしないようだ。体調が悪いと車酔いをしていた記憶があるので警戒していたが、問題なさそうだ。アンリも平気そうだ。
今回、少しでも違和感を感じたら、すぐ報告するように言われている。エリサはそこまで箱入りではないと自分では思っているが、王都を出たことがない令嬢が、初めての避暑地訪問で具合が悪くなるのはよくあることらしい。
だが、今のエリサは窓から見える景色に夢中で、多少のことは気にならない。
騎士団に所属して遠征にも出ているジョフリーには代わり映えのない景色なのかもしれないが、エリサとアンリにとっては目にする全てのものが新しい。授業で習うのと、実際に見るのでは大違いだ。
魔物がいる世界なのに、農地が広がっているのを見ると、人の強さというか図太さに感心する。
「農作業のときに、魔物に襲われたりはしないのですか?」
「このあたりにはもともと魔物は出ない。農地の周りは騎士団や領兵が重点的に討伐している」
魔物がウロウロしているようなところに王都が作られるはずもない。
人が生きていくには食料が必要だ。農地は居住地に次いで重点的に守られるべき場所だ。だから、騎士団も農地に魔物が出て、領で対応できないとなると遠征に行くことがある。
今まで行った遠征先の話を聞きながら、車窓に流れる風景を見ていると、次の街が見えてきた。
魔物がいるため、この世界は城郭都市がほとんどだ。王都近くは、街と街が近い。
王都を出て最初の街で、さっそく休憩を取る。王都から初めて出るエリサとアンリに気を遣ってくれているのだろう。
街に入ると、高級宿の前に馬車は停まった。
ジョフリーに手を取られて馬車を降り、案内された部屋に入ると、ティーカップが用意されている。けれど、この先トイレ休憩がどれくらいとれるのかが分からないので、あまり水分は取りたくない。のどを潤すくらいに留め、この街の特産は何かといった会話に耳をかたむける。そして話が切れたところで席を立って、トイレを借りる。
各部屋にトイレがついているが、それはここが高級宿だからだろう。王都から離れると、おそらくこういう宿は少なくなる。辺境までの移動中は、通り抜ける領の領主の館に泊めてもらうこともあるらしい。
今後、毎年通ることになるであろう辺境までにある宿や休憩場所の整備に乗り出したい。けれどそれは越権行為になるので、そうなるとポータブルトイレでも開発するべきだろうか。馬車の一つを、工事現場に設置される仮設トイレのようにするのはどうだろうか。そんなことを考えながら、エリサが部屋に戻ると、お茶を飲み終え、そろそろ出発しようという雰囲気になっていた。
「アンリ、貴方も行っておきなさい」
「今は大丈夫です」
「ダメよ。何があるか分からないのだから、行けるときに行っておくの」
エリサは前世の子どもの頃に、家を出る前にはトイレに行っておくことと、口酸っぱく言われた。それは大人になっても習慣として残り、実家に家族が集まって出かけるとなると、トイレの順番待ちになるくらいだ。今行きたいかどうかではなく、出発前には行かなければならないと、刷り込まれているのだ。車が渋滞にはまっても、電車が人身事故で止まっても、それで助けられたことが何度もある。
姉弟の会話にジョフリーが苦笑しているが、そういえば令嬢はトイレに行くなど口に出してはいけないのだった。昔のアイドルでもあるまいし、普通の生理現象なのに避ける理由がよく分からない。
婚約しているとはいっても二人だけでの遠出はよくないということで、クレッソン男爵家の弟アンリも一緒に行く。他に付き合える時間的余裕のある人がいなかったので、アンリの学園が夏季休暇に入るのを待って出発だ。
アンリは避暑地で学友と会う約束をしている。クレッソン男爵家は商会を営んでいるため、今まで夏季休暇に避暑地で学友と遊ぶという経験はなかった。初めての夏に、いつもは大人しいアンリがはしゃいでいるのが分かる。
久しぶりに弟と会えて、その弟が楽しそうなので、エリサもご機嫌だ。
「ジョフリー様、エリサ様、お誘いいただきありがとうございます」
「そんなに畏まらないでくれ」
「アンリ、今までどおりでいいわよ。学校はどう? いろんな人に声をかけられているって聞いたけど」
「この旅行のことが知れたら、もっとにぎやかになりそうです」
