魔法陣に浮かぶ恋

戌葉

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十八歳 秋~辺境訪問

1. 辺境伯領

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 辺境への旅は順調に進む。余裕をもって設定された旅程に、快適な宿、頻繁な休憩で、体調も崩さずここまで来ることができた。
 この峠を越えれば、辺境伯領だ。
 峠から、辺境伯領が見渡せる。馬車から降りてジョフリーと並び、遠くに広がる森を見る。森の向こうは隣国だが、あの森を越えてくるのは現実的でない。

「森に一番近い街が領都で、一番高い部分にあるのが城だよ」

 城壁都市として、壁に囲われた丘の上に建物が密集する街を想像していたが、予想よりも広い。広大な森の手前にある街が、ここから見て広いと思えるのだから、かなり広いのだろう。
 その手前にある街も、小さいながらもしっかりとした高い壁に覆われている。街を作るのに、かなりの費用と労力がかかっていそうだ。
 森に一番近い街が領都となっているのは、そこに魔物に対抗するために戦力を集めたからだ。途中の街は、王都側へ向けて移動する馬車が休憩できるように整備されているらしい。

「領地も領都も意外と広いのですね」
「領都は壁が二重になっているから」
「魔物は壁から中には入らないのですか?」
「……外の壁を越えることは、ある。ごくまれに、だけど」

 領都は土地が足りずに街を拡張したため、外側の防衛は不十分なようだ。エリサが最初に手を付けるべきはそこかもしれない。

「……エリサ?」
「すみません、ちょっといろいろ考えていましたが、今ここですることではありませんね」

 防御に使える魔法陣を思い浮かべ、あれこれと策をめぐらせていたエリサは、黙り込んだことで周りから不安そうに見つめられていることに気づかなかった。
 ジョフリーからも、護衛たちからも、どことなくエリサをうかがうような気配がするので、やっぱり帰ると言いださないか、心配されているようだ。誤解は早めに解いておこう。

「防御にどういう魔法陣が使えるか考えていました」
「壁の魔法陣で覆うには、街が広すぎる」

 魔石を大量に使用すればできるかもしれないが、街を覆うほどの壁を作るためにはいったいどれくらいの魔石を使えばいいのだろう。
 いずれにせよ、ここで考えなくてもいい。進みましょう、と声をかけて、馬車へと乗り込んだ。

 峠を越え、平地に降りてからしばらく進んでいるが、なかなか最初の街に着かない。何もないから近くに思えただけで、かなりの距離があるのだ。
 広大な土地がもったいないと思うのは、狭い国土に生きた記憶があるからだろうか。

 峠の手前の街で馬車を乗り換えた。いま乗っているのは、小さな窓しかない、頑丈な作りの馬車だ。戦えないエリサとマリーが、ジョフリーとともに乗っている。魔物に襲撃されたときに馬車に立てこもるためだ。エリサが馬車の壁を強化すればいいのだが、何も言われていないので余計なことはしないように控えている。
 今回の旅が終わってから、改良できそうなところをまとめて伝えよう。

「前方から、騎馬の集団が来ます!」
「叔父上だろうな」

 外にいる護衛の報告に、領主代理であるハロルドが来たのだろうとジョフリーが教えてくれた。エリサたちの出迎えに来てくれたのだ。
 やがて、馬車の横まで馬の足音がきたと思うと、馬車の扉がノックされた。

「エリサ、開けるよ」
「はい」

 扉を開けると、歴戦の勇士といった感じの厳つい男性が馬車をのぞき込んでいた。どことなくピエールに似ているが、野性味が強くて、知らなければ親子とは思わないだろう。

「叔父上、わざわざお出迎えありがとうごさいます」
「ジョフリー、よく来たな。こちらがうわさの魔法陣技師殿かな?」
「初めまして。エリサと申します。よろしくお願いいたします」

 簡単に挨拶を済ませると、ハロルドが馬車に乗り込み、扉を閉めて馬車は進み始めた。四人乗ると、かなり狭く感じる。

「叔父上、魔物の増加はどんな状況ですか?」
「少しずつ増えている感じがして、気味が悪い。騎士団のほうで何か情報はあるか?」
「今のところ、辺境以外からの報告はありません」

 この移動時間を利用して、情報交換をすることにしたようだ。
 聞いているとエリサも尋ねたいことが出てきたが、門外漢のエリサが口を挟んでいい状況ではない。後で忘れずに質問しようと、心にメモをした。
 一通り情報交換が終わると、ハロルドがエリサに目を向けた。

「ようこそ辺境へ。歓迎するよ」
「ありがとうごさいます」
「今夜はパーティーを開くから、出席してほしい。王都のような華やかなものは無理だが」
「承知いたしました」

 顔見せのために開かれるパーティーだから、張り切って見世物になろう。
 エリサが一言しか返さないので、これ以上会話を広げるのは無理だと思ったのか、ハロルドはジョフリーに王都のことを尋ね始めた。かつては王都に住んでいたハロルドには、懐かしい場所だ。家族や友の現在など、聞きたいことが尽きないようで盛り上がっている。いつかジョフリーとエリサもこんなふうに王都を懐かしむようになるのだろうか。
 二人の話を聞くとはなしに聞きながら、馬車の揺れに身を委ねていると、外の護衛から鋭い声が飛んできた。
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