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十八歳 秋~辺境訪問
12. 魔法陣の価値
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何をやらかしてしまったのかと固唾を飲むエリサを見て、オリバーはふっと息を吐いた。
「分かっていないようだが、空中に陣を書くのはとても難しい」
「ですが、騎士は照明弾の陣を使うと習いました」
「辛うじて発動する程度のものしか書けない」
確かに難しかったが、どうせなら漫画の情景をきれいに再現したかったので、日々練習した。無駄に努力したせいで、目立ってしまったということか。
「それに、魔法陣自体が光ったり移動したりするなど、聞いたことがない」
魔法陣を光らせること自体はそう難しくなかったので、おそらく今まで誰もやろうと思わなかっただけだ。学園の授業で初めて発動させた光る魔法陣、あれは魔法陣のすぐ上に無属性魔法で光を出現させたが、その魔法をどこへ作用させるのかを指定する第四円を自分自身とすればいい。そして光を明滅させ七色にすれば、光る魔法陣の完成だ。
ただ、動かすのは少し難しかった。これは第六円に指定したが、移動するには座標を定義して、軌道をプログラムする必要がある。三角関数のライブラリがないため、角速度を指定して円運動をさせることができないので、八角形で近似した。魔法陣自体の移動には空気抵抗も重力の影響も無視できて、等速直線運動になる。そこに同じ間隔で百三十五度向きを変えてやれば、八角形を描く。さらに陣自体を回転させれば、それっぽく見える。
エリサの周りを回る魔法陣が、ふっと霧散する。エリサが触れて消すまで発動しているように設定しているが、込められた魔力がなくなれば消えるしかない。
空中に書く魔法陣にはあまり多くの魔力を渡すことができない。魔力が多すぎると魔法陣が安定せずに自壊するのだ。そのため、攻撃の魔法陣を書いて移動させることはできない。移動に魔力が消費され、攻撃が発動しないのだ。それで、今まで誰もやろうと思わなかったのだろう。
魔法陣が消えたことで、その場の張りつめた空気も消えた。みな、見慣れぬ光景に緊張していたようだ。
「エリサ嬢、辺境に行く際につけた護衛を、そのまま貴女につける。外出するときは伴ってほしい。貴女の才能を欲しがるものは多いだろう」
「はい」
攫うなどの強引な手を使って自分の陣営に引き入れる可能性もゼロではないらしい。辺境伯家にけんかを売れる家など限られているだろうが、それでもなくはない。目立ってしまったので、念には念を、ということだろう。
護衛たちとは辺境への旅行でそれなりに親しくなったので、また新しい人に慣れるよりはいい。エリサが一人で外出する先は、クレッソン男爵家か、辺境伯家くらいだから、あまり護衛のし甲斐はないと思うが。
「それから、魔法省に知らせるので、見せてくれと言われるかもしれない」
「分かりました」
「それまでは、外では披露しないでくれ」
辺境からうわさが王都に届く前に、こちらから魔法省に知らせておくそうだ。うわさは止められない。いずれは王都まで伝わってくるだろう。そのときに、開発した魔法陣を秘匿していると、無駄な嫌疑をかけられたくない。攻撃用の魔法陣に転用できずとも、新しい魔法陣となれば興味をひいてしまう。
護衛やエリサの今後の日程などを、辺境伯家と伯爵家の間で取り決め、謝罪は終わった。
そして数日後、次期辺境伯夫人であるジュリアに誘われ、辺境伯のお屋敷でお茶をしている。
使用人も部屋から出ていき、いずれは義理の姉となるジュリアと二人だけになった。なにが始まるのかと首をかしげていると、思わぬことを言われた。
「エリサ様、辺境ではお辛いことがたくさんおありだったでしょう?」
「魔物の襲撃は驚きました」
「その後、ジョフリーがとても失礼なことをしたと聞きました。申し訳ございません」
そう言うと、頭を下げられた。身分的にあり得ないことなので、うろたえてしまう。
あの夜のことが知られている。しかも、かなり心配されている。そして、ジョフリーに濡れ衣が着せられている。
ジョフリーはしばらく謹慎だそうだ。ただ、騎士団の仕事はこれ以上休めないので、私的な活動の制限だ。
どうしよう。つい出来心でやりましたが反省しています、と自供してしまいたいが、言っていいのかも分からない。
いや、そもそもマリーから正確に状況は聞いているはずだ。ということは、それでもジョフリーに落ち度があるという判断をしているのだ。そのうえで、エリサの名誉を守るために、こうして人を遠ざけて、ジュリアからの謝罪となったのだろう。
エリサの振る舞いも問題があったと思うが、そこは何も指摘されなかったので、ジョフリーのほうが罪は重いのか。そもそも、夜にエリサの寝室に入って長居したこと自体が問題なのか。
こんなときの最適な回答は何になるのか、誰か教えてほしい。
「私がやりました」は令嬢としてあり得ないし、「気にしていません」は自分の貞操を軽んじていると思われるし、「今回は許します」は上から目線だし。
「あのときは、私も動揺していましたので……」
「恐ろしい思いをさせて、なのに辺境のために尽力くださって、エリサ様には本当に申し訳なく思っています」
ああ、うん。それはこっちも思っているので、もういいです、と言ってしまえたらどんなに楽か。
何も言えないエリサは、「はあ」「まあ」と曖昧な返事しかできない。
はっきり言わないエリサに、あまり触れられたくないと判断したのか、ジュリアは再度頭を下げ、それで話を終わらせてくれた。
痛み分けということで、すべて水に流してほしい。
「分かっていないようだが、空中に陣を書くのはとても難しい」
「ですが、騎士は照明弾の陣を使うと習いました」
「辛うじて発動する程度のものしか書けない」
確かに難しかったが、どうせなら漫画の情景をきれいに再現したかったので、日々練習した。無駄に努力したせいで、目立ってしまったということか。
「それに、魔法陣自体が光ったり移動したりするなど、聞いたことがない」
魔法陣を光らせること自体はそう難しくなかったので、おそらく今まで誰もやろうと思わなかっただけだ。学園の授業で初めて発動させた光る魔法陣、あれは魔法陣のすぐ上に無属性魔法で光を出現させたが、その魔法をどこへ作用させるのかを指定する第四円を自分自身とすればいい。そして光を明滅させ七色にすれば、光る魔法陣の完成だ。
ただ、動かすのは少し難しかった。これは第六円に指定したが、移動するには座標を定義して、軌道をプログラムする必要がある。三角関数のライブラリがないため、角速度を指定して円運動をさせることができないので、八角形で近似した。魔法陣自体の移動には空気抵抗も重力の影響も無視できて、等速直線運動になる。そこに同じ間隔で百三十五度向きを変えてやれば、八角形を描く。さらに陣自体を回転させれば、それっぽく見える。
エリサの周りを回る魔法陣が、ふっと霧散する。エリサが触れて消すまで発動しているように設定しているが、込められた魔力がなくなれば消えるしかない。
空中に書く魔法陣にはあまり多くの魔力を渡すことができない。魔力が多すぎると魔法陣が安定せずに自壊するのだ。そのため、攻撃の魔法陣を書いて移動させることはできない。移動に魔力が消費され、攻撃が発動しないのだ。それで、今まで誰もやろうと思わなかったのだろう。
魔法陣が消えたことで、その場の張りつめた空気も消えた。みな、見慣れぬ光景に緊張していたようだ。
「エリサ嬢、辺境に行く際につけた護衛を、そのまま貴女につける。外出するときは伴ってほしい。貴女の才能を欲しがるものは多いだろう」
「はい」
攫うなどの強引な手を使って自分の陣営に引き入れる可能性もゼロではないらしい。辺境伯家にけんかを売れる家など限られているだろうが、それでもなくはない。目立ってしまったので、念には念を、ということだろう。
護衛たちとは辺境への旅行でそれなりに親しくなったので、また新しい人に慣れるよりはいい。エリサが一人で外出する先は、クレッソン男爵家か、辺境伯家くらいだから、あまり護衛のし甲斐はないと思うが。
「それから、魔法省に知らせるので、見せてくれと言われるかもしれない」
「分かりました」
「それまでは、外では披露しないでくれ」
辺境からうわさが王都に届く前に、こちらから魔法省に知らせておくそうだ。うわさは止められない。いずれは王都まで伝わってくるだろう。そのときに、開発した魔法陣を秘匿していると、無駄な嫌疑をかけられたくない。攻撃用の魔法陣に転用できずとも、新しい魔法陣となれば興味をひいてしまう。
護衛やエリサの今後の日程などを、辺境伯家と伯爵家の間で取り決め、謝罪は終わった。
そして数日後、次期辺境伯夫人であるジュリアに誘われ、辺境伯のお屋敷でお茶をしている。
使用人も部屋から出ていき、いずれは義理の姉となるジュリアと二人だけになった。なにが始まるのかと首をかしげていると、思わぬことを言われた。
「エリサ様、辺境ではお辛いことがたくさんおありだったでしょう?」
「魔物の襲撃は驚きました」
「その後、ジョフリーがとても失礼なことをしたと聞きました。申し訳ございません」
そう言うと、頭を下げられた。身分的にあり得ないことなので、うろたえてしまう。
あの夜のことが知られている。しかも、かなり心配されている。そして、ジョフリーに濡れ衣が着せられている。
ジョフリーはしばらく謹慎だそうだ。ただ、騎士団の仕事はこれ以上休めないので、私的な活動の制限だ。
どうしよう。つい出来心でやりましたが反省しています、と自供してしまいたいが、言っていいのかも分からない。
いや、そもそもマリーから正確に状況は聞いているはずだ。ということは、それでもジョフリーに落ち度があるという判断をしているのだ。そのうえで、エリサの名誉を守るために、こうして人を遠ざけて、ジュリアからの謝罪となったのだろう。
エリサの振る舞いも問題があったと思うが、そこは何も指摘されなかったので、ジョフリーのほうが罪は重いのか。そもそも、夜にエリサの寝室に入って長居したこと自体が問題なのか。
こんなときの最適な回答は何になるのか、誰か教えてほしい。
「私がやりました」は令嬢としてあり得ないし、「気にしていません」は自分の貞操を軽んじていると思われるし、「今回は許します」は上から目線だし。
「あのときは、私も動揺していましたので……」
「恐ろしい思いをさせて、なのに辺境のために尽力くださって、エリサ様には本当に申し訳なく思っています」
ああ、うん。それはこっちも思っているので、もういいです、と言ってしまえたらどんなに楽か。
何も言えないエリサは、「はあ」「まあ」と曖昧な返事しかできない。
はっきり言わないエリサに、あまり触れられたくないと判断したのか、ジュリアは再度頭を下げ、それで話を終わらせてくれた。
痛み分けということで、すべて水に流してほしい。
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