ジョフリーとの、辺境伯家とのつながりを期待してアンリに近づいてくる者たちには、今回の旅行は朗報だろう。エリサを介してではなく、アンリ自身がジョフリーから誘いを受けるほど近しい関係にあると分かったのだ。休み明けはアンリの周囲は騒がしくなるに違いない。
馬車は王都を出て、順調に進む。避暑地までの道は整備されているので、快適な旅になるはずだと説明を受けた。
馬車にはジョフリー、エリサ、アンリの三人が乗っても余裕がある。道が整備されているので、室内が広く快適性を追求した馬車での移動だ。向かい合わせになっている椅子の間に、机も備え付けられている。
「エリサ、気分は悪くない?」
「大丈夫です」
ジョフリーが気を遣ってくれるが、幸いにもエリサは馬車酔いはしないようだ。体調が悪いと車酔いをしていた記憶があるので警戒していたが、問題なさそうだ。アンリも平気そうだ。
今回、少しでも違和感を感じたら、すぐ報告するように言われている。エリサはそこまで箱入りではないと自分では思っているが、王都を出たことがない令嬢が、初めての避暑地訪問で具合が悪くなるのはよくあることらしい。
だが、今のエリサは窓から見える景色に夢中で、多少のことは気にならない。
騎士団に所属して遠征にも出ているジョフリーには代わり映えのない景色なのかもしれないが、エリサとアンリにとっては目にする全てのものが新しい。授業で習うのと、実際に見るのでは大違いだ。
魔物がいる世界なのに、農地が広がっているのを見ると、人の強さというか図太さに感心する。
「農作業のときに、魔物に襲われたりはしないのですか?」
「このあたりにはもともと魔物は出ない。農地の周りは騎士団や領兵が重点的に討伐している」
魔物がウロウロしているようなところに王都が作られるはずもない。
人が生きていくには食料が必要だ。農地は居住地に次いで重点的に守られるべき場所だ。だから、騎士団も農地に魔物が出て、領で対応できないとなると遠征に行くことがある。
今まで行った遠征先の話を聞きながら、車窓に流れる風景を見ていると、次の街が見えてきた。
魔物がいるため、この世界は城郭都市がほとんどだ。王都近くは、街と街が近い。
王都を出て最初の街で、さっそく休憩を取る。王都から初めて出るエリサとアンリに気を遣ってくれているのだろう。
街に入ると、高級宿の前に馬車は停まった。
ジョフリーに手を取られて馬車を降り、案内された部屋に入ると、ティーカップが用意されている。けれど、この先トイレ休憩がどれくらいとれるのかが分からないので、あまり水分は取りたくない。のどを潤すくらいに留め、この街の特産は何かといった会話に耳をかたむける。そして話が切れたところで席を立って、トイレを借りる。
各部屋にトイレがついているが、それはここが高級宿だからだろう。王都から離れると、おそらくこういう宿は少なくなる。辺境までの移動中は、通り抜ける領の領主の館に泊めてもらうこともあるらしい。
今後、毎年通ることになるであろう辺境までにある宿や休憩場所の整備に乗り出したい。けれどそれは越権行為になるので、そうなるとポータブルトイレでも開発するべきだろうか。馬車の一つを、工事現場に設置される仮設トイレのようにするのはどうだろうか。そんなことを考えながら、エリサが部屋に戻ると、お茶を飲み終え、そろそろ出発しようという雰囲気になっていた。
「アンリ、貴方も行っておきなさい」
「今は大丈夫です」
「ダメよ。何があるか分からないのだから、行けるときに行っておくの」
エリサは前世の子どもの頃に、家を出る前にはトイレに行っておくことと、口酸っぱく言われた。それは大人になっても習慣として残り、実家に家族が集まって出かけるとなると、トイレの順番待ちになるくらいだ。今行きたいかどうかではなく、出発前には行かなければならないと、刷り込まれているのだ。車が渋滞にはまっても、電車が人身事故で止まっても、それで助けられたことが何度もある。
姉弟の会話にジョフリーが苦笑しているが、そういえば令嬢はトイレに行くなど口に出してはいけないのだった。昔のアイドルでもあるまいし、普通の生理現象なのに避ける理由がよく分からない。
応援ありがとうございます!
81
お気に入りに追加
745
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる